終話 四凶渾沌と青蓮神仙の物語。
霊廟の奥、宮城で一際高い塔の上、渾沌と青蓮は身を寄せ合うようにして夜空を見ていた。
いつか見た時と同じ、夜明け前、青い空が星を湛えて天を覆っている。
渾沌は皇帝になり、青蓮は皇帝妃となった。
四神と神仙の一対は、白夜皇国のみならず周囲の国々からも多大なる祝福を得た。
緑楼国は再び滅び、今は民が自治区として白夜皇国の援助を受けながら再建を目指している。そんな白夜皇国の働きに、獣人の国と態度を固くしていた人間たちの国も受け入れざるを得なくなったのだ。
その上、皇帝となった獣人の花嫁は額に東方青竜からの加護を受けた神仙だと言う。
東方青竜への信仰の核をなしていたのは緑楼国だったが、人間の間では広く信仰されてきた神だ。その神の守護を受けた青年が獣人に嫁ぐと言うのは人々の考えを揺さぶるに十分な出来事だったのだ。
華風国の田舎の村で役人の子として生まれ、兄弟たちに囲まれて育った青蓮は、今や人と獣人の間をつなぐ神仙として、獣人からも人間からも敬われている。
もちろん、それは夫の渾沌皇帝が圧倒的な強さを誇っているのもある。
銀兎は政には渾沌は向かぬと言うようなことを言っていたが、実際皇帝の座についてからはそれなりの手腕を振るっている。最も、一番得意なのは力技で押し通すなのは仕方のないことかもしれないが。
こうして、世は平穏を保っている。
これこそが天帝が望み、渾沌が果たすべき命だ。
「渾沌様っ……」
初夏のまだ少し肌寒い夜明け前、渾沌の暖かな毛皮に寄り添う青蓮の肌を不埒な鼻先がまさぐる。
ふんふんと匂いを嗅ぐようにして上着の合わせに鼻先を突っ込んでくるのを、青蓮は笑いながらその鼻先を愛し気に撫でた。
渾沌と青蓮の間には三人の子供がいる。三人共男子で、長男は人間、次男三男は双子の獣人だった。
子供たちは世継ぎになるわけでもないが、皇帝に生まれた子供たちも民たちから寿ぎを受けた。
長男は青蓮によく似て、双子たちは渾沌によく似ている。
渾沌が言うには子供たちは神の資質を継ぐことはなく、普通の人間と獣人として生まれた。いつか、渾沌と青蓮はこの子供たちを見送ることになるだろう。
それでも青蓮は幸せだった。
子供たちは限りなく可愛らしく、愛する夫は青蓮と子供たちにべた惚れだ。
「子供みたいですよ、渾沌様」
渾沌は青蓮を溺愛している。
青竜の加護を受け、その気を宿している青蓮は、本来なら渾沌とは相容れぬ神気の主だ。
しかし、青蓮を愛するが故の一念で、そんなものは物ともせず子を生させた。
「お前を俺の母にした覚えはないぞ、恋女房だ。忘れるな」
「んっ、もう、忘れませんよ……」
渾沌が舌を伸ばし、ぺろりと青蓮の肌を舐め上げる。
素肌を長い舌でさりさりと舐められると、体の奥に疼くような熱が灯る。
「それとも青空の下で獣のように交わるのは好かんのか?」
「それこそ! ……渾沌様も、俺も獣です」
ぎゅうと胸にすり寄る頭を抱きかかえる。
渾沌がほんの少し身震いすると、撫でていた毛並みが柔らかく変わった。
「あれ?」
渾沌の後頭部に顔を埋めていた青蓮が顔を上げると、褐色の健康そうな肌の色が見えた。
「獣の脚ではお前を喜ばせるには足りないからな」
獣の長い鼻面から整った人の顔に変わっても、渾沌は執拗に青蓮の肌に舌を這わす。
「ああ、も、んっ……」
「お前はいつも良い匂いがする」
人の形をとっていても、渾沌の本性は獣だ。
言葉より何より、相手の本質を嗅ぎ取る。
「ふふっ、渾沌様もお日様の匂いがします」
青蓮は引き寄せるように背に手を回し、すべらかな肌を抱き寄せる。
獣の姿の渾沌の背に跨った時も同じ匂いがした。刀を佩いて、戦場を駆け抜けた。あの時の頼もしさは今もずっと感じている。
「青蓮……」
耳元で名を呼ばれるとぞくっと背筋を何かが駆け抜ける。
幾度も睦み合い、子まで生しても、それは変わらない。
そわそわと落ち着かず、でも離れたくない気持ちがぎゅっと胸をつかむ。
渾沌は出会った時から変わらない。
禍々しいほどに強く、物事にこだわりなく、不器用だが愛しむ心を持っている。
四凶とまで呼ばれる神の一柱である渾沌は、そのうちには恐ろしいほどの力を秘めている。渾沌は先の戦でその一端を見ただけだが、自分の中に同じものを宿した今、その力の恐ろしさを改めて知った。
それと同時にそんな恐ろしいものを秘めているのに、渾沌はこの世界を限りなく愛しんでいることも。
四凶もまた世界を司る神なのだと。
人間の横暴を諫めるために、獣人の王として顕現した神。
二人より添うようになって、渾沌と同じ目線に立って、その愛の深さを知った。
「俺は幸せです」
くすくすと笑いながら、青蓮も頬寄せてくる渾沌の方をぺろりと舐める。
獣のように互いを舐め合いながら、二人は睦み合い、幸せを分かち合う。
あの夜、戦火の瞬きと立ち上る煙を見つめていた夜空には、今は満天の星が輝き人々の眠りを見守っている。
青竜の神気を宿した青蓮にもわかる。
人間や獣人たちの穏やかな眠りが広がっていることを。
このまま、人間と獣人が均衡を保ち、互いを尊重し、平和な夜が続けばいい。
「ずっとずっと幸せでいましょう、渾沌様」
癖のある髪を、頭の上に二つ並ぶ三角の耳を、青蓮はゆっくりと撫でながら渾沌に願う。
「ああ、お前が毎日笑って暮らせるように、俺はこの世界を保とう」
天帝からの命で世界を背負わされている渾沌は、そんなことを言って青蓮を甘やかす。
「俺も、渾沌様の傍でいつまでも笑って暮らして、この世界を保ちます」
青蓮も笑いながらそう言って、渾沌を抱きしめる。
獣人である渾沌と人間である青蓮。この二人が仲睦まじくあることは、世界もまた睦まじく穏やかと言うことだ。
「ああ、なんて幸せなんだろう……」
世は並べて事も無し。
こうして、恐ろしいバケモノの獣人とその獣人をこよなく愛した青年は、末永く幸せに暮らしましたとさ。
―― 終 ――
末っ子オメガとバケモノの獣人。 貴津 @skinpop
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