月の夜
「やあやあお節介の天使だよ」
牢獄から抜け出そうと試行錯誤しているカゲノブに一人の天使が舞い降りた。
「ミーティアさん……? なんで」
「言ったでしょ。お節介だよ。んーいやでも、ここはかっこよく助けに来たぜ親友って方がいいかな」
「俺たちいつ友達になったんですか」
「はっは。その返しには天使と言えど悪魔になっちゃいそう。まあ、なんだ。君を助けに来たのは俺の目的もあるんだ」
「リチャード・ヴァイデンライヒの殺害が貴方の目的ですか」
「気が付いてた?」
「あれだけしつこく会えばわかります。それにサラを簡単に連れだせるのは貴方だけでしょう」
「まあね。君が関わってるって言ったらついてきてくれたよ」
悪びれなくミーティアは言った。
「はいこれ。君の使っているものでしょ」
真白の鞘に収まった刀と、黒衣。
「役割分担だ。アーネストは俺が止めるから、君があの輝かしい黄金を殺してくれ」
「俺が……」
「負けたら君が死ぬだけだ。ああ、いや。アスクウィス商会や君に関わった人間もきっと死ぬだろうね。これに失敗したら君の存在を消したいのは俺を雇ってる人たちも同じみたいだし」
これから行うのは叛逆。
セイリオスの牙が主へと向かうのだ。
「逃げるなら逃げてもいい。ただ一生は無理だ。リチャード・ヴァイデンライヒはその選択をした君を必ず殺すだろう。だから――」
勝つなら今日しかない。
「また失うかい?」
「いいえ。守ります。俺が、彼女を守り続ける」
「よし。じゃあ行こうか。俺と君ならできるさ。なんたって俺達は『セイリオス』だからね」
輝く二つの星。
黄金の火を絶やすため、漆黒の空へと昇っていった。
§
「ああ、やっぱいるよね」
「アーネストさん……」
立ちふさがるは黄金の守護者。
リチャード・ヴァイデンライヒが拾い上げ、作り上げた最高の戦士。
「ま、ここは俺に任せてよ」
軽い雰囲気のままアーネストへと向かうミーティア。
その表情は己が勝つことを疑っていないことを確信したものだった。
「さあ、始めようか!!」
衝突するミーティアとアーネスト。
カゲノブの予想に反してミーティアはアーネストを抑え込んでいた。
拮抗する二人を通り過ぎ、カゲノブはリチャードの元へと向かった。
「止めないんだね」
「お前相手にそんな余裕はない」
「まぁ、ね!!」
統星によって増幅した力でアーネストを吹き飛ばすミーティア。
「一度さ、君とは戦ってみたかったんだよ。悪いけど終るまで付き合ってもらうから」
「終るまで続けばいいがな」
「上等だよ。どっちが強いかハッキリさせようぜ」
壮絶な笑みを浮かべるミーティア。
天使と呼ばれる整った美しい顔はそこにない。
あるのは戦士の、男としての顔。
決して交わることのない道を持つ二人が今、初めてぶつかった。
§
ただ微笑んでいた。
ここに来ることが分かっていたんだろう。
月明かりに照らされる黄金の髪は神々しく揺れていた。
「来たか。お前は私を殺す道を歩むのだな」
「ええ。俺にはやっぱり彼女が必要で、彼女の幸せこそが俺の意味につながる」
セイリオスという己の異常性を理解し受け入れたリチャード。道への選択も示した、恐らくこれからつくであろう第二王子派の人間よりも優れた主。
それでも、彼のもとでは彼女の笑顔が消えることをカゲノブはしなければならない。
それに耐えられるほど、カゲノブは強くない。
「俺は、俺のために貴方を殺します。セイリオスとしての復讐や怒りでもない。ただ、貴方が俺の見る未来に必要ないから殺します」
たった一つ。己の世界に危険を持ち込みたくないのだ。
セイリオスとしての復讐は過去に重なったものを見たくないという理由で、怒りは失ったことによるもの。
スラムの人間を殺したのは経験と本能がいずれ危険になると判断したから。
「ずっとそうなんです。俺は、俺のために殺していた。狂っていると分かっています。でも、俺にはこの道しかない。己の認めた者しかいない、修羅の道を歩むことしかできない」
すでに踏み入れている。
その道のすべてを捨て戻れる位置は通り過ぎた。
故に彼は矛盾を抱えて生きていく。
「ならば進むといい。私はそれを否定せんよ」
リチャードはその宣誓を黙った聞いていた。
「だが超えてみろ。でなければお前の道はここで終わる」
その考えを受け入れたうえで、立ちはだかった。
互いに構える。
夜が永遠に続くわけではない。
リチャード側は他の人間が来たらその時点で勝利なのだ。勿論、ミーティアが来ている以上はこの日を決戦日としてある程度の時間は稼げるのだろう。
だがそれでも数分。短期決戦、それも一撃で決めることが求められた。
「…………」
「…………」
月が雲に覆われた。
「シィァア!!!」
カゲノブが得意とする東側の技術、居合。
統星による身体強化、加えてもう一つの星の力、破壊の刻印を持たせたその一撃は――
「見事だ」
リチャードの一撃を上回り、致命傷を与えた。
「そちらも使えたか。やはり惜しいことをした」
「ええ、使えたみたいです。アーネストさんからは片方しか教えていただけませんでしたが」
「もう一人か」
浮かぶのはあの男。
おそらく彼がヒントを与えたのだろう。
「死か」
血だまりが広がり続けるリチャード。
その表情が変わることはないが、されど血は止まらずに流れ続けていく。
「なんとも不思議な感覚だ」
傷口に触れ、血に汚れた手を見るリチャード。
「さらばだ修羅よ」
去るカゲノブに向けてかけた別れの言葉。
雲が晴れ月明かりが照らしたのは絶命した黄金の存在だった。
§
「お」
「……」
終わりを感じた。
「俺たちの勝ち」
「俺たち?」
「彼と俺でセイリオスなんだ。だからリチャードを殺した俺たちの勝ちってわけ」
「くだらない」
「くだらなくてけっこーですぅ。それより君は大丈夫なのかな? ご主人様死んじゃったんだぜ」
「ヴァイデンライヒはリチャードのみではない」
「妹いたね。というかそっちが正統なんだっけ。じゃあ、潰れないね。なら俺はもう行くよ」
「勝手にしろ」
「うんうん。じゃあ、じばらくは交換だから。カオスエラにまた会おうね」
「さっさと消えろ」
「じゃあね」
ミーティアはカゲノブが向かった方向へと。
アーネストは王城へと向かった。
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