第二話 東奔西走③
時刻は午前七時、赤石一はいつものアラームで目を起こした。
「があぁ……っつー……」
痛ぇ。
意識が戻った瞬間に全身を倦怠感と、疲労感、そして左手から刺すような痛みが走る。そして背中に感じる寝なれない感触に昨日までの出来事思い出す。
「ああぁぁ…………つっ…………あぁ、そうか」
二日連続で池袋中を駆け回って、最後は電柱をぶん殴ったという文字通りボロボロになった体に鞭を打ち、体勢を起こす。
「あ、先生、起きたね」
起きると、ベットの上で桜葉と蹟大が鏡合わせのように座り話をしていた。
「……おう、おはよう二人とも」
二人の着ている服装が昨日と違うな。どうやらだいぶ前には起きていたのか?
「……つっぁあ」
左手に走った激痛で眠気は一瞬で吹き飛ぶ。
眠気覚ましのために、いつものルーティンで煙草を吸おうと、誤って怪我をしている左手でテーブルの上の煙草の箱を掴んでしまったのだ。
「先生!」
左手を抱きかかえるように蹲った彼を見て、桜葉が駆け寄ってくる。
「先生! 無茶しちゃだめだよ、ほら手出して、包帯変えてあげるから」
俺はあまりの激痛に強がることもできずに、彼女の言ったとおりに手を差し出した。
昨日同様に、彼女は赤石の左手を優しく手当てを始める。
「……つぁ、……んっ、はぁ、蹟大の様子は」
「今はだいぶ落ち着いてる。服も私のおさがりは着替えさせたし、今のところ私にはちゃんと受け答えはできる」
最悪の事態は免れたか。
「でも……自分のスマホには触れなかった……渡したとたんに落としちゃって、すこし…………」
PTSDのトリガーはスマートフォンか、糞、厄介な。大方あの逃げおおせた後に奴からしつこく連絡があったって見るのが、順当か。それ以外に併発しているものがあるかも調べないとな。
「スマホを見るの事態はどうだった、触れないだけか? 音は?」
「見ることができる……ぽい。音は……確認してない」
「じゃあアイツのスマホに設定されている、呼び出し音もやばいかもな」
むしろそっちの方がアウトか、音は人間な重要な感覚の一つだ。イヤーワームなんて言葉もある。俺だって自分の起床するアラームを別の誰かが鳴らしたら、一瞬だ身構えてしまう。
「桜葉、アイツのスマートフォンは今どこにある」
昨日は俺の寝ている隣のテーブルに置いてあったはずだ。
「一応。私が持ってるよ」
「じゃあ、そのままお前が持っててくれ。それに念のために呼び出し音は調べておいてくれ、最悪クラスの連中にも変えさせる必要があるかもしれん」
「わかった」
桜葉は俺と会話をしながらも慣れたような手つきで、俺の左手を介抱してくれている。昨晩行った急ごしらえの治療よりも丁寧に消毒をし、包帯を巻いて食ている。
うまいな。いや流石に手慣れすぎてないか。いや、今はコイツの事はどうでもいい、そんなことより。
「じゃあ、アイツは家の方に連絡はできていないんだな」
「うん。でも……」
「でも?」
「美羽が言うには、『この程度であの人は私のことは気にしない』って。なんか2,3日家を空けることもよくあるらしくて……」
「……なるほどな」
自分の娘が1日いなくなったのに連絡もよこさないのはそのためか。蹟大のやつ前科があるのか。
ベットの上でちょこんと座っている蹟大を見るが、やはり覇気というか生気が感じられない。
「おっし。終わりだよ、先生」
「おう、ありがとな」
桜葉による手の治療が終わり、赤石は立ち上がる。
「先生、ちゃんと病院に……」
桜葉のお小言を手で制し、赤石はベットで座る彼女の前に立った。
赤石が前に立ったのにも関わらず昨日のベンチで出会った時の様に、顔も向けず反応がない。
近くで見ても、驚くほどの彼女の雰囲気は変わっている。いつも学校で見かける、世界そのものに何も期待をしていない冷めきった態度がかけらも感じれない。むしろ逆、彼女は世界ににおびえているようにさえ見える。
赤石は今目の前にいる彼女は、どこぞの糞男性レイプをされかけて心に傷を負った、ただの16歳の少女だったとを再認識をした。
あーっか、なんだなー。こいつが目を覚ましたら、どちゃくそに怒って一回ビンタくらいはしてやろうと息巻いていたんだが、こいつを前にしたらなんも言えなくなっちまうじゃねぇかよ。
赤石は昨晩と同じように、少し中腰になりベットの上の彼女と視線を合わせて声をかける。
「蹟大、おはよう」
俺の声に反応して、彼女の視線が動くのがわかる。
「……先生」
聞き取れないほどのかすかな声。
「おう、そうだお前の担任の赤石だ。わかるか?」
彼女はかすかに頷く。
昨日の状況確認とか聞きたいことは山ほどあるが、まずはある程度彼女が落ち着いてからという判断で、目下最重要案件を聞く。
「蹟大、おまえ、家に帰りたいか?」
彼女の今後の心と体の居場所、今一番大切なことだ。今の彼女には安心した場所でゆっくりと、その心を癒す場所が必要である。
その言葉に彼女は俯き黙り込む。
赤石も黙る。赤石は待っている、誘導した答えではなく、彼女自身の意思を聞くために、彼女自身の言葉を。
部屋では、帰宅のために持ってきた物をリュックに詰めて最終確認をする、桜葉の音だけが聞こえていた。
時間にして3分、ついに彼女は沈黙を破る。
「…………嫌」
これが蹟大美羽と赤石一が第三久須師高等学校入学後に、成り行きではない初めて交わした会話だった。
そりゃそうだよなぁ、家が嫌いでこんな事したんだもんなぁ……はぁ。
赤石は悩む、いや悩むふりをした。もうすでに心の中では切るカードは決まっている。
「じゃあ、ウチにでも来るか?」
彼女の瞳孔がかすかに動くのがわかった。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょー。先生何言っちゃってるんですかぁ!」
荷物の整理をしていた桜葉が立ち上がって、ツッコミを入れる。
そしてずんずんと赤石の隣までやってきて、抗議を始める。
「せんせぇ、ご自分が何ってるかわかります? あれー、先生そんなに状況読めない人だったっけかなぁ」
詰め寄る彼女の顔は笑顔だが、その顔には怒りマークが見て取れた。
「だって、仕方ないだろ。こんな状態の蹟大をどこか俺とお前の目の見えないところに、放置するほうが怖いだろ」
「だからってぇ」
「じゃあ桜葉お前の家でいいか?」
「うちは…………うちはまずいんだよね」
……ほう。俺の予想ではここで、高い確率でコイツの家に蹟大押し付けられる予想だったんだが、外れたか。こいつも家に何か抱えてやがるな。
当ては外れたが、作戦の弾道を下げて話を続ける。
「だろ、ほかに何かいい案あるのか?」
ある訳が無い。
今の東京に未成年の家出少女を即日入居させられて、ある程度のプライバシーの保護と、リストカットなどの危険行動をしないためのある程度の監視の目、衣食住の無償提供、性行為を求めない、さらには親の了承無しで少女を保護できるところなんてありはしない。
まず法治国家の日本で未成年で親の了承なしというのがまず無理なのだ。もしそんな施設が本当にあったとしたら即日満員だ、それほど東京の闇は深い。
正式な行政手続きを取れば、親の了承なしに、親の元を離れさせる事は出来るが、それも数ヶ月を要し即時的な解決は見込めない。
世間にばれたら首なんかじゃすまない、未成年の教え子と親の了承もなしに同棲する。完全に犯罪だ。
本来であれば桜葉か龍頼あたりの家に保護がベストだが、桜葉に断られた以上、現状彼女のために行える、最善の一手だと赤石はそう結論付けた。
「…………ない」
桜葉も同じ結論に言ったのだろう。
「お前が望めばだけどな、蹟大」
二人に視線がベッドに座る蹟大に集中する。
再び三人の間に沈黙が訪れる。
赤石は今度は彼女の回答を待たない、彼女からイエスを引き出すために。これ以上彼女が自身の目から離れて、面倒事に巻き込まれることだけは避けたいのだ。
「もちろん強制はしない」
嘘だ。ほどんどこれは誘導尋問だ。
「最初に前提として、俺の家は2LKのアパートだ。まるまる使ってない部屋が一つある。無論ちゃんと扉も締まるし、個人のプライベートは保たれる。お前さえよければ、無期限で貸してやるよ」
蹟大の表情に変化はない。話を聞いているかもしれないし、聞いていないかもしれない。
「残念ながら風呂とトイレはうちは一つしかないから我慢してくれ。お前が必要ならば、昼飯代やもろもろの雑費費用も出してやる。お前が望む物があれば常識的な範囲で用意もしてやる…………つーっか、これじゃ必死過ぎるように感じるな、客観的に見て俺は確実にやばい奴だな」
「普通にやばい奴だね、もしもしポリスメンって感じでアウトォー! だね先生」
隣に立つ桜葉も茶化しては来るが、否定はしない。
そして、赤石はさらに蹟大を追い詰めるために、彼女の心情を口にする。
「今、お前はどうしてここまでしてくれるんだろう、って思ってるだろ」
彼女の眉が一瞬動いたのがわかった。
「擦れたガキは、ガキのくせによく頭が回る。大人が気付いてほしくない事とかな、あえて黙ってることとかよくもまぁ、気づくもんだ。悪知恵だけがうまくなって、いつのまにか世界がわかったふりをするんだよ。だが擦れたガキであればあるほど、忘れちまうんだよ大切なことに、誰もが生まれた時には供述しているはずなのに。大人になるにつれて忘れて行ってしまう」
俺はベットに座る彼女に歩み寄る。
怪我をした左手で彼女の頬を優しく触る。
ビクッと、触れた瞬間に彼女の体が跳ねたがそれだけだった。拒否するわけでもなく。そのまま赤石の手を自然と受け入れる。
蒔菜、すまない。このロスタイムは許してくれ。
赤石は彼女の顔を少し上に向けて、自分と彼女の視線を重ね合わせた。
「無償の愛ってやつをな、お前は俺の大切な生徒なんだぜ。助けるのに理由はねぇよ、美羽」
赤石は彼女に微笑んでからその手を放し、元の姿勢に戻る。
「大体16のガキがなに大人ぶってるんだよ。なに斜に構えてるんだよ。これだから高校生は。もっと我儘言えよ。もっと大人頼れよ、なんでも一人で抱えてるんじゃねぇよ、百年速ぇよ。もっとガキはガキらしい遊びしてろ」
そうだ、お前は龍頼と高校生サボって遊びに行ってるくらいが丁度いいんだ。こんな糞にまみれた大人の領域に踏み込むのは年相応になってからで十分なんだよ。
これでどうだ、これでダメなら俺の個人で切れる最強のカードは無いぞ。
今度の沈黙は5分以上は続いた。
沈黙が痛い。
「……いいよ」
静かなラブホテルの一室で彼女のかすかな声が聞こえる。
「美羽、今……なんて?」
桜葉が聞き返す。
「だから、先生の家に行くよ、タダで泊めてくれるんでしょ?」
その言葉には、微かにだが学校で見せたふてぶてしさを感じる。
よかった。とりあえずこいつを保護することはできた。
「おし、じゃあとりあえず筋書きの口合わせだけしとくぞ」
俺は自分の家の2本目の鍵を取り出し、彼女の前に置く。
「これは?」
「ウチの家の鍵だ、俺は偶然にも昨日の池袋で遊んでいる最中にそのカギを落としたことにする」
「落としたぁ?」
怪訝な声尾を桜葉があげるが無視して続ける。
「家出中のお前は偶然にもそれを拾い、偶然にもそのカギの部屋を見つけて、勝手にそこに寝泊まりする。お前は俺の家で使っていない部屋を偶然使い、俺も偶然にそれに気づかない。これが筋書きだ」
蹟大はベットの上に置かれた俺の家の鍵を拾い、俺を見上げる。
「そんなの意味あるの?」
「無い、お前が警察に補導されたり、近所に通報されたらアウトだ。でも一応筋書きを作っておかないと、何かの時に話を合わせることが出来なくなるからな」
「ふーん、まあなんでもいいや」
カギを握りこんで彼女は自分のポケットに入れた。
「おし、じゃあさっさとこんな町を出て、我が家に帰るぞ」
「……うん」
桜葉とはラブホテルを出たところで別れた。なにやら彼女の家にも深い事情があるらしい。しかし追及はしなかった。誰だって秘密にしたいことは一つや2つはある。
早朝の通勤ラッシュに精神が疲弊している女子高生が飲まれることは、避けたかったし、自分の肉体も耐えられないと判断し、赤石の家へはタクシーを利用することにした。
タクシーの中では運転手も居るので何も話すことはできず、二人はなにもしゃべらないまま時間が過ぎた。
運転手が話しかけてきたが、赤石が機転を利かして人見知りの妹ということで事なきを得た。
やはり二人の年齢差ははたから見れば不自然に映るのだろう。
「うし、着いたぞ」
「ここが……」
第二和田ビルの前に俺と蹟大は並び立つ。つまりそれは幸来軒の前だ。
まずは話を通さなきゃいけない人がいるな。この時間なら開店準備のために仕込みをしているはずだ。
「蹟大、少しここで待てくれ、すこし話を付けてくる」
「ん……わかった」
俺は未だ暖簾の出ていない幸来軒の扉に手をかける。
今後の生活も兼ねて楓ちゃんには、ある程度は蹟大のことを話さないといけないだろう。
「おはようございます」
俺は挨拶をしながら扉を開ける。
「あ、先生、おはようございます!」
俺の入店に気づいたら彼女は、いつものように明るく元気にこちらにあいさつを返してくれる。
「朝早くからごめんな、楓ちゃん」
俺は後ろの手で扉を閉めながら店内にに入った。
彼女は開店準備の仕込みをしながら、こちらの話に耳を傾けてくれている。
「いえいえ、どうしたんですか先生? こんなに早くに来られるなんて、お父さんはまだ寝ているんですが、呼んできましょうか?」
「いや今日は大将じゃなくて、楓ちゃんに用事があるんだ」
「私にですか!?…………ちょ、ちょっとお待ちください」
俺の言葉に驚いた様子の彼女は、仕込みを止めて手を洗い、俺の前まで小走りで来てくれる。
「ああ、仕込みの邪魔をしてすまない、楓ちゃん」
「いいえ! なにも邪魔なんて! 私が先生を邪魔だなんて!」
何やら彼女のテンションがいつもより高いと感じるのは、気のせいだろうか。
「それで…………私に話って、なんですか?」
下から見上げる彼女に俺は緊張を覚えてしまい、視線を逸らして頭を搔く。
「あ、いやー、そのなぁー、そのー」
「はい! なんでしょう!」
視線を戻しても彼女は、何かを期待をした目で俺をさらに見つめる。
「いやー」
そ、そうだ、アイツの話だから、アイツが居た方がいいだろう。あとで俺の部屋に来てもらおう。そうだそうしよう。
俺は緊張からか彼女の両肩をつかむ。
「楓ちゃん!」
「は、はひ!」
そういえばここまで至近距離で彼女の顔を見たことは無かったな。
長いまつげに整った顔立ち、彼女のお母さんに非常に似ている。桜葉や優幻、それに蹟大とは違う可愛さが彼女にはある。このまま成長すれば間違えなく、美人に――」
「…………先生?」
「あ、すまない、楓ちゃん。ここではちょっと、話しにくい話だから」
「ここでは?」
「そうだ、仕込みが終わってからでいいんだが、俺の部屋に来てくれないか」
「せ、先生の部屋ですか!」
「そうだ、カギは開けておくから仕込みが終わった後でいいから、俺の部屋に来てくれないか」
「……はい」
ん? 楓ちゃんが俯いてしまった。最後に念押しで。
「楓ちゃんにもいろいろ背負わせてしまうかもしれない、大将には俺が時間があるときにしっかり話す。まずこの話を君にいて欲しいんだ」
「……せ、背負わせる…………き、君に」
「今後にかかわる重要な話なんだ。申し訳ないけど、必ず来てほしい。俺待ってるから」
「……こ、今後に」
ここまで言えば彼女の事だから来てくれるだろう。正直年頃の女の子の一人暮らしで何が必要かなんて俺に分からないから、ここでの生活には楓ちゃんに一枚は噛んでいてほしい。
「じゃ、楓ちゃん、仕込みが終わった後ででいいから! よろしくたのんだ」
「…………はい」
彼は俯き元気のない様に見えた彼女を不自然に思ったが、今の彼には彼女の様子を気にする気持ちの余裕はなく、そのまま幸来軒を後にした。
幸来軒を出ると蹟大は道路沿いにあるガードレールに座って待っていた。
「待たせたな」
「……別に、話は終わったの?」
「ああ、お前のここでの生活をサポートしてくれるように話を通してきた、お金は俺が出すから何か俺に相談しにくいものがあったら彼女に頼め」
「……はーい」
コイツのいつもの冷めた態度は、スマートフォンをいじってないだけでここまで印象が変わるんだな。
今の彼女はおもちゃを取り上げられた子供のように見える。
「じゃあ、行くぞ、うちは3階だ」
階段に足をかけた時に後ろから、悪態が聞こえる。
「うわぁ…………階段じゃん、マジ最悪」
少しだけいつもの彼女の片鱗が見え、俺は嬉しくなる。
「毎日昇り降りすれば気にもならなくなるさ、さっ行くぞ」
「はーい」
少しずつ、少しずつ昔の彼女に戻ればいい、今はこれでいいんだ。
それからを1階、2階と上るたびに彼女は悪態をついたが、足を止めることは無かった。
3階の赤石の部屋の扉の前に二人で並び立つ。
「ほら、お前に渡した鍵でお前が開けていいぞ」
彼女はポケットからラブホテルで渡した鍵を取り出し、扉のシリンダーに差し込み捻る。
ガチャっとカギが開く音が鳴る。
扉を開けるのはためらわれたのか、蹟大はそのまま俺を見上げる。
「ほら、早く開けろよ、そんなこれから何十回かは開ける扉なんだ、さっさと開けろ」
「……じゃあ」
彼女は恐る恐る扉を開け部屋に入っていく。俺はその後ろに続く。
まず初めに言わなきゃいけないことがあるな。
「蹟大、手、洗ったらそこに座れ、まず話がある」
俺はリビングにある4人掛けのテーブルを指さし、俺は彼女の座る予定の反対の椅子に座る。
「はーい」
リビングから手洗い場は見える位置にある。
案内せずとも彼女は勝手に手を洗い、赤石が指定した椅子に座る。
「で、いきなり話って何? やっぱり先生もエッチしたくなった?」
彼女はテーブルに肘をつき、こちらを試すような目で見る。
「ふざけたことを言っていると、つまみ出すぞガキ」
こいつ、自分がどんな状況でここに来たのか忘れたわけじゃねぇだろうな
「嘘嘘、冗談。ちょっと先生を試したかっただけ、それに……」
最初は気丈にふるまっていたようだが、言葉尻がしぼんでいく。
「つらいなら無理にいつものようにふるまうな、俺は桜葉みたいにお前の精神状態なんて見当もつかない、落ち込んでるときはシュンとしててくれないと、正直どう対処していいか困るんだよ。気張るな、お前のままでいい。出来ることなら、ありのままのお前で俺に接してほしい」
「……うん」
急にしおらしくなったな、やはり無理をしていたのか。そりゃそうだよな、後で楓ちゃんが来るけどもここも知らない男の家といっても過言でもないからな。
「それで、この家で絶対に守ってほしいルールが2つある」
「うん」
俺の真剣な表情にそれを受け彼女の表情も硬くなる。
「1つはお互いの部屋には立ち入らないということだ。これさえ守ってくれれば俺はお前をここに居させてやれる」
「……わかった」
「お互いのプライベート、つまり一人の時間をしっかりと確保しよう」
正直なところ壁のアレを見られたくないだけだ。守るべきプライベートなんて俺には無い。
「わかった」
邪推でも何でもしてくれて構わない、とりあえずは部屋に勝手に立ち入らせないのが大切だ。
「そこに2つの扉があるだろ」
リビングから見える2つの扉を指さした。一つは俺の部屋、もう一つは蒔菜の使っていた部屋だ。
「左が俺の部屋、右は…………昔妹が使っていた部屋だ」
「妹さん?」
「気にするな、今はここには住んでいない」
「そう……」
少し無理がある理由だが俺にも何かあることを彼女は察したのかそれ以上は話を広げようとはしなかった。
「右の部屋をお前にくれてやる、中にあるものは何でも好きに使っていい、服でもなんでも使えるなら好きにしろ」
「いいの? そんなこと言って」
「お前がしっかりとした良心を持ってることを祈るよ」
「お互いの部屋に入るときは必ずノックをすること、一回目のノックで出なかったら声をかける。お互いのプライベートをしっかりと守る、これが一つ目だ」
「わかった」
「次に2つ目は――」
トン、トン、と扉を優しくノックする音がする。
「お、来たな」
蹟大は状況がわからないのか、玄関の方を怪しく睨みつける。
「警戒しなくていい、お前にさっき言ったろ、今後の生活をサポートしてもらうために呼んだんだ。ちょっと待てろ、連れて来る」
楓ちゃん勝手に入ってきていいって言ったのに律儀だな。
俺は立ち上がり、玄関へ向かい扉を開ける。
「ありがとう楓ちゃん。急がしいところ、来てくれて」
「はい。私も……ちょっと早いけど、そろそろかなって、すこし勇気を出して」
ん?
楓ちゃんは着替えていた。いつも学校で見ている普段気でもなく、幸来軒で着ているエプロン姿でもない。見たこともない、おしゃれなワンピースを着ていた。どこからどう見てもよそ行きの服装だ。
「あ、あのー。どこか変ですかね、私の服装」
あ、しまった。ジロジロ見過ぎた。
「いや、ごめん。いつもと雰囲気が違って」
「やっぱり私がこんな格好……似合ってないですよね」
「いや、いや、そんなことないよ。全然。そのワンピース似合っているよ、可愛いよ楓ちゃん」
「ほ、本当ですか! よかったぁー」
彼女は胸に手を当て、胸をなでおろした。
「早速だけど、中に入ってくれるかな、楓ちゃん。早速話したいことがあるんだ」
「え、あ。はい……」
俺は彼女を連れて蹟大の待つリビングへ入る。
「待たせたな、蹟大」
「もー、待たせ………えっお、御伽噺さん!?」
「えっ。あ、蹟大さん!?」
「どうしてここに!?」
「どうしてここに!?」
二人の言葉が重なった。
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