第11話 『逃走』

――――魔王たちは薄暗い檻の中にいた。


 そこは、ジメジメしていておおよそ健全な人がいるような場所ではなかった。若干黴臭く異臭を放つ藁のみが敷かれているおおよそ2畳ほどの広さの部屋には、ほんの小さな小窓から、月明かりのみが差し込んでいる。鉄でできた頑丈な格子がいかにも牢屋といった雰囲気だ。壁はレンガで幾重にも作られておりちょっとやそっとじゃ壊せなさそうである。


 魔王たちの手首には、白狼石という魔族の能力を封じる能力のある錬金石で作られた手錠をはめられ、足にも足枷が着けられて、身動きもできない状態で拘束されていた。スライムはというと、これもまた白狼石で出来たスライム用の籠に入れられ、きっちりと施錠されていた。


 やがて皆が目を覚ます。



「・・・ん・・・ここは・・・?」



 魔王が目を覚まし、あたりを見渡す。ほぼ同時にヴァンパイアとグールも目を覚ました。



「ん・・・魔王様・・・!!・・・え!?なにこれ!」



 ヴァンパイアは一際大きな声を上げ驚いた。状況を掴めずにあたふたしている魔王たちの元へエビルがやってくる。



「ぎゃーぎゃーと喧しい連中ですねぇ・・・」



 エビルは檻のドアの前までくると魔王たちを一瞥する。そしてゆっくり口を開いた。



「貴様らを明朝、勇者軍へと引き渡す。罪状は国家反逆罪及び国家転覆未遂容疑だ。まぁ死刑だろうな。」



 突然のことで、なにがなんだかつかめていない様子の魔王たちだが、スライムが口を開く。



「油断しましたね、魔王様・・・自治区だからといってエビルがいることをすっかり抜けていました・・・すみません」



 魔王も多少冷静になり、頭が回る。カジノで薬を盛られたのか。そして確かに迂闊だった。勇者軍元参謀のエビルがいるのは魔王もわかっていたのだ。が、疲れとカジノの誘惑でそれを忘れてしまっていた。浮かれていたのだ。


 そしてエビルは続ける。



「明日には勇者軍元帥である大魔導士アポロ様がこちらに来られる手筈になっている。まぁ逃げられるとは思わないことだ。精々残った時間で悔いるがいい」



 そう言い残し、エビルは去っていった。残された魔王たちはどうしようかと思案するもいい案が浮かぶはずもない。



「くそっ・・・白狼石さえなければな・・・。あ、ヴァンパイアは蝙蝠にはなれないのか?」



「無理。あれだって魔力だもん・・・白狼石のせいで使えないよ・・・」



「ならグールはどうだ?地面に潜ったりは・・・」



「あ~。ごめ~ん。ここじゃむりっぽ~い」



 確かにあれは魔力ではないが、頑丈なレンガ造りの地面には潜れそうもないのだ。やはりそうかと落胆する魔王たち。結局妙案もなくただ時間が過ぎていく。そして辺りが寝静まったであろう3時を過ぎたころだった。


 「ガチャ」と鉄格子のドアが開く音がする。魔王たちはみると黒いローブを纏った人物が立っていた。男は有無を言わさず、素早く魔王たち全員の手錠を外すと、ここから脱出するように促す。魔王たちは何が何だかわからないが、助かるなら、とついていくことにした。



「お前は何者だ?なぜ俺たちを助ける?」



 そう魔王が黒いローブの人物に尋ねるが、返事はなかった。


 牢屋はロラン議事堂の地下にあり、建物構造はそう複雑でもないので脱出は容易だった。黒いローブの人物は飲み物に細工し、見張り達を眠らせていた。その為、夜陰に紛れいとも簡単にロラン郊外へたどり着く。



「追手が来るとまずい。さっさと遠くへ行け。じゃあな・・・」



 黒いローブの人物はそう言い残すと、黒い霧の中へ姿を消した。一体何者だったのか。疑問は残るが自分たちの身も危ないのだ。ここはあの人物の言う通りにゴルバ山を目指すほうがいいだろう。そう思い、一路ゴルバ山を目指し歩を進める魔王たち。


 しかし、事態は容易くいかなかった。ロランとメルキブ地方への境にある関所が封鎖されているのだ。あの関所を通過しないとなると、約1週間以上かけて遠回りしないといけなくなってしまう。どうしようか、そう思案している時だった。


 上空で蝙蝠の姿になり、辺りを警戒していたヴァンパイアが慌てて魔王の元に降りてきた。



「やばいかも、魔王様!東の方から馬車がめっちゃ走ってくるよ」



 魔王たちはもう追手が来たことを悟るが、そこは山と崖に囲まれた場所であり身を隠す場所は乏しかった。魔王たちは仕方なく山の方へ避難することにした。


 魔王たちが関所を逸れ、北の山中へ足を踏み入れようとしたところへ、後ろから声がかかる。



「おやおや・・・そんなゾロゾロと・・・筍狩りにでも行くのかな?この時期の山は危ないよ。熊とか出るしね。あ、あと雪崩も起きやすいんだこの辺」



 さわやかな青年風のイケメンボイスでそう言ってくるのは、勇者軍元帥「アポロ」だ。金髪で肩まであるロン毛をなびかせ、青いローブを纏っている。胸には赤い刺繍で勇者軍のシンボルマークである鷹の紋章があった。手には何やら分厚い本を抱えている。ネクロノミコンという魔術書である。


 アポロは勇者パーティーの中でも、群を抜く知恵と魔力を誇っていた。そしてこの大陸でも右に出るものがいないほどのサディストでもある。アポロに捕まり拷問を受けたものは、死よりも酷い恐怖を味わうと言われている。そして大の付く魔族嫌いだ。


 そこへ後続のロラン騎士団やエビルらも合流する。



「アポロ様、あとは我々が・・・」



 ロラン騎士団長ウェールズがそう言って指揮を執ると、1000の軍勢が続々と魔王たちを取り囲む。まさに、多勢に無勢。事ここに極まれり。万事休すである。



「さあ、大人しく投降しろ」



 魔王たちは騎士団によって完全に包囲された。

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貧乏魔王の勇者退治 Nell @Nell-3000

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