食事をする様も美少女ですが?

「ではこの英文、Ms.アイゾノ、英語で自己紹介してもらえマスカ!」

「I am a beautiful girl.」

「Oh!beautiful girl!!」

「……Is itそれ self-introduction?自己紹介か?


--------


 時計が昼を告げ、クラスメイト達が解放されたとばかりに体を伸ばし、各々移動していく。

 いつもは平坦に過ぎていく時間が、なにやら今日はずいぶんと荒れていたような気がする。

 今日転校してきたこの美少女、相園玲奈にあまりにも自分のペースを乱されている。凛はそう思った。

 せめて昼食くらいはどこか一人で……凛はそう考え、移動しようとした時だった。


「凛」

「……な、なにか?」


 玲奈が凛を引き留める。

 凛はやや顔を引きつらせながらも振り向かずに話を聞く。


「一緒にお昼、食べませんか?」


 それは想定よりもずっと素直なお誘いであった。

 また美少女に絡めた妙な誘い方をするものだと凛は思っていた。

 凛は振り返って玲奈の顔を見る。

 その表情はやはりあまり変わらなかったが、どことなく憂いを帯びているような気がした。


(……もしかしたら、心細いのかもしれない)


 いかに予想外の行動ばかりの相手でも玲奈は転校生、今日が転校初日である。

 実は美少女をやたらと推してくるのも不安からくる行動……なのかもしれない。

 凛は少しだけため息をついた。


「……いいよ」

「……ありがとうございます」


 そうだ、自分が最初に思った通りなのだ。

 最初は転校生ともてはやされてもいずれ慣れる、そして生活の一部になっていく。

 きっとこんな慌ただしく感じるのも今だけだ。

 ならば今だけはそれを楽しむのも悪くないはずだ。

 凛はそう考えることにした。


「私は美少女ですが……もし断られたらどうしようかと思いました」

「……」


 やっぱり断ってやればよかったか、と凛は今更ながら思うのだった。


--------


 凛は自らが持ってきた包みを広げる。

 中から四個の小さめのおにぎりがころりと現れた。

 それぞれおかか、昆布、たらこ、梅が入っている。


「おにぎりですか」

「……そうだけど」

「手作りでしょうか」

「……うん」


 まるで水晶玉のような玲奈の瞳が、興味深げにおにぎりを見つめている。

 自分の作ったおにぎりをまじまじと見られ、凛はなんだか妙に気恥ずかしく感じる。

 本当に、本人が自称する通り紛れもなく美少女なのだ。


「べ、別にいいでしょ?おにぎり……だって……!」

「はい、とても美味しそうです……形も整っていて綺麗なおにぎりだと思います……私も整っていて美少女ですが」

「それは……おにぎりを褒めてるの?自分を褒めてるの?」


 そうはいっても、自分の作ったおにぎりを褒められるのは少しこそばゆい気持ちだった。

 凛はいただきますと早口で言って手早く自分のおにぎりをひとつぱくりと食べる。

 中の梅干しが想像以上に酸っぱく思わず身もだえてしまった。

 そんな様子を見て、玲奈がほんの少しだけ口角を上げる。

 凛は、何を一人で慌てているのだろうとなおのこと気恥ずかしくなってしまった。


「……れ……玲奈さんは、どんなお弁当なの?」

「私は、これです」


 玲奈はバスケットを取り出すと、その中からやや大きめの四角いサンドイッチを三つ取り出した。

 意外と量が多く見えて凛は少し驚いた。


「美少女サンドイッチです」

「は?」


 そしてその発言にも驚いた。

 なんだ美少女サンドイッチって。


「……いや、どう見ても普通のサンドイッチだと思うけど……」


 そう凛が言うと、玲奈はまた少し口角を上げる。

 そして、三つのサンドイッチを横一列に並べた。

 怪訝そうな顔で見つめる凛をよそに、玲奈は一番左端のサンドイッチのパンをさっとめくった。


 "美"


 そこには、そう描かれていた。

 敷かれたレタスとトマトの上に、ベーコンで綺麗に美と描いてあったのである。

 凛は思わず絶句した。

 玲奈は凛の困惑をよそに、真ん中のパンをめくる。


 "少"


 そこには、そう書かれていた。

 潰したゆで卵の上に、散らしたパセリで綺麗に少と描かれていたのである。

 凛は目を見開いてそれを見た。

 玲奈はあくまで優雅に、一番右のパンをめくる。


 ”女”


 そこには、そう書かれていた。

 数枚のハムの上に、チーズでそう描かれていたのである。

 凛は予想通りながらも慄かずにはいられなかった。

 玲奈は、再び口角をあげて凛の顔を見ながらそれぞれのパンを元に戻した。


「美少女サンドイッチです」

「……」


 そう言ってどこか得意げに"美"のサンドイッチを食べ始める玲奈を凛は茫然と眺めていた。

 玲奈は、一体どこまで本気なのだろうか。

 凛は果たして、玲奈に慣れてこれが生活の一部となる日が本当に来るのか不安になってしまった。

 それには、これが生活の一部となってしまう未来への恐怖も多分に含まれていたのであった。

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