第4話

後日。俺はリカルドと一緒に村に降りることになった。いや別に、リカルドに先進国から輸入している調味料とか不思議な野菜の種とか、魔法のテキストとか、そういう話をされて興味が湧いたとかではない。ではない。では…。


「おい、お前を送り届けて、助けてやった礼にその変わった調味料や食材、それに本とか見たらすぐに帰るからな。俺の家は、あの家なんだ」

「わかってるって。そんなに緊張するなよ、なにも異種族の村に行くってわけじゃないだろ!」

(異種族の村なんだよ!!!)


このバカ野郎が!そう思うも、目の前でスキップするバカには通じない。もうコイツ嫌だ、リカルドじゃない。バカルドに改名しろ。バカ野郎!


リカルドの村は、森を抜けるとほどなくして見える。密集した村を、高壁が丸くぐるりと覆っているのが印象的な場所だった。白い石膏でできた壁は、遠目に見ても魔力を孕んでいるのがよくわかる。近くで見るとそれは不思議な模様が刻まれていた。


「魔物避けの魔法が刻まれてるんだ。100年くらい前に、巧妙な魔術師様にお願いして村長が築いてもらったらしいぜ」

「魔物避け…ね。 どの程度の魔物なら避けるんだ?」

「俺も詳しいことはしらねぇ。だって魔法の才能ねぇもん」

「自慢げにしてんじゃねぇよ。 ……例えば、ドラゴンとか来たら。どうなる?」

「はあ? お前マジでいってんのか、そんな神話級の生き物が来たら魔法が破られるとかいう話じゃねぇよ!」

(…そりゃそうか)

「村にあるありったけの肉とパンで友達になるね! ドラゴンと友達とか、帝都で騎士になるには最高のアピールポイントだろ!?」

「馬鹿だろお前」


馬鹿だろお前。あやべ、口にだしちまった。…まあいいか、バカルドだし。ちょっとシリアスになった俺の気持ち返せ。三倍にして返せ。


村の近くによると、騎士というより村の見張り番のような大人たちが見えた。彼らはリカルドが見つけるなり、(文字通り)めちゃくちゃにしてその安否を喜んだ。それを遠目から見ているだけであった俺を、リカルドは目敏く見つけて「ケイ!」と呼ぶ。やめろ、俺はその輪に入れる気がしない!


「お、誰だそいつ? 見かけない顔だな」

「こいつはケイ! ニムバスの森で迷ってた俺を助けてくれた恩人だよ!」

「ニムバスの森で!? あそこは魔物がうろうろしてるのに、良く無事だったな兄ちゃん」

「はあ… あの、色々あって」

「おっちゃん、こいつ凄いんだぜ! 知ってるだろ【ニムバスの森の守護者】の伝説、ケイは今代の守護者なんだ!」

「おいっリカルド!! そんなことっおれは」

「マジか!!」


…この村にいる人間はリカルドの分身だと思った方が良さそうだ。あれやこれやという間に、俺は村人にすごいやせぽっちのくせにやるじゃねぇかにいちゃんよくきたなわいのわいのあっちへこっちへ。なんだこの大歓迎ムード、日本人このノリについていけない。身も心も土足で踏み荒らしまくられて、リカルドと一緒に漸く門を抜けた。「またこいよー!」「手合せしようぜー!」とか聞こえない。あっさり魔物避けの壁潜れたこととか、もうわりとどうでも良くなっていた。リカルドがなにか喋っているが頭に入ってこない、今は一刻も早く休みたかった。だがそれはどうやら無理らしい。目の前で吹っ飛んだリカルドを見て、俺は遠い目でそう思った。


「今までどこでなにしてたのよ、このゴク潰し!!!」


顔を真っ赤にして怒る少女(詳細不明)は、扉を潜ったリカルドの顔目がけて一直線にフライパンを投げ飛ばした。鉄が人骨に当たってがこんっという音が響くのをリアルに聞いた俺は、顔面蒼白である。え、それ人間だと死ぬやつじゃないの?え?そんな俺の戸惑いを置いて、いま、小さな木の家の中では世紀末のような一方的な乱闘が繰り広げられている。え、何この子恐い。女の子こんな恐いの? 俺が知っているメスと違う。


そっと扉を閉じて、俺は大人しく物音が止むまでガタブルすることにした。隣にある小さな柵の中には栗毛の馬がいて、彼は「またか」となれた様子で草をむしゃむしゃしている。いいなあ、俺もそっちにいきたい。なので馬の傍によってぼーっとしていると、何時の間にか子供たちがわらわらわらわら…あの、俺になにか用でしょうか?


「兄ちゃんが、おっちゃんがいってたひと?」

「つよいんだって。まものとたたかったことあるってほんと!?」

「ねえ、だっこして。だーっこ、うまさんにさわりたいのー」

「すげえけんとかもってんのか!?」

「おはなししてー」

(まさかのモテ期当来…)


ドラゴンの性質なのかと疑ってしまったが、どうやらこの村の子ども達が異様に人懐っこいだけのようだ。そのうち奥様方もやって来て、あれやこれや根掘り葉掘り聞かれた。なるほど、この親にしてこの子在り。…どうやら今日だけで、俺がニムバスの森の【守護者】の後継みたいな感じで知れ渡りそうだ。こわい。これだから田舎はいやなんだ!


「あの、すみません」

「あ、リカルナねえちゃん!」

「____あなたが、ケイさん?」


夕暮れの頃合い、最後まで残った姉弟の子どもを相手にしていると、控えめな声がかけられた。長い薄色の髪に小麦色の肌。大きな栗色の瞳は、まだ出会ったばかりのあのバカを彷彿とさせる。


「すみません、客人を長い時間放ってしまって…。 あ、あのわたしはリカルナ。リカルド・クラルスの妹です。兄がお世話になったようで…なんてお礼をいっていいのか」

「ん…ああ、気にしないで。 俺はケイ。ケイ・サワ、よろしく」

「ケイにいちゃん!」

「ケイおにいちゃんだよね!」


両手を子ども達に引っ張られる。どう扱っていいのか解らずに眉を寄せれば、リカルド妹…リカルナはくすりと笑って子ども達に視線を合わせた。


「アンネ、ディック、もう暗いでしょう。お家に戻りなさいな」

「えーまだケイにいちゃんとあそびたいー」

「いいでしょう、ママもパパも今日は遅いの」

「ということは、マリーおばさんが来ているはずよ。二人がいないとおばさんが困っちゃうわよ、それでもいいの?」


リカルナの言葉に、漸く子ども達の顔に戸惑いが現れた。…根は良い子なのだ、それは俺でも十分にわかる。俺もリカルナに習ってしゃがみ込み、子ども達に視線を合わせた。拘束が緩んだので、そっとふたりの髪を梳く。


「…俺、明日もいるから。遊び足りないなら、明日あそぼう」

「ほんと?」

「本当、約束するか?」

「うん、する」

「わたしも、やくそくして」


そうして小指を絡めて…ゆびきりをする。漸く満足した子ども達が家に帰る…どうやら三軒向うの子どもたちだったようだ。それを見送ると、リカルナが「ケイさん」と呼ぶ。


「今日はもう遅いですし、よければ兄の…わたしたちの家に泊まって言ってください」

「え…ああ、さっきのはそういうつもりで言ったんじゃ」

「関係ありません。最初から、ぜひうちに泊まってほしいと思っていたんです。どうか、お礼をさせてください。…もちろん、こんなことがお礼になるとは思っていませんが」

「___いや、十分だ。ありがとう、言葉に甘えます」


リカルナは嬉しそうに顔をほころばせた。改めて案内された家は、古い趣を感じさせる佇まいであった。あれほどの乱闘騒ぎがあったにも関わらず、一階は思ったよりも荒れていない。置いてある調度品1つ1つに歴史を感じる。優しい赤とオレンジで編まれた織物、天上から下がるドライフラワー、ランプの油の匂い。少し懐かしい…心が浮足立つのを感じる。


リカルナの言葉に甘えて上がろうと思ったが、綺麗なカーペットを前に足が止まる。…そういえば、森を下って来たばかりだった。泥だらけの靴をみて、思わず眉が寄る。


「リカルナ、ちゃん?」

「はい、どうしましたか」

「ごめん、靴が…汚いから。洗える場所があれば、教えて」


そういうと、リカルナは少し目を丸くした。おかしなことを言っただろうか、不安になったが直ぐに杞憂だとしれる。リカルナは笑って「兄にも見習ってほしいわ」と、代え履きをくれた。


「父のものなんですけど…ケイさんの足に合うかしら」

「お父さんの? …いいの?」

「もちろん、使ってください。きっと父も喜びます」


リカルドから、彼らの両親が近く儚い人になったとは聞いていた。俺の言葉から知っていることを察したのだろう、リカルナは穏やかに笑って見せた。言葉に甘え、使い古された…でも綺麗に整えられたなめし皮のブーツを貸してもらった。サイズはちょうど良かった、靴をキレイにして置くというリカルナに「それくらいは」と断りを入れ、自分で泥を落とした。家の裏口から隣の小さな厩舎に出るらしい。そこで泥水を流していると、栗毛の馬が「なんでいるの?」という目で見てくる。…すまん、一泊だけだから。


「あ、おかえりなさいケイさん。水棄てまでやってもらってすみません、あのもう直ぐ夕飯できますから」

「おかまいなく。…外の馬、なんていう名前なの?」

「ああ、ベルっていうんです。雌馬で、父の愛馬だったんですよ」

「お父さんは騎士、だったって聞いた。 ってことは、ベルは軍馬(チャージャー)?」

「はい」


少し興味が湧いた。明日許可をもらえたら、もう少し近くて見てみたい。

リカルナが慌ただしく食事の支度をしている。備え付けのキッチンは女性の手が届いており小奇麗だ。迷いなく棚から鍋を取り出し、慣れた手付きで食材を並べて行く…少し介入しても許されるだろうか。


「リカルナ、俺に手伝えることある?」

「まあ、お客様ですものゆっくりなさっていて!」

「料理好きなんだ、俺ばあちゃんから教えて貰った料理しかしらなくて…傍で見て覚えたい。邪魔はしないから、ダメ…かな?」


リカルナは渋ったが、ならと芋の皮むきを仰せつかった。任された。指示通りに材料を刻むと、その手付きから俺の言葉が本当であることを解ったらしい。リカルナが作業を少し俺に回しながら、調味料や手順の説明をしてくれた。ひとつ料理が仕上がるころには、俺たちはそれなりに親しくなっていた。


「美味そうなにおい~ 俺の分残っているよね!?」

「お客さんの前ではしたないことしないでください、兄さん!」

「邪魔してるぞ、リカルド。お前に似てなくてリカルナちゃんは手先が器用で飯が上手い。お前には勿体ない妹だな」

「知ってる!だからケイにはやらないぞ!」

「兄さん!」


たっぷりのバターと卵が使われた郷土料理は、とても味わいがあって美味しい。塩だけでも何種類かあるらしいので、明日は市場に寄って見たい。


「なんだ市場に寄りたいのか? なら明日、俺に付きあってくれよ!」

「ちょっと兄さん、ケイさんはこの村にきたばかりなんだから…あまり連れ回しては疲れてしまうわ」

「大丈夫だって! 俺な毎朝、ベルに散歩ついでに大人連中に稽古つけてもらってんだ。リカルナ、朝はパン屋の務めがあるから朝飯の面倒まで見てられないし、いいだろ?」

「それでいいよ」


遠回しだが、その方がリカルナちゃんの負担が減るということだ。なら断る理由がない。二人が問題ない!と父親のベッドを貸してくれた。人が良いというか、なんというか。家に留守を頼んで来た柏に、問題がないことを念話(テレパシー)で確認し…俺は漸く長い一日を終えた。

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