第6話 探索初日 後
夕方 浅草署
情報屋の韋駄天の次郎から聞いた4人は早駆けに浅草署に到着した。
戌井、猿渡は襟元を緩め息を整えつつもあるが、息も絶え絶え。
桃は体格差からか途中までは置いてかれそうになったが、雉村が背負って走っていった。
軍人である雉村は桃を背負って走っていても戌井らを追い越すような速さだったが、見失わない程度に歩調を合わせて走っていた。
「ゼーッ……ゼーッ……ゲホッ……や、やっと着いたな……」
「ハァ……ハァ……ハァ……まだ終業時間前……だな……」
「確か國枝さん……でしたね。早速会いに行きましょう」
4人は浅草署の中に入ると、署内は色々と慌ただしい様子だった。
それもそのはず。巷では人形が凶器を持った不可解な殺人事件、蜘蛛大夫によって次々と悪漢や犯罪者が挙げられ、関東大震災の復興の裏に未だに起こるいざこざ等にてんやわんやな状況だ。
そんな状況下でも雉村は軍人らしく律とした態度で、率先して受付に尋ねた。
「失礼、自分らは神楽坂探偵事務所の者です。此方に國枝なる方はいらっしゃいますか?」
雉村自身は微笑んで話しているつもりだが、周りからしてみれば『獲物を見つけた』と言わんばかりの雰囲気を感じさせる。
受付の警官は半ば涙目を浮かべ、震える声を上げつつ逃げるような足取りで國枝を呼びに行った。
それから数分後。
ドタドタとした足音を立て、4人の元に1人の制服警官がやって来た。
おそらく彼が國枝だろう。
國枝はまるで教科書の教えのようにキッチリとした角度の敬礼をした。
戌井と桃はくだけた敬礼、猿渡と雉村は略式の敬礼で返した。
「神楽坂探偵事務所の方々でありますでしょうか!本官は國枝寛!25歳独身!浅草署警ら科所属巡査であります!!」
まるで遠くにいる人物に出すような大声を張り上げ、4人は思わず耳を塞いだ。
「いや、近いし室内だしそんな大声を出す必要あるか?」
「失礼しました!本官、これが地声なんであります!」
4人は思った。この警官、クセが強すぎる。
とりあえず聞き出すことは早急に聞き出して出ようと相談はしていなかったが、満場一致の気持ちだった。
「えー……と……それじゃちょっと話があるんですけども……」
「ちょっと待ってください!ここでは人目に着くであります!本官が案内しますので、そちらでお願いするであります!」
國枝の提案に承諾した4人は案内されるままに誰も使っていない場所に着いた。
「さぁ!本官に洗いざらい質問するであります!本官には黙秘権はないであります!さぁさぁさぁ!」
案内されたのは取り調べ室。聴取用の机に座っては机の上に置いてある電気スタンドを自分に向けて照らし、4人に向かって強要してきた。
「逆だろ馬鹿野郎!質問される側が何をやってるんだ何を!」
思わず猿渡はツッコミを入れてしまった。なまじ元刑事だけに國枝の奇行には我慢出来なかった。
「失礼しましたであります!本官、取り調べを一度もやったことがなかったので一度でいいからやってみたかったであります!」
全く悪びれる様子もなく、まるで少年のような眼差しで答えた。
今にも殴りかかっていきそうな猿渡を雉村と桃は静止し、戌井が話を切り出した。
「あーと……この人、知ってることがあれば聞きたいんだけど」
先刻次郎が描き記した似顔絵を見せると國枝は意外な反応をした。
「あ、この方なら繁華街で見かけたであります」
(それは知ってるから何処で見かけたか言えっての!)
言葉には出ずとも顔に青筋を立てている猿渡は言葉を飲んで我慢した。
それから國枝はポツポツと語り始めた。
もともと正義感が強い國枝は色々と事件などに対応してきたが、その強すぎる正義感に見合わないポンコツ振り、空気の読まなさで先輩上司らからは腫れ物扱いされていた。
たまたま浮浪者連続行方不明事件の話を聞き、資料整理しか仕事が無かった國枝は独断で勝手に捜査を開始した。
「しかし思うように情報が得られなく捜査は難航していたであります」
警察の聞き込み捜査でも上手くいかないのかと思案していたが、猿渡だけは何かに気が付いたのか眉間に指を当てた。
「一つ聞くが……その時、『服装はどうしていた』?」
すると國枝は悪びれた様子も無く答えた。
「勤務時間中の為、制服で聴き込みをしていたであります!本官、勤務時間以外では仕事はしない主義であり、制服以外で仕事はしない主義でもあります!」
國枝の悪びれた様子も無い回答を聞いた猿渡は思わず殴り飛ばしてやると席を立とうとしたが、猿渡を察した三人は我慢しろと言わんばかりに肩や腕を掴んで抑えた。
「しかしながら連続行方不明事件の足取りを掴めずにいたところ、捜査の道中その女性に遭遇したであります」
聞くところによると、制服姿のまま繁華街で聴き込みをしていた國枝だが当然ながら制服姿の警察を見て夜鷹達のような違法行為を行ってる者達は逃げていく。
だが、一人だけ逃げようとしたところを捕まえ、聴き込みをしようとしたのが四人が探していた敷島花だったそうだ。
しかし、花は人を見る観察眼が高いのか捕まえた國枝の手を妖艶な笑みを浮かべながら白く細い手で優しく包み込み、そのまま街灯の届かない暗闇に引き摺り込んでいったそうだ。
「……で、見逃す代わりに一発ヨロシクやった、と?」
「いやー……本官、初めての体験でありました……」
この警官は使えないが、情報だけは使えた。
敷島花は繁華街に間違いなくいる。
ひとまず一通り話を聞き終え、浅草署を後にした頃にはどっぷりと日が暮れていた。
「ちょうど頃合いか……よし、肉屋と酒屋、あと乾物屋に行くぞ」
「肉屋に酒屋?何に行くんだ?」
「もう一人の情報屋に会いに行くためだよ」
夜 霊園
四人が霊園に着いた頃には日もどっぷりと暮れ、月が天高く登った時間だった。
途中で買った提灯の灯りを頼りに霊園奥まで進むと、月明かりに薄っすらと照らされた人影が東屋に座っていた。
「よっクマさん。元気してたか?」
「キシシ、ワシはいつもと変わらんさ。戌井のボウズこそ女に入れ込むのはいいが、あの女にゃ他にイロがいるから諦めた方が良いぞ。キシシ」
「うるせい。だからこそ俺の魅力で振り向かせようってんだよ。ほらよ、いつものヤツだ」
戌井が手に下げていた風呂敷を広げると、紙に包んでいた生肉の他に干物などの乾物、安めの一升瓶2本が現れた。
「キシシ、確かに。で、何を聞きたいんだ?神楽坂探偵事務所の方々」
霊園を根城にしている浮浪者、通称クマ。本名は明かさないが、かつてはウメタロウと名乗り廻船問屋で働いていたそうだ。
現在は浮浪者としてその日暮らしをしながら、浮浪者同士の繋がりを利用して情報屋組織として裏で活動している。
浮浪者が金銭を持っていては色々と厄介なことになるので、情報料は現物支給だそうだ。
「戌井、こいつ大丈夫なのか?」
「なんだい?疑ってるんかい刑事さん。おっと、今は警察を辞めて探偵なってたんだな、キシシ」
猿渡はまだ身の内を明かしていないのに当てられたことにギョッとした。
その他にも桃は最近入って来た新人の女給の世話していることを当てられたり、雉村は婚約者と婚前逢引をしていたなど次々と当てられた。
「な?クマさんは見た目はアレだけど、俺らが知らないような情報が集まってくるんだよ」
「キシシ、ワシのは梅毒で鼻曲りになっとるからなぁ。とても人前に見せられるようなツラじゃないんだよ」
雲間から薄っすらと差す月明かりの下、照らされたクマは顔はボロ着で覆われ、服装はというとかなり着古された肌着や襦袢を着こんでいた。
「それで話だが、この人を見かけなかったか?」
猿渡は雪の写真と華の似顔絵をクマに見せた。
クマは写真と似顔絵を受け取り、交互に見比べ始めた。
「ふむふむ……ハハァ、なるほど。早川家の令嬢、しかも双子だな。あの家は昔、双子が早死にすることがあってそれ以来忌子としてるそうだ。……ふむ、こっちの育ちが良い嬢ちゃんはたまに丁稚と一緒に誰かを探してたのは聞いていたが、なるほど……探してるのはこっちの嬢ちゃんか……」
「名前は敷島華。繁華街で恐らく娼婦として色を売ってるとしか分からない」
クマは思案しながら受け取った一升瓶の封を開け、縁が欠けた升に注ぎ一口口に含んだ。
「ふむ、場所の特定は難しいだろうな。確か警察の旦那が制服姿で聴き込みしたのはアンタらも知ってるが、あのせいで色々警戒して場所変えしてるんだよ」
四人が落胆しているとクマは多少時間はかかるものの、明日の夜までには場所は特定出来るはずと答えた。
ひとまず初日で集められる情報を集め終えた四人は、新たな情報が集まる翌日に望みを託し霊園を後にしようとした。
しかし、雉村だけただ一人気が付いた。
月明かりが届かない周囲の闇から、いや、霊園中のあらゆる場所から自分達を警戒するような視線。
警戒というよりも、むしろ自分達を品定めをしているような視線に恐怖を覚えた。
「どしたの?雉村くん?」
「あ……い、いえ、なんでもありません……」
今は表沙汰にしてはならないと咄嗟に判断した雉村。
三人は首を傾げながらも、それぞれ一時帰路についた。
神楽坂探偵事務所事件奇譚録 第壱項 夜に舞うは紅い蝶 あかがね雅 @akagane0406
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