フォトジェニックな美少女ですが?

 授業が終わり、放課後の時間。

 玲奈の希望で学校の中を散策することになった。

 曰く、この学校を美少女として歩きたいらしい。

 今一つ意味はわからなかったが、凛は玲奈の頼みを凛は断りきることが出来ず結局案内することとなった。


「……ところで玲奈さん、なんで私?他に案内してくれそうな人とかたくさんいない?」

「……これは、私の美少女としての勘なのですが」

「はあ」

「凛とは、気が合うと思うんです」

「……そうかなあ」


 自分は玲奈の行動に驚いたりするばかりであるし、まして美少女でもない。

 玲奈との間に共通点があるわけでもないし、そもそも今日会ったばかりである。

 凛は改めて玲奈の顔を見た。

 とても長い睫毛、瞳はきりっとしていながらも輝いており鼻筋も綺麗に通っている。

 唇など綺麗な桜色で女性の凛から見ても非常に魅力的だ。

 少々妙な行動も多いが、やはり本人が言うように美少女という点については何一つ否定する材料はない、事実である。


「具体的にはどんなところが?」

「そうですね……」


 玲奈はうーんと考える。

 ……別にコンプレックスなどがあるわけでもないが、こんな美少女と自分が果たして気が合うものだろうか。

 たまたま隣の席に座って、ただただ彼女の行動に圧倒されている自分が。


「……」

「わかりません、美少女ですがってのはなしで」

「……だめですか」


 すると玲奈はまたわずかに口角を上げ少しだけ先を歩き、くるりと振り返る。

 ふわりと長い髪の毛がなびき不思議なほどいい香りあたりに漂う。

 白く長い人差し指がさっと凛の前に差し出された。


「きっと、こういうところが、です」


 黒い髪は静かに重力に従って真っすぐにさらりと流れていく。

 凛はただ目を丸くして、首をかしげる。


「……どういうところ?」

「わかりません、美少女なので」

「え、ずるい、美少女なのでわからないって何!?」


 玲奈はそのまままたくるりと回って、すらりとした足ですたすたと先を歩いて行ってしまう。

 凛ははぐらかされた答えを不服に思いながらもなんとかそれに追いすがっていくのだった。


--------


 やがて、中庭にたどり着いた玲奈は噴水に腰掛ける。

 水滴のひとつひとつがまるで美少女である玲奈を映しているかのようにきらきらと輝き、その場すべての光が彼女を照らしているようであった。


「……凛、この噴水は素敵ですね」

「……」


 正直言って、この場所をそんな風に見たことなど一度もなかった。

 ただの、中庭に適当に存在している噴水。

 そこにしっかりと目を向けたことなど、もしかしたら今日が初めてかもしれない。


「うっかり落ちて美少女がびしょびしょ、などということにならないように気を付けないといけませんね」

「は?」

「ですから、美少女が、びしょびしょ……」

「ないわ」


 凛はあまりにも程度の低いダジャレに思わずそう言った。

 玲奈ははっと息をのむ、その美しい表情は決して崩れなかったが明らかに動揺している風であった。


「そ、そんな……美少女なのに……?」

「美少女でも今のはないわ」

「……ああ……悲しい……今の私は落ち込む美少女です……」


 そういうと玲奈は儚げに俯き、噴水をじっと見つめる。

 その様はまるで絵画のように、まるで完成された美というものを見るようであった。

 周りの人間もその圧倒的に完成された絵に思わず足を止めて眺める。

 これが果たして渾身のダジャレにダメだしされて落ち込んでいるだけだと誰が思うだろうか。


「美少女なのはわかったから、ギャグセンスはもうちょっと磨こうね」

「手厳しいです……美少女なのに……」


 そんな時、パシャリと音がした。

 その方向を見ると、カメラを持ちキャスケット帽をかぶった小柄な少女がふるふると震えながらカメラを持っていた。

 少女は気付かれると、わたわたと慌てながら玲奈の方に近づいていく。


「あ、あの、あのあのあのあのあのあの!!えと、勝手に撮ってごめんなさい!!あっ、はじめまして!!!あの、あたしですね、怪しいものではなくて……」

「大丈夫です、落ち着いてください」


 玲奈は冷静に少女をなだめる。

 少女はすーはーすーはーと深呼吸を繰り返し、一分くらいしてようやく落ち着きを取り戻し、改めて玲奈に話しかける。


「あ、あた、あたし、1年B組の、写真部の、朝比奈雛子と申します!!あの、すみません、あまりにも、その、あのえっと」

「……私が美少女だから?」

「そうです!!撮ってしまいました!!許可もなしに!!ごめんなさい!!」


 そこやっぱり自分で言うんだ、と凛は思ったが、まあ気持ちはわかる。

 写真部としてこれほど絶好の被写体はいないだろう。


「あ、あの、えっと……も、もしよければ、もう少し撮らせていただけませんかっ!!あ、いえ、あの、あたしなんか、全然新米で、美しい写真なんて撮るなんておこがましいんですけど……そ、それでも……」

「……構わないわ、美少女だもの」

「ほ、本当にいいんですか!!」

(……なるほどなあ)


 凛は、玲奈のその対応にきっとこういうことも慣れているんだろうなと思った。

 それはそうであろう、これだけの美少女なのだから絵に描いたり写真に撮りたいなんて言う人間は大勢いるはずだ。

 長い髪、綺麗な顔立ち、美しい姿勢、長い手足と主張のしすぎないプロポーション、どこをどう切り取っても美少女な被写体などそうそういるものではない。


「そ、それじゃあ撮らせていただきますっ!ありがとうございます!よろしくお願いします!!」


 凛は、もしかしたらこういうところは美少女の苦労なのかもしれないな、と思いながら撮影の邪魔にならないように少しだけ離れようする。

 その時、玲奈が凛を見る。


「……凛も一緒に撮りましょう」

「えっ」

「えっ」


 凛と雛子が両方驚く。


「い、いや……玲奈さん、それは……」

「……雛子」

「ふぁ!?ふぁいっ!!!」


 突然名前を呼ばれた雛子はわたわたとよろめきながらなんとか返事をする。

 玲奈は雛子をじっと見つめる。

 雛子はその美少女の真剣な表情に思わず顔を赤くしてしまう。


「凛と一緒の写真を、撮ってもらえないかしら」

「……ふぁ、ふぁい、わかりまひた……」

「ちょ、ちょっと玲奈さん、朝比奈さんは玲奈さんが撮りたいわけであって、私が撮りたいわけじゃないと思うよ?」


 そういうと玲奈は今度は凛のことをじっと見つめる。

 その自分が映らん限りの美しい瞳に見つめられ、思わずどきりとしてしまう。


「……だめ?美少女なのに?」

「……だめ……じゃ……ないけど……」

「よかった」


 そういうと玲奈は凛を噴水の近くにひっぱりこんでわずかに口角をあげる。

 凛は思わずがちりと固まってしまう。

 こんなに写真を撮られるのを緊張したことなど一体いつぶりだろう。


「……そうだ雛子、あなたも入らない?」

「ふええ!!?」

「……きっとその方が、美しい写真が撮れると思うわ……セルフタイマーとか、あるのよね?」

「え、え、まあ、ありますけど……あたしが入っても、その……」


 凛は雛子に近づいて、少しだけかがみ、彼女の目線に合わせる。


「……その方がいい写真になると思うの、美少女として……私の提案」

「……ふぁ、ふぁい」


 雛子は顔を真っ赤にしながら玲奈の言う通りに、カメラのセルフタイマーを起動し手ごろな場所に置く。

 凛はその間にもしかしたら玲奈は今まで誰かと写真を撮る、ということをあまりしてこなかったのではないかと考えた。

 彼女は被写体として完璧であるが故に、今まで一人でしか写真を撮ったことがなかったのではないかと。

 そう考えると……もしかして彼女は、友達を欲しがっているのでは?と、そういう考えに行き着く。

 勝手な想像だから間違っているかもしれないが……だとしたら、これは彼女なりの……


「はい、美少女」

「……その掛け声は、どうかな……」


 彼女なりの、転校生デビューなのかもしれない。

 凛がそうぼんやり考えているうちに、撮影は終わっていた。


 後日、雛子が持ってきたその写真。

 真ん中の玲奈はばっちりとポーズまで決めて写真だというのにまばゆいばかりに輝いており、表情もびしりと決まっている、完膚なきまでの美少女であった。

 そしてその隣でガチガチに固まった凛と真っ赤な顔をした雛子がひきつった笑顔のような表情でだらりと写っている。

 凛はその写真を見た時思わず微妙な気持ちになったが、しかし玲奈はどこか満足そうに写真を眺めていたように凛には見えたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

美少女ですが? 氷泉白夢 @hakumu0906

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ