第2話 心せよ
決闘は、引き分けという誠に遺憾な結果で手打ちとなった。
「そもそも、お前決闘で後手に回った時点で負けてるよな?
いい加減に負けを認めろ。潔さも魔術師の教養だぜ?」
「……正気?
もしかしてと思っていたけど、あなた実は頭割れてるのかしら?
そもそも、私負けてないわよ?
不意を突いておきながら仕留められなかったことを理解しなさい。
あなたの方が弱いわ。
勘違いしているようだから忠告しておくけれど、独りよがりな男性はとても女性受け悪いのよ?それに、教養を語るならもう少しマシな言葉遣いくらいしたらどう?」
「……負けを認めろって言ってるんだ。
ごめん、俺の言葉難しかったか?
もう一回ちゃんと説明してやるよ。
負けを認めろって。
俺の太刀受け止めた時点でお前は決闘を受けてんの。
パンフレット見てないのか?
この学園じゃ決闘は相手の攻撃を受けた時点で受諾することになってんだぜ?
首席がそんなんで大丈夫かよ?
その目はお飾りなのですか? ファッ!?」
「入学前に道中遭遇したヤギにそのパンフレットを喰わせたお前だけはそのセリフ言えないぜカナタ」
今日は入学初日のため入学式が行われる。
新入生のざわめきが大講堂に響く中で、カナタは一向に負けを認めないリアナに痺れを切らし、とうとう幼稚な挑発に打って出ていた。
一方リアナは、「こいつマジか」と既に若干引きつつも、「おっ?やんのかワレッ!?」
と顎を突き出して威嚇するカナタに対して、青筋を浮かべる。
そんな2人のやり取りが、度がすぎないように傍らで静観するロイとシリウスは思った。
カナタは稚拙な言動をしている割に、細かなところを考えている、と。
リアナは聡明だ。
感情の制御も、魔術師であり剣士でもある彼女は適切にこなしている。
それでも、ことプライドに関わるとあっては話は変わる。
カナタは、先の決闘は既に完全に100億%俺の勝ちだと断言している。
意図的にそういう態度をとっている。
当初こそ、執拗にマウントを取ってくることに嘆息していたリアナも、対局を客観的に見ても自分は勝ててはいないが負けてもいない筈だとしている。
勿論その通りである。
だからこそ、悔しさや煩わしさ、怒りを余計に募らせることになる。
負けてはいないのに、一方的に負けだと一蹴されるのは、
リアナの精神性をつく、巧妙な立ち回り。
((只者じゃない))
そう評価した。
入学式の列順は、生徒の裁量に委ねられている為、カナタ達は隣同士で座っている。
「さっき、席の取り合いしてた人達、静かになったね」
開始時間まで暇を持て余したシリウスが話を振ってくる。
「あいつらなら、
ロイがそう答えた。
彼らは消えたと。
「……えっ?消え、た?」
まさに寝耳に水。
シリウスは目を丸くした。
「あぁ、消えたな」
「消えたわね」
カナタとリアナも平然とそう答えた。
「えっ、なんで?」
「学園の教師が魔術を行使して、さっきの頭の足りない連中を消したんだよ。
勿論、殺してはいないと思うぞ?入学式が済むまで、俺たちはまだ入学を許されてるってだけで、正式にこの学園の生徒じゃない。
だから命までは奪ってない」
カナタは、生徒が消えたことの理解が追いつかないシリウスに説明する。
学園側は、席の取り合い程度は些事であると考えているし、そんな事で争うような者は、魔術師として終わっていると考えている。
心構えは、魔術師だろうが剣士だろうが戦士であろうが根幹である。
心構えが疎かなものは、行動も粗末になる。
概ね、そのようになる。
心構えがあって思考がある。思考があって行動があるのだから。
学園に入学を許された者達は、一般的な基準では天才と呼ばれる水準に達した者達だ。
シリウスも、15歳にしてその領域に辿り着いた。
技能を会得した者として、心構えの重要性は当然理解している。
しかし、幾らそれを欠いたからとはいえ、入学の権利を今更に剥奪されるとは思ってもみなかったのである。
「……確かに、心構えは大切だと思うけど。……ッ!!それじゃ、さっきのカナタとリアナさんも喧嘩してたから危ないんじゃ!」
シリウスが勢いに席を立った。
「あれは決闘だから問題ない。
それに、ここでやった喧嘩も大声ではしなかったじゃん?」
「……!」
「ちゃんとそこら辺は私達も理解してるわ。正直に言えば、確かに褒められたことじゃなかったけど。でも周りには然程迷惑を掛けてないし、節度も守ったわ。そういう姿勢があるかどうかが重要なのよ」
「そういう事」
「えっ?そこまで考えて喧嘩してたの?」
「「当然」」
シリウスは驚愕して、すると力が抜けたように席につく。
一連の会話を反芻し、すぐにシリウスは落ち着きを取り戻し、こんな言葉が残った。
「じゃあ、そんな冷静なら喧嘩しないでよ」
「「……」」
反論できなかった。
『内省してみれば、あんな頭の悪い挑発しなくてよかったな』
『あんな安い挑発。のる必要なかったわね』
冷静なつもりが熱くなっていた事に気づく2人であった。
「静粛に、これより式典を始める」
喧騒が忽ち静寂にかわる。
その頃合いで、1人の女性が、忽然と現れた。
否、忽然ではない。歩いて登壇したが、その事に気付かなかった。
「わたしは学長を務めるキシローナだ。この日、君たちが我が学園に入学出来たこと、まず祝福する」
驚くほど硬質で、透き通る声。
学長の威厳を感じさせる。
明滅しているかのように錯覚する空気を纏う一方で厳格。
危うく身の毛が粟立つほどの美しさだが、決して心は浮き足立たない。
「……凄まじいわね。威光が肌に焼き付けるみたい」
「驚愕の練度だな。打ち震えるぜ」
「お願い2人とも。流石に今はあまり喋らないで」
半ば懇願する様にシリウスは言う。
世界最高峰の学園を束ねるトップの魔術師。
想定以上の深淵を感じ取り、思わず2人とも言葉が漏れてしまった。
「このオリュンポス学園は6年制。君たちが学ぶ学舎だ。
君たちの中には卒業にありつけない者が多く出る。
つまり、
多くの生徒が息を呑んだ。
教育者のくせに、死人が出ることを問題視していない姿勢に。
学長は歯牙にも掛けず続ける。
「事実だ。このオリュンポスで6年間を無事に修業できるものは、約8割〜6割程度。
その他は、大抵どこかに
勿論、新入生全員は知っている。
これは厳然たる事実であり、覆る事は永久にない。
「まぁ当然だ。平穏な学舎で学べることなんて取るに足らん。
そんなものどこでも学べる。
諸君らが学びにきているのは、魔術、ひいては技能である」
それくらいのリスクは、許容すべきだと断じる。
「迷宮に喰われたものがいる。
自室に忽然と前兆もなく現れた
迷宮の奥底に引き摺り込まれた者がいる。
突然、四肢が飛散した者も。
末路は様々だが、差し詰めそんな事件が絶えない。なにせここは迷宮だ」
心せよ、と言う。
文字通りこの学園には、なんでも起きると。
凄みを増して、彼女は全生徒に告げる。
これは宣告だ。注意喚起ではない。
圧が徐々に増幅していく。
肉体的にも精神的にも、押しつぶされそうな圧が。
中には嗚咽をこぼすものも現れ始めた。
カナタも流石に額に汗を浮かべる。
「ここは迷宮だから、毎年こういった事例が絶える事はない。
魔術師の
是非を問う余地などないと、魔性の女は告げる。
「永年、そうして魔術は発展してきた。飽くほどの血と犠牲、無数の屍の果てこそが、魔術の深淵だ」
先手とばかりに、語る。
甘えはない。
魔術の意味を。
理念を。
いつかくる、必ずくるその時を、見誤らないように。
「まぁ、だから甘えとか、責任転嫁は求めるな。自己責任だ
求められても基本誰も相手にしない。
ここはそういう場所だ。
せいぜい、結果を残してから、
そう言い残し、彼女は姿を消した。
散々押し付けられた圧力が瓦解し、生徒達は一斉に息を吐いた。
その後、式典は今後の学校生活と注意事項だけを述べられて、解散となった。
ーーーーーーーーーーーーーー
カナタ達は入学式の後、校舎からやや離れた学生寮へと向かった。
先の学長の気当たりにあてられたのか、シリウスが気分が悪そうにうめいているので、「悪りぃ、先に行っててくれ。こいつの面倒見るわ」とロイがお世話するというので、リアナと2人で向かう事になった。
寮に着き、フロントから学生に割り振られた鍵を受け取り、部屋に向かう。
「想像以上に、期待できそうだ」
つらつら学園の惨劇を告げられた事で、カナタのモチベーションは爆上がりだ。
なんでも起こるし、なんでもしていい。
全ては自己責任だと。
つまりどこの誰をぶちのめしてもお咎めなしという事だ。
「……最高だ」
「何ニヤニヤしてるの?キモいわよ?」
横から辛辣な言葉を浴びせてくるリアナだが、俺は知っている。
「実はお前も少しワクワクしてるだろ?」
清廉潔白な美少女には些か憚れるような問いをカナタはリアナの顔をまじまじと見て言う。
「……してないわ」
「はいそっぽ向いた!俺の勝ちッ!!!」
「……うざい」
雑談を交えながら、部屋を探す。
少し不思議に思った。
「なぁ、なんでお前ついてくんの?」
「あんたこそ、ついてこないでよ」
進行方向が同じ。
1学年6000人で、各自部屋は一つずつの高待遇。
つまり6000部屋あるのに、進行方向が被るなんてことがあるのだろうか?
お互い妙に思いながらも探し続け、漸く見つけた。
しかし。
「マジ?それ本当にお前の部屋?』
「あなたこそ。わざとやってるならやめてよね」
流石に有り得ないと思い、鍵番号を突きつけるように互いに見せ合う。
2067
2068
予感は的中した。
「お前隣の部屋かよ!」
「こんな事、あるのね」
6000分の1を引き当てた。
リアナは嘆息して、無言で扉を開けて。
「覗いたら炙るわよ?」
「しねぇよ」
互いに、自分の部屋へと消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーー
寮部屋は、1LDKだった。
玄関を開けると、部屋へと続く廊下の左手にキッチンが備わっていて、抜けた先にリビングが広がっており、ベットもあった。
バルコニーがあり、寮で囲まれた中心の広場を見渡せるようになっている。
6000人にこれだけ質の良い部屋があてがわれるオリュンポスの絶大な資金力がうかがえた。
荷物を適当に魔術で自動で運び、ベットに大の字になり、天井を見上げる。
「ようやく、ここに来れた……」
おっさんが唯一価値のある学園と言った、ここオリュンポス。
『あそこは良いぜ!志の高くて、中身の伴った猛者どもがわんさかいやがる。
確実に、良い影響をお前に与えてくれる筈だ』
そういった、今は
死の間際に、彼は俺に言った。
『お前は、1人だと途端に脆くなっちまう。お前はお前が思ってるほど、心が強くねぇ。
1人じゃ、お前は、きっと折れちまう』
横で泣きじゃくる俺の頭を優しく撫でながら。
『だから、オリュンポスに行け、カナタ。
あそこには必ず、お前と共に歩める奴がいる。
お前は才能は確かにある。だが、はっきり言って才能があるのは大前提ではあるんだ。
決して奢るな。力を蓄えて、オリュンポスに行け。
友と歩め』
『師匠っ………!だめだ、しゃべっちゃ……!』
血を吐き出して、今にも絶えそうなほど苦しい表情をしている
それでも、優しい眼差しで。
『できれば良い女を見つけろ』
『……、そんな、事……言ってる場合じゃッ』
本当にそんな事言ってる場合じゃない。
早く止血しないと。
『カナタ』
鼻水ダラダラで、無理だと分かってる。
もう手遅れだ。
けれど止血の手をやめない俺を制して、おっさんは……。
『頑張って、生きろよ……!』
「当たり前だ。ちゃんと生きるさ、俺は」
命によって繋がれた命。粗末にはしない。
「おっさん。俺、頑張るさ。あんたの意思は、俺が継ぐ」
拳を握り、改めて覚悟を決める。
進むしかない。
彼の意思は生半可ではない。
例え、どれだけの不幸を背負っても。
必ず、成し遂げる。
「寝るか」
途端に疲れがどっと押し寄せた。
そこまでハードな戦闘はしてなかったが、心は少し疲弊しているようだ。
カナタは、ゆっくりと目を閉じた。
魔術学園の狂乱者【バーサーカー】〜最強師匠の技能を受け継ぎ、最強を目指す 白季 耀 @chuuniyuki98
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