前日譚SS

「藤谷卿、桜の樹の下には死体が埋まっている、っていう噂、信じます?」


 皇宮警察署の一室で、突然の質問であった。

 私の部下が変哲もない、ただの話題振りとしてのもののようだ。噂好きな彼なのだ、そう言ううわさを聞いて聞いてみたくなったのだろう。


「ほう、桜の樹の下には死体が埋まっている噂、ですか。確か、死体の血を吸うことで鮮やかな赤い桜になる、といったことじゃないですかね?」


「そうです!ここの桜の樹って、とってもきれいじゃないですか、特に枯れない桜とかいつまでも美しいから、もしかして、その下には死体とか埋まっていそうじゃないですか!」


 嬉々として語っている。本人にとっては面白そうな話なのだろう。本当に噂好きな彼らしいものだ。

 そんな彼と一緒にいると、気分が晴れてくるのも確かなのだから、彼の存在というのは侮れないものだ。


「ふふ、そうですね。もしかしたらそうかもしれないですね。あんなにも美しい桜なら、埋まっていてもおかしくないですね」


「でしょう!!やっぱり藤谷卿なら、そう思ってくれると思いましたよ!あ、そうだ、他にも色んな噂話があるんですが、どこかで一緒に離しませんか?」


 どうやら、その話をまともに聞いて上げたことで、より乗り気になってしまったようだ。いつもであればそのままカフェーで一休みして行ってもいいが、今はその気分にはなれない。

 ポケットの中に入っている、硬い感触を感じながら、彼へと答える。


「すまないね、私の娘が待っているからね。また今度でもいいかな?」


「ああ、そうでしたね。すみません。本当に幸せそうで、うらやましい限りですよー。娘さんによろしく、って伝えてくださいね」


 家族の話をするとすぐに納得してくれたようだ。早く、最愛の娘に会いたい、そう思い、その足を進める。

 その背後から、部下の声が、私自身に突き刺さる。


「あ、そうだ、それなら、帰る前に一つ、最近、悪い妖精が暴れている噂、信じていますかー?」


「……はは、どうだろうね?」


 軽く返しながら、その場をあとにする。

 ポケットの中の感触が、より冷たく感じながら……。


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 藤谷家。

 その家はこの桜の帝国の華族の一つであった。

 代々皇宮警察に所属して、人々の暮らしを守る。それがこの藤谷家の家訓でもある。

 そして、私はその藤谷家の現当主。運に恵まれてこうして皇宮警察の一人に名を刻むことができている。

 愛する妻と12年前に結婚し、娘を授かり、今、人生の幸せの真っ只中にいる。


 そう、今の時が、自分の人生における幸せの真っ只中、なのだ。


「ただいまー」


「あ、お父さん、お帰りなさい!!」


 玄関をくぐると、きれいな淡い桜色の髪を靡かせながら、少女が駆け寄ってくる。

 私の最愛の娘だ。

 私よりも母親にとても似ていて、本当にかわいらしい少女。まだ十歳になったばかりである。

 娘自身もこの帝国の桜の樹と同じ色をした自分の髪の毛を誇らしく思っているようで、伸ばし続ける、と言っている。


「ふふ、元気にしていたか?」


「うん、今日も学校でね!」


「もう、そんなにもはしゃいでいたらお父さんが大変でしょ?お帰りなさい、あなた。お勤めお疲れさまです」


「うん、ただいま。ふふ、良いんだよ、私も話をたくさん聞きたいからね」


「そうだよね!わーい、やったー!」


「もう、あなたったら、すぐに甘えかしちゃって……。その前にご飯を用意していますから、一緒に食べましょう」


「分かった!ねえねえ、今日のご飯、私も手伝ったんだよ!たくさん食べてね!」


 それは、いつもの日常。最愛の娘と最愛の妻、幸せな家庭……。

 そんな幸せを感じるほどに、ポケットの中の感触が告げてくるのだ。


 彼女達を、私の家族を、絶望の暗闇に落としたくないだろう、と……。


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 その夜。家族みんなでご飯を食べ終えて、庭の桜の木を眺める。

 どうやら、今年の桜の木は4日後に開花するらしい。私たち、いやこの帝国にいる人たちはみんな、この桜が好きなのだ。

 桜の皇帝陛下の愛するこの桜の木が、みんな大好きで、だからこそ、毎年この時期は多くの人々が沸き立つ。

 早く、桜が開花しないかな、と。

 それは、私の家族も例外ではなくて、今も隣で娘が楽しみにしながら庭の桜の木を眺めている。


「お父さん、早く桜の木が咲くといいね。私、桜の木が咲くと、とっても幸せな気持ちになるな」


 それは、毎年のように言っている言葉。毎年、この時期になると娘が紡ぐ言葉だ。

 だけど、今、この瞬間においては、私の心に響くものがあった。


「そうか、■は、桜の木を見る、その瞬間が一番幸せなのかい?」

「うん!!私、世界で一番大好きなお父さんとお母さん、みんなで一緒にこの桜の木を見るのが一番幸せだよ!!」


 それは、私にとっての希望の光。

 彼女のその笑顔こそが、私にとっての光なのだ。


「ああ、そうだね……私も、■とお母さん、三人一緒に桜を見るのが、一番幸せだよ」


 そういって、彼女を優しく抱きしめる。

 決して離さないように、失わないように、優しく……。

 この幸せな光を、闇に染めてはいけない。

 この美しい光を、この世界を、暗闇の世界などに落としてはいけない。


 ならば、私がやることは一つだ。


「ただ、ごめんな……。今年は三日後の夜から仕事が入っているんだ。だから、開花するところを一緒に見ることはできないんだ」

「えー、でも、お父さん、お仕事忙しいもんね、分かった!なら、お仕事終わったら一緒にお花見しようね」


 一緒にお花見、もうそれはできないだろう。

 だから、彼女にとって幸せな時を与えてあげよう。


「そうか、なら、■にこれを上げよう。開花の時は一緒にいられないからね、だから、これを私だと思って、お母さんと一緒に見ているんだよ」


 そう言って渡したのは、私のような警察になりたい、と言って欲しがっていた、私の愛銃。

 それを受け取った彼女は、その重みに少しふらついていたが、それでも、確かに抱きしめていた。


「本当に!!ありがとう、お父さん!お父さんの分まで、桜の開花を見ているからね!」


 その笑顔を見て、私は決意したのだ。

 この世界を、最愛の娘を幸せにしよう終わらせよう、と……。


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 それから、三日後、日常を過ごしながら、この幸せな日々をかみしめながら、遂にその時は訪れる。

 最愛の娘への誓いを胸に、自分自身に打ち込んだ愛しき思い出たちメモリィズの効果が発揮されようとしているのだ。

 その身を纏うのは、かつて娘に聞かせていた、おとぎ話の騎士の姿。

 さあ、始めよう。この世界を、正しき終わりを迎えよう。


「来るがいい、仮面の騎士、そして霧の騎士たちよ。僕は、愛する娘のためにも、この世界を終わらせる」


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愛しきさくらの思い出 輪月四季 @watsukishiki

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