ミッション・コンプリート
「ほんとうにあれでよかったんですかねぇ」帰りの宇宙船の中、サクラが不安げにたずねた。「めちゃくちゃ大変なことになっちゃったじゃないですか。だからいったのに……」
「え、まあいいんじゃないの?」シノはあいかわらずあっけらかんと答えた。「肥大化した倫理観は身を滅ぼすよ。そんなのは美徳でもなんでもないね。それにほら、もうわたしたちにできることなんて、技術的にも理論的にもなにもないし」
「銀河レベルの事件になったの、もとはといえばシノのせいじゃないですか! なんでそんな適当にしていられるんですか!」
「いやだってほら、結局わたしたちが定義する意味での生命はなにも失われていないんだしさ。遠くの銀河がどうなったって、べつによくない? それに彼らアンドロイドたちは後処理に大忙し、はじめてうまく解決できないかもしれない大問題に関わって、自分たちの寿命のことなんて考えている暇もない。生きていていちばんつらいのはね、やりがいある仕事がないことだよ。わたしたちは彼らの依頼をその意味ではクリアしたってことさ」
「そうですね、結局アンドロイドたちは寿命ができてしまったおかげで種保存の方法を考えはじめているし、どうもうつ病のような兆候を見せる個体まで出てきたそうですから」
シノはこの事態をどこまで事前に想定していたんだろう、とサクラはふと気になった。もしかするとはじめから、寿命を与えるなんて任務をクリアする気はなく、彼らの手に負えない大事件をつくりだすことが目的だったのではないだろうか。
「もう人間と変わんないなぁ」シノがぽつりとそういって、サクラの思考は途切れた。
「いいえ、人間とちがって、彼らが高潔な倫理観をもっていてよかったですよ。わたしたちに復讐したところで、なんの益もないことがよくわかっている。だからこうしてわたしたちは、無事に帰りの宇宙船でくつろげているわけですし」
「ちがいないね」そういってシノは笑った。猫のような笑み。サクラはこの顔が苦手だった。シノが義体に移ってからというもの、彼女は何度か顔を変えている。二つ前の顔のほうが好きだったのに、とサクラはいつも感じていた。
「それで、シノとしては、今回の仕事は暇をつぶせるものだったのですか?」サクラはそうたずねてみた。
「ま、けっこうハラハラもしたし、楽しめたよ。退屈しのぎにはなったかな。でも、ほんとうのご褒美はこれからだよ! 帰ったらサクラといっしょに宇宙旅行しなくっちゃ!」
「まだ懲りてないんですか」サクラは呆れていった。「わたしはもうこの二ヶ月ほどでうんざりしていますよ。もういいじゃないですか」
「だって今回のはただの仕事じゃない。こんなの生きがいというほどのものじゃないね。ほら、星がきれいに見えるところがあるんだよ。銀河旅行のパンフレットのどこかにあったでしょ? どっかでカナエさんにお土産でも買って、帰ったらいっしょに行くところを選ぼうじゃないか。カナエさんもお仲間たちのようすが心配だったみたいだし、報告といっしょにお菓子でもわたせばきっとよろこんで出張費をはずんでくれるよ」
「自分のつくった装置が原因で星をいくつも消失させた人がよくいいますね」たまらず、サクラは笑ってしまった。「そうですね、そういうのも楽しいかもしれませんね。でも、カナエさんへのお土産はべつにいいと思いますよ。もう
「どういうこと?」シノがめずらしく不思議そうな顔をした。
「ですから」サクラはいった。「たまにはカナエさんに仕返しでもしましょうよ。わたしたちは彼女たちのようなアンドロイドとちがって、程度の低い人間ですから。つまり、あなたの考案した天使と悪魔の重ね合わせ状態をつくりだす機械をカナエさんに送って、二分の一をカナエさんが引き当てるのかどうか、神にお伺いを立てることにしましょう——」
おしまい。
偶然天使 三木ゆう子 @mikiyuco
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