第5話

次の日。

さみーさみーと言いながら、リカルドと井戸水で体をキレイにした。…いや、俺としては家に戻って風呂桶に入りたいところだ。訊けば、公共の浴場があるらしいが、早朝のこの時間はやっていないらしい。…寄ってから帰ろう、そう決めたのは悲しき風呂好き性である。


リカルナちゃんはパン屋で働いているらしく、朝は早く夜は遅いらしい。リカルドは村の自警団に所属しており、杣夫や狩人、遠出の商人に付き添い、魔物や野党相手の護衛をしているとか。ふと気になって訊けばリカルドは15歳、リカルナちゃんは13歳だという。え、え?ちょっとまって、二人ともまだ中学生ってこと?大人びすぎてない?


「そういえば、ケイはいくつだ? 最初見た時はリカルナと同じくらいかと思ったけど」

「ざけんな殴るぞ」

「リカルナがいないと口悪いなお前! じゃあ俺とおなじくらいか?」

「…おう」


そういうことにしておこう、うん。リカルナちゃんを見送って、ベルの手綱を引いて散歩に向かう。散歩といっても、村はずれの人通りのない道をぽてぽてと歩く程度だ。ベルは元々軍馬だがかなりの高齢で、走りたいと言わない限りは、こうして村の中を歩いて終わるらしい。暫く歩くと、ニムバスの森とは反対側の門に出た。まだそれなりに早朝だというのに、門には人が賑わっている。その間を抜け、壁の外にでるとキンという音が聞こえ始めた。見渡す限りの草原地帯に、ひとつだけ木造の宿舎のようなものがある。周りを柵で囲まれており、中では男たちが剣を振るっていた。


「あれが昨日言ってたやつか」

「おう、こっちは人の往来が多い分、魔物や野党も良く出るんだ。だから、門の外に自警団の専用宿舎があってな、あそこには村の中でも選りすぐりの騎士しか配属されないんだ!」


自分のことのように嬉しそうに話すリカルドに、犬の耳としっぽの幻影が見える。あ、こいつやって上手く世の中渡り歩いてんだなあと関心していると「いってくる!」と走り出してしまった。その様子に思わず鼻で笑ってしまう。っふ、所詮はまだ15歳。俺の方が大人だな、ひとり得意げになっていたらベルに髪を食べられた。うげえ、馬の涎塗れ…。かっこつかねぇ…。


「おう、お前が噂の守護者か!」

「ひょろっけぇな、こんなんで剣が振るえんのか!?」

「森にはどんな魔物がでるんだ、お前ずっとひとりで守護者やってんのか」


「…あの、水か布って貸してもらえますか? 見ての通り馬の涎塗れで…」


おそるおそる言えば、我先にと質問してきた大人たちはドッと笑い声を上げた。そうして、頭やら肩やら背中やらをバンバン遠慮なしに叩かれる。え、なに。こわい、外人のコミュニケーションについていけない。「ほらよ兄ちゃん!」と投げ渡された布を借りて頭を拭う。ベルは塀に括ってもらい、井戸水で借りた布を洗った。水気を絞り、さっと炎で乾燥させる。このくらいなら体表温度をコントロールするだけなので容易だ。布を畳んでベルの所に戻ろうとしたら、キンッと一際大きな金属音がした。見れば、ひゅんと青空の下で両刃剣がひらめいた。くるくる星のように回ってこっちに飛んでくる、うわー恐い。人身事故じゃん。


「ケイ、避けろ!!」

「え、 」


あそっか、これ普通避けないといけないやつか!あんな寂びた刃物じゃ俺の体キズひとつつかないから放置でいっかあはは~なんて余裕ぶっこいて良い場面じゃないのかこれ!しまったやらかした!慌てて避けようとしたが、進行方向にはなぜかリカルド。おま、おまこのバカ!俺が逃げる方向から来てどうすんだよ!?ぶつかるだろうがああ!


逃げ場を失う、とはこのこと。いややりようは色々あったのだろうが、お頭の弱い俺にはもう逃げ道なんてないように思えた。だから_____飛んできた剣の柄をつかみ取るしかなかった。ギリギリでなんとか掴み取るのと、俺の体にリカルドがタックルしてくるのは同時だった。こにゃろう、ここで倒れないのは不自然じゃねぇか。コイツぜったいゆるさねぇ。一瞬でそう誓った次の瞬間、俺の体は思い切り地面とこんにちはした。……顔がいたい…。


「大丈夫かケイ!リカルド!」

「てゆーか、ケイいま剣受け止めなかったか!?」

「なんで倒れたんだ!?」

「リカルドお前なにタックル決めてんだよ!」


「うおおおおお ケイは!俺が!まもる!!」

(殺す)


絶対殺す。まったくケガはないのだが、なんというか精神的な傷を負った気分だ。顔面が無傷でもなあ、人間の時の記憶があるからシチュエーションでとんでもなく痛く感じるんだよ!!


ガタイのいい大人たちによって、俺の上からリカルドが引きずり降ろされ、俺も助けられる。リカルドが仕事をやりきった犬みたいな顏で「無事か、ケイ!」と目をキラッキラさせてくるので、俺は容赦なくその顔を掌で掴み上げた。無事か、じゃねぇよ。なに人の退避方向塞いでんだてめぇ。大人たちに「落ち着け」「気持ちはわかる」「リカルドの顔がっ顔が!」と止められたので、舌打ちして解放してやる。久々にガチにキレたわ。


「すごい動体視力だな、ケイは」

「え、なんすか」

「さっき剣を受け止めただろ。あ、ちなみに打ち合いで剣を飛ばされたバカはアイツだ。実戦ならもう7回は死んでる」

「今日だけで7回だ、人生換算すると50回は死んでるな」

「一周回って不死身っすね」

「ごめんなさい!ほんとうにごめんなさい!!!」


90℃の謝罪を繰り返す青年は、ミケルというらしい。リカルドと同じ自警団の見習いで、腕を磨くために朝稽古をつけてもらっているとか。


「お噂は聞いています! ニムバスの森の新しい守護者の方ですよね…そのお歳で魔物と戦えるなんて、尊敬します!!」

「え、 あ、ありがとうございます…?」

「あの怪我をさせてしまいそうになった身で恐縮ですが、よろしければ一本ご指導をいただけないでしょうか!」

「え」

「いいな! やってもらえよ、ミケル!」

「剣の予備もってくるわ」

「え」

「頼むぜ守護者様、うちの若いのにきついの見舞いしてやってくれ!」

「ケイ、その次俺な!」


「…え?」


気づけば俺とミケルの周りには厳つい男たちの囲いができていた。なにこの中世の決闘スタイル、ちょっと俺展開についていけない。冷汗だらっだらの俺に、ミケルは息を整え「お胸お借りいたします!」と剣を中段に構えている。え、いきなり真剣なの?こういうのって普通木刀からじゃないの?え、こういうものなの、始めてだからよくわからないんだが。


(てか、人間相手に剣構えるなんて初めてだっつーの…。 別に人間の時、剣道習ってたわけでもねぇし、打ち合い方なんて知らねぇぞ)


妙に軽い、おもちゃみたいな剣だ。いや、ドラゴンにしてみればの話だが。

とりあえず見様見真似で俺も構えてみるが、…やっべー腰引ける。てかこれどういうルール?何をしたらゲーム終了なの?マジで首跳ねたりしたらアウトなんだよな?


「やあ!」

(ちょっとまって心の準備できてない!!?)


ミケル、待った、できない。

剣道なんて知らないが、とりあえず袈裟懸けに切り込んできた剣を受ける。え、受け方これであってる?俺本当に型とか基礎とか知らないからね。そんな俺の焦りを知っているのか、ミケルはぐっと顔に力が入った。眉間を寄せ、歯を食いしばり、地面に足をつけ腰に重心を入れて____渾身の力で俺を押し返そうとしている。


(……こ、 これ、ちょっとだけでも押されてる雰囲気出した方がいいかなー…?)


日本人、空気読まずにいられない。正直、指一本でも受け止めてしまえるのだが、そんな人外アピールを自らするつもりは毛頭ない。少しだけ腰を低くして、受け止めていますよー感を出しつつ一歩後退すれば「おお!」と大人たちから歓声があがる。良かったー!人間アピールできてるー!


そのまま、2度3度切りかかってきたので、剣身で弾き返した。この程度なら両眼を瞑っていても対処できる。というか、対処すら必要ない。素人目だが、…ミケルは剣に力が乗ってないのだ。これでは運よく魔物に剣が当たっても、傷ひとつ負わせられないだろう。足運びも悪い。彼の立ち位置は、俺が一歩踏み込めばすぐに重心が崩れてしまう危ういものばかりだ。踏み込まれれば、踏み込まれたなりの間合いの取り方や対処法があるが、俺に剣をあてることでいっぱいいっぱいになっているミケルがそこまで対処できるとは思えない。


「っく !」

(お、隙有り)


手汗で剣が滑ったのか、宙に浮いた一撃がくる。それをガンっと剣で弾けば、ミケルの重心が崩れる。後は簡単だ。よいしょーと足を出してミケルの軸足を蹴り飛ばせば、自分からすてんと転んでくれた。いや、実際はどずんっという重い音がしたが。ミケルが呆然とした様子で尻もちをついている。気づいたら大人たちの歓声は止まっていた。あれ、思ってた反応と違う。ちょっと気まずい。どうしようと考えつつ、ミケルに「立てるか?」と手を差し出す。慌てた様子でミケルが手を掴んできたので、ぐいと引っ張り上げてやった。ミケルは呆然と剣を持った手を見ている。心なしが震えてる気がするけど、え、大丈夫か?俺強く弾きすぎた?


怪我をさせてないかとドキドキしていると、大人陣営から「次俺とやってくれ」「その次は俺だ」「いや俺が先」と謎の熱烈なラブコールをいただきました。お断り…え、いえ、何でもないデス。やります。「ケイ、俺も!」うるせぇリカルドお前は大人しくその辺で座っとけ。


大人を二人相手にして分かった。人間、弱い。俺、びっくり。

こんな力で魔物とやりあってんの?大丈夫、食べられちゃわない?もう家帰ってなよ、危ないよ。そう思うほどには脆い。俺より頭3つ分は大きい大人でも、きっと俺に傷一つ付けられない。そして俺は、瞬きの間に“ここにいる大人を全員喰える”。そう自覚した時に、ひどい眩暈がした。それを流石に連戦は子供にキツイだろうと勘違いしてくれた大人が、休憩を提案してくれた。奇しくも、人間アピールができたな、よしよし。


「すげぇよケイ…リーダーと打ち合いして勝っちまうなんて どこで剣を習ったんだ?」

「どこでってそこらへ______ いやちょっとまて、今なんていった りーだーあ?」

「おう、さっき打ち合ってた人、自警団外回りのリーダー、ゲルトさんだ」

(終わった)


速報、俺がしていたのは人間ではなく非人間アピールだった。

やらかしてしまったことに気づいて自己嫌悪で沈んでいると、「おまぇら×××してかあ!?」と大声がした、…え、なんて?

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しょっぱなからラスボス級のドラゴンに転生してしまった件について 春日部権左衛門 @yumemiruuni

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