最終話 あれから7年
大野と俺が付き合い始めたものの、お互い大きく生活が変わることはなかった。
俺は淡々とサークルに顔を出したり、バイトしたりといつもの生活。
大野はバイトの日を外して、わざわざこっちのキャンパスにやってきて、帰り際にあちこち言ってお茶したり、ちょっと飲んだりとそんな普段だった。
とは言え、休みの日はお互い都合がつけばあちこちデートに行って、大いに楽しんでいた。
別に初めての彼女というわけでもないけど、高校時代の彼女とのデートとはまったく違った楽しみがあった。
一言で言えば「幸せ」と安っぽい言葉でくくられてしまうのだろうが、まぁそれでも十分だった。
告白されたその日は、一瞬後悔もよぎったけれど、付き合い始めて大野の深いところを知るにつれて、その気持ちはすっかりなくなってしまった。
2人で旅行に行き、プールや海水浴を楽しんだ夏。
クリスマスや初詣、バレンタインを満喫した冬。
そして、付き合ってから1年が過ぎていった。
大学もいよいよ3年生。
何の取り柄もないし、芸もない自分が就職活動に放り込まれることになった。
大野とのデートでもそんな話題が出てきたような気がするけど、
「あたしは特に何、って決めてないの。仮に就職できなくても、最終的には父の働いている会社に入って、仕事をすることになるだろうから」
「そうかぁ。まぁ、お嬢様はそういうとこは気楽でいいな」
「もう、何度言ったらわかるのよ。別にお嬢様でもなんでもないんだって」
「あの大豪邸見ちゃったら、普通の女の子じゃないだろ」
「あれは、父の努力の結晶。あたしはあたしで、何かをして形に残したいの」
「そんなもんかねぇ」
「そんなもんよ。それより孝太郎は就職大丈夫なの?」
「任せとけ、とは言えないなぁ。企業の方が人材を求めてる状況でも、その分人選は厳しくなってるからなぁ」
「その程度なら大丈夫よ。孝太郎なら大丈夫」
「そんなもんか」
「そんなもんよ」
なんて会話を交わした。
が、その後2人は徐々に逢う機会が減っていった。
電話やLINEで連絡を取り合って、お互いの近況報告はしあっていたけど、それも日を追うごとに徐々に回数が減っていった。
正直、自分も就職活動でそれどころではなくなっていたって理由もある。
そんなこんなで、3つほど内定をもらって、そのうち本命だった出版社を選んで就活は終わった。
だけど、大野との連絡はすっかり途絶えていて、LINEでもメッセージを送るものの、既読すら付かない日々が続いた。
そして、就職。
編集の仕事は思っていたよりはるかにハードで、大学時代の友達ともすっかり縁が切れてしまった。
もう遊んでいるどころではなくて、1日何時間仕事をしているかも把握できないほどだった。
それでも、仕事自体は面白くて、新しいことを覚えて自分が成長していくのを体感できたし、それによって仕事の幅が広がっていくのも楽しかった。
そんな多忙な毎日の中で、たまに大野のことを思い出すこともあった。
そもそも別にお互い嫌い合ってたわけじゃないし、そもそも別れてすらいない。
だから、就職してからもひとつふたつご縁はあったけど、やっぱり大野のことが忘れられなくて、お断りしているような状況だった。
そんなこんなで5年が過ぎた。
自分ももう27歳になって、仕事も中堅どころ、ベテランの域に入ろうかという時期。
相変わらず仕事は忙しかったけど、それに嫌気が差すこともなく、どっぷり浸かっていたら、周りから「そろそろ相手を見つけないと」という無言のプレッシャーがかかるお年頃になっていたわけだ。
自分自身は成り行きで誰かと結婚するのかなぁ、とか思いつつ、頭の片隅に大野のことが残っていて、なかなか踏ん切りが付かなかったのが正直なところ。
それでも、周りのノイズを一旦抑えるために、婚活パーティーなるものに行くことにした。まぁ、格好だけつけておけば、「なんか努力はしてるみたい」って納得するだろうという思いで行っただけで、特段誰かとご縁を見つけるつもりはさらさらなかった。
パーティーの場。
それなりに自分のプロフィールや意気込みみたいなものを書かされて、1人5分程度でグルグルと回って気の合う人を見つける、みたいなスタイルのパーティーだった。
「なんか調子狂うよなぁ」
とか独りごちていると、次の女性が回ってきた。
ふわっと香る匂い。どこかでこんな香りをかいだ記憶がある。
「初めまして、大野櫻子と申します」
一瞬、その言葉を聞いて驚いた。
まさか大野と同姓同名がいるなんてことがあるのか?
顔を上げると、そこには俺が見知った大野がいた。
「孝太郎、元気だった?」
「大野……、お前あの大野なのか」
「そうよ、あなたの彼女の大野櫻子よ。やっと逢えたわね」
本物の大野だった。
7年ぶりに逢う大野は、すっかり学生の雰囲気が抜けて、ただでさえ超絶美女だったのに、一層磨きがかかった感じだった。
「大野か……やっと逢えたな……今までどうしてたんだよ」
「孝太郎の就活を邪魔しないように、じっと待ってたの。連絡が来て返事をしたかったけど、それで孝太郎の就活の邪魔になっちゃいけないと思って我慢してたのよ?」
「今日はなんでこんなところにいるんだよ」
「このパーティーを主催している会社は、父の会社のグループ企業なの。で、母の方がつながりを持っていて、孝太郎のことは学生時代から散々話していたから、孝太郎がここに出席するのを見つけて、あたしに教えてくれたの」
「そんなからくりがあったのか」
「あたしを7年も待たせたんだからね。そのツケは払ってもらうわよ」
「もちろんだ。大野なら1億円でもツケを払ってやるよ」
「本当? 嬉しい。じゃ、この後も女性がまだいるみたいだけど、浮気したら承知しないからね」
「大野がいるなら浮気する理由なんてないよ」
「じゃ、また後でね」
と言って、時間が来て次の女性にチェンジした。その後のことはまったく覚えていない。
結局、そのパーティーでカップルが成立したのは、俺と大野のペアだけ。
当たり前というか、もはや出来レースだ。
帰り道、7年ぶりに一緒に歩いて、カフェでお茶をした。
「7年前とはえらく変わったな。どんだけキレイになってるんだよ。目立ってしょうがない」
「それは褒め言葉?」
「もちろん褒め言葉だ。平凡を地で行っている俺とはえらい違いだ」
「そんなことないわよ。孝太郎の仕事ぶりは知ってるんだから」
「まさか、ウチの会社もグループ企業なのか?」
「違うわよ。そういうのは風の便りに聞こえてくるものなの」
「ビックリした。それならいいけど」
「でも……孝太郎とまた逢えて良かった……」
「俺もだよ。大野のこと7年何もできなかったけど、忘れてたわけじゃないんだぞ」
「そんなの知ってるわ。孝太郎があたしのことを忘れるはずないって信じてたから」
「今はなにやってるんだ?」
「前に言った通り、父の会社に就職しつつ、花嫁修業ってところかしら」
「やっぱりお嬢様だな、お前」
「そう、あたしはお嬢様。だから、それらしく振る舞うことにしたの」
「そっか。まぁ、本当のことだからそっちの方が自然だな」
「だから、こんなお嬢様を射止めた孝太郎はすごいのよ。自信持ちなさい」
「へいへい。わかりましたよ」
「これからは孝太郎の仕事の合間で逢えるわね」
「合間がどこにできるかわからんけどな。逢えるぞ。時間は作ってやる」
「嬉しい。この先もずっと一緒にいられるのかしら?」
「それは大野次第だ」
「そんなことないわよ、孝太郎次第よ」
と言って笑い合った。
ウソみたいなこんなハッピーエンド、奇跡は起こるもんなんだな。
Fin
ヴァイオレンスガール 飯島彰久 @cbcross
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます