第3話

「…突然のことでしたな、気を落とされるな。我が君、」

「………だから、その呼び方止めろって」


朝方。ベッドの上で冷たくなっていたばあちゃん、その表情は眠っている様でばあちゃんが死んでいることに暫く気づかなかった。気づいたのはかしわ…留守の間にばあちゃんが不自由しないようにと魔力で編み出したカラスの眷属…の方が先だった。俺はばあちゃんが教えてくれた通りに、この世界で一般的な埋葬を行った。じいちゃんの墓はないので、ばあちゃんが大事にしていたじいちゃんの遺品と一緒に石塚を拵える。


アストラ、天翔ける星の名の乙女。

____俺にいろんなことを教えてくれた、導きのひと。俺にとって、ばあちゃんこそが神さまだったよ。


「お休み、ばあちゃん… 俺に沢山のものをくれてありがとう。じいちゃんと、仲良くな」

「ご安心めされよ、我が君はこの柏めが命に代えてもお守りいたしますゆえ」

「何言ってんだよ、眷属のくせに」

「なにとはなんですか、祖母様はそればかり心残りとされておりました」

「はいはい」


黒い翼をはためかせて、柏が嘴をかちかち言わせる。まるで小姑のような性格は誰の影響か、…そんな答えが解り切った問答を繰り返して、俺はまだ息を続ける。俺の外見は、目が覚めたその時から一向に老ける気配をみせない。


ばあちゃんがいなくなってしまったが、生活は変らなかった。口煩い柏が四六時中喋っている所為で、むしろ騒がしくなったと感じるほどだ。自家製の豆のパンを焼きながら、庭でジャムをかき混ぜていると、がさりと音がした。胡坐を掻いた膝の上で休んでいた柏が「む」と顔をあげる。その嘴をがっしりと掴んで、物理で喋りを止めさせてから俺はゆっくりと物音のする方を見る。


「…ひ、ひとがいた… てか、めっちゃ良い匂い!!! 恵んでくれ!!!」

(なんだこいつ)

「ぶぐるけいわわかー!」


満身創痍で転がり込んできた青年は、柔らかい薄色の髪に小麦色の肌の…人間だった。喚く柏に喋らないようにと告げて余所へやる。飛んで行ったカラスを青年は不思議そうに見上げながら、はっとした様子で俺の方へ走って来た。近寄るとわかるが、意外と背が高い。それに体つきが良い、歳の瀬は俺の外観年齢と同じほどだろうか。麻の服に、腰には剣を下げていた。


「お前…騎士か?」

「! そう見えるか!?」

「ってことはそうじゃないのか、どうしてこんな所にいる。この辺りは魔物が出て危険だぞ」

「知っている。だから来たんだ、俺は騎士になりたくて修行中なんだ。 なあこれ木苺のジャムだろ? 食べていいか、もう丸一日何も食ってなんだ!」

「まだできてない。 …はあ、混ぜてろよ。なんか持ってくるから」


近寄ると土と血の匂いが香って来た。どうやら言っていることは本当のようだ、ヘラを渡して家に入る。ちらりと見れば、青年は慣れた手付きで鍋をかき混ぜていた。…人は見かけによらないものだ。唐突な訪問者は何時だって迷惑なものだ。こちらは迎える準備などできていないというのに。そんな思いとは裏腹に、キッチンであれやこれと準備する俺は傍から見ても揚々としているのが解るだろう。…人に、何かを食べて貰えるのは何時振りだろうか。


ストックしているバケット、干し肉にチーズ。それに昼飯用にとっておいた葉物を用意する。葉物は二~三枚、オニオンと併せて水でざっと洗う。バケットは大振りにカットし、熱と水で少しだけ柔らかくしておく。肉とチーズも食べごたえがある大きさにカットし、取り出したバケットにベースソースをたっぷりと塗る。きっちり水分をとった野菜から順番に具材を挟み、塩コショウとオリーブで味を調えた。ざっくりと半分にカットして器に盛り付ける…即席にしては十分だろう。ついでに湧かして置いたお湯で茶を淹れて外に出る、そこにはまだできていなかったジャムを鍋のままくらう青年の姿が_______取り敢えずぶん殴っておいた。それ!俺の明日の朝食用なんだぞ!!!


「うまーいっ! ごちそうさん、あのジャムも美味かった!」

「ジャムは手前ぇが勝手に食ったんだよ。俺の朝飯どうしてくれんだ」

「まあそういうなよ、命の恩人!」

「命の恩人に敬意を払えとは教わらなかったのか?」

「俺はリカルド! リカルド・クラルス、お前は?」


やばいこいつ話が通じないタイプの男だ。


「…ケイ」

「ケイ! 改めて助かったぞ! お前は命の恩人だ、いやーもう森で迷った時は死ぬかと思ったもんな。じいさんから聞いていたニムバスの森の守護者を思いだせなかったらどうなってたことか」

「ニムバスの森の…守護者?」

「ああ、俺ほんとうはその人に会うつもりでこの辺りをうろついてたんだ。 ____昔、この辺りで魔物が村に下りてこないように境界を守っていた騎士がいてな、その後を継いだ妻が今も境界を守護しているって嘘みたいな伝説さ。でもそのお蔭で、村では殆ど魔物を見ないから、俺もじいさんも絶対にいるんだって信じていて、」

「その妻の名前は?」

「えーっと…アストラだったっけかな? 星の名前だったと思うぞ」


その名前には覚えがあった。空っぽになった鍋に井戸水をざばりとかける。なんだか無性に、泣きたい気分だった。


アストラ。そう刻まれた墓標を前に、リカルドは敬意をもって祈りを捧げてくれた。


「…墓石がキレイだな、お前が毎日手入れしてるのか?」

「まあな」

「そうか…良かったな。毎日ケイがいるなら、楽しいに決まっているもんな!」

(…ポジティブなやつ)


リカルドは何が楽しいのか、ばあちゃんの墓の前で村の話を延々としていた。するとどっぷり夜が更けるものだから、今日は俺の家に泊まらせることにした。いつでも元気いっぱいなリカルドは、正直ちょっと付いていけない。テンション高すぎ、俺見た目ほど若くないんだよ。…だけど、ばあちゃんへの態度を見ていると、邪険に扱うこともできない。俺は適当に合槌を打つ程度の愛想は見せておくことにした、幸いにもリカルドはそれでも嬉しそうにしていた。


「驚いたぜ…じゃあケイは本当に人がいる場所をしらないんだな」

「ああ」


話しも三時間四時間になれば、ぽろぽろと身の上話が顔をだす。隠す事でもないので、ばあちゃんに拾われて育てて貰ったこと、この家しか外の世界を知らないことを伝えると、リカルドは豆鉄砲をくらった鳩のような顔をする。


「若いくせに、よくそれでいられるな。冒険心とかないのか? 女は? 有り余る好奇心は!?」

「俺をお前と一緒にすんな。 俺はこの生活を不満に思った事はないんだよ」

「じゃあ…アストラさんが亡くなってからは、ずっとお前がひとりでこの境界を守っていたのか?」


言葉だけきくと、それは酷い孤独に苛まれているようだ。

だが事実は異なる。俺はおそらくドラゴンと総称される超自然体で、魔物なんて片腕払うだけで充分に対応できる。ひとりではない、柏という眷属が傍にいる。動物ともある程度意思を通わせられるし、なにより____どこかに行きたいと思えば、何時だってそうできた。俺はここに“縛り付けられている”わけではない。


でも、なんて答えたらわからなくて。俺は口を閉じては、開いた。そして閉じる、この話はしたくない。言外にそう訴えるように熱い茶を煽った。ことんと置くと、不自然な沈黙が流れる。それを破ったのは、やはり____リカルドの方だった。


「____ケイ、」

「んだよ」

「一緒に俺の村に下りてみないか!?」

「断る」

「下りよう!そうしよう!! 妹紹介するからさ!!」

「お前、それ捉えようによっては酷く誤解を招くぞ、いやまて。いかないぞ、俺は、 俺は絶対 いかないからな!!!!」



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