親の遺言「おまえは異世界人」「え?」

よほら・うがや

第1話 遺言

 高校1年生の夏、父がった。前から病んでいたらしい。僕には何も言わず、隠していた。

 く前日の深夜、病が悪化し、救急車で病院に運ばれた。意識を失っていたが、もうすぐ夜が明けようとするころ、とつぜん意識を取り戻した。枕元には、僕だけが付き添っていた。父の家族は、僕だけだったからだ。

 「たくみ…」

 父が、口を開いた。

 「おまえに、言っておくことが…ある」

 父は意外と元気そうな声で、しかし言葉を選ぶようにぽつり、ぽつりと話し始めた。

 「なんだ?おやじ」

 担当の医師から、父の病状は聞いていた。明日をも知れぬ状態だと。僕は、父の言葉を一言も聞き漏らすまいと身構えた。

 「おまえは、俺の子じゃない」

 「えっ?」

 「おまえは、俺が異世界から召喚した」

 「えっ…」

 僕は、父が冗談を言っていると思った。

 「おやじ、何言ってるんだ…」

 そのとき、父が急に苦しみだした。僕は、慌ててナースコールをプッシュした。そして…。

 父は、そのまま意識を失い、わずか数分でってしまった。


 父の葬儀を済ませ、お骨を胸にして、僕は父と暮らしてきた自宅に戻った。

 父の書斎の中に入る。よく深夜まで本を読んでいたなあ。父の背中を思い出した。すると、涙があふれてきた。もう、父はいない。それを実感したのだ。


 ふと、父の机の上に大きな厚みのある封筒があるのに気がついた。表に

 <たくみへ>

とある。封を開いて、見てみると…。

 100ページほどの本と、手紙が入っていた。その手紙を、読み始めた。

 

 たくみ、黙っていて済まない。おまえは、俺が異世界から召喚魔術で召還した人間だ。いや、正確にはおまえは人間ではない。おまえは、神の世界の住人だ。俺の召喚魔術が失敗し、おまえを呼び出してしまった。おまえは、赤ん坊の状態だった。呼び出した直後、空からまばゆい光が降り注ぎ、俺を包んだ。光の中から声がした。

「わたしは、その者の親、天界のあるじである。その者は、本来はある世界へ勇者として送るべき者だった。しかし、そなたに召喚されたということは、この世界の危機を救うべき運命さだめにある者なのだろう。そなたは、その者を育てるがよい。その者が25歳になったら、再び会おう…」

 しかし俺は、もう長くはない。おまえが25になるまで、あと9年もある。いったいどうしたらいいんだ…?あと、この世界の危機というのは、いったいどんな危機なのだろうか?

 俺がおまえにしてやれることは、この本を残すことしかない。どうか、この本を手がかりにしてあと9年を生き抜いてほしい。


 えええ?意味わかんないよ?おやじ!

 僕は絶望した。途方に暮れた。

 …そうだこの本にその異世界のことが書いてあるかもしれないと思い、ページをめくってみた。

 <銀行預金の相続のしかた…戸籍謄本と身分証明書を銀行に持っていけ>

 <彼女と結婚しろ、そうすれば成年扱いしてくれる>

 <保護者は、おまえの高校の校長に頼んである>

 はあ?それは、生活マニュアルメモの一覧表であった。しかも、そのすべてが役立たず…。

 父の銀行預金なんて、10万円ほどしかないんじゃないか?

 彼女?僕は、非モテ人生15年余りだぞ?

 保護者?葬儀の日、校長が僕に「保護者の件だが、なかったことにしてくれ」と言うんで、おかしなこと言うなあと思ってたら、これか。


 ふうー。僕はため息をついて、なにげにその本の次のページをめくった。

 パアアア―――ッ!

 まばゆい光が、いっぺんに僕を包んだ。

 「わ?まぶしっ!」

 目を閉じていたら、声が聞こえた。

 「タンドリアン・クンジャナル・ミルルンスカ。目を開けなさい。きみなら、この光に負けないはずだ」

 タンドリアン…。どこかで聞いたことのある響きだ。それと、そのくぐもった重々しい声が何だか懐かしく思えた。

 僕は、ゆっくりと目を開いた。光はまだ輝いていた。まぶしかったが我慢していると、慣れてきたのか目を開くことができた。

 すると、すぐ目の前に、全身を白い服、まるで古代ローマ人が着るような衣装で包み、宙に浮かんでいる、白いあごひげ、白いほおひげをたっぷりと生やした老人がいた。


 「わたしは、きみの真の親である。わたしは、天界のあるじにして、全知全能の神である」

 老人は、口を開いていない。言葉を直接、僕の脳内に送っているようだった。

 「きみの真名まなを教えよう。きみの真名は、タンドリアン・クンジャナル・ミルルンスカ。しかし長いので、便宜上たくみ、と呼ぼう」

 そうか、僕の名前は、本名の短縮版だったのか…。

 「本来なら、わたしがきみの前に現れるのは9年後のはずだったのだが、事情が変わった。きみの世界は、まもなく滅びる。正確には、25時間15分23秒後に、地球が爆発する」

 「えっ?」


 「そこで、きみの力が必要だ。きみは、この世界を救うべき勇者なのだから」

 …。どう反応していいか、わからない。

 ただ、父が今わのきわに言ったこと、この手紙(遺言書?)に書いてあることが真実だと知った。

 しかし、この地球があと1日で爆発すると聞いたところで、僕にはそれを救う手立てがない。

 「タンドリアン…、いや、たくみ。きみには、本来備わっている力が、3つある。1つめは、思い浮かべた場所に瞬時に移動できる力。2つめは、思い浮かべた危機を察知できる力。3つめは、ありとあらゆる機械やシステムに介入し操作できる力。今までは、わたしがその力を封印していたが、いまその封印を解こう」

 老人…、いや実の父が、手をさっと僕の頭の上にかざした。

 「これできみは、この世界における最高の英知の持ち主となった。それを存分に生かして、この世界に日々起こる危機を救ってくれたまえ……」

 実の父の声が、次第に遠ざかっていく。

 「え?ええ?えええ…?」


 光は消え、元の色が戻った。

 …って、全部僕に丸投げ、かよ?

 地球の爆発って、どうやって防げばいいんだ?というか、その爆発の原因は何なんだ?


 というか、その前に僕はこの先、たった10万円でどうやって生きていけばいいのやら…。高校を退学して働くしかないな…。15歳余りで雇ってくれるところはあるかな?

 ふと、父(育ての)の机の上に、それまでなかった数十冊、いやそれ以上はあるだろう大量の銀行通帳が山積みになっているのに気づいた。名義を見ると…え?その通帳のすべてが、僕の名義になっていた。そして1冊の通帳を開くと…。

 <貸金庫残高 10000000000000000円>

 えっ?

 僕は、何度も数え直した。しかし何度数え直しても、その額は同じだった。

 <1けい円>

 そして通帳は、数えると100冊あった。100京円という途方もない金が、僕の財産になった。


 そして、1枚の書類と、2枚のカードが机の上に載っていた。戸籍謄本と、個人番号カードおよび健康保険証だった。見ると

 <権田ごんだたくみ 25歳 カード使用期限2999年12月31日>

 2999年?いまは、2019年。千年近くも生きられないけど…。


 現金も、書類も、あの天界の主が用意したというのだけは、分かった。しかしその時は思わなかったが、この与えられた現金と与えられた年数の身分証明書は必ずしも多すぎる数字ではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

親の遺言「おまえは異世界人」「え?」 よほら・うがや @yohora-ugaya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ