第10話 『危機』

――――ロラン議事堂。そこは120年前のロラン自治区成立以来、ロランの中心で威厳のある、ロラン住民の注目の的の建物である。


 ロラン議事堂は、左右対称のレンガ造りの塀に囲われ、正面には鉄の両開き門。議事堂は総大理石建築であらゆるところまで大理石で出来ている。

入り口に等間隔に立つ立派な6本の柱。入り口から議会場へ続くレッドカーペットの敷かれた左右の階段、そして中庭に佇む正義の騎士像。

右手に天秤を持ち、それを頭上に掲げ、甲冑を身にまとい、左の腰には剣を指し左手には盾をもつ、勇敢な、いかにもな騎士像である。

ここでは正義のシンボルとしてロラン住民たちの崇拝対象となっている像でもある。


 議会場は左右入り口から中央までレッドカーペットが続き、その最終点に木造の議長席がある。そこに向かうように10のこれもまた木造の議員席が左右対称に並ぶ。


 そして、議長席左右にはルイオ代表とリエージュ代表の、これも味のある樫の木で造られた席が設けられている。ロラン議会はこの計13人による会議ですべてが決まるのである。


 そのロラン議事堂の議会場上部にある最上階、議長室でエビルはロランの市場を歩く魔王たちを眺めていた。



「これはこれは・・・飛んで火にいるなんとやら、だな」



 白髪を肩まで伸ばし、口には立派な白髭を蓄え、丸いフチなしメガネをかけた初老ほどに見えるエビルはそう呟いた。

上下灰色のゆったりとしたスーツに身を包み、腕を組んだ右手でパイプたばこを燻らせていた。


 エビルが左手で指を鳴らす。そこへロラン騎士団の兵士がやってきた。兵士は跪くと頭を垂れた。



「議会を招集しろ」



 エビルがそう命令すると、兵士は「はっ」と答え、頭を下げたまま立ち上がり、一礼して足早に去っていった。


――――しばらくし、議会場に議員と代表が集まった。


 さっそく口を開いたのは、石油王と呼ばれるルイオだった。


 頭にはターバンを巻き、185センチくらいある細身の長身体型。白い装束に赤いマントを羽織り貴金属をじゃらじゃらと首に下げている。

指にはダイヤやルビーの指輪が光り、口元は無精髭、歯には金歯が並び議場にもかかわらず葉巻を吸っている。黒い肌をした、いかにも富豪な男だ。



「なんだね、議長。先日予算委員会が終わったばかりだろう。なんの招集なんだね」



「―――この街に、魔王が来ている」



 場が少しざわつく。が、今更魔王といわれても過去の支配者。今や勇者統治の時代に魔王を恐れる者は少ないのである。


 

「今更魔王がいたからってなんだっていうのよ」



 そう口を開いたのはリエージュ。宝石王と呼ばれる女?だ。茶色い髪は腰まで長く、体に密着してグラマラスなボディラインが浮き出る黒いスーツを着て、白いファーコートを羽織り、美人とまでは言えないまでも綺麗な化粧をしていていかにも女性なのだが、声はドスの効いた"男"の声だった。


 いわゆるオカマやオネェと呼ばれる分類の人である。



「そう、確かに今まではたかが魔王だった―――」



 そう切り出したエビルは、魔王が闘技場で見せた覚醒の件。そしてヴァラモス邸での密会。目的地がロラン西方であることから恐らくゴルバ山になにかある事。そしてレイスソードの顕現と第四の力――邪眼の開眼。これは過去に邪眼を開眼した魔王はいなかったことから、エビルは要警戒案件として勇者に報告していた。


 そして、この際勇者軍に恩を売ると共に、今後の自治区の保証と信頼を得るために魔王を捕らえ、勇者軍に引き渡すのはどうかと提案した。


 なぜそこまで勇者軍に恩を売らねばならないのか、代表二人を含め12人の議員たちは顔を顰めたが、それというのもエビルが勇者の元老院の一員だということは公になってないからであった。


 しかし、勇者軍が倒れたとして魔王統治時代にもここは自治区としてやってきた実績と誇りはある。もし仮に魔王がまた復権したとしても困らないのでは、という議員もいたが、エビルはこう答えた。



「レイスソードの顕現と邪眼の開眼は世界を滅ぼす―――」



 満場一致で議題は可決した。魔王の国家反逆罪と国家転覆未遂罪で捕縛命令を出した。


 そして、議会場にロラン騎士団団長『ウェールズ』が呼ばれ、捕縛命令が下された――――




 その頃、魔王たちはロラン名物である、カジノにやってきていた。



「すっごーい!大きい建物だね、魔王様」



 ヴァンパイアが感嘆の声を上げる。魔王も煌びやかな装飾が施された建物の凄さにちょっとびっくりしていた。

魔王城だってこんなイルミネーションしたことなかったなぁ。と感心していた。



「よし、早く入ろうよ魔王様!」



 ヴァンパイアにそういって手を引かれていく。入り口のすぐ横には屈強な筋肉の漢2人が立っていた。


 魔王たちはカジノへと足を踏み入れようとするが、屈強な漢達によって阻まれた。



「なんだよ、カジノに遊びに来たんだけど、入れないの?」



 魔王は漢達にそう質問する。すると漢達はドレスコードを守れてない人は入場できないと答えた。


 ドレスコードとは、その場所に似合った服装のこと。また他人に対してのエチケットでもある。


 魔王たちは困った、この中でドレスコードを守れてると言えるのは、ギリギリでヴァンパイアくらいだった。

ヴァンパイアは普段から黒いレースがたくさんひらひらとした、いわゆるゴスロリ風ドレスを着て黒いパンプスを履いているので、最適と言わないまでも最低限入場はできる格好だった。


 仕方なく貸衣装屋に足を運んでみることにした魔王たち。しかしそこではカジノに来る客の足元を見たような値段設定で、ぼったくりとしか言えないような値段で料金が設定されていた。



「スーツ1着5万G!?」



 太った目の細い店主は法外ともいえる値段設定をしてるにもかかわらず、飄々と答えた。



「うちはこの値段でやってるからね。嫌なら他所行きな。まぁ金ないならどこ行ったって無理だろうけどね。わははははは。この貧乏人が」



 そういうと店主は、魔王たちを店から追い出し、ドアをピシャリと閉めた。


 困った魔王たちは立ち尽くしていた。そこへ一人の男が近寄ってくる。白いマスクをして耳まで隠れるようにニット帽をかぶり、灰色のトレンチコートを着たちょっと怪しげな人だ。



「君たち、さてはカジノのドレスコードで困ってるのかな?」



「そうなんですよねぇ・・・でも貸衣装屋さんの値段めちゃめちゃ高くて困ってて・・・」



 そう魔王が答えると、男はいい話があるからついておいでと言う。魔王たちはどうしたものかと考えあぐねたが、背に腹はというか藁にも縋る想いに近い感情で、付いていくことにした。


 ついた先は地下倉庫らしきところ。男は市場の端にある階段を下りた先のドアの南京錠を外して、開けた。そこには様々なドレスやタキシード、燕尾服、紋付き羽織袴や振袖、留袖などあらゆる部族のあらゆる正装が揃っていた。


 男は1着のタキシードと1着の青いシンプルなドレスを手渡した。



「ドレス・・・はグールのか?」



 グールは正直中性的な体つきなのだ。声も容姿もどっちともいえない絶妙な体型をしている。男はこちらの方がよさそうだったので、とドレスを渡してくる。


 魔王は恐る恐る値段を聞いた。すると男はお金は要らないという。ただし一つ欲しいものがある、魔王である君の翼の羽根が1枚欲しいというのだ。


 魔王たちは驚いた。まだ会って間もないこの男がなぜ自分が魔王だとわかったのか。まして翼は、いつもみえないように消してある。なのにこの男は羽根の存在を知っていた。もし闘技場で見たかもしれないが、今の魔王は魔力で完全に人間のような姿をしているのだ。そうでなければ人間比率の多い街で滞在できるはずがないからだ。



「なぜ魔王だとわかったか不思議だという顔をしてますね」



 ちょっとした透視能力なんですよ。魔力を見透かす能力とでもいうんですかね。魔力で偽装したりする輩は多いものでね。そう答えると、また羽根を1枚くれないか。そうお願いされる。


 魔王たちは顔を合わせ悩んだが、魔王はカジノに行きたい欲に徐々に負けていた。羽根1枚くらいならいいかと受諾して渡してしまった。

スライムは心配したが、まぁ羽根くらいと魔王はカジノに胸いっぱいといった様子だ。


 魔王たちは更衣室を借り、着替えるとはやる気持ちを押さえカジノへと急いだ。


 さっきの漢達がいる。気のせいか先ほどより筋肉が増えているような気がしなくもない。そうだね、プロテインだね。


 魔王たちはまた入口へと近づいていき、今度はどうかと漢達に尋ねると、白い歯をむき出しにしてにっこり笑い、人差し指と親指で丸を作り「オッケー」といってカジノへ招き入れてくれた。



――――そこは、別世界だった。


 カジノに一歩足を踏み入れると、ホール中央には巨大で超豪華なシャンデリア。真っ赤な絨毯。3階まである吹き抜けのホール。

魔王城のパーティーなぞ比較にならないくらいの煌びやかさがそこにはあった。外観だけでも凄かったのに、中もさすがであった。

魔王たちはそのすごさに足が竦んで少し動けなかった。


 ルーレット台やスロット台がきれいに並んで見える。ポーカーやブラックジャックのテーブルも見えた。2階をみると2階通路のホール際に沿ってスロット台が設置してある。3階も同じように見える。会場のところどころに観葉植物が置いてあり、目にも優しい配慮。


 1階のステージにはマジシャンと思わしき人物がショーをしている。そのステージ横には高級車が数台並んでいた。このアルメシアでは車は超高級品である。そのなかでも高級車が並ぶほどにここはすごい場所なのだ。


 ワクワクしながら魔王たちは換金所へ足を運ぶ。換金所の看板を見つけ鉄の柵で仕切られた窓口へ行き、おねえさんに換金を頼む。



「1チップ10Gでございます。おいくら分換金いたしますか?」



「6000G分お願いします」



 なんと魔王は6500Gしか所持金がないにもかかわらず、6000Gも換金してしまった。これはギャンブラーである。一応交換レートは等価なので1チップあたり10Gで換金はできるのだが・・・。



「ちょっと魔王様!だ、大丈夫なんですか!?」



 スライムはやはり心配である。魔王はすぐ熱くなる癖がある事を知っているから。昔から魔王は勝負ごと、特に何かを賭けると熱くなることがしばしばあった。

夕飯のデザートのプリンをじゃんけんで勝った方が多く食べられるとか、ババ抜きで勝った方が新しい服おねだりできるとか。あれ・・・ちょっと貧乏くさい?


 それはさておき、お財布事情が寂しくなるのに一抹の不安を抱えるスライムと、呑気なヴァンパイアとグール。嬉々とした表情の魔王。先行き不安である。



「よし、じゃあ・・・まずはポーカーいこう!」



 ヴァンパイア達も楽しげに魔王に付いていく。スライムはそんなみんなを見ながらため息をつきながら付いていくのだった。




「―――――なんでだー!」



 負けに負けて所持チップは半分の300チップになっていた。魔王はすぐダブルアップをやりたがる。そして失敗するのである。当然負けは膨らむ。

ヴァンパイアとグールもポーカーをやるも、いまいちルールがわからず、やはり勝てなかった。


 最後の勝負にと魔王はルーレットの席に着いた。このカジノのルーレットは0から36までの数字と赤と黒を使い賭ける。賭ける場所、1点賭けからハイ&ローや、赤か黒か、奇数が偶数かなどに賭けて、ディーラーが玉をルーレットに投げ入れ入った数字で当たりはずれが決まる。わかりやすいルールだ。


 ふとヴァンパイアが指を差す。



「ねぇ、あの0ってなに?あれに賭けたら?」



 魔王はディーラーが交代すると、ディーラーは自分の腕を調整するため、0を目印に狙ったとこへ玉を入れる練習をする、と聞いたことがあった。

そして、今ちょうどディーラーは交代したばかり・・・。狙いはひとつだった。


 魔王が賭けたのは0。一点賭けの大勝負である。緊張の瞬間が来る。


 玉は転がり、数字が書かれた溝に弾かれ跳ねまわる。そして―――



「やったあああああああああ!!!」



 玉は見事に0に吸い込まれた。36倍の大当たりである。ヴァンパイアとグールも訳は分からないがハイタッチして喜んだ。スライムもほっと胸をなでおろした。


 かくして1万チップ以上を手にしてホクホクの魔王たちはこのあとどうしようか思案していると、ボーイさんに声をかけられる。



「お客様、もしよろしければVIP席へ案内できますが、いかがでしょうか?」



 VIP席、魅惑の響きである。浮かれ切った魔王たちは二つ返事でVIP席へとボーイに連れられ足を運んだ。


 そして、お祝いにお酒でも、とシャンパンを勧められるままに飲む。ヴァンパイアはシャンパン風ジュースだ。

飲み干したとき、気持ちよくなり、みんなすやすや眠ってしまった。


 そこへ現れたのは、ロラン騎士団長ウェールズだった。ウェールズはボーイに「ご苦労、あとは引き取る」と言い。部下に命令し魔王たちを拘束した。

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