しょっぱなからラスボス級のドラゴンに転生してしまった件について
春日部権左衛門
第1話
土の香りがする。
動物の糞と植物の種が、雨によって混ざり合うにおいだ。
ぱちんと、目が覚めた。視界には掌と蔦が見えた。少し力をいれると、ぶちぶちと蔦がちぎれて掌が宙に浮く…どういう状況なのだろう。確かめたくして起き上がれば、蔦は全身に絡まっていたようでぶちぶちと音が続いた。むくりと起き上がる、森だった。深い西洋の樹林が広がっている、空は青く、太陽はかぞえて三つ。
(…うごく、)
わきわきと両手両足を動かす。問題ない、巻きついた蔦と土を払っていると、髪が肩からこぼれてくる。わしっと掴んだそれは女…平安時代の女性貴族のように長い。本当に自分の髪か妖しくて、ぐいとひっぱったが痛みしかない。…俺の髪か。
(なんだっけかな、…お姫さまが塔の上に閉じ込められて、王子様をその長い髪であがらせるはなし、)
タイトルは思い出せない。…いや、そもそも、そんな知識はどこでえた?俺は誰だ、ここはどこだ。
「…おお、」
あてもなく歩くと水辺にでた。底が見えるほどに透明な川を覗き込むと、そこには俺がいた。…顔を認識できるってことは、俺はやはり“オレ”らしい。おそろしく長い髪を除けば、ちゃんと俺だ。ぺたぺたと顔を触りながら、うんうんと頷く。とりあえず服がほしい、なぜすっぱだか。露出の趣味なんぞないぞ、俺は。それと、
(はら、へった)
それだけを思って、森の中を彷徨った。結局、獣の一匹みつからず夜になる。空には月が二つ浮かんでいる、空腹と疲労でぼんやりする頭で俺は考えた。俺は誰だっただろうか。
生きていた世界は、もっと硬いコンクリートと雑踏で溢れていたように思う。眩暈がしそうな大都会、テレビの音、携帯の着信音、鉛筆が擦れる音。そういうものに囲まれて何十年か生きた、両親の顔はぼんやりとしている。でも温かく、優しく、時に理不尽な人たちだった気がする。友人と呼べる相手もいた、気ばかりが良い奴だったが人生に彩りをくれた。飢えは覚えたことがない、上質な絹の服を着て、ふかふかのベッドで毎日眠った。…東京と、その場所は呼ばれていた。
(ここは、どこだ)
太陽と月がひとつではない世界、…俺が全く知らない星だということは理解できる。
それにしても腹が減った、二日と彷徨わず俺は地面の上に倒れることになる。目覚めて一日半でゲームオーバーとは、なんと情けない。しかも死因が飢えとか。なんだそれかっこわるい。
ぼんやりする意識で刻々と迫る死のようななにかを待っていると、不意に近づく気配があった。それが生きている時どのような顔で、なにを目的に近づいてきたのかはわからない。理由は簡単だ、それを見る前に…俺がそいつを食べたから。
はっとしたのは、体中が血と欠けた骨でべちょべちょのぐちゃぐちゃになってからだった。貪り食った、その表現が一番近い。俺は無意識のうちに…近づいてきた中型四足歩行の生き物を食ったらしい。…生で、うげぇ……吐きそう。だが、体は違うようだ。少しだけ飢えがなくなっていた。
こんな姿見られたら警察に捕まる。というか怖がられて殺される、だって俺今どうみても猟奇殺人をおかしたヘンタイ露出魔だ。そうして足音も気配もゼロに近づけて森を歩くと、先ほどとは打って変わって良く獣が見つかる様になった。…俺はどうやら忍者の素質があったようだ。
四足歩行のイノシシやシカ、そう言うものを見ると…無性に腹が減った。焼いて味をつけて、本来“ヒトはそうしてそれらを食べる”。生で皮のついたままの獣を食べるなんて原始人だってしない。そう思いながら歩く俺の後ろには、食べられないから捨てた獣の皮と、苦くて舌に合わない内臓の一部がぽつぽつと続く。はい、どうやら俺は原始人以下の知能指数のようです。わりとマジで死にたい。
(…血、べとべとして、鬱陶しいな)
空腹が満たされたのは四回ほど夜が明けたときのこと。それ以降、時間を無意味に数えるのは止めた。とりあえず血塗れの身体を川で洗って、比較的冷静になった頭で適当に動物の皮を乾かして温泉よろしく腰巻にしてみる。…あ、今おれ原始人くらいにはなれた気がする。星の砂粒ほどだが、文明レベルがアップしたな。その位になると妙に元気がでてきた、一種の躁鬱状態のような気もしたが深いことは気にしない。
妙に力が余ってる気がして、試しにアクション映画のように構えをとって木に拳を叩き付けたらバキバキバキィ!と折れた。…ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです、出来心だったんです。100m小走りで息をあげていた俺の面影はどこへいった。いまの俺、霊長類最強かもしれない。殴ったら砂のように消し飛んだ大岩を前に、そう確信した。すげぇ、スーパーヒーローじゃん。いや、どっちかというと悪の親玉…?やめよう、この問答はきっと誰も幸せにならない。
そうして獣の肉や魚を食べながらリアルサバイバル生活をしていく中で、俺は俺の異常性を知った。俺の中にはこう…意識的に操れる力のようなものがある。それは心臓ではなく額あたりにあって、そこから全身に血管のように広がっていた。感覚としては自分で心臓の心拍数をかえて血の流れを操る様だと思う、いや、やったことないけど。比喩だけど。まあとにかく、そんな勢いとノリで、その力を操ることできる。
掌に意識を集中させると、爪がビキビキと伸びて硬い鱗がびっしりと生える。形容しがたい…巨大化させた歪なトカゲの手のようなものに転身する。あ、これやっぱ悪の親玉のほうだわ。どうみてもヒーローの体じゃない。
それは足や背中、頭にも同じような転身をもたらす。そうすると…俺は手足がトカゲ、大岩を一撃で粉砕するトカゲの尾、触るとびりっとくる四つの角、蝙蝠のような四枚の翼。
真っ赤な血の色に、金輪浮かぶ異妖の瞳。
「………悪魔?」
実はこの答え、ニアピンだった。何度か試した結果、一部を転身させるには意識の集中が必要だとわかった。そして、全身の転身にはその逆…“体の緊張を解く”必要がある。そうして川に現れたのは悪魔ではなく…ドラゴンだった。
「おお…」
その声は低い喉の音になって響いた。例に声を出すと川が割れてまわりの森がぶわりとざわめいたので、俺は大人しく口にチャックである。森林破壊はダメ、ぜったい。
ドラゴンの身体は大型ショベルカー程ある。だがなんかもっと大きくなれる気がする、やらないけど。空も飛べる、あと帯電してる。汚いがゲップしたら黒い炎が出たので、なんかファンタジー映画みたいに炎のブレスとか吐ける気がする。
「あーーーー やっぱ魚は焼きがうまいわ」
自分で吐いた炎で焼いた魚は格別だった。うまい。文明が戻って来た!俺は文明から程遠い生き物だったけど!
それから着実にサバイバル能力を上げていった。もとよりこだわる性質であったのが幸いしたらしい。日本人の少年なら絶対に見たことのある週刊雑誌のヒーローみたいに、森をめちゃくちゃ早く移動できるし。木なんか蹴ってぽーんって森の上にでられるし。目を瞑って集中すれば、程遠くの音や気配を辿れるし。武道の踏込(見真似)だけで地面割れるもん。俺やべぇ、すげぇじゃねぇ、やべぇ。
(だがこれといってやることがないのが難点…)
最近は力を抑えると動物が寄ってくることが解ったので、日々座禅(見真似)を組んで森の仲間たちと(一部メシ)と戯れるばかりである。俺いつから仙人になったんだろう。
世界が突然とんでもない方向性に向かったように、そんな平穏な日々も、突然おわりを迎えた。
原点回帰というわけでもないが、一周回って生肉が食べたくなる時が多々あった。その日がまさにそうだ。むしゃむしゃと血の滴る獣肉をフライドしたチキンのように食べて歩いていると、不思議な気配を感じた。むむむ、感じたことのない気配。気になる。そう思ってふらふら~と歩いていると、人間のばあさんに遭遇した。ぼとんっと獣肉が俺の手からおちた。
(俺、終わった…)
「おや、そこにだれかいるのかい?」
「…ん?」
「ちょうどよかった、道に迷ってしまってねぇ。 わたしの家はどこかなあ」
最初は、血塗れ野性人髪ぼうぼうの俺をみて驚かないからてっきり同職の方かと思ったが…どうやら違う。ほけほけと笑うばあさんはそっぽの方を向いていて、杖をつく足取りは頼りない。例にひらひらと顔の前で獣肉を振って見るが、楽しそうに道に迷った経緯を話すばかりだ。…その瞼は、目脂が溜まり長く閉じられているようだった。
「…ばあちゃん、もしかして目が見えない?」
「ああ、そうだよ。はずかしいねぇ」
「どっから来たの、付添いの人は?」
「森にベリーをとりにきたのさ」
「…ばあちゃん、そのカゴ葉っぱしか入ってないよ」
「そういうこともあるさあ」
…随分と能天気なばあちゃんだった。でも、久しぶりのヒトと話すのはやはり楽しい。俺はそのまま別れるのも惜しくて、ばあちゃんを家まで送って行くことにした。ばあちゃんは長く風呂にもはいってないのだろう、匂いがキツイ。そのお蔭で残り香を辿ってばあちゃんの家…ぼろぼろだが確りとした佇まいの木の家を見つけることができた。
「ありがとう、助かったよ」
「…ばあちゃんひとり? お手伝いさんとかは?」
「貴族様でもあるまいに、いないよ」
「家すっげぇ汚いけど」
「死んだじいさんが迎えに来てくれるまでの辛抱さね」
そういう問題でもない気がする。家の中は酷い匂いで、そこら中にものが散乱し、食べ物は腐っていた。…汚部屋、そういうに相違ない様子にぐうの音もでない。でもばあちゃんは気にしてない様子…いや、見えていないだけか…腐った果物を踏んで部屋に入り、唯一姿がみえているロッキングチェアに落ち着いた。
「ほんとうにありがとうね、名前はなんていうんだい?」
「
「サーワ? 親御さんによろしくつたえておくれ、わたしはもう大丈夫。はよう帰りなさい」
いやいやいや、とても大丈夫には見えないんだか。
「…ばあちゃん、明日もきていい?」
「ん?」
「ちょっとさ、部屋綺麗にしようよ。俺片付けるから、ダメかな?」
「いいのかい? うれしいねえ、」
快く頷いてくれたばあちゃんに、俺は久々に心が舞いあがるのを感じた。
ばあちゃんの名前はアストラというらしい。俺がこの世界で目が覚めて、初めて出会ったヒトは星の名前を冠していた。
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