連載再開 第三話 そこに、それはあった。

 車は森の中の小径を走りつづけた。皆、そろそろ酒も飽きてきた。異様なほどのシダで覆われた道を、よく車は道だと認識しているものだ。

「まったく、酒の酔いなのか、車酔いなのかわからねえな」

 誰ともなく、つぶやいた。それは5人とも同じ気持ちだ。

 あっ! と叫んだのは、健二だった。

「どうした」

 と健一が、健二が見ている車の前方を見た。

 道の前方に障害物。木でできているような、柵がある。柵というより、通行禁止を示すように、バツの字に太い木の枝と板が道を阻んでいる。車は、それほどスピードを出してはいないが、このままでは柵に突っ込んでしまう。

「ちょっと……、大丈夫なの?」

 逸子が心配そうに言う。

 敬も不安になった。

「正虎、聞いてないぞ。にはこんなデータはあったのか?」

 しかし正虎は酒の勢いもあるのだろう。何の心配もしていないようだ。

「平気、平気!」

 車は思い切り、柵にぶち当たり、突き破ってしまった。

 敬が呟く。「あっぶねぇ……。上からの写真じゃ、気づかなかったな」

 正虎は「このくらいの障害は予想してたさ。場所が場所だからな。だからジープタイプで来たんだわ」

 皆ほっと胸をなでおろす。


 敬がぼそっと呟く。

「まさに森、広し」

 逸子が突っ込む。

「昔の直木賞作家の名前が聞こえたけど」

「いや……」

 しばらくすると、森の中にアスファルトの道が現れた。

 健一が言った。

「道にでたな。ここまで来ればもうすぐだ。見てくれ」

 5人は地図を見る。健一が指で指し示す。

「ここが今入った道だ。なぜ公道まで舗装されなかったのかは知らないが、ここからは道は安全そうだ。それと、ここに小さな建物がある」

 正虎が聞く。

「ガソリンスタンドだったか」

 健一が答える。

「……おそらく。タンクが見える。地下にもあると思う。今でも生きてるとは思えないが……、まあ、チェックポイントの一つ、ってわけ。そしてそのから目的地まで、……422m。もう見えてくるころかな」

 正虎が再び聞く。「直線距離で?」

「いや、実際の距離ですよ。今この場所からだと820..810..m。ほら、見えてきた」


 5人が窓の外を見る。逸子が顔を出す。

「……すごい」

 健二が驚きの声を上げる。

「こりゃ、凄いな」

 他の4人も驚きの声を思わず上げる。

「画像じゃシダでわからなかったけれど、こんなに大きいとは……」

「兄さん、こいつは最高だ。夢だ。夢みたいだ!」

 健二が、健一に言った。

「廃墟なんか、いくらでもあるけど、廃墟マニアのお前にとっちゃよだれが出るだろうな」

「感激で涙が出そうだよ」


 そして車は速度を落とし、やがて、止まった。

 屋敷のぐるりに門の入り口があり、鍵が掛かっていたが、なんとか破壊して、5人は屋敷の入り口にたどり着いた。

「えっちゃん、電波とカメラに問題はないか?」

「大丈夫よ。ケンジ。ディヴァロン……車もここまで問題なかったし。」

 健二が彼女に馴れ馴れしく声を掛けるのを聞いて、少しタカシは気になった。

 そんな彼らの様子を敏感に健一は感じていた。


 陽はだいぶ落ち、夜が訪れようとしていた。

 5人は酔っていた。さすがにこのまま屋敷の調査に入るのはまずいだろうと、ショウは提案し、この日はキャンプを張り、そこで朝を待つことにした。

「逸子、車の方が寝心地がいいだろう。寝たくなったらそっちで寝ていいからな」

 と敬は勧めた。さすがに男4人のテントに女一人だけ寝かせるわけにはいかないと思ったからだ。逸子は頷き、何も言わなかったが感謝の視線を返した。

 それを見て、正虎は「何言ってんだ、二人きりでいいんだぞ」と、茶化すのだった。そんな冷やかしではあったけれど、敬は、正虎が逸子に少しでも気があるのだったら、そんなことは言わないだろうという気がして、悪い気はしないのだった。


 健一は闇に包まれる屋敷を正面からじっと見上げていた。

「どうしたの、兄さん。深刻そうな顔して」

「健二……、ここの持ち主の画家の名前……覚えてるか?」

「ん……、忘れたけど。というか、知らないけどどうかした?」

「確か……、ずっと昔……苗字は忘れたけど一郎って画家だったと思うんだけどな。だいぶ前の画家らしいから、俺も全然、知らねえんだけど、……何か、縁があるような、懐かしいような気がしてな」

 健一はじっと館を見つめていた。

「兄さん、それが廃墟ってもんだよ。今はこんな有様でも、かつては大勢の人たちがここを、今、僕たちが立っているこの場所を通って、訪れて、幸せだったり、悲しいこともあったり、していたんだ。生きていたんだ。想像して、想いを馳せると、タイムスリップしたみたいに……。まるでその場所に自分がいたみたいに、想えてくるんだよ」

「ふ……、廃墟マニアめ」

「兄さんも、空気を感じるといい。兄さんなら、感じられる。……戻れるかもしれない」




※1 ディーヴァロン …………車。正式名称「ドリヴァロン」

※2 すべてが、伏線。

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母と子と一郎と空へ帰れぬ彼らのために 赤キトーカ @akaitohma

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