スシババア

流々(るる)

中小企業技術展

「受け付けはこちらです」

 揃いの服に身を包み、二人の若い女性が並んで立っている。その微笑はいつか見た日本人形ジャパニーズドールのようだ。彼女たちの目には私がどのように映っているのだろう。


 我が祖国が高い技術レベルを持っていることはあまり知られていない。それは新しいものを生み出す力に乏しいからである。その反面、アイデアを基にして模倣する能力に長けている。日用品から武器まで、様々な技術を応用――あえて盗用とは言わない――して秘密裏に輸出するのが隠された国家産業となっていた。

 欧州、アメリカで活動してきた私がアジアの地、日本への派遣を指示されたのは三カ月前のこと。すでに在住五年目となるハリルからこの国のことを学んだ。無表情なのは決して怒っているわけではない、おじぎは感謝の表れ、ハグどころか握手さえもボディータッチとして好まれない、など。


 万全な準備を整え日本での初仕事としてやってきたのは、ここ東京国際フォーラム。

 有楽町駅の目の前にあり二つに分かれた建物群の中央にはゼルコーけやきバの並ぶ広場がある。どことなくブライアントパークを思わせるこの施設はウルグアイ生まれでニューヨーク在住の建築家が設計したらしい。色とりどりの可愛らしい移動販売の車が並び、ランチやスイーツを提供しているさまはマルシェのような賑わいをかもし出していた。

 行き交う人々をすり抜け、地下へと向かうエスカレーターに乗る。コンベンションホールでは多くの企業が展示ブースを設け、優れた技術や斬新なアイデアを紹介していた。どれほどの情報を得ることが出来るのか、楽しみだ。


「お名刺がなければ、こちらに記名をお願いします」

 右側の女性がカードとペンを差し出す。

 この国の言葉は、母国語や仕事で使ってきた英語とも大きく異なる。集中的なレッスンで日常会話には支障がないけれど、漢字はもちろん書けない。柔らかな曲線に共感を覚えているひらがなさえ書くことは難しく、カタカナだけを少し覚えることが出来た。

 主に直線で構成されているから私でも書きやすい。

 書き終えたカードをホルダーケースへ入れて名札にしてくれるのだが、彼女の様子がおかしい。

 俯いて肩を震わせている。

(泣いて……いるの!?)

 あんなに笑顔だったのに顔を上げることもなく、黙ってホルダーを差し出してきた。


 彼女の様子が気にはなったものの、仕事に集中しなければならない。

 名札を首から下げ、あらかじめピックアップしておいた展示ブースへ向かった。

 今回の目当てはロボット・ドローン部門だ。革新的な技術というよりもオーソドックスなものをいかに組み合わせるかという分野なので、着眼点を知るだけで応用が比較的容易でもある。大企業でなくても、このように高度なモノづくりが出来る日本という国は素晴らしい。

「あー、わたしムズカシイことばがワカラナイ。ろくおんシマス。イイデスカ?」

 説明を聞く前には必ず断りを入れる。ICレコーダーに保存しておけば、専門用語も後で確認できると同時に、積極的にコミュニケーションをとることで疑いの目を逸らす意味もあった。

「ええ、構いませんよ」

 にっこり微笑んで頼めば拒否されることはまずない。特に相手が男性ならば。

 胸のポケットからレコーダーを取り出したとき、彼の視線が名札に留まった。

 一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに説明を始める。


 さっきのは何だったんだろう。

 ひょっとしたらカタカナが間違っているのかもしれない。

 次のブースへ移る時に名札を確かめてみたけれど正しい字だ。こっそりバッグに忍ばせたカタカナ五十音表と照らし合わせても問題ない。

 けれど次のブースでも同じような反応をされた。

 三つ目のブースではアシスタントの女性から「お若いのに……色々と大変ですね」と笑顔で言われた。

 ホワァイWhy!?

 まさか、私が情報を探っていることがバレているのか。そんな筈はない。みんな名札を見て反応している。

 字が下手だから? それは否定できない。

 モヤモヤした思いを抱えながら会場を後にした。



 ホテルへ戻り、今日の情報を渡すためにハリルと合流した。

 会場での顛末を彼にも話す。

「やっぱり文字を間違えて書いたのだろう。チェックしてあげるから書いてみなよ」

 部屋に置いてあったメモを取り、思い出しながら正確に書く。


 スシバ バア


 大丈夫、間違いない。

「おいアバ、教えなかったか。我が国の言葉と違って、この国では左から右へ書くと」

 えっ!?

「五十音表だって右から左へ書いてあるじゃない!」

「それは縦書きだからだよ」

 そんな――それじゃ、左から読むと……。


 もっと早く教えてよ、お前がっOh my God

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