無限の鳥籠(面白短編集)

凩三十郎

スブタ

一仕事終えた男が、腹をすかせて歩いている。


「あ~仕事をがんばって終わらせてよかった。いっぱい頭を使ったからおなかすいちゃったよ~!」


まわりの人間がくすくす笑ってしまうほどに大きな声を上げて陽気に町を歩いてる男は、1軒の店を見つけた。


「おお!中華料理か! よくよく見ればこの店以外に飲食店なさそうだし、ここに しよう!」


ガラガラと戸を開ける。


「いらっしゃいませ! 1名様ですか?」


「そうです。」


「ではこちらへどうぞ!」


男は奥に案内され椅子に座り、渡された手書きのメニューをみた。


「スブタ? スブタって酢豚じゃないのかな?」


男は他の料理が漢字表記なのに対し、カタカナで書かれているその三文字が気になった。


「あの~すみません! スブタって何ですか? 酢豚じゃないんですか?」


「ただのスブタじゃないですよ。特別なんです。」


「特別…」


特別という言葉に惹かれた男はスブタを注文した。

店員がナイフとフォークを持ってきた。


「酢豚にナイフ・フォークか。よほどいいやつなんだろうなぁ。」


「おまたせしました! スブタです!」


男は満面の笑みで店員のほうへ顔を向けたが、すぐに絶望へ叩き落されたかのような、一定の仕事が終わったのに残業を押し付けられたかのような表情にかわった。


「え、あ、あの。」


「はい!スブタです!」


「フゴフゴ!ブヒブヒ!」


「これ、ブタそのまんまですよね…」


「はい!素豚です。わかりやすく言えば、素のブタですね。」


「確かにまぁ、特別、うん。」


「いえいえ! それが特別なんじゃありません。この子イベリコ豚なんです!」


「あたかも、他の店が普通のブタを生きたまま提供してるかのような言い方しない でくださいよ!」


「あぁそうそう。メニューのカタカナなんですけども、一度他のお客様がお飲み物 をこぼしてしまい字が消え、書き直しをバイトに頼んだのですが、書いてくれた のがインドネシアから留学したての子で、漢字がかけなかったものですから、カ タカナでいいよって言っちゃったんですよね。」


「それを早く言ってくれってんだ!」


「まぁカタカナでも真意が伝わるかなと。」


「伝わるわけないだろ!絶対酢豚だと思うぞこれ。」


「その酢豚でしたら、2ページ先にあるはずですが…」


「だから早く言えって!」


「もし、お召し上がりになるのが嫌でしたら、お持ち帰りできますが?」


「もっと嫌だよ! 俺さあ。アパート暮らしのサラリーマンなのよ。だからさぁそ んな大きい豚飼えないんだよ。」


「まぁでも返品不可能なのですみません。」


「えぇ… ところで今まで注文は?」


「過去に1件。」


「あんのかよ! 誰だよ注文したやつ。」


「鉄腕D○SHのスタッフです。」


「妙にリアルなやつじゃねぇか!」


「そういえば今朝注文あったんです。」


「マジかよ、どこ?」


「上野動物園です。」


「あぁ、猛獣の餌ね。」


「いえ、飼育員さんのお昼の宅配です。」


「ええ!?」

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