月は綺麗ですか

望月陽介

「今年は、お前がやってみないか」

昨日のこの言葉を噛み締めながら、俺は道を歩いていた。

ついに任せられるようになったわけだよ。これは喜ばしいことだよね?

道。道といっても道ではない。広がる大地。特に何かある訳ではない平地をただ歩いていた。方向?方向なら空を見れば分かる。多すぎる星々、綺麗すぎるアイツ。こんなに案内人がいればどこだって行けるよ。

今日は散々だ。明日は大事な日だって言うのに、どうしてみんな冷たいんだ。

いや、今日に限ったことじゃない。いつもみんな僕に冷たい。

歩いていると、見慣れた後ろ姿が見えてきた。ああ、いつも君を頼ってしまうし、君になんでも話したくなってしまう。今日も話し相手になってもらおうっと。

彼女は、この大地にしゃがみこんだ。そして手を置いている。まるでこの星と一体になったかのように。

「キャロちゃんやキャロちゃんや、人参でも落ちてた?」

キャロちゃんって言うのはあだ名。彼女は人参が本当に大好き。だからみんなにキャロットから来るキャロちゃんの愛称で親しまれている。本人が気に入っているかどうかは迷宮に包まれている。

「ち、違うよ。お腹が痛いの・・・」

もう片方の手はお腹を抑えていることに気がついた。人参の食べ過ぎ・・・じゃないよね?

「大丈夫?どんな風に痛いの?」

かがみ込んで膝をつく。地面に触れた膝から熱が逃げていく。

「団子さんでも落ちていましたか?」

立ち上がってそう言う彼女を見上げながら、僕は怒った顔をした。

いや、本当は怒ってなんかいない。安心したんだ。

「ああ!こんな所に団子が!とっても大きな団子が落ちてるー」

これ冗談ではないんだけどね。まぁでも分からないか。

俺達はしばらくからかいあったあと、場所を移動した。それはそれはとても素敵な場所に。そう、見る特等席。

「いやー今日もあいつ綺麗ですねー!」

「そうですねー。てかやけに雲が多くない?」

彼女は天気に詳しい。だから雲が多いとか少ないとか、日差しの強さがどうとかこうとか、季節の仕組みやらなんやらよく話す。その話を聞くのはとても好きだ。

んー詳しく言うと内容が好きというより、楽しそうに話す顔が好きなんだ。だから僕はいつも聞き上手になってあげる。

「雲が多いのはどうして?」

聞き上手マニュアルその1、話したいことを引き出すフリを送る。

「そうだねぇ。秋雨前線ってのがあるんだよ。それから台風とかの影響もあるかも。」

「なるほどなるほど」

聞き上手マニュアルその2、相槌を欠かさない。

「でもね、秋雨前線も台風も世界中にあるわけじゃないよ。地球の裏側はもっと違う天気かも。」

「地球の裏側かぁ」

聞き上手マニュアルその3、時々復唱もすべし。

あれ?様子がおかしい。

なんだか今日は、楽しそうじゃない。俺に無理やり合わせているというかなんというか。

もしかして、本当にお腹痛い?

「どうしたの」

聞いてみる。もちろん、本当のことを教えてくれる確証はないけど。

「ベンこそ、何かあった?元気ないじゃん」

やばい、バレてる。

まぁでもそりゃバレるよね。いつも一緒にいる。生まれてからほとんどね。

でも明日からはもっと一緒かもしれない。いや、その逆になるかも。

「明日のあれ、緊張してるの?」

間違いではないよ。でも緊張しているのはちょっと意味合いが違うんだけど。

「いやいや、緊張なんてするわけないよ。なんか今日、みんなが冷たくてさ。俺が何を言っても無視だよ?酷くない?鼻毛でも出てた?」

鼻を軽く触って確かめる。本当に鼻毛が出てたら笑い事じゃ済まされない。

はぁ、あいつは今日もキレイだな。暗い空に浮かぶ光。かがやく球体。美しい。美しいけれど不思議で魅惑的。この黒い砂漠に漂う宇宙船。

いつまでもこんなふうに2人で見れたらな。

俺は明日、儀式が終わったあと告白する。これはもうずっと前から決めていたことなんだ。

前にふざけて言ってみた、サナと結婚したいって。でも信じてくれなかった。

適当なこと言わないでよ、だって。

いやそんな訳ないじゃない。

まぁでも本当に言いたいのは、そういうことじゃない。この気持ちを伝えたい。本当は真っ直ぐに君を好きだってこと。これは付き合いたいとか結婚したいとか関係ない。もう言いたくて気持ちを伝えたくてしょうがない。こうして話している時も言いたくて辛くて胸がいっぱいで、自分の中の50パーセントしかサナと話してない。もう半分はその伝えたい気持ちと戦っている。

すぐ言えばいいと思うこともあった。でも、それじゃきっと伝わらない。俺はいつしかみんなに信じて貰えなくなってしまった。何を言っても雑ににあしらわれる。もちろん普段からふざけた冗談ばかり言っているのが多分悪いんだけど、それでも信じて欲しいことだってあるんだ。

だから、儀式の後に伝える。俺はこのチャンスを逃さない。精一杯、全力で正々堂々行って成功させて拍手してもらって、それで俺は本当は真面目なところもあるよって分かってもらいたい。

そう思うと緊張せずにはいられない。

「はぁ…」

サナはなぜかため息をついた。

「みんな、ベンの成功を祈ってるよ」

はぁ…。

 溜め息をつきたいのはこっちさ。みんなまともなふりしちゃってさ。

 祈ってる?祈ってるから俺に冷たくするの?なにそれ?新しい応援の仕方だね。斬新だよ。

「ふーん。みんな慣習に従う僕を変な目で見ながら祈ってない?気のせい?」

 本当によくわからない。

 俺だって違和感くらい感じるよ。この場所では、昔から秋の満月の日に儀式をやる。それはそれは太古から受け継がれし伝説らしい。

 でもそれに、何の意味があるのか、なぜやらなきゃいけないか、やらなかったらどうなるかなんてたくさんの疑問を抱いてしまうのが僕達さ。僕達?もしかしたら両親も他の人も疑問を抱いているかもしれない。

 それでもやり続けてきた。それは、先祖に弔いの意味も込めてだと思う。もしやらなかったら残念な顔をする。

「学校のみんなをなんだと思ってるの?」

それ逆に聞きたいんだけど、僕のことみんなどう思ってるの?

 学校ってなんなんだろう。前に人が来た時、これは学校じゃなくて青空教室だなーとか言ってた。青空の下の教室。

 結局学校も紛い物?それに青空ってなんだよ。この空が青いかどうかなんて分からないじゃないか。誰がこの色を青って決めた?知らないけど偉い人。僕はこの空を青じゃなくて違う色だと思う。それでも学校は教えていく。青は青であると。偉い人が決めたことを僕達は頭の中に詰め込んで詰め込んで、本当に感じたことは埋れていく。

 それは違う。埋めちゃダメなんだ。大事なものは、いつもいつもまともじゃないんだ。だから僕は少しはみ出して、少しふざけたくなってしまう。冷たい目線を向けられてもいつか笑ってくれることを信じて。いつか分かってくれることを信じて。

「じゃ、君は!僕をどう思ってるの?!」

周りに大きく響き渡っていくのが自分でも分かった。

「そ、それは…」

ほら、困っちゃう。ちゃんと言ってくれれば僕はそれを受け入れるのに。

「質問に質問で答えないでよ!」

サナのよく通る声は、この空気を振動させて音波の広がりが目に見えるくらいよく通る。

 耳をつんざくようで高くて痛くて鋭くて…でも綺麗な声をいつまでも聴いていたい。なのになんで君は泣いているんだ?僕はなんで君を泣かせているんだ?

 今の状況を言葉で表すなら終焉だ。もう世界が今すぐ壊れて欲しい。そしたら何もかもちゃんと言えるかもしれない。

「みんなのことはその…」

なんで出てこないんだ。どうして!

「もう、いいよ」

見慣れた後ろ姿は闇に消える。




「ねえねえ、私達ってこれからどうなるのかな?」

唐突に、見たこともない真剣な表情でそう言った。昼休みの自由時間で鬼ごっこの真っ最中だ。

「いきなりどうしましたか?キャロちゃん」

これから……。

 大きくなって子供を産んで、何か食べて寝て遊んで笑う。

 照りつける太陽は、眩しすぎる位だ。しかし、角度の低さからなのか、それとも距離が離れているのか分からないが寒い。

 彼女は沈黙していた。何かあったのだろうか。将来が不安になるような出来事とか。

 でも落ち込んだって何もならないよ。

「ほら、大きくなってにんじんの食べられる量が10倍になるよ!やったぁ!」

笑ってくれ。

 しかし、表情は逆方向へ進み、彼女は僕のが約方向に行ってしまう。

「まあ、いいや」

 これは何か言ってほしかったのか。そうか。乙女は本当に難しいなあ。

 生まれてからずっと一緒にいる彼女のことさえ、これっぽっちも分かってない。いったい今までの時間はなんだったのかという虚無感を感じる。

 サナに向かって歩いた。後ろから鬼が来ているとも知らずに。

「サナ、将来結婚しよう」

「結婚!?」という後ろからの声が聞こえた。鬼であるマルが出したみたいだ。

 その声に反応して散っていたみんなが寄ってくる。どうやらかなり大きな声だったようだ。でも、僕は気にしなかった。

「結婚?」

振り向いたサナの表情はいろんな色が塗られたキャンパスだった。

軽く言っていい言葉ではないだろうけど、本当にそう思っていた。

「なになにキャロちゃんプロポーズされてるの?」

「ふゅーふゅー。てかなんで今なの?」

という女子の声。

 みるみる顔が赤くなっていた。

「て、適当なこと言わないでよ」

そう言って走ってしまった。

 適当なこと?

 ねえ、君はどう思っているの?

 僕のこと好きじゃない?



掴んで、投げて、掴んで、投げて。

 横になりながら丸い石ころに運動させる。この石は、宝物。丸い石って本当に珍しいから。

 眠れない。分かってた。こういう日はいつも眠れない。明日は大事な日なのに。いや、もうそれもよく分かんなくなってきちゃった。

 僕は生涯一人ぼっちなのだろうか。

 掴んで、投げて、掴んで、投げて。

「今はね、SNSってものが流行っていて、みんなに見せたいものや言いたいことを投稿するんだ」

 かつての話を思い出す。

 この話を聞いた時、最初はやってみたいって思った。楽しそうだから。

 でもすぐに消えた。

「それでね、いいと思った投稿には、いいねボタンをを押してあげる。周りは反応してあげるんだ」

 つくづく僕の周りにSNSがなくて良かったと思うよ。

 簡単だ。僕がやってもきっと誰もいいね、してくれない。

 きっとSNSを作った人は人気者だったんだろうな。

 少し外を見る。そういえばここらへんの土地を買った人がいるらしいね。もしかして将来は、僕達だけの世界じゃなくなるのかな。

 掴んで、投げて、掴んで、撫でる。

 よく見ると、まん丸ではない。所々凹んでいて、窪みがある。不思議な石だ。落ちているのをみたことがない。

「どうした?眠らないのか?」

急に父さんが来た。うん、と返事をする。

「父さんも眠れないんだ」

どうして?とは聞かない。息子の大仕事に不安があるのかそれとも昼寝をしすぎたのか。

「その石、まだ持ってたんだな」

そう、これは父さんからもらった石。小さい頃に。ずっと宝物。

 父さんは大きい。去年の今日を思い出す。父さんは迫力があった。とても、今の僕がそれを再現できるとは思えない。

 どうして、僕は生まれてきたのかな。純粋にそう思う。落ち込んでるとか悲観的とかそういうことじゃない。

 迷惑をかけているんだ。いつも。学校で一番の騒がしさ。父さんのような威厳もない男。

 比べるな、と言われればその通りかもしれない。思っている以上に比べてない。僕は思いっきり生きている。それももう、疲れちゃったかもしれない。

 視線を父さんから石に移す。父の姿がぼやけてきたから。

「丸い様で丸くない。平らなようで凸凹している。」

この石を見つめながら言った。何かを思い出しているように。

「単純なようで複雑。何もない様で何かある。」

教訓的な何かだろうか。よく見ると、本当はいろんな特徴を持っている。決めつけたらそれには気が付けない。って感じかな。

「そして、その石はこの星に似ている。」

なるほど。

「緊張するだろ?父さん去年で10回目なのにすごく緊張してたよ。同じように、眠れなかった」

突然話題は変わった。うん、としか言えなかった。緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。優しい目でこちらを見ている。

「ベン、なにも緊張することなんてないんだよ?失敗したって途中でやめなければそれだけで立派だ。だから、眠ってもいいぞ」

うん。

掴んで、投げて、掴めない。

「こんな大変なことを、やらせてしまって申し訳ないね。すごくすごく悩んだんだけど、もうできると思ったんだ」

一応聞くよ。聞き上手だからね。

「どうして?」

褒められたところで喜ぶことなんてなにもない。そう思った。

「それは、やってみないとわからないな。もしかしたら父さんの目が間違っているかもしれない」

優しく笑いながら、父さんは言った。想像と違う答えに瞬きを挟みつつ、視界を取り戻す。

「もう、こんな時間か。準備を始めようかな」

父さんは大きくそしてふさふさの毛の生えた背中を見せながら離れていった。


 

 準備が終わったみたい。父さんは僕の近くまで来ると、紫色の布にくるまれた小瓶から錠剤を取り出す。

「これを飲めば、大きくなれる。頑張れよ」

ポンと肩を叩かれる。

 一つ受け取り、見つめる。これを飲んで巨大化し、横になりながら餅を搗くとあっちからちゃんと見えるらしい。

 ウサギが餅をついているように見えるという月の模様。それはイメージだが、僕たちは秋の十五夜に本当にそれを再現する。実際、再現できているのかとか、美しいかどうかなんて分からない。

 それでもやってきた。伝説を真実にするために。

 周りを見渡すと、後方約270度は無数の星々が見える。一つ一つをよく見ると、点滅しているように見える。なんだか、遠くの誰かからエールを送られているかのようだ。あの光は、爆発とかだからそう見える。

 そして、前方にそびえたつのは、あいつ。あいつってのは愛称で毎日話題にしていたらいつのまにかそうなった。

 手が震えて、薬が落ちそうになる。落ち着け。

 もう、学校のみんなが来ている。その中にはサナがいた。少し顔が引きつっているようにも見えるけど、こちらを見ている。みんな口々に「頑張れ―」「早くやれー」とか言っている。儀式だということを忘れている子供たちに親が駆け寄る。

「さ、日本が見えてきたぞ」

歓声で気が付かなかったが、父さんは横にいた。

 日本は、特に月が好きな国らしい。古くから、歌にも詩にも登場する。

「大丈夫。大きくなると、なぜか時間があっという間に過ぎるんだ」

と言って今度は肩にそっと手を置か。

地球、いや日本では告白のセリフとして「月が綺麗ですね」という言葉があるらしい。僕もこれに倣って「地球が綺麗ですね」と言ってみようか。

 いや、それはだめだ。いつも僕はそうやってごまかすからダメなんだ。だから肝心な時に言葉が詰まってしまう。まあ、唐突にプロポーズもダメだけどさ。

 どうしてみんなが冷たいか、いや冷たく見えるか。どうして僕のこと分かってくれないのか。どうして昨日、サナが泣いたのか。今ならわかる。

 今日もあいつは美しい。どうしてかほとんど雲がない。理由はあとで聞いてみよーっと。

 舐めた手で耳を濡らす。これは緊張した時のルーテインだ。

 どうしてか、心にあるのは不安だけではない。これは父さんのお陰だね。

 本当は99パーセント、彼女の顔を見ることができたからだ。来てくれないかと心配だった。

 今ならSNSを楽しめる気がする。『月で餅つきなう』って投稿したい。

 星が良く見える。頭の中で音楽が流れだす。日本の歌手の『ねごと』の『Sharp#』。宇宙飛行士さんが聞いていて、いい曲だと言ったら、音楽プレーヤーをもらった。今の状況にぴったりだ。星になりたい。

 大きな横たわる臼を見上げる。

硬くて少し冷たい地面を一歩踏み出して、薬を飲む。

 大丈夫。きっとできる。


地球の皆さん、月は、綺麗ですか。

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月は綺麗ですか 望月陽介 @yousukeM

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