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 リチャード・ヴァイデンライヒが死んだという報告は貴族の上から下まで、とくに若い世代ほどそれに驚いていた。

 かの怪物。同世代では彼に絶対に勝てないと転がり込んできたその報告にある者は己の権力拡大のために動き始め、ある者はそれを殺した存在を探し始める。

 「なんとも悲しい出来事が起きましたね」

 「そうだね。まさかリチャード・ヴァイデンライヒが殺されるとは思っていなかったよ」

 「父上もこのことには焦りがあるのでしょう。王位継承を、ヴァイデンライヒ次期当主となられるゾーイ殿が卒業するまで延期となされたそうですよ」

 アーサーを指名するつもりであったウルビス国王にとっては予期しない事態だった。リチャード含めての評価であれば間違いなくアーサーが後継者に相応しい。

 だがそれが欠けたとなるとまた話が変わってくる。

 今無理にアーサーを王にしたところでジュリアスとの政争が始まるだけ。そうなってしまえばウルビスには隙が出来てしまう。望ましくないことだった。

 故に浮いていたゾーイ・ヴァイデンライヒという少女がどちらにつくか、それが決まる二年後へと王位継承を伸ばした。

 「噂によるとリチャード殿は飼い犬にかまれたそうだ。兄上も今後は気を付けた方がいい。貴方が死んでしまえば、姉だけではなく弟も悲しんでしまう」

 「それは困るね。しばらくワンちゃんは飼わないことにするよ」

 「賢明です」

 これで勝ったとはジュリアスは思っていなかった。

 アーサー側にはまだハニーベール家や階級の高い貴族、何よりもベイリアル以上の戦士がいるのだから。

 ようやくイーブン。

 ヴァイデンライヒの死んだ今後、国の外にも敵が現れ始める。

 その準備に向けてお互い静かにしていることが現状ではベスト。あまり騒いでは父も黙り続けてくれない。

 「さて。会議へと向かいましょうか。彼の死は超王とエルヴェイユが動くには十分ですからね」

 「リチャードを殺した人も随分面倒なことをしてくれたものだよね。あの二つが動いたら誰が止めるって話。困ったものだよ」

 「我が国にはベイリアル将軍がおられますよ。それに、兄上や私の世代にも、芽は出始めている。負けはしません」

 「勝つのは難しくなったっていうんだよ」

 「何事もプラスに捉えねば人は付いてきませんよ」

 「勝ちなき未来に先はないよ」

 「勝つだけが未来ではないでしょう」

 王子二人。アーサーはジュリアスへの不満を、ジュリアスはそれを軽く流す。

 その日、二人の機嫌は正反対であり、それが変わることはなかった。



 §



 「あり得ると思うか?」

 「なにが」

 城下町の酒場にて、二人の男が酒を飲んでいた。

 成り上がりによって爵位を得た貴族にしては珍しく第一王子派、その中でもヴァイデンライヒに忠誠を誓っている貴族の子弟だった。

 灰色の髪をしあつくるしい雰囲気を漂わせるほうをアダマン、暗い金髪が目元まで伸びた怠そうな雰囲気のほうをクロ―リスといった。

 「とぼけるな。リチャード様の死だ。あのお方が負けることなどありえないだろう」

 「でもアーネストは死んだって言ってる。お付きもゾーイ様に変わったし、何よりあの方を見てないじゃないか」

 「それがおかしいのだ。百歩譲ってあのお方の前に立てたとしよう。だがその先、ましてや殺すことなどそれこそアーネストでも不可能だ」

 今でも覚えている。

 本気で命の奪い合いをしたあの時を。

 全身の震えが止まらず、勝負になどならなかった。本能が敗北を認めてしまった。

 「何が言いたいのさ」

 「エルヴェイユが来たのではないか」

 「……いくら王になりたいからといってそれはないでしょ。大体それならゾーイ様が殺されていないのはどう説明するの」

 「リチャード様がお守りになった、とか」

 「とかって……。第一、ヴァイデンライヒとエルヴェイユの戦いが本当に起きたとしたら、エデフィスなんてもう残ってないでしょ」

 「むう。それもそうだな……」

 「ま、僕等は命令に従っていればいいでしょ。それこそ、次に行く戦場はエルヴェイユがいるじゃん。もしかしたら、そこで教えてくれるかもしれないよ」

 「はっ! 確かに。クロ―リス、お前天才か」

 「僕バカにされてんの?」

 「紙一重とはいうな。だが俺はお前が天才であると思うぞ」

 アダマスは一切悪気なく本心で言っていた。

 「まずはエルヴェイユに聞き出せるだけの力をつけないとね。あの頃よりは強くなったとはいえ、ジスガレムはエルヴェイユだけじゃないし。何なら僕たちも欲しいなぁ」

 「二つ名か。漢の、いや人間の浪漫があるよな。戦場に出る者なら一度は憧れる。俺は今も憧れている」

 「夢見る乙女は美しいけど、夢見る漢はどうなんだろうね」

 「かっこいいに決まっているだろう。悔しいがあの男はかっこいいではないか。逆にマグメントのはあまりかっこよくないな。なよなよしてて、気持ち悪い」

 思い浮かべるのは己らと同世代ながら一歩進んだ存在達。

 「どちらにせよ、だよ。あいつらに負けてるようじゃかっこよくないだろ」

 「そうだな。勝つぞクロ―リス」

 「気が早いっての。まあ、負けるつもりはないけどね」

 「よし。勝利を願って乾杯だ! 今日はぶっ倒れるまで飲むぞ!」

 「かんぱいって……縁起悪い。祝杯とか、そういう言い方でいいでしょ。意味変わってくるけど、乾杯よりマシだし」

 「はっ! 確かに。やはり天才かクロ―リス」

 「アダマンがバカすぎるだけだね」

 時代は進む。

 新たなる世代が現れ始め。

 黄金の意思を持つ者たちが戦場に解き放たれる。

 


§



 リチャード・ヴァイデンライヒから支援を受けていた孤児院は多くのものから、人体実験の被害にあった場所として見られていた。

 実際にそこにいた子供たちが実験に使われていたかどうかという真実は別だったが、セイリオスによってリチャードが殺されたという事実は周りから憐れみを受けるには十分なものだった。

 また、ジュリアス第二王子らしき人物が訪れたというのもそれを加速させる要因だった。

 市民が真実を知ることは無い。されど、己の目に映る事実と聞いた話を合わせれば噂というものはやがて周知となり、事実へとすり替わっている。

 「じゃあ、またいつかお会いしましょうね。ばいばーい」

 ミーティアは見送りに来たカゲノブとサラに別れの言葉を告げる。

 次の街への劇団移動の日まで子供達のためにと泊まり込みで生活をしていた。

 子供たちへのストレスを減らす為ならば、己が目立つことなど大したことではないといって幾人かの劇団員を連れてやってきていた。

 彼の狙い通りに人々の注目はミーティアや劇団員に集まっていた。

 「至れり尽くせり、だったわね。今日もこんなギリギリまでいてくれた」

 「そうだね」

 「……」

 「……」

 会話が止まる。

 ミーティアたちがいた間は彼らが盛り上げてくれているために会話が続いていたが、二人になると途端に黙り込む。

 リチャードが死に、カゲノブがジュリアス第二王子派閥に保護され二人が再会した日からこうだった。

 それぞれの考えがあっての行動であったが、カゲノブが行ったことを知るサラにとってそれはやすやすと認めていいものじゃない。

 だからといって帰ってきたことを喜んでいないわけではない。

 二つの感情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、なんと声をかければいいか分からなかった。

 「……ごめん」

 そんなサラの気持ちは痛いほど伝わっていた。

 ミーティアはこの機会に言葉をまとめといたら、と時間をくれた。

 カゲノブはサラに応えようとしていた。

 これからの自分を、知ってもらうために。

 「俺は多分、もう変わることが出来ないんだと思う。リチャードさんを殺したときにそう感じたんだ。俺は俺のためだけに人の命を奪っているんだって」

 「……」

 「嫌いだから、気に入らないから、そんな理由で殺しているんだ。理解できないと思う。俺だって理解しきっているわけじゃないんだから」

 狂いを受け入れていた。理解できるものではないのは、今のカゲノブがいる場所、サラのいる場所の違いが生んでいた。

 「ベイリアル将軍から話があったんだ。その力をこの国のために使ってみないかって」

 「それって……」

 「うん。軍人にならないかって。爵位も、低いけど与えられる。サラ、俺は戦うよ。この先君と会う機会も減ってくるし、君も俺を受け入れることはできないよ。この数日間、一緒にいてそれは分かった。だけどさ――」

 目を合わせる。

 偽りのないその言葉を伝えるために。

 「サラは俺にとって何よりも大切な人なんだ。君に受け入れられなくてもいい、それでもいいから、俺は君を守るためにこの国で戦うよ。ごめんね、君に言うべきじゃないってわかっているんだけど、それでも俺は君に幸せになってほしいんだ。それが俺にできるせめてもの恩返しだから」

 「……勝手ばかり言う。そんな風に育てた覚えはないんだけどなぁ」

 「サラ……」

 「はいはい。私のほうが背が低いし、育てられた覚えはないっていうんでしょ。知らないんだろうけど、私の方がカゲノブより一個上なんだからね。…………ああもうほんとにバカ。バカでバカで、どうしようもないくらい、バカなんだから」

 どちらに向けたか分からないその言葉は、震えていた。

 「まあ、好きにすればいいんじゃない。私の人生じゃないし、恩返しとか言ってるけど、自分の幸せくらい自分でつかめるから。だから軍人にでもなんでもなればいいよ」

 願わくば、同じ幸せをつかみたかった。

 ずっと一緒にそれを持ち続けていたかった。

 だが時は、世界はそれを許さない。

 「死なないように頑張ってね」

 少年と少女は家族を失い、それぞれの道へと歩みだす。

 今日が家族で入れる最後の時間。

 「じゃあね、カゲノブ」

 別れを告げる。

 互いに間違った期待を残さないように。

 その日、共に見上げた月は半分欠けていた。

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Khaos era 一ノ瀬 しんじ @ikuiku0721

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