第49話 仮面の男たちと悪夢の魔本

 氷都市で地底探索の準備が進む中、膠着状態に陥っていた遺跡船フリングホルニを巡る争奪戦では。庭師ガーデナー勢力が事態打開のため、新たな戦力を投入していた。


「さてミナサン、これから楽しいイベントを始めますよ」


 道化人形の一体が、庭師に協力する仮面の男たちを雪の街の広場に集めていた。素顔を隠す仮面のデザインは、個人ごとにそれぞれだ。男たちの姿も少年からおっさんまで様々…ただし、精神体だろうから見た目で歳は分からないが。


「何だ?」

「こっちもイーノみたいに、ゲーム仕立てにすんのか」

「ビッグ社長に逃げられたからな。あいつらに運営させるつもりだったんだろ」


 彼らもまた、フリングホルニでの一連の出来事を知っている。つまりはこの小説の読者なのだろう。それでいてイーノ扮するユッフィーの呼びかけには応じず、道化の誘いに加担する道を選んだ地球人たち。


「ミナサンには、これからこの魔本の世界に入って頂きます」


 そう言って取り出したのは、和風の装丁を施された古書。江戸時代あたりのものと思われる年季の入った本だ。それがたくさん山積みになっている。


「『南窓愛見六剣伝なんそうまなみりっけんでん』。そこのマナミ国のお姫様、カリン姫の故郷で手に入れた呪いの魔本です」

「お、姫さんの故郷の本か」


 仮面の男たちから少し離れた広間の片隅で、この街を武力で支配する女傑プリメラと町長代理を任されたニコラスの養女シャルロッテ、そして戦乙女カリンが成り行きを見守っている。


「オレたちの地球の本じゃねぇな」

「パラレルワールドってやつか?」


 仮面の男たちがよく知る、とある江戸時代の売れっ子作家が書いたライトノベルとは微妙に似て非なる題名に、その場がざわついた。


「愛見六剣伝は、マナミ国の人なら誰でも知っている有名なおとぎ話です。私の名前も、ロウランのカリン姫から取られたものですけど…呪われた本なんて話は」


 現実世界のマナミ国ロウラン地方にも、歴代に何人かのカリン姫がいたらしい。


「プリメラさん、アナタには遠慮して頂きますよ」


 せっかく災いの種カラミティシードの力で物語の世界に入り込めるようにしたのに、アナタの戦闘力で暴れられたら世界自体が崩壊しかねませんと。


「はいはい、わかったよ」


 道化に釘を刺されて、少々の関心を持ちつつもプリメラが残念そうに息を吐く。


「で、その本とこの船に強い奴を誘き寄せるのに、何の関係があるんだい?」

「魔本の世界には、数々の『悪夢』が満ちています。もともと物語の筋書きで用意された、登場人物に降りかかる苦難の数々。それから…」


 これからミナサンに「外からの侵略者」の役を演じてもらって、愛見六剣伝の世界を荒らして頂きます。そして集めた悪夢の力で新たな悪夢獣ナイトメアを作り出し。


「このフリングホルニの外殻を覆って、悪夢の船『ナグルファル』へと改造します。そうすれば、コントロールルームを制圧せずともこの船は我らのもの」

「なんともまあ、豪快な」


 庭師の壮大な計画に、仮面の男たちがざわめいた。さすがのプリメラも驚きの色を見せている。


「おもしれぇ!」

「何やってもいいんだよな? 本の中なら」

「氷都市より、こっちを選んで正解だっだぜ!」


 男たちの下卑た歓声に、プリメラが顔をしかめた。

 噂に聞く地球人とは、こんな弱者を虐げて悦に入るような連中ばかりなのか。強さを求め高みを目指す彼女からすれば、唾棄すべき連中だった。


「雪の街じゃあ、住民に乱暴狼藉をはたらくなって言ったが」

「これなら、文句ありませんね?」


 道化の問いに、渋々うなずくプリメラ。カリンが悲痛な叫びをあげる。


「プリメラさん!」

「悪いな、姫さん。故郷の少年少女たちの夢を荒らすことになって」


 下衆に加担する以上、どこかで略奪を認めねば統制が効くまい。ガス抜きを拒めば、道化たちや仮面の男どもに寝首を掻かれかねない。自分を直接狙うならまだましで、カリン姫やシャルロッテに危害が及ぶかもしれない。

 強者との戦いだけを望み、些事に煩わされたくないプリメラは非情の決断をする。


「この話、あたちたちに聞かせて良かったんでちか?」

「どうぞ。氷都市の方で止められるものなら、止めてご覧なさい」


 ただし、本の世界で仮面の地球人たちに何をされても知りませんよと。道化はあざ笑うようにシャルロッテとカリンに言い捨てるのだった。


◇◆◇


「面倒なことになったのう」


 氷都市で水着祭りに参加して、目の保養を楽しんだオグマが夢渡りでフリングホルニへ戻ってくると。シャルロッテとカリンは揃って、船内の通信設備でドヴェルグの賢者に事態の急変を訴えた。そのインターフェイスは、船内限定の異世界テレビフリズスキャルヴに近い。


「船の外部を新たな外殻で覆って、丸ごと改造とは豪快な。あの筋肉娘プリメラの脳筋が伝染うつったかの」

「私は、仮面の男たちとの交戦を避けて。魔本の世界を探ってみようと思います」


 自分なら、愛見六剣伝の世界に詳しい。故に危険を避けつつ何も知らない仮面の男たちに先んじることもできると、カリンが申し出れば。


「頼めるかい? カリンちゃん」


 ニコラスの屋敷の一室で、町長の執務室のテーブル上に投影されたマリスがカリンの目を見て、真剣に問いかける。


「このまま、愛着のあるお話を荒らさせはしません」


 カリンが真摯な表情で、マリスに答えると。


「シャルロッテちゃんも、お休み中に夢渡りで付いてくでち!」


 氷都市とフリングホルニを毎晩夢渡りで行き来するオグマが、よほどうらやましいのか。シャルロッテも探索行に名乗りをあげた。


「じゃ、カリンちゃんのこと頼んだよ」

「まかせるでち!」


 背丈の割には、豊かな胸を張って答えるシャルロッテ。実年齢では彼女の方がカリンより年長だ。ドワーフの血を引くハーフエルフ、要するにエルフとドワーフの混血だから幼女に見えるだけで。


「あとは氷都市の方だね。フリングホルニの『ナグルファル化』をどう阻止するか」


 北欧神話における、死者の爪を集めて作られた巨大な船。それの完成を許してしまえば、フリングホルニ自体が氷都市侵攻の道具に利用されかねない。


「我が弟子ユッフィーの策は、こうした事態も織り込み済みじゃよ」


 マリスが腕組みをして考え込んでいると。オグマが自信ありげに、あごに手を当てた。そこにかつての自慢だったヒゲは生えていないが。


「それ、ホント?」

「あたしがお届けした、ボルクスちゃんのコネでね!」


 氷都市から異世界テレビ経由での通信が入って、マリカが得意げに答える。


「名も無き地底の主、だっけ」

「うん。王子様の願いも叶うかもね」


 H H Oヘルヘイムオンライン事件の犠牲者を救うべく、氷都市に渡ったクロノ。遠く離れた友を想い、マリスは潜伏する隠れ家の天井を見上げるのだった。

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勇者になりきれ! Ice age warriors イーノ@ユッフィー中の人 @ino-atk

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