第5話 捜索初日 中



「浮浪者連続神隠し事件、ねぇ」


たいへい堂で受け取った新聞を読んだ4人はそれぞれ戌井と雉村、桃と猿渡と二手に分かれ次郎が描いた似顔絵と雪の写真の足掛かりに記事を書いた記者に詳しい話を聞くべく新聞社へ向かっていた。

マイナー紙でオカルトめいた記事が多い九頭龍通信、発行部数は大手と比べると少な目だが購読者の多い毎日新報。

そして戌井が以前在籍していた新聞社、帝刻新報。

一先ず帝刻は後回しにし、九頭龍通信と毎日新報へ向かった。





新聞社 九頭龍通信


「ようこそ九頭龍通信へ!私は編集長の大沢木だ!君達神楽坂探偵事務所の噂はかねがね聞いているぞ!ゆっくりしていきたまえ!」

編集長の大沢木は名前の通り騒ぐような大声で出迎えると白い歯が目立つ笑顔を見せ、桃と猿渡に挨拶を交わした。

交渉事に関しては女給を兼任している桃が一番長けている。軽い世間話を織り交ぜつつ、桃と猿渡は自分達が知っている事件の情報と交換に神隠し事件のあらましを聞き出した。



一方その頃

新聞社 毎日新報


「いいか!蜘蛛大夫の悪事を絶対に見つけ出せ!正義の味方気取るならあんな覆面をする必要は無い!何かやましい事があるから隠しているに違いない!いいか!徹底的にヤツをこけ下ろす記事を書け給料泥棒供!」

編集室に入るや否や編集長の慈英の怒号が鳴り響き、雉村と戌井は思わず耳を塞いだ。

記者達に罵声を浴びせた慈英は雉村と戌井を見つけると眉間にシワを寄せながら尋ねた。

「なんだ貴様ら?飛び込みの記事を売り込みに来たのか?なら蜘蛛大夫関連の悪事の記事以外受け付けんからとっととその面を下げて出直して来い!」

どうやら2人を飛び込みで来た記者か何かと勘違いしているようだ。

「いえ……自分達は記者ではありません……」

「何?記者じゃない?ならなんだ?借金取りか?おい!こいつらに貸している金をとっとと払えグズ供!」

「あーいやいや借金取りでもないです。俺らは神楽坂探偵事務所のもんです。ちょーっと情報提供して貰いたくて……」

探偵事務所と聞くと慈英はみるみる内に青筋を立て、机の上置いてあった灰皿がひっくり返るような強さで机を叩いた。

「探偵事務所だぁ?一番信用ならない上に情報だけ掠め取っていく野良犬供にくれてやる情報は無い!とっとと出て行け!!」

今にも物を投げ付けてきそうな形相に慌てた2人は編集室から飛び出した。


「な、なんなんですか……あの人……上官並、いやそれ以上の迫力でしたよ……」

「いやー、しかし参ったな……あの編集長、話聞いてもらえなさそうだぞ…」

2人が編集室前の階段の踊り場で悩んでいると、1人の青年が声をかけてきた。

「どうしたんですか?一体」

「あー、いやちょっと毎日新報さんとこでこの神隠し事件の記事を書いた記者に話を聞こうと思ったんだけど……」

「あの編集長にお前らにやる情報は無い、と追い出されまして……」

2人の経緯を聞いた青年は苦笑いを浮かべた。

「それはまた災難な。でも運がいいことに、その記事を書いたのは僕なんだ」

青年は毎日新報に記事を売り込みに来ている記者見習い。名前は平田という。

なんでも蜘蛛大夫の記事を追っている途中、ここ数ヶ月前から浮浪者や夜鷹などが次々と行方不明になるという情報を聞き記事にしたそうだ。

ちなみ蜘蛛大夫というのは、ここ最近現れた黒い装束を身に纏い、覆面をした謎の人物。

手首から蜘蛛の糸のような強靭な糸を放ち悪漢を捕まえているそうだ。


「よかったらこれ、持って行ってください。何かの役に立てれば良いんですが」

そう言うと平田はここ最近の毎日新報の過去記事を2人に渡した。

記事には主だったとこを読むと蜘蛛大夫の記事の他に人形が凶器を持った奇怪な殺人事件、そして神隠し事件の記事などがあった。

「ありがとよ。助かる!」

そう言って戌井は平田に5銭銀貨を渡し、雉村と供に待ち合わせ場所に戻って行った。





待ち合わせ場所 カフェ「いろは屋」


「なんで待ち合わせ場所をここにしやがった……お前ら……」

猿渡は今にも切れそうな青筋を立て、比較的冷静に繕いながらコーヒーを飲みつつ桃と戌井の2人に尋ねた。

「いや秘密会議なら人目に付かないとこじゃないと。なぁ?」

「そうそう。それに店長には色々話してあるし、ここなら人目に付かないし」

「なー?」

「ねー?」

まるで打ち合わせしたかのようなやり取りに猿渡は怒りを通り越し、心底呆れ果てた。

この二人、組めば組んだらで色々とスレスレな事を平気にやってのけるからタチが悪い。

おそらく場所を貸すから何か注文取ってこいだの戌井が意中の女給の橋渡し役をするからだの、そんな裏取引があったに違いない。


そんな猿渡に反し、雉村はというと店内の雰囲気に慣れないのかあんみつを食べてはソワソワと落ち着きがなかった。

「お前はお前で何やってんだよ雉村…。ただでさえ人目に付く人相なのに、余計目立ってるぞ」

「いや、その……自分こういう場所は初めてで……」

それを聞いた桃はあざとく雉村をからかい始めた。

「あらぁん?お兄さんここは、じ、め、て?それならやさーしく手解きしてあ、げ、る」

「あ、い、いやその……じ、自分には許嫁がいるので……」

雉村、まさかの自白。許嫁がいることは3人には秘密にしていた。

もし喋ってしまったのならやれどんな子なのか、やれどこの令嬢だの聞いてくる始末。

年下の雉村にすら許嫁がいるのに未だ独身の戌井は傷心のまま、昼間に新聞社で得た情報交換を切り出した。




ーーー情報整理ーーー


・人探し。早川雪の双子の妹、敷島花

・花は家出。現在は恐らく花街などで色を売っている

・神隠し事件が起き始めたのは数ヶ月

・行方不明になっているのは浮浪者や夜鷹など

・書いた記者に聞いたが花の目撃情報は無い

・巷を騒がせている謎の人物蜘蛛大夫

・地下鉄道工事区内で目撃される犬人間

・人形が凶器を持った奇怪な連続殺人事件



「……要約するとざっとこんなもんか」

戌井は手帳にさっくりとこれまでの情報を簡潔に書き記した。

「とりあえず今回の件には後半3つは無関係だな」

猿渡は戌井の手帳を手に取ると、万年筆で横線を引いた。

「とはいえ、探すにしても厄介よ?繁華街の端から端まで探すのは結構一苦労だし、あの手の人達って義理人情に厚いところがあるから、下手に聞き込みし続けてたら邪魔をされるか逃げられちゃうかのどちらかよ?」

甘酒をぐびりと一升升で飲み干す桃が懸念するように、場所が場所だけに香具師やヤクザなどの縄張りの可能性もある。

下手をすれば彼等と一悶着という場合もあり得る。


「時間はまだ昼ちょっと過ぎか……『あの人』とこに行くのはまだ早いな……」

あの人とは三人目の情報屋だ。しかし会うにはいくつか条件があった。

まず会う為には「夜」でなければならないこと。情報料は金ではなく食料であること。そして深く詮索しないこと。

戌井は何度か勘吉郎の紹介で何度か会ったことがあるが、他の3人はまだ面識はない。

一行がどうしたものかと店の表に出ると、後ろから声を掛けて来た人物がいた。情報屋の韋駄天の次郎だ。


「おや、これは珍しい顔ぶれで。戌井氏は兎も角、堅物の猿渡氏と軍人の雉村氏がこの店でお楽しみでしたか?」

「違う違う。情報の整理に場所を提供してもらったんだよ」

戌井がそう言うと次郎は当てが外れたかと肩をすくめる。

「ふむ、違いましたか。いやはや、やはり小生には探偵は向いておりませんなぁ」

「そういうセンセイはうちに何の用が?」

桃が尋ねると、次郎は辺りを見回した後眼鏡をかけ直した。

「いやなに、小生は編集から逃げ回り此処でアイデアを練っていただけですよ」

この次郎という小説家は自分の興味好奇心優先で行動するなと一行は改めて半ば呆れた。

「そうそう、一つ言い忘れていたことがありました。警察は神隠し事件を捜査をしていないと伝えましたが、実はたった一人捜査をしていた人物がいました」


一行はこの発言に食い付いた。


「ど、どこにいるんですか…!」

「お前なんでそんな大事なこと言い忘れてんだよ!」

「どこの署なんだ!早く言え!」

「もー!バカバカ!なんで早く言ってくれないの!」

一行の気迫に次郎は後退りし、捜査をしていた人物浅草署の警官國枝の名を告げた。


次郎に5銭銀貨2枚と鉄拳を与えた後、一行は浅草署へと足早に向かって行った。

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