ある剣術家の一分

牛☆大権現

とある剣術家の一分

「達人になってから戦働きに出るつもりか?」

と、かつて誰かに問われた。

「その通りだ」

と、私はあの時答えたように思う。


山中に庵を立てて早何年だろうか、人との交流が薄くなると、年月の経ち方に疎くなる。

そこにはただ、季節の移り変わりがあるだけだ。

ただ、日々の農作業を行い、その合間に、それが終わってからひたすらに剣を振るう。

時折訪れる人から話を聞く限り、今もまだこの国は乱世の最中にあるのだろう。

そこに出て活躍すれば、きっとそれなりの領地をもらえて、もしかしたら天下を狙えるのかもしれない。

だが、私はそんなものには興味がなかった。

剣を振るのが好きだ、そこには私があるだけだから。

剣を向けあうのは怖い、死ねば鍛錬の成果は無に帰すのだから。

だから、私は世が乱れる兆候を察したとき、山中に庵を構え、ただひたすら一人で剣を振る生活を選んだ。

その日も、同じ生活を送るはずだった。


「へえ、世は乱世真っただ中だってのに。あんたはこんなところで一人で素振りだなんて、変な人だねえ」

上のほうから声がしたので、そちらに顔を向けると、木の枝の上に天狗の面を被った一人の男がいた。

その男の年の頃は14~16だろうか、身の丈と声の高さからそう判断したが、しかし彼は、老人のような落ち着きも感じさせる、不思議な雰囲気を纏っていた。

「……天狗の面を被って人と話すような奴には、あまり言われたくない言葉だね」

 かなり久しぶりに人と話すので、唾をのみこみ間をおいて返答せざるを得なかった。

「ははは!確かにそうだ、あんたからみりゃ俺も相当な変人だろうさ」

少年が、まるで体重がないかのように、ふわりと地面に着地する――と見えた次の瞬間、少年の刃が私の首筋に突き付けられていた。

「ピクリともしなかったね、動きは大分出来るみたいだったから期待したのになあ」

「……失望させたようで申し訳ない、私には抜刀の瞬間すら見えなかったよ」

「そりゃあ、剣の動きは見るものじゃないもの。“観る”のでなきゃ話にもならない」

少年は、ゆっくりと納刀してみせた。

「あんたはね、一人で学習できる技術に関しては多分俺より巧いよ。でもね、剣術は対人技術なんだ、素振りだけでは学べないもののほうが多い」

「あいにくだが、乱世に剣術だなんて学ぼうという者のほうが少なくてね、練習相手がいないんだ」

「へえ、どうしてそう思うのさ?」

「戦場でまず使われるのは、弓などの武器、最近では鉄砲なんていう兵器も使われているらしい。

その次に槍、遠間から攻撃可能というのはなにより利点だ。

それを潜り抜けて、ようやく刀の出番だ。

刀が使われない、なんてことはないけれど、あくまで戦場で使われる武器の一つに過ぎないのもまた事実だろうね。

そんなものの技術の習得にかける時間より、弓や槍の練習をしたり、もっと言えば実際に戦場に出て経験を積み、実際に名をあげるほうがよっぽど時間の有意義な使い方だろう?」

気が付いたら、少年の調子に乗せられて、今まで発した事がないほど長い言の葉を紡いでいた。

「じゃあ、それがわかっててあんたはなんで、剣を振るの?」

「剣を振るのが、好きだからだよ」

「……気にいったよ。俺を、練習相手にするつもりはないか?」

「こちらこそ渡りに船だ、いかにも一人では限界を感じていたところだ」

こうやって、私は天狗に教えを乞うようになった。


「甘い!その位置では反撃されるぞ!もっと踏み込め!!」

天狗の上段からの唐竹割りを、右半身に体を回して避け、返す刀でのど元に刀を突きつけようとするも、それより早く斬り返された刃が、私の右横腹に触れる。

私の刀の軌道を封じるよう、足捌きで立ち位置を変えたうえでだ。

教えを乞うて十年以上だろうか、一人では学ぶ機会のなかった、間合いや拍子、目の付け所などの感覚が、めきめきと上昇していくのを感じる

しかし、天狗の技量にはそれでも届かなかった。

こちらが必殺と確信した間合いをことごとく外され、勝てると確信した拍子で、ことごとく撃ち負ける。

初めて会った日、一人で練習できる技能ならば私が勝っている、と天狗は言っていたが、それすら謙遜なのでは?と疑いたくなる。

しかし、負けるのが楽しかった、まだ伸び代があるのだから。

なにより、命を失うことがないのだから。


 だが、そんな日々は唐突に終わりを迎える、天狗が急に来なくなったのだ。

その前日、山のふもとのほうが火で赤く染まっているのが見えた。

戦火がいよいよ近づいて来たのかもしれない、となるともしかするとそれに巻き込まれて……

あれだけ強い天狗ですらも、戦場では命を落としうるのだと、急に恐怖がぶり返してきた。

しかし、それ以上に強く、自身の中に沸いたのは「半生をかけて磨き上げたこの技を、使わないまま一生を終えたくはない」という感情だった。

待てども待てども、天狗は来ない。

7日ばかりを無為に過ごした後、ようやく山を下りる決心をした。


結局、戦場で剣術は殆ど物の役に立たなかった。

けれども、たまたま主君の近くまで辿り着いた敵を切り捨てたことで目に留まり、主君が支持した内府が天下平定した後に道場を賜ることができた。

弟子を多く育て、主君の家の指南役を賜り、およそ成功したほうだろうと自負している

しかし、私の中にくすぶる思いがある、叶わぬと知りつつ願わずにいられない……

「起きろ」

 夜半に、聞きなれた、しかし在り得るはずのない声が耳に届く。

飛び上がるように起き上がり、剣を取る。

「久しぶりだな、漸く剣士らしい目をするようになったじゃないか」

「生きていたのか、天狗」

「当然だ、なかなか戦場に出ようとしないから、発破をかけただけの話だ」

「お前はあの頃と、声も背丈も変わっていないな。私はこんなに老いさらばえて、腕も枯れ枝のようになってしまったというのに」

「俺には、その在り方のほうが羨ましいよ。鍛えた肉体が衰えて、漸くたどり着ける境地とやらに、一度もお目にかかれたことがないものでな」

「まるで本物の天狗のようなことを……いや、面を被っているからといって、それが偽物であるとは限らぬか。それでは勝てぬはずだ」

月光に互いの刃が煌めく、どちらともなく抜かれたそれは、引き合うかのように互いののど元へ向けられた。

「さあ、やろうか」

「ああ、お前の真の力をみせてくれ」

天狗と剣士の勝負の行方、その決着を知るのは、互いのみであった――


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