【ファンタジー】とある貴族の子息の話

ああ、あの森の向こうの貴族の坊ちゃんの話かい?

そりゃもう知ってるよ。

変わり者で有名だったからね。たぶんアタシ以外のモンでも知ってるっていうだろう。


で、その子の何を聞きに来たんだい?

居なくなっちまったってのは聞いたよ。

どんなに偉い人が内緒にしたって、庶民にだから分かる事もあるってもんさ。

なんでわかったって?簡単なことだよ。

だって、あの子が、一か月近くこの街に来てないじゃないか。

うちの子もアタシも、あの子と約束してたんだ。

うちの子は剣を教えてもらう約束だった。

アタシは、流行の恋物語が読みたくってさ。文字を教えてもらう約束だったんだよ。

他にも、花売りの娘は珍しい花を見せる約束をしてたし、うちのヤドロクだって、力比べするとか約束してたさ。

……みんな、そうやって何かをする約束をしてたんだ。

でも、あの子は来なかった。

約束を今までに一度も破ったことがないあの子が来ないんだ。そりゃ何か起きたってことさ。単純な事だろ。


とりあえず、お嬢ちゃん座りな。

心配なのは分かるけど、相手は生き物だよ。

鍵や財布を無くしたんじゃないんだ。

ついてる足で勝手に歩いて行っちまうんだから、場所が分からなきゃ探すのだって無理さ。


まあまあ、これでも飲んできな。

これはあの子が好きだった香草茶だよ。

と言っても、お貴族様にこんなの飲ませていいのかとは思ったよ。だってこれ、ここの裏でアタシが育てた物なんだから。

高級でもないし、態々飲みに来るようなもんでもないんだよ。

家での方が余程いいものが飲めるってのに、あの子は本当に変わりものさ。


ちょっとは落ち着いたかい?

だけど……とりあえず、手掛かりになる様な事はアタシは知らないね。


ここにいるロクデナシどもに聞いても多分そうさ。

あの子は「また来る」って言って帰っていった。

その後来ちゃいないんだ。それだけさ。

いつもと同じように帰ってって、そのままだったんだよ。

もしかして、仕事で悩んでたりしてたのかね……?


雲の上の遠い人と思っちゃいたけど、アタシたちも心配してたんだよ。

だって、あの子政治家だってのに、人と話すのが苦手だろう?

「うん」とか「そうだね」とか。

あの子だからね。気の利いた話なんかできないし、思ったことしか言えないじゃないか。

貴族って思ってもない事を言わなきゃダメなんだろう?もしかして、 大変だったんじゃないかねえ。


それに、あの調子じゃ大勢の前で話せるなんて、アタシにゃ思えなくて。

ああ、別にあの子が嫌いだからそういうんじゃないさ。人には向き不向きがあるってことだよ。簡単なことさ。

アタシはおしゃべり。わかるだろ?

見も知らないアンタにこんなにベラベラ話しても、まだまだ話すことがある。

ただ、あの子はそうじゃなかった。

それだけの事で、別に悪い事じゃない、そうだろ?

なのに、なんでこうなっちまったんだろうね。

それに、親父さんの代から仲の悪かったヤツもなんだかいたって話じゃないか。

息子と親くらいの年の差のやつにいびられてたのかもしれないね……。


けどまあ、お嬢ちゃんはあそこの家の子なんだろう?その恰好だとメイドだね。

ってことは、探すにしたって、そう遠いとこまで行けないじゃないか。

探すなとは言わないさ。けど、あくまでも帰ってこられるとこでやめときな。

諦めてほしいから言うんじゃないよ。

アタシだって、そりゃあの子にまた会いたいけど、でも、アタシにもお嬢ちゃんにも、生活がある。

飯も食わなきゃいけないし、仕事だってして、金も稼がなきゃね。


ほっとけばいいってわけじゃないけど、あの子も自分を犠牲にして探してくれとは言わないよ。

帰ってきたときにちょっとは元気な顔見せられるようにしないと。

アンタ今すごい顔してるよ。屋敷にかえる前にちゃんと顔洗ってきな。

探すのはいいけど、まずちゃんと飯食って寝てまず自分を保たなきゃね。


いつか帰ってくるかもしれないし、手紙の一つも来るかもしれない。

待つ側はその位しかできないけど、そうするしかないのさ。




森の向こうの屋敷に一通の手紙を届けるため、見慣れない行商人が訪れたのは数日後の事。

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銀剣のステラナイツ関係SS くろがね @kurogane9696

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