第3話 依頼


神楽坂探偵事務所の面々がそれぞれ歓談していると、コンコンと控え目なノックが扉から響いた。

依頼人が来たと察すると歓談を止め、ここに入って来る依頼人がどんな人物かを観察し始めた。


「あの……神楽坂探偵事務所はこちらでしょうか……?」

入って来たのは長い黒髪、雪のように白い肌のいかにも美人といったもの鬱げな表情を浮かべた女性だった。

入って来た女性に対して戌井は口笛を吹き、沢渡はチラリと一瞥した後眼鏡をかけ直し再び書類整理、雉村は会釈をした後座っていたソファから立ち上がり席を譲った。

「はいはい、迅速丁寧安心安全の神楽坂探偵事務所はこちらですよお嬢さん」

勘吉郎は席を立ち上がりながら燻らせていたタバコを灰皿に押し消し、女性に挨拶を交わした。

「当探偵事務所では優秀な所員がおります。また調査での情報は外部に決して流出しませんのでご安心ください。して、今回はどんなご依頼で?」

勘吉郎が女性の向かいに座ると同時に、サイドボードテーブルの上に紅茶と緑茶が並べられた。


「はい、紅茶よ。何しても口が渇いてちゃ話す事も出来ないしね。あ、所長のはいつものぬる目だから安心してね」

桃が悪戯っぽく目配せをすると、雰囲気が和んだのか女性はクスリと笑みをこぼした。

女性は紅茶を一口飲むと、神妙な面持ちで語り始めた。


「私は早川雪と申します。実は……妹を探してほしいんです」

「妹……ですか?」

「はい……。名前も分かっております。探してほしいのは……敷島花、です…」

「ふーむ?ちなみに妹さんは今いくつか分かります?」

「年は私と同じくらいです…」

簡単な応対で所員全員が首を傾げた。妹なのに同じ年齢?

すると1人だけ察したのか、雉村は小さく挙手をした。

「あの……失礼ですがもしかして貴女が探してほしいという方は……もしかして双子の妹、でしょうか?」

雉村の一言に雪はうなづくと、二枚の封筒を机の上に差し出した。

「はい……実は探してほしい妹の花は……私の双子の妹なんです……」

雪は遺言状と書かれた封筒を見せ、静かに語り始めた。


代々早川家は双子を忌子とする風習があり、父である早川誠之助は待望の子を授かったが悪しき風習により双子のうちどちらかを水子とするのは猛反対した。

そして、学生時代同期であった神原真澄子爵と協力し妹の花を遠縁の親戚である敷島家に養子として出し、雪と花の2人の命を救うことが出来た。

だが、敷島家の当主敷島文吾は戦争帰りで酒浸りの生活。敷島家は農家長とはいえ裕福な暮らしは無く、当代の稼ぎは文吾の酒代や博打などで大半が消えていったそうだ。

花が年頃になると、その発達した身体に欲情した文吾は彼女を手篭めにしようとした。

しかし寸でのところで養母に助けられるも、花は家出同然に敷島家から出ていったそうだ。


「……今まで私だけだと思っていました……。お願いします……たった1人の肉親なんです……」

雪は薄っすらと涙を浮かべ、目尻を擦った

「たった1人の肉親…ってーと、お父上は?」

戌井は恐る恐る聞き出した。普段からカフェに行っては女給に粉をふっかけている男だが、目の前で目元に涙を浮かべた女性を前にするといささか緊張しているのが分かる。

「父は……先日の大地震の際の大怪我で……1週間前に亡くなりました……」

戌井はしまったとばつが悪そうな表情を浮かべ、今まで聞きながら書類の整理をしていた猿渡は軽く舌打ちをしたあと雪に向かってフォローをした。

「心中お察しします…。さぞお辛かったでしょう」

「いえ…ありがとうございます…」

雪は気丈に振る舞って笑顔を浮かべた。

すると何かを察した桃は雪の口元に指を当て、口角を上げて笑顔の形にした。

「うそ。ホントは寂しかったんでしょ?家族がいなくなったと思ったら、実はいたんだってお父さんの遺言を読んでいてもたってもいられなくて私達に頼りに来た。そうでしょ?」

「ちょ、桃ちゃん。ダメだって依頼人さんに」

勘吉郎に注意された桃は雉村に猫のように小脇に抱えられ引っぺがされた。

自分にされたことに面食らいキョトンとした雪は、クスクスと涙を浮かべながら笑みをこぼした。


「ほら、やっぱり笑った方が美人。雪さん、私達に依頼する時は笑顔でなきゃ」

桃の一言で何かを払われた気がした雪は先程の陰鬱とした表情からうって変わって、凛とした表情を見せ改めて依頼を申し出た。



「神楽坂探偵事務所の皆さんに依頼したいことがあります。私の双子の妹、敷島花を探してください」

「御依頼、お受けします。所員一丸となり依頼の妹さんを探してみせます」

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