彼らは抽選で転生の権利を獲得した

babibu

第1話 歴女な琴子は抽選で転生の権利を獲得した

 ある日曜日、『刀剣の世界展』の帰り道。金光かねみつ琴子ことこは赤信号を無視した車に跳ねられ、死亡した。


「おめでとうございます! 交通事故死亡者限定キャンペーン期間中に亡くなった方の中から抽選を行い、貴女あなたに特賞が当たりました!」


 頭の中に響く明るい声に、琴子は驚いて目を覚ます。そして自分が下を向いて立っているらしいことに気がついた。


「……あれ? 私、どうしたの?」


 額を押さえ、俯いたまま琴子は呟く。


貴女あなたは先ほど亡くなりました」


 明るい声が言う。

 琴子はその言葉で自分が交通事故にあったことを思い出す。『でも、どこも痛くない。亡くなったって……、私は死んだって事?』と琴子は混乱しつつ、声の主を探そうと顔を上げた。

 琴子の目前には金髪の長い髪に大きな深緑の瞳をした美しい少女が立っていた。

 少女は朗らかな笑顔を琴子に向けている。


「特賞は記憶を保持したままの過去の好きな時代への転生。もしくは本日0時からのやり直しです。ご希望はどちらですか?」

「……貴女あなた、どなた?」

「私はアリシア。神様的な存在だとご理解ください。詳しいことは割愛します。貴女あなたの後に抽選結果をお待ちの方が100名ほどいらっしゃるの。私、忙しいんです」


 アリシアが笑顔で質問に答える。しかし琴子はアリシアの笑顔の中に何やら鬼気迫るものを感じた。目が笑っていない。


「ご、ごめんなさい!」


 琴子は恐ろしくなって謝る。


「転生とやり直し、どちらになさいますか?」


 アリシアは笑顔を崩さずに再度、質問する。


「か……過去の好きな時代への転生か、今日のやり直しでしたね?」


 琴子の質問にアリシアは頷いて同意の意を示す。アリシアに恐れを抱いてしまった琴子は細かいことを気にするのを止め、質問に答えることにした。


「じゃあ、今日のやりな……」


 言いかけて、琴子はハタと思う。

 今日をやり直すという事は、交通事故を無かったことに出来るという事だ。それは有り難い。だが『記憶を保持したままの過去の好きな時代への転生』のほうが自分は幸せになれるのではないか。そう思い至ったのだ。

 歴史上の武将をモチーフにした漫画やゲームを愛し続け、聖地巡礼に武将関連の展覧会にと、琴子は楽しいオタクライフを満喫していた。因みに一番好きな武将は真田幸村だ。そんな武将漬けの日々を送り、琴子は先日35歳になった。趣味に忙しくしていたため、結婚はだだ。気づけば友人は皆、既に家庭を築いている。いつかは結婚したいと考えている琴子は、最近焦りを感じ始めていた。

 そして琴子は考えた。この特賞はそんな現実からおさらばし、大好きな武将が実際に生きた時代に行ける絶好の機会だと。これは武将へ愛を注ぎ続けた自分へ神様がくれたご褒美なのだ。チャンスは活かさなければならない!

 転生するという事は赤ん坊から人生をやり直せるという事だろう。しかも記憶は保持され、現代の知識をそのまま持って行ける。これなら生活はなんとかなるだろうし、むしろ成功のチャンスさえあるかもしれない。それに同じ時代に生きていれば、真田幸村にも直接会える可能性もある。

 上手く立ち回れば、幸村の正室とはいかなくても、側室の一人くらいに滑り込めるかも……。琴子はどんどん妄想を膨らませていく。

 これはもう転生を選ぶ以外考えられない! 


「真田幸村の五歳くらい年下に転生するのは可能ですか? 転生する地域も真田領が良くて、性別も女性だと助かるんですが」


 琴子が熱っぽくアリシアに訊ねる。


「もちろん出来ます」

「では、それでお願いします!」

「わかりました。それでは簡単な転生する時代や場所のオリエンテーションを行います。オリエンテーション終了後、あなたの転生措置を行います」


 アリシアはそう言って頷くと、体の前で手を大きくゆっくりと振る。するとまばゆい光を放って凝った装飾の姿鏡が出現した。鏡面に映像が映し出される。


「ご存じかと思いますが、あなたが転生するのは乱世の時代です」


 アリシアの言葉に呼応こおうして、血で血を洗う凄惨な戦いの映像が鏡に映し出される。


「生まれる家は選べません。貧しい家に生まれた場合、女の子は食い扶持ぶちを減らすために売られることもあるでしょう。そこはご了承願います」


 鏡面に映し出される映像が粗末な掘立小屋に住み、粗末な服を着た人々に変わる。

 その後もアリシアによる時代情勢の説明が続く。

 説明を聞きながら『思った以上に混沌とした時代だな』と琴子はどんどん不安になる。『生き抜けないかもしれない……』そんな考えも脳裏をよぎる。だが、その不安を振り払うように頭を振ると琴子は思い直す。『これは真田幸村に会うチャンスなのよ! こんなことで私の愛は変わりはしない!』と。


「その鏡。何でも見たいものを映せるんですか?」


 琴子がアリシアに訊ねた。


「ええ」

「20代の真田幸村を見ることって、出来ますか?」


 愛しい幸村の姿を見ることが出来れば、決心出来る。琴子はそう考えたのだ。


「出来なくはないですよ」

「すごい! 流石は神様! 何でも出来るんですね! ぜひ見てみたいな」


 琴子はアリシアをおだてる作戦に出た。アリシアは満更でもない様子で、ふふんと鼻を鳴らす。


「そりゃあ。神様ですから。そのくらいの事、朝飯前です。……仕方ないですね。少しだけですよ」


 アリシアはそう言って指を鳴らす。すると鏡面に簡素だが作りのしっかりしたやかたの廊下を歩く男性の後ろ姿が映し出される。この男性が幸村なのだろう。

 顔が見たい! 琴子は熱っぽい視線で男性を見つめながら、男性が振り向くのを今か今かと待ち受ける。

 その時だ。誰かに呼びかけられたのか、鏡の中の男性が足を止め振り向いた。男性の顔がはっきりと鏡面に映る。


 その姿を見て琴子は思う。


『意外と……普通……だな。もっと、こう……イケメンだと……』と。


 映像を見終わるとしばらく沈黙した後、琴子はアリシアの方へゆっくりと振り返った。


「……あの」

「はい、何でしょう。早速、転生措置に入りますか?」


 アリシアが琴子に訊ねる。


「……やっぱり今日のやり直しでお願いします」


 琴子は過去への転生を断念した。

 そして今日をやり直せたら一人で展覧会に行くのではなく、一緒に展覧会や聖地巡礼に行ってくれるような素敵な人に出会うため、結婚相談所にでも行ってみよう。琴子はそう思った。

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