男三つで むさくるしい

七篠 昂

男三つでむさくるしい

「そうだ、まずプランを決めようぜ」

 自称フリーター。傭兵だとか。

 この目の前の眼帯の兄さんは前にそんなことを言っていた気がする。

 頬に傷があったり雰囲気がどうしても堅気じゃないよね。

「ふむ……一考する価値はあるか」

 イケメンのお兄さん。考え込む仕草すらなんか絵になっちゃう。

 司書をやってるらしいって聞いた。

 なんでここにいるんだろうと不思議に思う。

「プラン? 手前様ってそんな柄だったか?」

 煙管を持った長髪のお兄さん。こっちも負けず劣らずイケメンなんです。

 耳が尖ってるところを見るとエルフなのかな。

 この街じゃめったに見かけないから珍しい。

「ばっか。何事にも全力投球に決まってんだろ!」

 眼帯の兄さんがテーブルをドン、と叩いた。

 そんなのが彼らの休日。あ、違う。日常。


 あ、私? ただの妖精! 人間観察が趣味。


 

「で、だ」

 眼帯の兄さんはテーブルに肘を置き、手を組めば二人の兄さんに視線を向ける。

「オレ達はアレをどうやって取り返すか、だ」

 エルフの兄さんが肩を竦めやれやれ、と首を振る。

「おぉい!? 元はといえばお前が女優から預かってるんだろ!」

 怒ってる。こぶしを握り締めプルプルとしている。

 端から見てもパワーバランスが解っちゃうね。これ。

「落ち着け。元からだ」

「解ってる。解ってるからこそむかつくわー」

 司書の兄さんが言うと、諦めたようにため息を吐きだしイスに凭れかかり脱力する。

「なあに、手前様はいつもの通りやれば取り返せるだろう?」

 にやり、と笑った。知らない人が見ればきっとドキッとするぐらいカッコいいんだけど…… 。

「あン? 喧嘩売ってンのか? 女優に怒られるのはお前だけだぞ?」

 どう見ても挑発です。沸点低いのかな眼帯の兄さん。

「己が『あいつに預けておくから大丈夫だろ』と言ってある」

「てめえでやれよヒモニート……」

 精一杯の罵倒のつもりらしい。エルフの兄さんは涼しい顔してる。

 まるで眼帯の兄さんの方が罵倒されたみたいな表情になってる。

「そうやって、ハードルを上げるのは些か感心しないな」

 司書の兄さんが助け舟を出す様に口を開いた。

「そもそもオレ達は【大強盗】とか【怪盗】じゃああるまいし。

 何が楽しくて奪還などせにゃならんのだ。もう紛れ込んでルートに出ちまってるだろそんなもん」

「もう調べはついてるんだろう?」

 眼帯の兄さんが視線を逸らした。何か知ってる顔だあれは。

「此方で調べた。配送ルートも既に絞り込んである。どの道――……到着はマーケットだ」

 マーケット。

 多分彼らの言うマーケットは盗品とか横流し品とかを捌くためのオークション会場の事を指している。

 え、説明的? ふふん。私は博学だからね。

 面白そうだからついていこうと思うんだ。

 見つからないかって? 私は何処にでもいるし何処にもいない。だから妖精なのさ!






 そういえば『アレ』ってなんなんだろう?

 移動中の車の中でも言及を避けている様子だった。

 ともかく、今はそのオークション会場に兄さんたちはいる。

 司書の兄さんが会場にいた。背広を着込んでる。やっぱりカッコいい。

 さっきから何人かの女性が話しかけていた様で、もううんざりって顔をしてる。

「此方が何故……」

 やっぱり納得がいっていないという表情。

 盗み聞きしていた話によると、眼帯の兄さんもエルフの兄さんもある意味顔を知られてるらしい。

 だから司書の兄さんが抜擢されたんだって! 別の意味で目立ってるけどね?

「此方、異常はない」

 司書の兄さんが髪の毛を直す振りをしながら右手を耳元に当てて呟いた。

 眼帯の兄さんが用意した小型の無線機らしい。指輪についているので目立たないみたい。

 

「異常はないそうだ」

 こっちは来賓室。エルフの兄さんと眼帯の兄さんが二人でいる。

 私は『何処にでもいること』が出来るから別の人を見ることも出来るのさ!

「そうか。停電させるとかっていう手も最近は全然通用しなくなってきたしなあ。

 なんで予備電源復旧までのラグが1分未満なんだよ。

 カメラにいたっては内部バッテリーでそのまま稼動って……」

 眼帯の兄さんが手元に握る携帯電話を見てため息を吐いていた。

「そりゃあ手前様よ。同じ事がしょっちゅうあっちゃ仕方ねぇ」

 ひたすら愉快そう。このエルフの兄さんは人生楽しいんだろうなー。

 なんて思っていたら。

 電源が落ちた。停電して部屋の中が真っ暗になった。

「早くねぇ?」

「オレじゃない」

 携帯電話の明かりが薄っすらと眼帯の兄さんの顔を照らす。怖い。

 ぱたん。と携帯電話を折りたたむと胸ポケットへと無造作にしまいこむ。


「停電したぞ、予定より早いが」

 司書の兄さん。会場の中が騒がしい様子だけど、特にあわてることもなく報告する。

「了承した。此方は車に戻る……準備がある」

 そこで、ふむ。と会場内を見渡す。

 まだ明かりが戻らない。かれこれ1分はもう過ぎている気がした。

 眼帯の兄さんの話だとすぐ戻るって言ってたのに。

 会場内のブーイングの中気にもせずに入り口へと歩いていく。

 そこで――


 会場の中が大きく揺れる。


「派手にやるなあ」

「ほらな? プランなんざ最初から必要なかったんだよ」

 どうやら爆発が起きたらしい。

 二人は焦る様子もない。でもどうやら三人が意図したものじゃあないみたい。

「あっちはまあ、任せておこう。どの道アレで死ぬようなタイプじゃないし」

「ここからは別行動だ。己は回収、手前様は」

「はいはい。囮でもやってりゃいいんだろ?」

 にやり、と二人が笑う。

 どうもこの二人のやり取りはちぐはぐな気がする。悪友ってやつかな?

 そこでさらに二手に別れた。


 爆発があって、その後に黒い煙が立ち込めて煙幕のようになって会場を包んでいた。

 そうなればもう周りは混乱……しない?

 混乱の声の代わりに聞こえるのがばたばたと倒れる音。

「拙いな。麻酔の類か」

 司書の兄さんが呟いたのが聞こえる。

 入り口付近に向かっていたのが幸いしたのか、無事な様子だった。

「今日の目玉、時間だったか」

 煙幕が晴れ始めると、ステージに倒れこむ背広と男たちと、中央に運ばれる途中だった宝石。

 マスクをつけた数人の男たちがその宝石へと近づこうとしていた。

 その宝石に手を伸ばしたとき――


「おっと、手前様達は先に己が相手だぜ?」


 いつの間にか用意したのか。エルフの兄さんが青い槍を持って現れた。

 司書の兄さんの方を見ればお互いに一度頷く。


「任せたぞ槍の」

 ばたん、と扉を開けば司書の兄さんは走っていく。

 うーん。どっちも気になるけれど。エルフの兄さんの様子を見ることにした。


「賞金首か!?」

「そんな時代遅れの槍一本で何しに来た!」

「やっちまおうぜ! もう待ちきれねェ!」


 よくある光景。賞金首システムやら賞金稼ぎシステムとかで。

 ネットって広大だよね。今ならいろんな情報を仕入れることが出来るし。


「いや、全然。ライセンスとか持ってないんだが?」


 エルフの兄さんはやれやれ、と言った感じで笑う。

「ちいっと、邪魔なんよ」

 煙管を口につけ、紫煙が吐き出される。  

「そこ、通してくれるかい?」

 にやり、とした。さっき眼帯の兄さんと笑ったときと同じ表情。

 あ、やっぱりこれは挑発だ。この兄さんは敵か味方かで見える表情が違う。

 それとほぼ同時にけたたましい音が会場の中に響く。

 引き金が引かれたの。

 エルフの兄さんは既に射線上にはいなくて、気がづくと男たちに近づいていた。

 槍の先で銃口を逸らすと手首を返し、石突を下から上へと振り上げて、男のあごを捕らえた。

 唖然としている男たち。喜々としているエルフの兄さん。

 さらに兄さんが半歩踏み込むと容赦もないぐらいの勢いで槍を横になぎ払った。

 何人かがそのまま吹っ飛んでステージから落ちていった。

 近すぎて銃が撃てない。男の中の一人がナイフを抜いて飛び込んで行った。

 兄さんが槍で足元を払うとそれをかわして、喉元にナイフをつこうとする。

 半歩下がれば、いつの間にかに槍から離していた片手で男の腕を掴めば。

 くるん。と合気道の技みたいに男が飛ばされて背中から地面に叩きつけられる。凄く痛そう。

 追い討ちのように石突で腹部を打つ。

 一瞬で男たちが半分ぐらい倒れこんでいる。スローモーションカメラでリプレイしたい!

『スキャンを開始した』

 司書の兄さんの声が聞こえる。

 どうやらエルフの兄さんもつけているインカムからの声のようだった。

 

 

 司書の兄さん。

 車の中でノートパソコンを立ち上げると、パソコンのモニターとは別に何もない宙に画像が浮かぶ。

 色んなプログラムのようで、一目見ただけじゃ何を書いていて何を示しているのかがさっぱり解らない。

 凄い情報量だと思う。

 その手で画面をスライドさせ、必要に応じて位置をずらしていく。

 あわせるように兄さんの目線が動く。


 あれ?


 一瞬目が合ったような気がした。

 私の事に気付いたのかな?

 そんなことを考えている間も兄さんの動きは変わらない。

「名無しの。準備は整った」

『まだあいつが大立ち回りしてるんだよ。今良い所なんだから待ってろよ』

「其の様な事を言っている場合か」

『まあまあ、待てよ。お、すげえ吹っ飛んだ。全治二ヶ月ってところか?』

 司書の兄さんがため息を落す。この兄さんは兄さんで苦労人なのね。

 エルフの兄さん一人で戦ってるんだから、眼帯の兄さんも手伝えばいいのにね。

 改めてモニターと向き合えば、文字が一箇所に集まり始めて見取り図のようなものが浮かび上がった。

 どこかで見たことがある形をして、そうだ。この会場だ。

「掌握は済んだ」

 掌握? 気付いたら画面に監視カメラの映像が大量に現れ始める。

 会場にある監視カメラ全ての映像だった。

 エルフの兄さんが戦ってる様子も見える。もう男の人達が全然いない! 



「手前様で最後か」

 とんとん、と槍の柄で自分の肩を叩き、首を回す。

 戻ってきてみたら、リーダーらしい人が一人残って後は全部倒れていた。

 録画してでも見たかったな。残念。

 リーダーの人も既に半分ぐらい戦意喪失してる。

 そりゃー、これだけいて勝てないとそうもなるよね。ご愁傷様。

「用心棒か?」

 でも、まだ諦めてない様子。銃を捨ててナイフを二本取り出した。

「己が用心棒に見えるかい?」

 あの、にやり、とした表情は変わらない。

「チッ。同業者か……」

 体を低く構える。

「それも違う」

 兄さんは構えもせず。

「じゃあ正義の味方気取りか?」

 じり、と踏み込む体勢。

「いんや、違うね」

「なら――」


「落し物を回収しに来ただけだ」


 リーダーの人は最後まで言葉を言い切ることなく、そのまま地面に倒れこんだ。

 ゴム弾が打ち込まれたらしくてそのまま昏倒していた。

 声はエルフの兄さんではなくて。


「よう。コトは済んだかい?」


 私を見上げた。今度は間違いなく。


 目が合った。 


「回収完了っと」


 そんな言葉と一緒に私が『掴まれた』のだ。

 どうやら声の主は眼帯の兄さん。

 私を見てにぃ、と笑っていた。

「しかしまあ、ここまで芝居打たなきゃ捕まえられないとは、なんつーもんを預けたんだよ」

 状況をよく理解できない私に眼帯の兄さんがもう一度私を見る。

 普通なら抜け出せるのに、他のところに移動できるはずなのに――なぜかそれも出来ない。

「迂闊だぞ槍の――」

 いつの間にかに戻ってきていた司書の兄さんも私を見上げていた。

「楽しかったろ?」

 三者三様の反応。出来れば私に説明してほしいんですけど?

「しかしGPS、衛星カメラ、監視カメラ、ネット、電話、なんでも移動する監視システム。

  それに人工知能をつけちまうなんてすげえわ」

 二人の下に飛び降りれば、説明するかのように眼帯の兄さんが言う。

「移動する際にデータを改竄、痕跡一つ残さない。見事な手腕だ」

 司書の兄さんが感心したように私を見る。

「ハ、碌でもねえモン預かっちまったな?」

 エルフの兄さんはそれでも楽しそうだった。

「だから、ここを見てる状態で外部とのリンクを遮断させる。が唯一の回収方法か」

「其の方法を取る為に、この様な茶番をさせられたと」

 背広、ネクタイを緩めながら司書の兄さんは何度目かのため息を吐いた。

「気付かれたら何処に逃げられるか解らん」

「しかし――『今』はそれかい? 例のアレは」

 眼帯の兄さんが私を――一つの監視カメラをエルフの兄さんに見せる。

「記憶領域のある監視カメラなんて何処にでもあるが、注目するならここだよな」

 倒れている男たちを見れば小さく笑う。

「どうする? こいつら突き出すか?」

「余計な事をして女優に知られる方が大事だ」

「だよなあ」

 三者三様にため息。

「こいつの用途が思いつきすぎてやべぇ。一生遊んで暮らしてもお釣りの方が多くなるな」

 煙草に火をつけ紫煙を吐き出す。  

「ま、これで終わりだ」

「然し女優の交友関係はどうなっているのだ」

「知り合いが趣味で作ったらしい。【妖精】だそうだ?」

「確かの女優は態々是で遊ぼう等とは思考しないな」

「インプリティングの仕様のお陰で捕まえられた様なもんだな」

「最初期にリンクしたメディア、其の周辺を監視する、か」

「まあともかく――」




「手前が人ン家のパソコンに繋ぐから悪いんじゃねーか!!」


「ハハハハハ――」

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