閉店してからやって来る、お菓子の好きな騎士さんは

龍田たると

閉店してからやって来る、お菓子の好きな騎士さんは


 ケーキ屋をやっています。


 女一人で経営しているのですが、なんとかやれていると思います。

 力仕事とか、足りないところは妖精さんが手伝ってくれますし。

 以前、魔術学校に通っていたので、そのあたりの知識はあるのです。

 そういうところ、あんまり男女差がなくて、結構便利な世の中なので助かっています。


 小さな町ですが、皆さん買いに来てくれて、評判はそれなりに悪くないと思います。まあ、自画自賛ですけど。


 お客さんで多いのは、やっぱり女性の方でしょうか。

 学生さんとか。だいたいが若くて、年頃の女の子。

 あとは子供連れの主婦の方々。

 買ってその場で食べる場所がウチにはないせいか、その中だと後者の方が多いかなって思います。

 喫茶店みたいにできればいいのですけど、さすがにそこまでは人手が回らないので。

 

 反対に、男のお客さんはとても少ないです。




 でも、この間、一人騎士団の方がいらっしゃったんです。


 西日が赤くなってくる、閉店間際の時間帯でした。

 あ、正確には閉店時間を過ぎてからです。


 その日はすごく忙しくて、私、疲れてカウンターに突っ伏して寝ちゃってたんです、夕方過ぎに。

 本当は閉店の看板を出さないといけないんですけど、それもそのままにしちゃってて。


 そうやって眠りこけている時に、騎士さんがお店にやってきたんです。




「……すまない。このクッキーを一箱分もらいたいのだが」


「ふぇっ、ひゃいっ!」


 私、寝ぼけてて、変な声出しちゃって。

 あの時は穴があったら入りたいくらいで。ほんと、恥ずかしかったです。


「こっ、こちらのクッキーですね! すみませんっ、ただいまお包みいたしますっ!」


 騎士さんは背の高い、すらっとした方でした。

 詰襟の騎士服がとてもよくお似合いでした。

 私より年上の……まだ三十はいってないかな、二十四、五歳くらいの方でしょうか?


 プラチナブロンドの髪に、ルビーのような赤い瞳。

 無表情だけど凛とした、湖畔の水面のような静謐な印象の方。

 きっとモテるんだろうなあと、人ごとながら思います。


「注文を付けて悪いが、リボンをつけて飾り紙に包んでもらえないだろうか……贈呈用、なので」


 なんだかおずおずと申し訳なさそうな様子で、騎士さんは私に言いました。


「かしこまりました。それでは1890タラントになります。お包み代はサービスいたします」


 気を取り直して私は営業スマイルを作ります。

 包装と会計を済ませた後、そのクッキーを手渡しました。

 

「どうもありがとう」


「いいえ、こちらこそお買い上げありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」


 その時は、珍しいお客さんだなって、その程度の感想だったんですけど。でも。




「……すまない。またクッキーをいただけるだろうか」


 何日か後、閉店間際にその騎士さんが再びいらっしゃったんです。


「かしこまりました。一箱分、お包みすればよろしいでしょうか?」


「あ、いや。それはさすがに多いから……今度は、一袋分で頼む」


 騎士さんはこの日、ちょっと顔を赤くしておっしゃいました。

 ちなみに、クッキーは三袋でちょうど一箱分です。

 このサイズ、たとえば家族へのお土産なら、一袋分がちょうどいい量なのですけど、だとすると今回は贈呈用ではなさそうで。

 

 飾り紙はいいのかしらという思考が顔に出てしまったのでしょうね、騎士さんは私を見て慌てたように言いました。


「あ、こ、これは自分でいただこうかと思ってね……。この前、少しだけ俺も食べてみたんだが、とても旨かった。だから、その……これは自分用なんだ」


 あ、そういうことだったんですね。と、私は心の中で手を叩きます。


「どうもありがとうございます。それでは630タラントになります」


「……どうも」


 騎士さんに袋を渡してお金を受け取って。

 褒めていただいてほくほく気分で、その日は仕事を終えたんですけど。




「……ん?」


 でも、よく考えたら、おかしいんですよね。

 贈呈用として買われたクッキーなのに、自分で食べたってどういうことなんでしょう。

 言葉の矛盾もなんですけど、それに加えて騎士さんの態度も、どうも不審なように思えたんですよ。


 というのはその騎士さん、クッキーを選びながらショーウィンドウの方をちらちら見られてたんですよね。


 その日売れ残ったケーキのショーウィンドウ。

 残り一個か二個になったお盆を――というか、残ったケーキを眺めつつ、後ろ髪引かれるようにお店を出て行かれたんです。


 それで私、ちょっとピンときちゃったんです。


 わかります? どういうことか。


 わざわざ贈呈用って言ったり、閉店後に来たり、ちょっと恥ずかしそうにしたり。


 つまりですね、あの騎士さんはケーキを買うのが恥ずかしいんですよ。

 大の男が甘いものを好むって、そういうことを知られたくないんでしょうね。

 

 ふふふ……なかなか名推理だと思いません?


 まあ、何にしても、売る方はそんなこと全然気にしませんから。

 むしろ「おいしい」って思ってくれて、そっちの方が重要ですよ。

 そう思ってもらえることこそ、何より嬉しいんです。


 だから私、次に騎士さんが来られた時のために、いくつかケーキをとっておくことにしたんです。

 一番自信のあるケーキ、食べてみてほしかったから。


 それで、まあ。




「どっ、どうですかっ! 今回はこちらの、なばっ、生チョコケーキなどお試しになっては!」


 ……噛みました。

 思いっきり、噛みました。


 この前いらっしゃった日から考えて、そろそろお越しになられるかなーと勝手に楽しみにしていたんですけど、どうやら私、自分で思う以上に意識しちゃってたみたいです。


 閉店ギリギリの時間帯、騎士さんは予想通りいらしてくださったんですけど。

 いやもう……絶対引かれたと思います。


 でも、クッキーだけじゃなくて、他のも食べていただきたかったんです。

 売上ナンバーワンで自信作なんですよ、この生チョコケーキ。

 こういう飾り気のないチョコレートケーキなら、男の方でもイケると思いましたし。


 騎士さんは一瞬きょとんとした顔をして、それからくくっとお笑いになられました。


 恥ずかしい!

 恥ずかしすぎて死にたいくらいでしたが、逆にあちらは和んでくださったらしく、その笑顔のまま、


「じゃあ、それをいただこうかな」


 と、おっしゃってくださいました。


 なんというか、怪我の功名というやつですね。

 噛んだのが逆に良かったのかもしれません。


「はいっ、ありがとうございます!」


 私は意気揚々と、ケーキの一切れを箱に詰めていきます。

 騎士さんがご自宅でそれを召し上がられるさまを思い描きながら。

 それを想像すると、こっちの頬も緩んでしまいます。


 でも、そこでふと気づいたんです。


 このケーキ、騎士さんが持ち帰って召し上がられるなら、たとえば身内の方にも知られてしまうのでは?

 それに、ラッピングした箱を持って帰路を往くのなら、道行く人たちにもわかってしまうのではないでしょうか。


 夜遅い時間帯で日持ちしないケーキなのだから、贈呈用という言い訳も使えませんし。

 あ、家族へのお土産とかの名目ならいいのかしら。

 でも、一切れだけっていうのは逆におかしい? だんだんよくわからなくなってきます。


 それでまあ、夕方過ぎというのはダメですね。一日の仕事の疲れがピークに達しています。

 私は回らない頭のまま、勢いに任せて言ってしまいました。


「あ、あのっ、よろしければ、こちらで召し上がっていかれませんか? 紅茶もお出ししますので!」


 はい、馬鹿です。

 大馬鹿な女が一人ここにおりました。

 今思えば、ほんと何考えてるんだって感じですよね。

 イートインスペースもないお店。出会って間もない殿方に、よく考えないまま引き留めてしまって。


 でも、私は騎士さんに食べて欲しかったんです。

 できることなら気兼ねしない空間で、じっくり味わってほしかったんです。

 美味しいものを食べるのに、男とか女とか関係ないでしょう?


 いえ、自分の焼いたケーキがそんなに美味しいのかとか、店内が気兼ねしない空間かと言われると、自信ないですけど。


 ですけどね。それでも騎士さん、言って下さったんですよ。

 にっこり笑って、優しい表情で。


「それじゃあ、お言葉に甘えてしまってもいいかな」って。


 もう、こっちは良かったあああって感じですよ。

 大きく息を吐いて倒れ込みたいくらい。

 もちろんお客さんの前でそんなことはしませんけどね。


 で、まあ、店の奥から小さなテーブルとイスを運んで。

 他のお客さんが入ってこないように閉店の看板を出して。

 ケーキをお皿に移して、紅茶も淹れて。

 それで騎士さんに食べていただいたんです。


「うん、やっぱりおいしいよ」


 ああ、その一言だけで、報われた気がしましたね。

 嬉しかったです。その言葉が何よりも。


「ありがとう、いろいろ気を使ってもらっちゃって」


「いえ、お気になさらずに。どうぞこれからも遠慮なくいらして下さいね」


 そんな感じで、騎士さんはちょくちょくお店に通ってくれるようになりました。

 彼だけ、閉店後に。私も机と椅子と紅茶をお出しして、召し上がっていかれるように店内をセッティングします。


 それで、恐縮なんですけど……それが何回も続くうちに、結構親しくなれたんだと思います。

 騎士さんは、ご自身のことも色々話して下さるようになりました。


 近くの寮で生活しているんだとか。

 故郷は北方の山村にあるんだとか。

 近々、昇任試験があって、受かれば役付きになれるんだとか。

 付き合ってらっしゃる女性の方は……今は、いないんだとか。




 そんな穏やかなお付き合いが続いたある日のことです。

 

「君は……演劇とか、その、見に行ったりするのかな」


 騎士さんは出し抜けにそんなことを私に尋ねられました。


「はい?」


「いや、実をいうとチケットを二枚もらったんだ。けど、譲るような知り合いもいないし……もし、よければなんだが……お、俺といっしょに、観に行くのは、ど、どうかなと思って」


 そう言って、彼はふところから二枚の券を取り出します。


「嫌ならいいんだ。無理にとは言わない。ただ、その、日頃世話になっている礼にと……。まあ、なるかどうかは、わからないんだが」


 普段よりもうわずった声で、ためらいがちに言われました。


 そして、そのとき私は気付きました。


 凛々しい男の方がそうやって恥じらう姿、自分的にすっごくグッとくるポイントですっっ!


 ああっ、ごめんなさい。引かないで!


 まあ、それは置いておくとしても。そのお誘いは本当に嬉しいものでした。

 私は二つ返事でOKして、次のお休みが来るまでに、ウキウキの気分でお仕事に取り組むことができました。


 もちろん観劇の当日も、とても楽しくて、素敵な時間で。

 見終わった後は二人でお食事に行って、劇の感想をお互いに述べ合ったり。

 夜景が見える小高い丘まで二人で歩いて、星空と街の灯を見ながら、ちょっといい雰囲気になっちゃったりして。


 それで、あの……風が強くなってきた時に、彼が着ていたコートをかけてくれて。

 それでもまだちょっと寒いから、ふたりの身体を寄り添わせて、私が彼の腕にぎゅっとつかまったりして。


 その後は……………す、すみませんっ、これ以上はちょっと控えさせてくださいっ。


 べ、別にそんなやましいことはしてませんよ! でも、あの、自分でいうのもなんですけど、だんだんそういう雰囲気になってきたので、自然とふたりの唇がキsやっぱり駄目ですっ!




 …

 ……

 ………そんな感じで、私たちは正式にお付き合いすることになりました。




 で。


 まあ、そんな関係になった後でも、閉店後のお菓子タイムは変わらず続いていたんですね。 

 当たり前ですけど、一緒にいられる時間をわざわざなくすような意味はありませんから。


 ただ、彼と付き合うようになって、一つだけ予想しなかった、想定外のことがありまして。

 想定外というか、私の認識違いというか。

 いえ、別に全然大したことでもないのですが……ええ。




「すまないが、来週の週末は俺の分だけじゃなくて、1ホール分取り置きしておいてくれないか」


 その日、彼は今日の分のケーキを食べ終わった後、私に向かって言いました。


「種類は何でもいい。もちろんその分の代金は払う。……実は、君のことを仲間の同僚たちに紹介することになってしまってね……。隠すつもりもなかったんだが、昨日皆と話をしている時に、うっかり口を滑らせてしまったんだ」


 ちょっとだけ目線をそらし、気恥ずかしげに首もとに手をやる彼に、思わず私の頬は緩んでしまいます。


「わかりました。今の季節だったらベリーがおいしいので、ベリータルトを用意しておきますね」


「ありがとう、助かるよ」


「でも、いいんですか? 職場の皆さんにあなたがお菓子好きってこと、知られてしまっても」


 そう口に出してから、もしかして全部バレちゃってるような間柄なのかな、と私は思いました。すると、


「……何言ってるんだ? 別にそんなこと、困るようなことでもないだろう」


 きょとんとした顔で、彼は聞き返します。


「え?」


「俺が菓子を好きで何をとがめられるわけでもなし。君の言ってることがよくわからないんだが……」


「だ、だって、男の方が甘いもの好きって知られるの、普通は嫌なんじゃないんですか? 冷やかされたりすると……」


「全然気にしないぞ。第一、うちの騎士団でそんな下らないことを言うヤツなんていない」


「で、でも、いつも閉店後にいらしてたじゃないですか」


「仕事帰りに寄るしかないから、あの時間になってしまうだけなんだが。……まさか、君はずっと俺が外聞を気にしてるとでも思ってたのか?」


「最初にクッキーを買ったときに贈呈用って言ったのに、それを食べておいしかったって言ってましたし……」


「仕事の相手方が『いっしょに食べよう』って分けてくれたんだよ。別に嘘ついて買ったわけじゃない」


「つ、次に来た時にケーキのウィンドウの方をちらちら見てたのは……」


「あれは君と目を合わせるのが恥ずかしかっただけだ。下心があると思われたくないから、顔をそらしてたのがウィンドウの方だったってだけ……って、何を言わせるんだよ」


「え……。えぇえええーっ!?」


 ああ、なんということでしょう。

 あれもこれも、すべては私の思い違い。ただの早とちりだったのです。


 けれど、考えてみれば当たり前のことでした。

 お付き合いを始める前も、始めてからも、彼がお菓子を食べることで人目を気にする様子なんて、実際まるでありませんでしたから。


 ためらいがちだったのは、むしろ私個人に対して。

 私目当てに何回も店に来たと思われて、嫌われたくなかったんだそうです。


「ぶっちゃけ、君が席を用意してくれたのは、“そういう意味”で心を許してくれたからだと思ってたんだが……。違ってたんだな。す、すまない」


 彼は顔を赤くして額に手をやりました。


 でも、恥ずかしいのは私の方です。

 甘いもの好きだと知られたくないなんて、ちょっと抜けてて可愛い人だなあ。

 心のどこかでそう思ってた私こそ、間抜けな女だったということなんですから。


 ほとんど同じタイミングで、長く大きなため息を吐く私たち。

 少しだけ早く彼が顔を上げると、切り替え早く優しい笑顔を作って言いました。


「まあ、でもそのおかげで君との時間を過ごすことができたし、こうやって付き合えるようにもなったんだ。思い違いも……悪いことばかりじゃないのかもしれないな」


「そう……ですね」


 お互い目が合うと、同時にふふっと笑みがこぼれます。


「でも、同僚の皆さんにはこの勘違い、言わないでおいて下さいね」


「もちろんだ。君も、俺が君目当てでここに通ってたってこと、誰にも言わないでくれよ」


 無論、言いませんけど。

 けどそれって、普通は私に対して一番知られたくないことなのでは……? 


 誰もいないのに小声で話す彼を見て、やっぱり可愛い人だというのは合ってるのかもしれないと。

 私は声には出さず、そんなことを思ってしまうのでした。




<おわり>

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