東奔西走④

「あんた馬鹿なの?」


 第二和田ビル3階、自宅の扉前の踊り場で、赤石一は蹟大美羽に怪訝な顔でそう罵倒をされた。


「は?」


 何言ってやがるんだコイツは、俺に対しあまりにも失礼過ぎないかそれは。


 お前と楓ちゃんを引き合わせて、楓ちゃんにお前の事情をある程度濁して説明して、今日から俺の家に住むことになったから、俺の手の届かない生活の世話をしてほしいと懇切丁寧にお願いをして、彼女から了承を取った俺に対してその態度は無いだろ。


 それなのに、なんでこいつは納得いかないんだ。


 現にコイツは楓ちゃんを俺の部屋に残して、俺の手を引っ張って踊り場まで連れてこうして文句を言っている。


「何がだ?」


「いや、いや。ちょっと、マジで言ってんの先生」


 彼女は怒っているというよりも、いぶかしむような表情であったが、赤石には彼女の言いたいことは理解できなかった。だからこそ的外れな回答をした。


「マジも大マジだよ。だってお前家に帰りたくないんだろう、御伽噺のサポートが無ければ流石にウチには居候することはできない」


 彼は彼女が家に帰りたくないが、現状の何かに満足していないという事かと勘違いをしている。


「いやーぁぁ、あー、いやそうじゃなく、そうであるんだけどぉぉぉぉぉぉー」


 彼女は非常にイラだった様子で、右手を腰に当て、左手で自身の後頭部を搔きむしる。


「あんた、あの御伽噺さん見て何も感じないの!?」


「あんたって、お前なぁ、もう少し年上にだなぁ……」


 今日の昨日まで担任らしき事をしてきていないが、流石に一回りも年下のお前にお前呼ばわりは無いだろうよ。


「チッ…………じゃあ先生、どうなのよ!」


「どうって……」


 楓ちゃんを見てか? うーん……


 彼は腕を組み、先ほどのやり取りから今までの彼女の事を思い出す。


 しかし蹟大には、彼のその態度が既に気に食わないのか、彼が深く考える前に回答を口にした。


「あの御伽噺さんがお洒落して! 学校でにもして来ないメイクまでして! あんたの呼び出しに答えて部屋に来たんだよ!?」


 そうか。服か。


「たしかに楓ちゃんがあそこまでお洒落しているのは、初めて見たかもな……」


 そう言われれば、そうだ。楓ちゃんとは、ほぼ5年間毎日顔を合わせているが、あんな可愛いと言うか、おしゃれな服装は初めて見た。それにメイクもしていたのか、それは気づかなかった。


「それで何か思うところないわけ?」


 彼は再び腕を組み考える。


「んー…………珍しいかな?」


「はぁぁ……」


 彼女は項垂れて、左手で顔を覆い何かにあきれる態度を取った。


「…………これじゃあの子があまりにも可哀そうだわ」


「は?」


 さっきからコイツは何を言いたいんだ一体。


「…………というか何て言ってここに呼んだのよ」


 彼女は再び彼に向き返り疑問を投げつける。


「今日ここには、大事な話があると言って来てもらっただけだ」


「でぇ、その時に、私の事情はある程度話したの?」


 彼女は一歩踏み出し彼に詰め寄る。


「いや、事情はさっき話したのが初めてだ。流石に店内に誰もいなかったと言え、あそこで話すべき話ではなかったから、大事な話があるとだけ」


「あぁぁぁーもぉぉぉぉーー、絶対そうじゃないの! ふざけてるのぁ!?」


 彼女のイライラは止まらない様子で、態度はどんどん悪くなる。遂には足は貧乏ゆすりを始める。


「ふざけてなんかいないさ」


「いや、まあ、だから、そうじゃなくて、そうなんだけども…………はぁぁ……」


 再び彼女は項垂れ、左手で顔を覆う。


「5年間想った相手がいきなり、自分と同じクラスの同級生と同棲するから手伝えなんて、可哀そうにもほどがあるでしょ」


 蹟大が何かぶつぶつとつぶやいたが、口を左手に被っているので何を言ったかはわからなかった。


 というかこいつこんな感情豊かなんだな。いつも学校ではぶすっとして、澄ましてるから気づかなかったな。


「こんなのを5年も相手してたんじゃ、彼女もだいぶ苦労してるわ……」


「こんなのって、なんだ、こんなのって、俺はお前のためにだなぁ」


「はぁ…………もういい。そこのところは彼女のために私から話す、10分間彼女と二人にさせて」


 そうぶっきらぼうに言い捨てると、彼女は俺を置いて室内に戻っていった。


 一人残された俺は踊り場で腕を組み、頭をひねる。


 一体何だったんだ蹟大の奴。まあ男の俺には聞かれたくない女子の話題があるのだろう、ここはおとなしく従っておくとするか。


 そこから俺は、念のために15分間たっぷりとたばこ休憩をしてから部屋に戻った。


「くっさっ……」


 部屋に戻って聞いた第一声は蹟大の怪訝な声であった。


「それで、話は終わったのか?」


 俺はそれを無視して、先ほど座っていた席に座り彼女達に向き返る。


「くっさい、くっさいよ、先生」


 蹟大は片手で自身の鼻の先をつまみ、もう片方の手を顔の前で左右に振り俺の服に着いた、たばこのにおいを振り払う。


 そんな蹟大とは対照的に、御伽噺は静かに俯いている。


「ん? 楓ちゃんどうかしたかい?」


 俺の言葉に彼女は、はっと顔を追上げ、そして再び少し俯き、両手を顔の前で振る。


「い、いえ、あ、その、なんでもないんです……」


 その様子は、どう見ても不自然で挙動不審だ。


「蹟大からなんか、変なこと言われたか」


「へっ!?」


 楓ちゃんは今度は素っ頓狂な声を上げ俺の顔を見る、しかしやはり視線はすぐに逸らす。頬もほんのりと赤く染まっている。やっぱり普段の楓ちゃんとは明らかに何か違う。何かに焦っている?


「本当に大丈夫か? 楓ちゃん、体調が悪いなら――」


 俺はテーブルから身を乗り出し、楓ちゃんに寄ろうとするが、蹟大に服を掴まれ阻止される。


「もうっ! 先生は座って、てぇ!」


「え?」


「御伽噺さんの様子見てわかるでしょ、いいから大人しく座ってて!」


「お、おう」


 何がわかるかさっぱりだったが、俺は彼女剣幕に押されて、渋々と元の場所に座る。


「あ、蹟大さん…………私は大丈夫だよ、うん」


「ごめん、御伽噺さん。私が……要らない事を言ったわ」


「いいの、別に…………」


 御伽噺は一度だけ赤石を盗み見たが見たが、すぐに視線を蹟大に戻す。


「他の人から初めて指摘されて、すこし動揺しちゃっただけ……うん。自分では……自覚していたはずなのにね……」


「やっぱり、今からでも私っ」


 何を話しているかはわからなかったが、蹟大がいきなり立ち上がる。


「ううん、大丈夫。、蹟大さんの事情もわかったから。先生が良いならここでの生活をサポートさせて」


「……いいの? 御伽噺さん」


 彼女はゆっくりと左右に首を振る。


「それを決めるは私じゃない。先生が決めたんだもの、私にそれを覆す権利は無い」


 そしてゆっくりと今度は俺を見る。


「ね、先生。今の蹟大さんには居場所が必要なのでしょう」


「そうだな、俺はそう思う。だから今日ここまで連れてきた、楓ちゃんにはいろいろと苦労を掛けるだろうけど、あとは大将には俺から話しておく」


「なら、私からは何も」


「そう…………あなたがそう言うなら」


 蹟大は渋々と自分の席に着席する。


「じゃあ、これからのお話をしましょう」


 御伽噺は両手をぱちんと合わせて合掌のポーズを取る。


「そうだな」


「では、先生再び席を外してもらっていいですか?」


「ん?」


 どうしてだ。


「あれ、今さっきその……色々な話はしたんじゃないのか?」


 彼の言葉に、今度も彼女は頬を真っ赤に染めて、動揺をする。


「い、いや! その……今後の事と言いますか、これまでの……事と言いますか……先生の……」


 楓ちゃんどうしたんだいきなり、また突然挙動不審になったぞ。それに言葉尻もよく聞取れなかった。


「ほら! 早く出てって先生」


 え?


「先生ぇ、デリカシーなさすぎ、ほんと、こんな奴のどこが良いんだか……」


「はぁ?」


 全然さっきからこいつらの言っていることが――


「ほら早く出てって、それとも何? 先生が私の下着は先生が洗ってくれるの?」


「いや、え!? その話…………まあいいや」


 なんだよ、まだその話してなかったのかよ。


 これ以上何を言っても状況はつかめないままだろうし、こいつの下着も洗いたくはない。


 彼女の言葉に従い、再び彼は自分の部屋を出て行く。


 今度はご丁寧に、玄関まで見送って蹟大から、『終わったら連絡するから、絶対入って来ないで』と言われ、鍵までかけられた。


 彼が自身の部屋に戻れたのは、結局一時間後であった。


「じゃあ、これからいろいろ頼むことがあるけど、よろしくな楓ちゃん」


「はい、任せてください」


 彼女は自身の前で両手で握りこぶしを作りポーズを取る。


「本当にごめんね、楓」


 そんな彼女を蹟大は申し訳なさそうに見つめる。


「いいんです美羽さん、それに私に…………」


 楓ちゃんは俺を見て言いよどむ。


 ん? というか本当に仲良くなってるな。


 俺が部屋に戻った時には、いつもの様子からは学校で考えられなかったくらい二人が仲良くなっていた。


 あの蹟大が楓ちゃんを下の名前で呼んでるよ。女子ってこんなもんなのか? というかじゃあ4月から仲良くできたろお前たち。


「あたしが出来ることは何でも手伝うから、任せてよ。って言っても、あたしも雑誌の受け売りだけどね」


「いえ、十分参考になります。今後もご教授お願いします」


 二人は俺はわからない話で盛り上がっている。


「それじゃあ、蹟大の件で何か必要かもしれないときは、これ使ってくれ」


 俺は楓ちゃんに封筒を渡す。


「……これは……え!?」


 楓ちゃんは俺の渡した封筒の中身を確認して驚愕の表情をする。


「こ、これは…………?」


「ああ、だから何かほら…………そうだな、俺にあまり言いたくない物の買い物とか、いろいろあるだろう、なにかそう言う事があったらそこから使ってくれ」


 彼は気恥ずかしさで視線を逸らす。


「なるほど、わかりました。これはしっかりと管理させてもらいます」


 楓ちゃんは大切そうにその封筒を自身のポケットにしまう。


「よろしくな、それと……これも」


 俺はもう一通の封筒を渡す。


「ん? これも美羽さんの生活費ですか?」


 先ほどのよりも少し薄い封筒よりに彼女は中身を察し、疑問を投げかける。


「いや、それはあれだ、御礼というか、迷惑料というか楓ちゃんへの俺の気持ちというか」


「い、いや、いやいや、いや、こんなの受け取れませんよ!」


 彼女は慌てて立ち上がり、受け取った封筒を彼に突き返す。


「いや、これくらいは受け取ってくれ」


「いや、受け取れません!」


「いや、しかし!」


「いえ!」


 そんなやり取りをしていると横から蹟大がその封筒をかっさらう。


「おい、蹟大。それは楓ちゃん――」


「先生は、これを受け取ってほしいんでしょ…………うっひゃ意外と入ってる」


 彼女は封筒の中身を確認しながら、彼にその思惑を確認をする。


「そうだ。たとえクラスメイトと言えど、普段忙しい楓ちゃんの時間を俺のワガママで使うんだ、それくらいは正当な対価だ」


「いえ! これは私が美羽ちゃんを助けたいんです! 私のワガママです。これは受け取りません」


「…………はぁ。似た者同士というか、まあ、原因は私なんだけど……」


「いや!俺が!」


「いや!私が!」


 蹟大は封筒片手に、再び深いため息をつく。


「先生は何でもお金で解決すしようとするからダメなのよ、普通考えてよ女子高生がこんな額、現ナマではいそうですかって受け取れるわけないじゃん」


「くっ……」


 蹟大の言う事も一理あるが、流石にそれくらいの額は受け取ってもらわないと俺の気が済まない。


「だ・か・ら、こうしましょう」


「ん?」


 そう言いながら蹟大はテーブルの上に封筒を置く。


「頭が回らない先生のために、私が良い案を出してあげる……そうね……今度の休みにこのお金で楓ちゃんをもてなしてきなさいよ」


「み、美羽ちゃん!?」


 御伽噺は彼女の突然の提案に、驚愕の声を上げる。


 ふむ……お金ではなくホスピタリティということか。確かにありちゃありか。


「それで最後にちょっといい感じの物でも買ってあげなよ、アクセでも、帽子でも服でもいいからさ、これでウィンウィンでしょ。先生はこれくらいは楓に払いたい、でも楓はお金なんて受け取れない。だから体験で返しなさいよ先生」


「……確かにな、それなら俺の気持ち、受け取ってくれるか楓ちゃん」


 俺は彼女に視線を向ける。


「き、気持ちですか!? せ、先生の!?」


 赤石の追撃に彼女は再び顔が赤くなり混乱をしてしまう。


「……はぁ、先生すごいわ」


「何が」


値段の事か?


「まあいいや、流石にプレゼントの候補もある程度は考えてあげるからそれでいいでしょ、先生」


「そうしよう」


「え! 先生まで。そ、そんな大丈夫ですよ、私ほんとにそんな」


「いや、これくらいさせてくれ楓ちゃん」


 桜葉と違って楓ちゃんは俺がこの件に巻き込んだ、これは担任としての業務というよりは個人のお願いだ。それくらいの額は受け取る権利があるんだ。


「じゃあ、そういうことで、ほら」


 蹟大は俺にそう言いながら封筒を机に滑らせ俺の前まで持ってくる。


「じゃあ内容は頼んだ蹟大」


 俺には現役女子高生がどんな事で喜ぶか何て、わからないからな。


「わかった、わかった。あんたが考えたらきっと博物館とか行くと思うし、それは論外だし、私に当日の予定は任せて」


 博物館の何が悪いんだよ。


「美羽まで、そんな」


「いいのよ楓、こいつ百パーセント善意しかないから」


 そりゃそうだろ。元をたどればお前のためやぞ。


「もう……わかりました。先生頑固だから一度行ったら聞かないんですから」


「よかった。予定は内容を蹟大が決めたらすり合わせしよう。土日祝日だったとしても、お店の手伝いもあるだろうし」


「はい、わかりました」


「まあ、任せてよ楓」


 蹟大は御伽噺にサムズアップしながら、ウインクをする。


「もうっ、美羽ちゃんもっ! ほどほどに……ね」


「ほどほどで5年過ごした結果がこれなんでしょ、今のあたしじゃ、なんも楓に何もあげられないから、任せてよ」


「もう! 楓ちゃん」


 御伽噺と楓ちゃんが楽しそうで何よりだが、さっきからこの二人の会話は意味不明だ。


「それじゃ先生、私はまだ仕込みがあるのでこれで失礼します」


 すっと彼女は立ち上がり、俺と蹟大に丁寧に会釈をした。


「楓ちゃん、店の準備中に悪かったな。今日は晩御飯食べに行くよ」


「本当にありがとう楓」


「私の方こそ、では私はこれで」


 そうして楓ちゃんは俺の部屋を後にした。


 部屋は俺と蹟大に二人っきりになる。


「それで、蹟大」


「ん? なに楓とのデートで、何かどこか行きたい場所があるとか?」


「で、デート!?、違う、俺は――」


「はい、はい、じゃあそう言う事でいいよ。ホントに似た者同士なんだから……で?」


「いや、その楓ちゃんの件に俺は何も希望は無い、彼女が望むようにお願いする。俺が言いたいのは、その話じゃない」


「希望無いってあんたさぁ………はぁ」


 彼女は首を振り、わかっていないと彼に呆れる。


「それで?」


「楓ちゃんが来る前に言いそびれてたことだ。それで、この家で絶対に守ってほしいルールが2つ目だ」


「あ、ああそんな話あったね、なに?」


「ああ、それは……しっかりと学校に通う事だ」


「はい? 学校」


 彼女はどんな要求が来ると身構えていたから、肩透かしに合う。ここまできてなにを当たり前な事をと。


「ああ、ちゃんと学校に通う事だ、今日は……休んでも良いが、明日からしっかりと学校に通い、授業をサボらず、学校行事には参加する事、それがルールというかあの部屋を貸す条件だ」


 妹の部屋の扉を指差し、その発言をする真剣な彼の表情に、彼女はこの話が冗談ではない事に気づき、態度を改める。


「それが条件ね、わかったよ先生」


「その言葉信じて良いんだな、お前が授業を中抜けしたり、4月みたいに来なかったりしたら、次の日から出て行ってもらう」


「うん」


 彼女は少し俯き頷く。


 俺はお前に居場所を作るのは、桜葉の『青春大作戦』の一環だ。お前がその手を手放すと言うのなら、円光でも何でも好きにすると良い。


「わかれば良い、俺からは以上だ」


「本当にそれだけで良いの? 他には?」


「……そうだな」


 彼は腕を組み何か他の要求を考えてみるが、答えは出ない。しかし彼女はその真剣に悩む彼を黙って見つめる。


「ああ、あれか」


「……なに?」


 彼の言葉に彼女は唾を飲み込む。


「家事全般が俺がやる。どうしてもやって欲しくない事だけ言え。トイレ掃除は俺にされたら困るとか」


「ち、ちがうよ、いやそれはそうなんだけど」


「なんだ? 本当に俺からはもう何も無いぞ、さっきあげた約束を守ってくれれば」


「良いの? どうして私がこうなったとかとか気にならないの?」


彼女はテーブルに手をつき、身を乗り出す。


「気になると言えば気になる、いずれは向き合わなければいけない問題だ」


「じゃあ」


「だが、それはお前が話したくなったらでいい、今はとりあえず休め蹟大」


 そう優しく微笑む赤石。


「……じゃ、じゃあせめて!」


 そう言うと彼女は彼の横まで歩いてくる。そして徐に、着ていたカーデガンのボタンを外し始める。


「おい、何しているんだやめろ」


 彼は声で彼女を静止したが、彼女は服を脱ぐのを辞めない。ブラウスの最後のボタンを外したところで、赤石がその両手を掴んで彼女を静止させる。


「やめろ、お前はまた馬鹿な事を始めようとしてるな」


 こいつが今何をしようとしたか、流石の俺でもわかった。俺に抱かれようとしたのだ。


「昨日までなら馬鹿な事だったけど、別にいまなら良いかなって思うよ先生、……楓には悪いけど、男は黙ってればわからないでしょ」


 両腕を俺に拘束されながらも彼女の瞳は真剣そのものだ。


「だから馬鹿な事を言うなと言ってるんだ、何度も言ったろ……」


「私まだ処女だから、痛がるかもしれないけど、男ってそう言うのが良いんでしょ」


 捲し立てるように彼女はそう言い放ち、彼に一歩近づく。


「だからぁ」


「ねぇ……先生。……抱いてよ」


「だからぁ!」


「ねぇ……お願い……今でも…………」


 彼女の様子は真剣というか、段々と懇願になっていく。そこで彼は理解できた、彼女は今昨日の忌まわしい記憶を思い出している事に。


「ほ、ほら私、こ、こんなーー」


 赤石は今にも下着姿になり自分の体を差し出そうとする彼女の姿を見て、体が勝手に動いていた。


「もうやめろ、蹟大」


 気づいた時には彼女を抱きしめていた。


「やっ」


「いいんだ、蹟大」


「……先生」


 強く抱きしめる赤石の意思が、自分の思っていた事では無い事に彼女は気づく。


「だから良いんだ、そんな事しなくて、もう終わったんだ」


「な、何を言って」


「だからもう強がらなくて良いんだよ、ここにお前を傷つける奴は居ない。桜葉も楓ちゃんもお前の味方だ」


「せ……んせ」


「だからお前は泣いて良いんだ」


 そうして赤石はまだ痛む右手で彼女の頭を撫でた。


「せん……わ、わたっ、わたっ」


「何も言うな、良いんだ。もうお前はがんばった」


 彼女のそれは泣いたと言うよりは、叫びだった。


 彼女は赤石の胸で泣いた。

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ゲネラルプローべ 先生(さきしょう) @sen_sei

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