第2話

「______ッシ」


川で体をキレイにした俺は、ばあちゃんに許可をもらい亡きじいさんの衣服を譲り受けた。ハサミがあったので髪はばっさり切った。邪魔でしかないこんなもん!ゴミに埋もれたエプロン、ハンカチを三角巾に結び…戦闘準備はバッチリである。


「ばあちゃんはそこ座っててな!」

「はいよ」

「あと昼飯は魚を焼いたのと、茹でたの。どっちがいい?」

「焼いたのが好きさね」

「わかった」


ばあちゃんをロッキングチェアごと運んで外に出す。目が見えないばあちゃんに、俺の怪力はバレやしない。元より掃除は好きだ。料理も好きだ。洗濯も好きだ。家事が好きだ____いつも家の掃除は俺の担当だった。料理は土日にしていた、男の小遣いの使い道としては寂しいと何時も冷やかされてたっけ。


ヒトの時より体力も力もあるおかげか、掃除は順調に進み…ものの一日でそれなりに片付いた。ゴミは収集車がくるわけではないということなので、パチンと指を鳴らして黒炎を召喚して処理した。便利だなこれ。


「まあまあ、綺麗になったさね」

「ばあちゃん見えないくせに解るのかよ」

「わかるよ。まるでじいさんがいたころみたいだ、サーワは掃除がうまいねえ」

「佐和じゃなくて、ケイスケが名前。ケイでいい」

「ケイは魚を焼くのも上手さねえ」

「ばあちゃん、こぼれてるこぼれてる」


こうして、俺の押しかけ家政婦生活が幕を開いたのである。

ばあちゃんは俺に家族がいると思っているので、夜になれば家を出て扉の横で眠りについた。そうして朝日の訪れとともにばあちゃんの家に入る。基本はこの繰り返しだ。ばあちゃんは目が見えないが、生きていくための知識を沢山知っていた。家財の使い方、食べられるものと食べられないもの見分け方、世界の成り立ちと金銭の数え方…訊けば、無知を嗤うことなく丁寧に教えてくれる。


「なあばあちゃん、この世界にさ…ドラゴンっているの?」

「もちろんいるさね」


この世界にとって、ドラゴンは物語のキャラクターでもあり、現実に生きる移動する大自然そのものらしい。

ドラゴンは超自然的な存在であり、どのように生まれどこに還るのか詳しく解っていないらしい。だがその力は強大で、数多くの伝承や民話にその爪痕を残している。だが同時に高次の存在でもあり、その希少な存在は偉大さゆえに神と崇め奉られることもあるという。


「東のエンブリオでは、ドラゴンは王族に縁のあるものでね。ドラゴンが、次の王様を選ぶんだよ」

「それでいいのか国民」

「それだけドラゴンは人よりもずっと豊かな知識と王を見抜く感性をもっているとされるさね」


だがその一方で、大災害…災厄を呼ぶ存在として憎悪の対象とされることもあるというから難しい。俺はその話を聞きながら、ドラゴンであることを決して誰にも口外しないことを決めた。


「ドラゴンはヒトに化けられる?」

「ヒトに化けて言葉を交わせるドラゴンとなれば、それは神さまさね。神さまの子さあ」

「ふーん」

「人をわるい魔物から守ってくれる神騎士様だよ」


ドラゴン以外に俺の肩書が更新された。どうやら俺は、何時の間にか神に昇格していたようだ。


(…でも、どっちかっていうとこれは)
















______魔王、みたいだ。

きぃと扉の開く音がした。みれば、家からばあちゃんが出てきている。


「ばあちゃん、夜出歩くのやめろって言っただろ」

「ケイ? お前さんまだ家に帰ってなかったさね」

「んー… あー、ちょっと… 親とケンカした」

「そうかそうか、 外がみょうに騒がしいから、何かと思ったさね。 この辺りは魔物が多い、はやく家に入りよ」


「うん… すぐいくよ」


踏み出せば、血と混ざりあった土がぐちゃりと沈んだ。片手でへし折った魔物の首を放り投げ、どうしたものかと姿を見る…随分とはしゃいでしまった、正に血塗れ。肉を大きな爪と牙で裂かれ、抉られ、そうして四肢を損壊させたイヌによく似た魔物の死体。その中央に立つ俺は、まるで13日の金曜日に訪れる怪物のようなありさまだ。ドラゴンに転身した腕をと音をたてながら人間のそれに戻し、ふうと息をつく。


この世界には魔物と呼ばれる異形の怪物が存在した。どこからともなく現れ、あらゆる生命を奪い犯す最悪。その在り様はドラゴンと似ていながら、彼らはこの世界では明確な害悪と区別されていた。


ばあちゃんの家の付近は、どうやら魔物が生息する場所にほど近いらしく。こうしてよくヒトの肉の匂いに寄せられて魔物がやって来た。月のある夜には必ず、まるで熱心なファンなように寄ってくる魔物たち。最初は戸惑ったが、すぐに状況を良い方向へと考えることにした。彼らは…俺の力…仮に『魔力』と名付けた力が、どれほどのものなのか試すには絶好の“まと”である。


「ケイが来てから、ここはとても居心地が良いよ」

「そう?」

「そうさね。ケイが丁寧に手入れしてくれるお蔭だよ、…ここはもうケイの家さね。自由におつかいよ」


ばあちゃんが、実は俺に親も、帰る家もないことを知っていたのかはわからない。でもその日から、ばあちゃんの家は、俺の家になった。


「____≪轟け(レイ・ジーオ)≫」


厚く深い灰色の雲が月を覆い隠した。光のない宵闇に、魔力で編んだ雷戟が閃いた。一拍おいて、ダイナマイトが爆発したような音と振動が森に響き渡る。じんじんと森が戦慄き、眠りについていた鳥が慌ただしく空を舞い夜に戸惑う。巻き起こった砂煙を腕で払い、着弾した地点に目を凝らせば大猿の魔物が見る影もなく黒い炭の塊となっている。


(威力はそこそこ、… もう少し魔力を収束させて貫通力もあげたいな)


少し、わかったことを整理しよう。


ドラゴンとしての基本性能は、人間の姿形でも行使することができる。だが、人間の姿のままドラゴンの怪力、魔力、飛行能力を使用すると“器”が悲鳴を上げる様にして意識に反した転身が全身を襲う。具体的にいうと、皮膚に鱗が浮き上がり髪の毛がぼうぼうになったりする。つまりは目覚めた時と同じ不審者スタイルだ。それを抑えるためには、こちらで意図的に人間の姿をドラゴンへ転身する必要がある。飛行したい時はドラゴンの翼を、怪力を奮いたいときはドラゴンの腕を呼び起こす。そうするとスムーズに能力を引き出せる。


また、ばあちゃんの言うとおりドラゴンはこの世界では弱肉強食のヒエラルキーの頂点に君臨する生き物のようで。おおよそ、魔物相手には負け知らずである。以前、恐竜に似た魔物二百~三百程度に囲まれたこともあったが、結局キズ一つ負う事はなく圧勝した。自分で自分がこわくなる程度には完全勝利であった。


ドラゴンといえば、もうひとつ。ばあちゃん曰く、ドラゴンは無限の魔力をもち、森羅万象を操る賢者でもあるという。その力で天候さえも自在に操るという謳い文句は、大よそ真実の様だ。俺の場合、魔力の変換資質は「雷」属性であり、…雷雲程度なら操作可能である。あと余談になるが黒炎は属性ではなく、ドラゴンとしての基本性能…毒ヘビの毒のようなもので、魔力は関係ないようだ。…たぶんそう、おれ、あたまわるいけど、ほんのうがそういってるきがする。うん。


魔力を雷に変換して、魔法として行使する。何もないゼロからのスタートだったが、魔力の使い方は本能である程度理解できた。あとはアイデアとイメージだ。幸いにもマンガ大国で育った記憶があるためゲームやアニメの魔法・魔術を手本に、それらしいことはできるようになった。妄想こそ全てとはまさにこのこと、チートにもほどがあるな。


ばあちゃんの倉庫には、古い魔法やお伽噺の本があった。それをテキスト代わりに、俺は更に魔力の応用方法を考えた。魔力で専用の戦闘装束を編めるようになったころ、めっきり魔物が襲ってくれなくなった。ちょっと待て、今こそ試し切りしたいんだが?じいちゃんの遺品である両手剣に無限のトキメキを覚えて一生懸命作ったこの砂鉄の日本刀の切れ味、何で試せってんだよ!!


「ケイは薪割りが上手さね」

「…獲物がいいんだよ」

「気に入ったんならやるさね、そのオノ」


ごめん、ばあちゃん家のオノは倉庫に眠ったままだよ。すこーんと砂鉄の日本刀で薪割りをしながら、俺は微妙な気持ちになった。切れ味…いいけど、試し切りが薪って…いや、平和って大事だよね…。うん。


「ばあちゃん、今日のデザートは野苺のシャーベットだよ」

「ケイは洒落たもんが好きさね」

「俺シティボーイだから」


ばあちゃんとの生活のおかげで、生活能力も大分レベルアップした。でもやっぱり一周回って、生肉食いたくなるんだよなー。なんでかなー。不可視・防音・人避けの結界なんていうファンタジー技能を身につけてからは、周りを気にすることなくドラゴンの姿に戻ってむしゃむしゃやってます。やっぱドラゴンの時の方がすっきりするんだよね、今俺ありのままの姿だーみたいな?それを感じる度に、俺ってやっぱり人間じゃないんだなあって他人事のように感じる。


そうして、ばあちゃんとの何気ない日々は過ぎて言った。時間の流れを忘れてしまうほど、穏やかで只管に退屈な優しさだけが満ちていたと思う_____それが無限ではないことを、思い出したときには…ばあちゃんは死んでしまった。

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