妹が悪役令嬢になる前に

龍田たると

妹が悪役令嬢になる前に

「クックック……良いこと思いついたぞぉ! おいイザベラ! お前明日からアベルに弁当作って持って行ってやれ! お前の手料理でヤツのハートをゲットするんだ!」


「い、いきなりどうしたんですか。ドミニクお兄様」


「だから弁当だよ、弁当! お前料理得意だったろ? ウチにあるもの好きに使っていいから、腕によりをかけてあいつにランチを振舞ってやるんだ! それでお前のヒロインポイント、がっつり獲得って寸法さ!」


「よ、よくわかりませんけど……私が、アベル様のために料理をする、ということですか……?」


「ククク……料理のできる女ってのはアピールポイント高いもんだからな! しかも庶民ならいざ知らず、他の貴族令嬢ヒロインたちは包丁すら握ったことがないときたもんだ! つまり、ここはお前が頭一つ抜け出るチャンスなんだよ!」


「おっしゃる意味が私には……というか、予告も無しに持って行ってもアベル様にご迷惑じゃないでしょうか」


「ハッハァー、そんなわけないんだよなぁ! そもそも男ってのは『女の手作り』に弱いもんなのさ! 自分のために手間暇かけて作ってくれた、そこにグッとくる男心、わかんないか?」


「私は殿方ではないので……」


「とにかく、誰も行動に移してない今がチャンスってことだ! 料理長には僕から話しておくから、お前は早いとこメニューを考えとけよ! もう明日まで半日ないんだからな!」


「って、あ、明日ですか!?」


「善は急げ、思い立ったら吉日なんだよ! いいか、どうせお前は恥ずかしがって直で渡せないだろうから、僕用の弁当をお前に作らせたってことにしとくからな。それで作りすぎた分をアベルに分けてやるって筋書きだ。だからお前は料理のことだけ考えてろ! 余計な心配なんかするんじゃあないぞ。じゃあな!」


「えっ、ちょっ、ちょっとお兄様!? 私まだ作るなんて一言も!」


「お前の料理本当に美味いんだから! 僕の分も期待してるからなー!」


「さ、最後まで話を聞いて下さいよ! 言うだけ言って出て行かないでください!」




 ……さて、上記の会話を聞いていた皆に一つだけ言っておきたい。


 僕はバカじゃない。

 バカのふりをしているだけなのだ。


 ……信じてないな。

 もともとのドミニクの性格に寄せて演じてるだけで、本来の僕はもっと思慮深いんだよ。

 最近これが素になってきたとか、そういうことは断じてない。絶対ないから。


 ……ホントだって!


 まあいいさ。

 信じられないならそれだけ僕の演技が神がかっていたということだ。

 前向きにとらえることにしよう。



 僕、ドミニク=フォン=ドレッセルは悪役令嬢の義兄だ。

 前世ではただの一般人だったが、何の因果か次の人生ではゲームのキャラクターに転生してしまった。


 ゲームのタイトルは何だったか……忘れた。

 かわいい女の子がたくさん出てくる、男性向けの恋愛ゲームだったことは覚えている。

 主人公のアベルが女の子たちと仲良くなって、皆で魔王を倒すという陳腐なシナリオの物語だ。


 僕の妹のイザベラも、アベルを慕うヒロインの一人。

 イザベラはロングの黒髪、物腰柔らかな性格に、突出したスタイルの良さを備えていて、僕には似ても似つかない自慢の妹だ。(というか義妹だし)

 ただ、忌み嫌われた魔法属性『深淵』のせいで精神的に追い詰められ、ほとんどのルートでは悪女のポジションに堕ちてしまう。  


 それだけじゃなく、妹が悪堕ちした場合は義兄である僕にも被害が及ぶ。

 魔力暴走の末に屋敷を全壊させ、僕を含めたドレッセル家の人間は半殺しや精神崩壊の目にあうのだ。


 だから僕としては妹の悪堕ちを防ぐ必要があり、アベルとイザベラを両思いにして、シナリオをイザベラルートに乗せる必要があった。


 物語がイザベラルートに入った場合は、二人は恋人として結ばれ、『深淵』の力も聖なるものへと転化する。

 そのときは僕も勇者の義兄として、恩恵のおこぼれにあずかれる。


 なので、僕はあの手この手でアベルにアプローチをかけるよう日頃から妹に言い聞かせていた。



「――なぁイザベラ、お前好きな男とかいないのか? 僕の同級生で一人いい奴がいるんだが、一度会ってみないか?」



「――なぁイザベラ、アベルはどうだった? あいつこの先成長株というか、なかなか有望だぞ。今からでもツバ付けといて損はないと思うんだ。今後も屋敷に遊びに来させるから、お前もめかしこんで出迎えてやれよ」



「――なぁイザベラ、来月アベルの誕生日なんだけどさ。あいつ寮生活で実家も貧乏だから、ウチで誕生会開いてやることにしたんだ。けど、何か遠慮しちゃってさ。お前からも気兼ねする必要はないって、一言言ってやってくれよ」



 ……こうやって僕の台詞だけ抜き出すと、何かおせっかいな親戚のおばちゃんっぽくて、アレだが。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 何せ僕にとっては死活問題なのだ。どんな馬鹿を晒しても、バッドルートを辿るよりは何百倍もマシというもの。

 

 ただ、こんなふうに僕が馬鹿みたいに必死になっても、イザベラとアベルの仲はなかなか進展しなかった。


 というか、イザベラはとても引っ込み思案で、アベルはおろか僕以外の人間とは関わろうとすらしない。


 その原因もやはり、彼女が生来持つ魔法属性にある。


 魔法属性――『深淵』。

 これは要するに闇だとか邪だとか、そういう系統のものだと思ってもらえばいい。

 妹はその忌み嫌われた属性のせいで自分を貶め、また人に害を為すことを極度に恐れていた。


 実をいうと、ゲーム本来のシナリオでは義兄である僕が率先して妹をいじめ、彼女の負の心を増幅させて魔力暴走の素地をつくる流れになっている。

 だから、バッドルートに入った時に僕がその煽りを受けるのは自業自得なのだが、ゲームの記憶を思い出した今では当然そんな真似をするはずもない。


 むしろ妹に自信をつけさせるため、僕は幼い頃から積極的にイザベラの世話を焼き続けていた。



「あのさイザベラ、前から思ってたんだけど、お前の服装地味だよな。もっと派手な色合いのにしてみろよ。赤のドレスとか、黒髪に映えてきっと似合うぞ」


「い。いえ、お兄様。私なんかが着飾ってもかえって悪目立ちするだけです。それに……あまり人目を引いて、お兄様やお祖父じい様のご迷惑になってもいけませんし……」


「はああぁぁ〜〜……? ほんっとお前はバカだよなぁー。可愛い妹が皆の注目の的になったとして、何の迷惑になるんだよ?」


「で、でも、『深淵』の私が出しゃばれば、きっと反感を抱く方が多くいらっしゃるはずです。そもそも私のような呪われた女が、か、可愛いだなんて、お兄様もお戯れが過ぎますわ」


「バーカ! お前バーカ! そういうところがダメなんだよ! いいか? 魔法の属性なんて下らないもんにとらわれて、ウジウジしながら生きるなんてアホのすることだぞ! 呪われてるとかどーでもいいし、それでわらうやつがいたらこっちから笑い返してやりゃいいのさ!」


「ど、どうでもいいって……」


「笑うんだよイザベラ! こうやって口の端を上げてアハハと笑い飛ばせ! 人生に必要なことは人目を気にすることじゃなくて笑うことだ! お前が可愛く笑ってりゃ、それだけでたいていのことは解決する! それでも何か言ってくる奴がいたら、僕がそいつの尻を蹴っ飛ばしてやるさ!」


「お兄様……」



 そんな感じで、僕はイザベラを叱咤したり、時には思いっきり持ち上げたりして、引きこもりがちな彼女が人前に出られるくらいには性格を前向きに変えていった。


 もともとの魔術の素養が高いこともあり、また健気に努力する姿が多くの人の心をとらえたのか、今ではイザベラは生徒からも教師からも好かれる皆の憧れの的だ。


 これであとはアベルと結ばれてくれればすべてが丸く収まるんだが……。


 ただ、どうにもわからないことにイザベラはアベルと付き合うことについてだけは、あまり乗り気でないようだった。

 

 別にアベルに欠点があるわけじゃない。むしろ主人公だけあって彼は性格も容姿も完璧なのだが、悪印象こそないにしろ、イザベラはアプローチをかけるのにどこか二の足を踏んでいる感じだ。

 

 それは多分、アベルの魔法属性が『深淵』と対極にある『聖天』だから、魔力が反発しあうのを恐れているんだと思う。

 気にするなとは言ったものの、身体をめぐる力の流れはまだコントロールが難しいのかもしれない。


 いや、僕は魔法の素養がないからそこらへんはよくわからないけど。


 ともあれ僕にできることは、イザベラを後押しして恋のモチベーションを上げてやることと、同時に彼女が心穏やかでいられるよう支えてやることくらいだった。



 ◇

 


 ……そんなこんなで月日は流れて。


 先のお弁当作戦も上手くいったらしく、近頃のイザベラとアベルは二人だけで昼食を取るくらいには親しい間柄になっていた。

 今日も二人は人気ひとけのない庭園の隅っこで、イザベラの手料理をいっしょにつついている。

 

 僕はというと、ちょっと離れた植木の影から両人の動向を見守っている。

 イザベラの弁当の余りを食べながら。


 ……出歯亀とか言うなよ。否定できないから。

 

 ちなみに、割と至近距離で覗いているけどバレる心配はない。

 執事のオットーを同行させて、彼の遮蔽しゃへい魔法で姿を隠しているからだ。


「それにしてもイザベラはまだまだ積極性が足りないよなぁ〜。せっかく二人きりなんだから、せめて『あーん』して食べさせてやるとか、そういう大胆さは無いもんかねぇ?」


「若様……あの」


「あ、この卵焼き美味いな。でもこれって僕の好みのダシ汁入れた味付けじゃないか。アベルは甘いのが好きって教えてやったのに……あいつもしかして忘れてるんじゃないのか?」


「あの、若様、すみませんが……」


「お! イザベラのやつ、アベルの手を握りに行ったぞ! どーなってんだ、すごい進展具合だな! でも何だかあんまり恋人っぽくない握り方だけど、まあそんなことはどうでもいいか! これであとはキスの一つや二つでもしてやれば完璧だな!」


「若様、すみませんっ。もうあと10秒くらいで遮蔽魔法が切れます。それともう一つお伝えしたいことがございまして、とにかくここから離れていただけないでしょうか!」


「おまっ、そういうことは早く言えよ!」


 オットーの言葉で我に返り、僕たちは慌てて弁当の包みを抱え、その場をあとにした。

 

 そして、彼が言うには今夜イザベラから僕に大事な話があるという。


 大事な話。

 一体何だろうか。

 ついにアベルに告白するとかだろうか。

 というか、わざわざ断りを入れる必要なんてなかろうに、イザベラも割と律儀なヤツだなあと思う。


 まあ、何にせよこれで今後の僕の人生における懸念もなくなるわけだ。

 アベルと結ばれればイザベラの幸せも確約されたようなもんだし、そういう意味では兄としても一安心。


 そんな気楽なことを考えながら、その晩僕はイザベラの部屋へと足を運んだ。




 ――のだが。


「お兄様、私、決めましたっ。今から勇気を出して、自分の思いを正直に伝えます!」


「おお……ついにきたか! ここまで来るのに結構かかったけど、引っ込み思案なお前がよく決心したな。偉いぞイザベラ!」


「はいっ! 私、もう自分の気持ちに嘘をつくのはやめたんです! 私、イザベラ=フォン=ドレッセルは……お兄様を愛しています! 私がお慕い申し上げているのは、何よりも、誰よりも、ドミニクお兄様なんです!」


「あぁー、いいと思うぞ。率直だけど思いのこもったいい告白じゃないか。アベルのやつもそれ聞いたらきっとお前の気持ちを受け入れ……って、何?」


 僕はそこでイザベラの顔を思わず見返す。


「……お前、今なんつった?」


「はいっ、『愛しています』と申し上げました」


「……だ、誰が……誰を?」


「わたくしが、ドミニクお兄様を、です」


 一瞬、言葉に詰まる。

 会話が途切れ、同時にその場の時間が止まった。


 ……言い切った。イザベラは。

 自信満々な表情で。

 それから、少し上気して、潤んだような瞳でこちらを見つめて。


 妹が、義兄を。

 こいつが、僕を、愛していると。


「……いや、いやいやいやいやいや! 何でそうなる! わけがわからないよ! アベルに告白するんじゃないのかよ!」


「アベル様には今日のお昼に許可をいただいてきました。そもそも私たち、正式にお付き合いしていたわけではないんです。宙ぶらりんな状態でしたが、正直に申し上げたら笑顔で送り出してくださいました」


「何でだよ! 笑顔で送り出すのは僕の役目だろうが! そもそもお前、アベルが好きだったんじゃないのかよ!」


「そんなことは今まで一言も申し上げておりません。お兄様が薦めてくださるからアベル様とも親しくしておりましたけど……。それでも私の中の一番は、何があろうとドミニクお兄様ただ一人なんです。私自身、この数日でようやくそのことに気付くことができました」


「僕は兄だぞ! お前と僕は兄妹きょうだい! 肉親じゃないか!」


「でも、血はつながってはおりません。すでにお祖父じい様の許しも得ています。お祖父様は『イザベラの子なら、魔術に秀でた子が生まれるはずだから、好きにすればいい』とおっしゃいました」


「……あんのジジイいぃ! ていうか、なんでそんなに手回しが済んでるんだよ!」


「私を養子にして下さったお父様もお母様も、生きておられたらきっと応援して下さるはずです。何よりも、私が笑っていられることが一番だと言ったのは、他ならぬお兄様ではありませんか」


「いや、言ったけど! 確かに言ったけどさぁ……!」


「今日の私がこうしてあるのは、お兄様がいてくれたからなんです。私が辛いときに傍で支えて下さったのは、いつもお兄様でした。ですから私は……妻として生涯をお兄様に捧げ、お兄様のためにこの身を尽くしたいのです」


 妹は、これ以上ないくらいまっすぐに僕を見つめていた。

 優雅な笑みをたたえ、それでいてその瞳は炎のような激しさを秘めて。


 ついでにイザベラは僕以上に用意周到だった。

 アベルに祖父に、その他周りの人間にはすべて根回しが完了済み。

 すでに外堀は埋められて、あとはもう僕がイザベラを受け入れるのみ。


 つまり、どうあがいても『詰み』の状況だった。



 

 ――こうして、ドレッセル家に一組の夫婦が誕生する。


 今後イザベラは悪堕ちすることもなく、夫を立てる理想の淑女として評判となり、僕らは仲睦まじい夫婦のまま生涯を共にすることになる。


 後に生まれた子供は、イザベラの美貌と魔法の素質、そしてしたたかさを受け継いだ名君となり、果ては次世代の勇者と肩を並べるまでになったという。


 だからまあ、これで良かった……のか?


 ……良かったんだよな?








「もちろんですわ。お兄様っ」


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