第4話 捜索初日 前



初日 朝 商業区


「受けると言った手前、どうすっかねぇ……。手掛かりになるのは妹さんの名前と双子ってことで依頼人の写真を受け取ったものの」

戌井ら4人は商業区にある喫茶店で一服していた。

テーブルの上には早川雪の写真が置かれ、4人は雁首を揃えてそれを眺めていた。

「とはいえ、このまま悩んでる場合にもいきませんね……」

顔に似合わず白玉ぜんざいを頬張る雉村。

よほど甘味が好物なのか頬張る度に笑みがこぼれるが、側から見れば邪悪な笑みにしか見えない。

「となると、彼女らに話を聞くしかないな。このまま情報が無いのではな……」

「そうよねぇ……たった1人の身内だもの。あんな大金持って来るくらいだもんね」


雪が事務所に持って来ていたのは遺言書の他に依頼金だった。

封筒に入っていたのはおよそ20円。現代の価格に換算すると約30万もの大金である。

人探しの依頼金にはかなりと言ってもいいほど高額な依頼金だ。恐らく父である誠之助の遺産から捻出したのであろう。そこまでして雪は花に会いたい一心だということが話を通して分かっていた。


20円もの大金は流石に一度に受け取る訳にはいかず、前金として10円。成功報酬として残金を受け取るという折半案で手を打ち、そのうち5円を捜査費用として使うことになったが4人はなかなか情報が入ってこないことに悩んでいた。

そして猿渡の提案で彼女ら、神楽坂探偵事務所と懇意にしている情報屋と会うべくとある店に向かって行った。




「いらっしゃいませー!」

食堂「たいへい堂」。商業区内にある活気のある食堂だ。

店長は口数は少ないが腕は良く、最近売り出したライスカツカレーというカツレツとライスカレーを合わせた料理が看板メニューに恥じぬ美味さを提供している。

女給の明るい挨拶に出迎えられた4人は女給の1人に声を掛けた。


「神楽坂探偵事務所のもんだけど、キヨちゃんいる?」

「あっはい、じゃあ奥の席へどうぞ!すぐキヨさんが注文取りに行きますね!」


4人は女給に案内され、奥の座席に通された。この場所は人目につきにくい場所で内密な話をするのに適した場所である。

4人が冷やを飲んでいると、メニュー表を小脇に抱えた女給がやって来た。

「お待たせしました!お久しぶりです皆さん。まずは注文にしますか?」

情報屋、早耳のおキヨこと本田キヨ。女給という職業柄、噂話など聞くことが多く刑事時代の猿渡や記者時代の戌井など情報を欲する者達にとっては不可欠な女給だ。

「そうさな……この写真の女性について知ってることを」

「待て待て猿渡。こういうのはまず先に渡すもんがあるだろ」

そう言うと戌井は財布から50銭銀貨を取り出し、おキヨの手に握らせた。

「まずは情報料、そのあとだろうが。これだから刑事根性の抜けないやつは……」

戌井の皮肉にカチンときた猿渡はさらに皮肉で返してはのいつもの交戦が始まった。


「えーと、それじゃライスカツカレー4つお願いね。あ、私のは大盛りで雉村くんのは甘めにね」

最早慣れたというような流れで桃は注文を取った。

おキヨが注文を受けてから程なくして、白い陶磁の皿に盛られたライスカツカレーが運ばれてきた。

炊きたての白米の上には数種類の香辛料で胃に刺激を与えてくる香ばしいカレー、そしてさっくりと揚げられた肉厚のカツレツが乗せられいる。

雉村の分の皿に盛られているカレーは3人のと比べると明るみがあり、桃の分の皿はまるで大男が食べるかのような大きさだった。

戌井猿渡は食べながらもまだ口喧嘩を続け、雉村はというと二口三口食べると水を飲み、桃は体躯に見合わず早い勢いで半分まで平らげていた。


「それで情報だけど、何か耳にしたこととかある?」

3人よりも早く食べ終えた桃は、写真をおキヨに見せ聞き出していた。

「何分……熱っ…飛び出したのがもう3、4年前みたいで……辛っ……はふっ……あふっ……その後の足取りが……熱っ……」

「猫舌で辛いの苦手なら無理すんなよ将吉……。で、双子だから依頼人本人の写真を見せたら何か分かるかなーと思ったらなしのつぶてって訳」

食べ終えた戌井はお冷を飲み干し一息ついた。

「何かおキヨちゃんの耳に入ってればと思って来てみたんだけど、どう?」

「うーん、私の情報は耳で聞いたことだからどんな顔かは流石に……」

ダメかと落胆した4人がうなだれていると、誰かが写真をつまみ上げた。

「ふーむ、この女性……見たことがありますな小生」

4人の背後から現れたのは韋駄天の次郎こと鏡崎次郎。

韋駄天の通り名のように恐ろしく足が速いという健脚な情報屋である。

だがこの男の本業は小説家で、これほどまでの健脚は取材や締切に来る編集から逃げるのに培ったものである。

「おわっ!じ、次郎いきなり出て来るんじゃねーよ!」

「これは失敬。皆様方が来られたのを小生、店内から見てまして」

「さ、先に来てたんですか……」

「いえ、小生はたまたま此方で食事を取っていただけです」

「それもツケで」

おキヨは笑顔でツケ伝票の束を取り出しては4人に訴えるような眼差しを向けては、次郎には恨みの篭った目で次郎を笑顔のまま睨んだ。

次郎は咳払いをすると、写真の人物に知っていることを語り始めた。


およそ3週間ほど前の頃、取材の為繁華街をうろついていた次郎は路地裏口に立っている夜鷹に色々と質問をしていた。今度の小説の題材に夜鷹の女を出すつもりだが、職業柄実際に見て聞かないとリアリティに欠けると考えていた次郎は実際に繁華街に赴き夜鷹達に話を聞いては事をすることも無く、相場の金子を出していた。

「何分3週間ほど前故記憶もあやふやになってきてますが、小生が見たと思う御仁が恐らくこの方でしたね」

写真をまじまじと眺める次郎は懐に仕舞っていた万年筆と手帳を取り出すと、サラサラと何かを書き始めた。

そこには写真を元に写実に描かれた雪の絵があった。

しかしよく見てみると、手帳に描かれていた似顔絵は写真の雪よりも目つきはやや鋭く、若干やつれているような絵だった。


「小生が覚えているのはこのような女性でした。一見美人画のような女性と思いましたが、これがまた鉄火場に表立つような女性で…」

恐らく何かしら花の琴線に触れたのか、次郎はよほど痛い目にあった事を思い出し苦笑いを浮かべた。


「ま、とにかく繁華街に行ってみる価値はあるかもな」

食事を終えた4人は席を立とうとすると、おキヨは思い出したかのように新聞を届けに来た。

「ごめんなさい皆さん!ちょっとこれ見てください!」


新聞は毎日新報と九頭龍通信。そこには「蜘蛛大夫、又モ事件ヲ解決」という見出しの記事の下にある記事が書かれていた。


「又モ失踪?連続浮浪者神隠シ事件」と。

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