第2話 幼馴染と帰ります
先生との進んだようで殆ど進んでない会話を終え、教室に鞄を取りに戻ろうしたら。
階段からある人物が下りてきた。何度も見たことのある二つわけの長い黒髪、校則違反スレスレの、いや、恐らく違反してるであろう短いスカートの丈、シャツのボタンの一番上を一つ開け、男を誘惑するためにやってるんじゃなのかと思うぐらい、目の保養とてもよろしい恰好をした幼馴染が俺の鞄を持ってやってきた。
「遅かったじゃない、どんだけ待たせるのよ」
「待っててくれたのか、帆花」
「うん、こはるがさっきまで居てくれたから、退屈ではなかったけどね」
驚きである、あのゴリ――じゃなかった、アマゾネ――でもなくて、帆花が待ってるなんて。明日は間違いなく雨が降るな、冗談だけど。
「あんた、なんか失礼な事考えてない? 」
「そんなに分かり易いのか、俺の顔って」
「やっぱりくだらないこと考えてるんじゃない、顔に書いてあるのよ。ほら、あんたの鞄」
俺の鞄が投げ渡される、中には空になった弁当箱と筆記用具しか入ってないんだけどさ、とりあえず帆花と一緒に下駄箱を目指して歩く。
「サンキューな、でも先に帰っててもよかったのに」
「いつも一緒に帰ってるんだから、今更一人で帰ってもつまんないでしょ……それに結果も気にはなったし」
「ん、中々に順調だ、あとは部員集めと生徒会を説得するだけだ」
「どこが順調なのよ、全然進んでないじゃない。……言っとくけど、私は手伝わないからね」
「なんですと、いいじゃん暇だろ、部員になるだけでもさぁ」
「暇ではあるけど、あんたの奇行に付き合うほど、暇じゃないの」
「えーケチ、ひんぬー、ゴリラ、アマゾネ――べふし」
帆花の上履きが勢いよく飛んできた顔にくっきり上履きの跡が出来たが、上履きを脱いで投げてくる瞬間、僅か数秒の間だが神秘の一端を見ることが出来たので悔いはない、ちなみに色はピンクだったとだけ言っておこう。
「なんで、幸せそうな顔してるのよ、キモチワル…………はぁー、なんでこんな奴のことなんか」
下駄箱に着き、帆花のやつが上履きからシューズに履き替えながらため息をつくボソっと呟いた言葉は聞こえなかったが、きっとロクでもない事を言っていたに違いない。
「失礼な奴だな、人の顔を見て溜め息をつくとか」
そんな俺の反応を見てから再度、わざとらしく盛大に息を吐く幼馴染。
「はぁーー」
「なんで溜め息が増えるんだよ‼ 」
「……おばさんも遅いと心配するし、帰りましょ」
「話を逸らすな‼ 理由は!? 」
「……幼馴染が傷つくようなこと言いたくないじゃない、たとえ鈍感で馬鹿で、もう救いようが無いぐらいの変態でも」
「いや、それもうバリバリ言ってるから、フルボッコだから」
「良かったじゃない、理由が分かって、手遅れだと思うけど」
「そんなことは無い。きっと、恐らく、ありのままの俺を好きになってくれるかわいい娘がいるはず、たぶん」
「治すって選択肢は無いのね。でもクラスにいるほとんどの女子を敵に回したのに本当にいるのかしら?」
こいつ、さっきまでの事を忘れたのだろうか。眉間に皺を少し寄せながら言い返す。
「お前が言うのか。クラスの女子をまとめ上げて、こっちを糾弾してきたのに」
昇降口から出て、数歩先を歩いていた帆花が急に立ち止まり、こちらに顔を向けた。表情、視線から読み取るにそっちが悪いんでしょ、と言わんばかりのものだ。
「クラスで騒いでたのはアンタたちでしょ。みんなが迷惑してたから、心よく協力してくれたの」
「まぁ、確かにそうなんだけどさぁ……お前が一番に率先して動いてたのが不思議で仕方なくてな……お前そんなに嫌いだったけ、アニメとかそういうの」
気付けば隣にまで来てた帆花は、少し考える、言う決心がついたのか。顔をほんのり赤くしながら、恥じらいを含んだか細い声で伝えたきた。
「……いやだったから」
「へ?」
「他のやつはどうでもいいけど……アンタがそのHな本だったり、話をしてるのが」
「はい?俺だけ? ……だってハカセに、木村だって見て話してただろ、なんで俺だけ――」
俺が喋ってる最中も段々と帆花の顔の赤みが増していき、プルプルと震えながら強い怒気を孕んだ声で遮ってきた。
「もういい、この鈍感バカ。この話は終わり」
「えぇーでもさ――」
「これ以上続けたら殺すわ、精神的に」
ヤバイ、目がガチだ。これは人を追い詰めるハンターの眼だ。
「ちっちなみにどんな手段で、
「アンタが様付けとかキモチワル」
はい、本日二回目のキモチワルを貰いましたー
くそっ腹立たしいが、ここは耐えるんだ俺、血も涙も無いこいつのことだ。一体どんな方法を取るか分かったもんじゃない。下手したら、容赦なく俺の秘蔵コレクションを捨てるだろう。
「うーん、取り敢えずアンタのベットの下にあるやつと、本棚にカモフラージュしてるのを――」
げっバレてる、裏の裏を読んでベットの下にしたのが駄目だったか。やっぱり捨てられるのか、それとも燃やされるのか!?
「アンタの両親の目の前で一個ずつ丁寧に並べていくわ、わざと折れ目もつけて」
俺の予想の遥か上を行く、鬼の所業だった。
「悪かった、何が悪いのか知らないけど、本当に悪かった」
人生で後にも先にも一番と言って良いぐらいの直角90℃の綺麗なお辞儀だったと思う、親に見られ性癖を知られるとか地獄そのものだ……まぁ、うちの親だったら笑いながら読んでいきそうだけど。
「アンタに、謝罪とか求めてないんだけど……悪いと思うんだったらさ、ちょっと寄り道に付き合いなさいよ」
「どこに行くんだ?」
「駅のスーパーにちょっとね」
……ああ、何か頼まれたのか、俺も帆花も通学に電車を利用していて。駅に併設されたスーパーの事を指してるのだろ、少し値段が普通のスーパーより高いが、駅からすぐに寄ることができるメリットは、くたびれたサラリーマンからOL、俺たちみたいに帰りにお使いを頼まれた学生の心強い味方だ。
「おばさんから、何頼まれたんだよ」
「えっ?――お母さんから何も頼まれて無いわよ」
「じゃあ、何を買いに行くんだよ」
お使いでもなければ学生にとってスーパーなんてお菓子や飲み物を買うぐらいだろう、一体何を買う気だ。
「うーん、明日の弁当の材料と、後は切らしちゃった牛乳かな?」
「なんで疑問形なんだよ…………はっ」
そういうことか、きっと言いづらい事なんだろう。帆花の友達、八木が言ってたな「最近ね、帆花ちゃんが悩みがあるらしくてね、でも相談してくれないの。だからここは幼馴染の青田くんにサポートをまかせたー」と、今がその時なんじゃないだろうか。
考えろ、材料なんてのはただの建前に違いない。長い間、嫌でも幼馴染をしてきたんだ、隣で見てきたんだ、思い出せ、ここ最近の帆花の行動を。
…………なるほど、わかった。
「急に黙ってどうしたの?」
「帆花」
「えっはっはい」
鞄を地面に置く、この際汚れとかは気にしない。いつになく真剣な眼差しを帆花に向け、肩を掴む。
「今から少し酷いことを言うかもしれないが聞いてくれ」
「うっうん?」
少し息を吸って、間を整える。
「牛乳にはな、バストアップ効果は余りないんだ。」
帆花の表情がほぼ固まる。唯一動いてるのは、目の部分ぐらいだが、ただ
「あのーおバカな青田春斗さん、何を考えたら今の会話からそんな発想が出るのかな? 」
声のトーンがいつもより一段低く、かつ少し丁寧な口調。不味い地雷を踏み抜いたらしい、マジギレ寸前だ。
「まっ待て、言い訳をさせてくれ」
「いいでしょう、次、訳わかんないこと言ったら。さっき言ったの本気でやるから」
よし、首皮一枚繋がった。
「俺の推理を聞いてくれ。八木にな、相談されてんだよ。お前の様子がおかしいって」
「こはるが?あっ、あぁーそれならさっき解決したわよ」
「えっ解決したのか。…………まぁいいや、それでな、食材を買いに行くとか言ってたけど料理が出来ないお前が言うのは不自然だろ」
「失礼ね、簡単な料理ぐらいするわよ」
「はっはっは、ありもしない見栄と胸を張るなって。」
「ぶっ殺すわよ」
茶化してみるものの、こんな返しである。俺の前で、こぶしを握り締め見せつけてくる帆花を宥め抑える。
「まぁ落ち着けって、すると残る選択肢は牛乳のみ。この間からずっと上の空で、部屋で胸に手を置いてなんか考えてただろ」
「アンタ見てたの⁉」
「ふっふっふ、お隣さんとして言っておこう。同じ2階に部屋があるんだから、カーテンを閉めないと余裕で見えるぞー」
他にも色々見てはいるんだが、言えば殺されるだろう。もちろん俺は隠さないといけないことが多いからできるだけカーテンを閉めてますとも。
「それでだ、きっと胸を大きくしたくて悩んでるんだなと考えたわけだ、どうだ俺の名推理は‼」
そんな俺の名推理に、機嫌を取り戻したわけではないと思うが、人差し指を何度も俺の眼前でチッチッチっと言わんばかりに左右に少し振る。
「とんだ迷推理ね。仮に百歩、いえ千歩譲ってそれが本当だったとして、それならアンタと行かずにさっさと勝手に買いに行くわよ」
確かに、それなら俺を誘う理由が一つも無いな。
「そしてもう一つ、……もうそれは試したわ」
凄いこの世の終わりみたいな表情で、この上ないぐらい俺の推理を論破する証拠を提示したけど、なんか知らんが、それ、ただの自爆じゃね。
今年最大級の悲しい話を聞いた俺は、帆花の胸に憐れみと慈愛を含んだ視線をぶつける。
「なに見てんのよ」
「いや、その、なんだ、安心しろって。きっと今のままのお前を受け入れてくれる奴が、いずれ現れるさ」
「それは、もう成長しないって意味かしら」
「……ノーコメントで」
「やっばり殺すわ」
帆花が手に持ってる鞄を俺にぶつけてくる。
「痛いって」
「アンタのせいで、これぽっちも話も進まないし、帰れないじゃない」
未だに駄弁ってるせいもあって、昇降口から数歩しか歩いてない。
「とにかく今から買い物に付き合うこと、お義母さんに明日の弁当はいらないって伝えること。いい?」
「なんか、おかあさんの発音おかしくね」
「何をいまさら言ってるの、昔からこんなもんよ」
「そうかぁ?……っというか、本当にお前が作るのか」
「なによ、なんか文句でも」
絶対不味いだろ、帆花が作る料理とか簡単に想像できる。肉が焼かれてるだけとか、なにかを適当に盛り付けただけとか、がさつな男料理みたいなのが出てくるのが容易に想像できる。
「だって料理の経験、ほとんど無いんだろ」
「それはそうなんだけどさ……じゃあ仕方ないなぁ、さっき言った方法で精神的に殺されるのと大人しく食べるのどっちがいい?」
「喜んでおいしく食べさていただきます‼」
「よろしい、じゃあ、ちゃちゃっと行きましょ、アンタがいないと意味が無いんだから」
昇降口から出て数十分経ち、ようやく校門を目指して歩く二人。
長い間喋っていたのもあって辺りにはほとんど人がいなかった、2階の生徒会室から二人の様子を見続けてる人物を除いてだが。
馬鹿でも変態でも駆け抜ければ青春だ(仮題) 音伽言戯 @shishimy
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