人は潜在的に別の生き物になりたいという願望があるようですが、私は生まれ変わっても牛頭鬼でいたいです。
どうも、八大地獄第一地獄等活地獄罪人受付課に勤める牛頭鬼のゴズ・サンタモニカです。地獄の住人なのに血を見るのが苦手で毎日、閻魔宮から送られてくる罪人たちと面会して、十六小地獄へ引き渡す橋渡し的な業務をやっています。
私の仕事をもう少しだけ詳しく説明すると、まず罪人達に有罪無罪判決を下しているのは閻魔宮に住む閻魔様がしています(よく勘違いされるのは地獄に来る人が全員罪人ではないことです。何らかの手違いでた天国とか他の異界に行く人が地獄に来てしまうことがあるからです。)
だけど、閻魔様が行うのはあくまで罪人達の罪の度合いを測るだけで、詳しい罪の内容を罪人達から聞き出して、記録して保存するのが僕たちの役目です。もし閻魔様の判決と実際の罪の重さが食い違っていたら八大地獄間で罪人の移動をします。それもこれも罪人達に正しい苦痛を味わってもらうためです。
一日に一人当たり約二十人の罪人と面会をするのですが、どうも私のところに来るのは奇人変人が多い気がする。今日書くのはそんな僕が面会した変な罪人の一人の話です。
業務開始より余裕を持って私は専用の面会室に入った。
中にはすでに鬼女が居た。
「おはよう。いつも早いね」
「おはようございます」
スーツに身を包んだスレンダーで高身長、金色の長髪に高い鼻、碧眼の人間の見た目をした鬼女は軽く会釈した。彼女を見た罪人達は口々に、はりうっど女優みたいだと憧れの目で見る。
しかし、鬼族の多くは人の姿形に変化する能力に長けている。したがって、この顔は仮のもので本当はもっと恐ろしくグロテスクな顔をしている。
「今日は何人くらい来そう?」
「今日は十七人ですね」
彼女は簡潔に答えた。
「キムさぁ、昨日あった面白い話ししていい?」
「ダメです」
「少しだけでも、聞いてよ」
「イヤです、もうすぐ仕事ですよ」
「まだ、15分前だぜ」
「もう、15分です」
罪人との面会は二人一組で行われる。一人が面接官、一人が記録官としてだ。私が面接官として聞き取り調査を行い、キムが記録する。キムとコンビを組んで三年ほど経つが、キムは恐ろしく私に対して冷たい。心当たりはないのだが、とても嫌われている気がする。暑い地獄にいるのに極寒のような気分にさせられる。
「実は最初の罪人が閻魔宮で対処に困った者のようなんです」
「えっ、そうなの」
面会間近になって、キムはさらっと恐ろしいことを言った。ただでさえ、キムにあしらわれてしょんぼりしていたのに追い打ちを掛けられ、さらに気分は落ち込んだ。テンションはまじ叫喚地獄。
「気を引きしめてください」
キムは私の方を一瞥もせず、労わりの感情などさらさら無く、無感情に言った。
「まず、お名前と生年月日を言ってください」
「えーっと、猫島たかし、犬暦30XX年12年20日生まれだワン」
-ん?語尾がワン、猫島なのに?
「犬暦じゃなくて西暦の間違いではありませんか?」
「犬暦ですワン」
「いや、西暦…」
「いや、犬暦ですワン」
猫島たかしは長身痩身の冴えない二十歳後半の男性だった。喋る時に舌をチョロチョロだす変な癖がある。
猫島の真剣な面持ちから冗談ではなく本気でそう思っているらしい。
「猫島さん、ここは地獄なんですよ。つまりあなたが生前何らかの罪を犯したことになるんですけど、何か心当たりはありますか」
猫島はじっとしているのが苦手なのか上半身を落ち着きなく揺らしながら、顎に手を当てて悩んでいた。
「いや、ありませんワン」
-また、語尾にワン…
「えーっと、本当に心当たりありませんか。例えば、人グサってやったり」
「うーん……、ないワン。でも、強いて犬ならば部屋に無断で入っただけワン」
「強いて言うならね。え、何て?無断で部屋に入ったの?」
「いや、でも僕は全然悪くないワン。あっちから誘ってきたんだワン」
「どういうことよ?」
「ある仔羊のような朗らかな風の吹いていた時の話だワン」
「急に詩的だな」
「僕が公園を歩いていたら、不意に手入れの行き届いた艶やかな茶色の毛が視界に飛び込んできたワン。その子は小柄で足が短くて、胴長だけど色っぽかったワン。その彼女が僕の方を見て悪戯っぽく舌を出して、流し目をくれたワン」
「なんか積極的な子だね」
「そうなんだワン。街灯に誘われる虫ならぬジャーギーに飛びつく犬のように私はその子に誘われるがままついっていったワン。そしたら、その子には強面の飼い主が居たワン」
—ん?飼い主?
「えっ、現世の恋愛って主従関係になったの?」
「なったも何も、ずっと昔からそうだワン」
—そうだったのか。現世の認識も改めないといけないな。
「それで、どうなったの」
「もちろん僕はその強面の飼い主にボコボコにされたワン。爪も牙も全く立たなかったワン。そもそも彼女には飼い主という人がいて、僕なんかが介入しちゃいけない存在だワン。だけど…」
「だけど…?」
突然、キムは猫島の目の前に手のひらをスッと出した。猫島は舌を出して相好を崩し、キムの手に自分の手を置いた。
「どうしたどうした、急に」
「失礼しました」
キムは手を引いて、元いた位置に静かに戻った。
「飼い主に連れていかれる彼女の去り際の目がどこか悲しそうだったワン…」
「あぁ、うん、そのままいくんだ」
「そのとき僕は確信したワン、あれは助けを悲痛に訴えている目だと。そして僕は決心したワン、彼女を救い出さねばいけないと」
猫島はぼんやりと遠い目をしていた。その目の奥では決意の炎が静かに燃えているように見えた。
「おぉ、それで」
「そうと思ったら僕はさっと起き上がり、気づかれないように足音を忍ばせ、身を隠しながら彼女をつけて行ったワン。飼い主と彼女は富裕層が多く住むマンションに入って行ったワン。一見、恵まれているけれども彼女は道すがらよく立ち止まって飼い主と揉めていたワン。その行為が全てを物語っているワン」
猫島の語勢は次第に熱を帯びていった。
「ふせ!!」
再びキムが突然叫ぶと猫島は話をやめてパイプ椅子から急いで飛び降りて、伏せた。
「おまわり!!」
猫島は自分の鼻先から円を描くように回った。
「何なに、急に、怖い怖いどうしたの」
キムは私を軽蔑するような目を向けたあと、私の顔に思い切りビンタした。そして、元いた立ち位置に戻った。
「痛った!何、本当に」
キムは元の位置になにもなかったような澄ました表情に戻り、猫島も澄ました表情でパイプ椅子に座った。
「えっ、君、どうして普通でいられるの」
「へっ?何がですか」
猫島はキョトンとしている。
「いや、急に伏せたり、まわったりして」
「へっ?何がですか」
「特に何もないならいいけど…」
「えーっと、そのマンションにはセキュリティが厳重で住民の人しか入れなかったワン。だから僕はどうしたものかと悩んでいたら、ちょうど住民が来たワン。上品な身なりの優しそうなお婆さんだったワン。僕はそこの住民のふりをして、気さくにお婆さんに話しかけて、マンションに入ることに成功したワン。ついでに僕は飼い主が何階に住んでいるかと尋ねたら、快く話してくれたワン。
エレベーターが上昇するにつれ鼓動が激しくなって息が荒くなった、そして自分に問いかけたワン『怖いのか、逃げ出したいのか』と。『いや、怖くない!』と叫んで、いよいよ飼い主の部屋まで向かったワン」
猫島は拳を堅く握り震わせている。その時の感情がこみ上げてきているのだろう。
「おぉ!遂に、その後どうしたの」
「バーン!!」
三度突然、猫島に指鉄砲を向けて叫んだ。すると猫島はパイプ椅子から崩れ落ち、腹を天井に向けゴロンとした。
「ちん」
その言葉につられて猫島は立ち上がり、ハラ・タツノリ(以前面会した罪人に野球というスポーツと巨人軍のことを熱弁された)よろしく拳を突き出した。
「チェストォォォオーーー!!」
その瞬間、鬼女は雷の如く無防備な猫島の首に向かってラリアットを喰らわした。グォえふ、と奇妙な音を発しながら向こうの壁まで吹っ飛んだ。華奢な身体には似つかわしい威力だった。
「ちょっと何してんの。今話のいいところだっ……」
「チェストォォォオーーー!!」
振り返るや否や、鬼女は僕にもラリアットを喰らわした。猫島と同様、グォえっふ、と奇妙な音を発して壁まで吹き飛ばされた。
「さっきから黙って聞いてれば。なんなんですか、ゴズさん、あんたバカなんですか!!あんた、牛頭鬼でしょ!!馬鹿じゃないでしょ。小学生でもわかる狂った奴の話でしょ、それを何、巨悪を討ちに行く勇者の冒険譚をみたいに聞いて。ボケるならその牛面だけにしてくださいよ」
「何を言っているんだ…」
「いきなり何をするニャ!シャーーー!!」
猫島激昂して、キムの方へ向かって来た。
「それは猫だろぉぉぉお!最後までキャラを貫けやぁぁぁあ!」
朦朧とする視界が捉えたのは、叫びながら両膝を折りたたむようにジャンプし、猫島の顔面へ華麗なるキックを喰らわすキムの姿であった。ほっぺたに突き刺さるピンヒールはめちゃくちゃ痛そうだった。
しかし、それより私の目がいったのはスーツのポケットからひょっこり現れたキラキラ輝く犬顔のストラップだった。
ゴズさん!! 並白 スズネ @44ru1sei46
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