【似非SF】【BL?】【組抜ヤクザ×性別不明】タクミは添えるだけ
ブリンガー/日野 タクミ(元ヤクザ、事情があり足を洗う)
シース/牧野 エイチ(スラム街の闇医者。半陰陽)
荷物の受け取りはタクミに任せて、医療器具の点検を一通り終えると、すっかり暇になってしまった。
特に予約もない日はのんびりするに限る。
サーバーから出るうまくも不味くもないコーヒーをついで、何日か前にタイトルが気になって落としておいた論文―と言うには少し乱暴な、母数の足りないもの―に目を落とす。
本来ならそんなデータが足りず、確実性がない治療は施すわけにはいかない。
だが、ここは普通の病院ではないし、俺は非合法な闇医者だ。
場合によっては患者から望むかもしれないし、これしか手が無ければやるだろう。
だから、どんな事であっても一応知っているほうがいい。
不完全なものでも見る気になったのは、そんな理由からだ。
話半分に読み流していると、古い木のドアがコンコン、と二度ノックされた。
(これは、「しらないやつ」か)
許可証のない闇医者なのだ。
一応おおっぴらにはやっていない事になっている。
『3の倍数のノックなら患者』そういう決まりなので、これは恐らく知らない、どこの紹介も受けていない人間という事だろう。
無視してもいいが、……今はとても暇だ。
それに、荷物を取りに行くだけだ。
そんなにかからずタクミも帰ってくるはずだ。
一応ドアの向こうを『見て』みるが、モニタに映るのは案の定診覚えのない人間だった。
上背のない、着崩したスーツの小男が一人。
自分がノックした扉の奥の反応を伺っている。
首をひねって見えない物を見ようとしているのはどこかユーモラスだし、似合っていないサングラスも気が抜けて見える原因だろう。
スーツの色はそれなりに派手だし、顔に傷もある。
堅気ではないだろうが、熱反応も異常はない。
極度に体をいじってもいない。
重さも普通の人間程度だ。
いざとなれば俺一人であってもどうとでもなる。
そういう『お付き合い』もないではないし、俺は不完全なものは嫌いだ。
街で動けなくなっている者を拾っては治しているから、いざとなれば、それなりに伝手はあるのだ。
部屋の真ん中を区切るようにスクリーンをおろして、迷彩モードをオンにする。
本来の壁の前に、もう一枚壁があるように見えるそれは、熱反応も電磁波もある程度隠しとおせるすぐれものだ。
相手が普通の人間でも、目に多少仕込んでいる程度ならば恐らく問題ない。
この部屋に区切られた先がある事も、その先に医療器具や、いけないお薬や、いけなくないお薬、義肢なんかがこぞっとある事もわからない。
さて、何の用だかわからないが、聞くだけは聞いてやろう。
背中に装着する電磁メスをひと撫でして、スクリーンの向こうへ移動した。
どうやら、兄貴はこの辺りで消息を絶ったらしい。
ずっと世話になってきた兄貴が、数月前けじめをつけた後、姿を消した。
それ以来、俺は兄貴を探し続けている。
見つけたってどうもする気はない。
だが、ひよっこの頃からけっとばしつつもケツを持ってくれたりして、今の今まで育ててくれた兄貴だ。
酷い怪我を負っただろうが、できたら無事でいてほしい。
けじめをつけた奴らからどこで車から降ろしたのかを聞いて、この近くに来たのが昨日。
それからずっと、ここら辺にある闇医者をあたっている。
兄貴の事だ。
もし駆け込むにしても、真っ当な医者の所には行けないだろう。
そう思うと、多少腕は落ちても命を失わないためには闇医者でもなんでも頼るしかない。
あたってあたって……多分、ここが傷ついている兄貴がいける最後の場所だ。
目の前の大分古い木の扉をじっと見る。
金属ですらないっていつの時代のものなんだこりゃ。ここは相当昔からあるんだろう。
随分趣のあるアパートだが、表向きは普通の住宅にみせかけて闇医者として開業してもいると聞いた。
そして、おかしな事だが大分「腕がいい」と評判だ。
ぶっちゃけ、闇医者に腕はいらない……と思う。
よけりゃいいに越したことはないが、とりあえず命さえ取り留められたら、後は真っ当な場所で治療を受けなおせばいいのだ。
あくまでも間に合わせなんだから、腕の良さは求めない。血さえ止まればいい。世話になる方もそんな感じだと思う。
だが、場所の裏をとる為に店の女に聞いても、バーの店主に聞いても、口をそろえて言うのが、「あそこは腕がいい」「だから変なのは紹介したくない」この二つだ。
だが、ここが最後なのだ。
組の名前を出して無理やりいくらか握らせ、渋る口からようやくここだと突き止めた。
ノッカーなんてついてやがる。まったく、古風なもんだねえ。せっかくだから、と付けられているノッカーでドアをたたいた。
とりあえず二回。
部屋に誰かがいるのはわかっている。
気配があるし、ちょっといじった耳で小さい音は拾えた。
中に確実に、いるはずだ。
さらに二回ノックをする。
これで出てこなかったら、とりあえず大声で叫んでみるとするか。
「痛い痛い」とでも叫べば金になると思って開けるかもしれないし、慈善に近い気持ちでしている奇特な場所であれば飛んでくるかもしれない。
何より、闇でやってるんだ。
騒がれるわけにはいかないだろう、と踏んだ。
それに、だ。
もしかしたら白衣の天使なんてのもいるかもしれない。
しれない。いや、いるだろう、どこかに絶対いるはずだと俺は信じている。
そう思って、とりあえず騒ぎを起こそうと大きく息を吸い込むと、
「何の用だ」
以外にもすんなりドアが開いた。
若い……男?にしては少し高い声をしている。
警戒してるのか、ドアの空いた幅も小さい。拳一個入ればいい方、そんな幅だ。
おやおやこれはいけないねぇ、ドアを開けた先にいるのが真っ当な人間であるかなんてわかりゃしねえのになあ。
小さく開いたドアに、足先を突っ込む。
靴に鉄板が仕込んであるから出来る荒業だが、こういう時には有効だ。
隙間から家主をのぞき込めば、室内の光でちょっと見にくいが……こりゃ、美人だわ。
肌も白いし、キリッとした顔がいいね。それに、すました顔にピンピールが似合う。うわあ……踏まれてみてえなあ……。
ぜひ開けてお近づきになりたいわ。
よし、もっと足をねじ込めるかな。
どうせこの靴だって安物だ。合皮だし、多少傷つこうが気にするか!
「いやあ、ちょっとばかり聞きたいことがありまして、おにい……おねえ、さん?」
どっちだかわかんねえけどまあいいや、美人だし。
そういって足をねじねじと……する前に、
「聞きたい事とは?」
少しむっとした顔で、でも一応何をしたいのかは聞いてくれるらしい。
おーおー、眉根をよせてさ、いいじゃん、気の強い美人!いかにもデキるって感じがいいねえ!違う意味で眉根寄せてほしいわ。
「えーと、できたらあんた美人だし、お近づきになりたいなー、お部屋とかでゆっくり話をしたいな、とか?思うわけだけども……」
下心を乗せてそう聞いてみると、美人が背中をみせ……ん?見せて……?
「ぐああああ!!!」
嘘だろ、鉄板……っ鉄板入ってる靴を踏み抜きやがった!!!
刺さってるのはなんだ、これ、ヒールかよ?!だから背を向けたってことか……!
「な……手前何しやがるんだ!!!!」
いってえ、演技じゃねえ、いってえぞこれ、ふざけんじゃねえ!踏んでくれってそういう訳じゃねえぞ!!
「これで入る用ができたな?ようこそ、ここは病院、そして俺はお医者さんだ。」
「治療する間だけ話を聞いてやる」
そう言って入るように促すと、足を引きずりながら男は部屋の中に入った。
どうも性別の事に触れられると頭に血がのぼっていけない。あのくらいでここまで思い切り踏みつけてしまうと自分でも思わなかった。
いくら俺自身が医者としての技量や外見、といった努力や金で解決出来るところを完璧に整えても、後天的にいじられた性別に関しては未だに埋め切れずにいる。
だから、そこに触れられるとつい我を忘れてしまう。
未だに自らを揺るがせるそれがあるかぎり、俺は『完璧』じゃない。
さっきおろしたスクリーンを上げ、文句を言う男の靴を脱がし足を上げさせて診る。が、別にどうという事はない。
ちゃんと血管も筋も避けてある。
どうやら靴に何か入っていたのか、傷もそこまで深くない。
「いきなりなにすんだよぉ、手前誰にもこんなことしてやがるのか?!」
もっともな問いかけだ。俺も実際同じことをされたらそう思うだろう。
「いや?性別を間違えられると頭に血がのぼってしまうだけだ」
簡潔に答えて「お医者さん、と呼ぶといい。」話しながら麻酔を傷口に噴霧し、消毒を施す。
「別にもう痛くもなんともないだろう?で、何の用だ」
聞いてやると、ようやく男は要件を口にした。
随分と気を持たせる奴だ。
一瞬口をつぐんだ後、男は本当に聞きたいことを質問してきた。
「……男を探してる。数か月前にこの辺りに、スーツの堅気に見えねえ男が怪我して倒れてなかったか?」
一人しか心当たりがない。
タクミの事だろう。
誰かが訪ねて来る事があるかもしれない、とは聞いていたが、まさかこいつがその誰か、だろうか?
「そうだな、例えば見つけたとして、どうする?」
とりあえずここは抑えておこう。
どこまで本当の事を言うかは定かではないが、聞かないよりはましだ。
一度目をそらした後、こちらを向きなおして
「兄貴は、けじめをつけ終わった。俺たちは……堅気のやつらには手を出さねえ」
相手がこっちにアヤつけてこなきゃな。
自分を納得させるようにうんうん、と頷きながら男はそんな言葉を言う。
つまり、自分はそう思っているが、総意ではない。
そんなところか。
兄貴という事は昔はタクミの下にいたという事だろう。
けじめをつけ終えたならば、態々こちらから突っかかっていきさえしなければある程度の安全は見込めそうだ。
恐らく、だからタクミはまだここにいるのだ。
「成程。……で、そいつはどんな奴なんだ?」
スーツの男だけではわからない。
そういえば、男は食い気味に
「聞きたいか兄貴の武勇伝」
思わず勢いで身を乗り出して、怪我のある足を下につけて痛がっている。
馬鹿だ、と思いつつ、だからタクミもほっとけなかったのだな、と何となくわかってしまった。
きっと、昔はこいつがタクミの後ろからちょこちょこついてきたりしたのだろう。
「いいから足はこっちにあげろ」
だが話は聞かせろ。
足の甲に人工皮膚をはってやりつつ促せば、
「あれは俺がまだまだ新米で、この世界に入ったばかりの頃だった―」
腕を組んで語りだす。
そのしぐさを見て、(ああ、あの腕ではなく、小指か)つい職業上診察してしまう。
多分腕を怪我した時に神経をうまく次げていないのだ。
小指が不自然にピクリとはねている。
語り賃という事でついでに治しておいてやろう。
「初めてのでかい山で、俺はすごく緊張してたんだがその時に兄貴が―」
「次は?」
「それでどうした?」
「続きは?」
おだてるつもりはないのだろうが、お医者さんは俺の話を飽きもせず聞いてくれた。
兄貴との思い出はたくさんある。
入ったばかりの頃から世話になってきたから、語る話はいくらでもあるのだ。
いつの間にか足の傷は治し終え、今度は昔にへました時についた腕の傷にうつっている。
『上着を脱げ』と脱がされて腕を触診された後、肘の内側をぶち、と皮膚を破って何かを注入した後電磁メスで小さく切られた。
「お……おう、なんだいったい」
「神経がおかしい。小指がつながってない」
話してろ、と言いつつ、お医者さんが背中に背負っている機械の腕が伸び、痛くない傷口に触れる。
確かにあの傷以来、小指がおかしいとは思っていた。
強く握るとしびれが出るし、たまにいう事を聞かねえ。
治してくれるのはありがたいものの、いきなりきるなよなあ、とは思う。
「いきなりなんだよ、こええじゃねえか」
切る時は一言言ってから切ってくれよ。思わずそう言ってしまう。
普通ならば初対面に近い相手が刃物を自分に向けてきているのに、そんなのんきにはしていない。
だが、今回は例外だ。
噂通り、こいつの腕は確かだ。
昔からどじ踏んで怪我してきた俺にはわかる。
足も踏んずけられはしたが、血もたいして出てないし、筋もおかしくねえ。
多分人工皮膚が馴染めば、あとは何もしないで治るだろう。
だからこそ、ちらっと思ってしまう。
兄貴がうまい事ここで拾われていたら、多分まだ生きてるんじゃないか、って。
「で、その兄貴の話はお終いか?
さっきの話はまだ続きがあるんじゃないのか?」
出入りした後どうなった?話をせがむ子供のように続きを催促される。
まあ、悪くはないな。
性別はよくわかんねえがこのお医者さんはそれなりに顔がいいし。
何より、この小指がもしまたちゃんと動いたら……とは思っちまう。
「勿論続きもあらぁ」
もうしばらくは話してやろう、そう思って口を開いたときに、俺の後ろのドアが開く。
目の前にいた、どちらかと言えば不快だったり、無表情だったり、あまりいい顔をしていなかったお医者さんが、ぱあ、と表情を変えた。
「おかえり」
いう言葉はそれだけなのに、ずっと待っていただとか、さみしかっただとか、そんなことまでわかるような声だ。
どんな奴がその言葉をかけられているのか、俺は後ろを振り向いた。
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