捕虜ミリア
部下に呼ばれ、レオニは基地の方へと急いだ。
「アイツが捕まったって、それは本当か?」
「ホントですって。迎撃に上がった第26隊の友達が言ってたんです。珍しく捕虜が出たらしいんですけど」
「その捕虜ってのが、コルクラーベだったと」
「はっきり確認はできてませんが……、あの時見た顔と同じ気がするんです」
格納庫の前には、ちょっとした人だかりができていた。
そもそも捕虜自体が珍しいのだ。四方八方に逃げ場のある空では、敵に捕まることはまずありえない。
「ちょっと通してくれ……っ」
その捕虜の姿を見るため、集まった人の壁をかき分けて前へと進む。
「ちょっと待ってくださいよたいちょぉ」
ハルディスたちがそれに続く。人は後から後から集まってきて、人だかりはどんどん大きくなる。
ようやく最前列へたどり着き、銃を手に警備にあたる魔法少女の間からそっと頭を出す。
「――奴だ」
この位置からでは横顔しか見えないが、間違いない。黒髪。灰色の目。つい先日ウスラーの空で刃を交えた、あの顔である。
ボルゲントライヒの魔法少女は捕虜の扱いなど慣れていないので、とりあえずガムテープで両手を拘束してはいるが、どういう気遣いか食堂から引っ張り出してきた上質の椅子へ座らせている。
「やっぱりコルクラーベでしたね隊長」
遅れてやってきたハルディスが、レオニの隣から顔をのぞかせて言う。レオニは何も答えない。
ふと、捕虜コルクラーベがレオニの方へ顔を向けた。ほんの一瞬、目が合う。
そのとき、レオニの脳の片隅に押し込められていた記憶が蘇った。
あの顔を知っている。昨日よりももっと前。決して初対面ではない。忘れられない、忘れてはならない顔だ――。
あの夕暮れ。あの戦いの中で、彼女は隊長と仲間を失った。
今まで忘れたと自分に言い聞かせてきただけで、本当はしっかりと憶えていた。あのとき自分の隊長シュテラに何度も何度も攻撃を加え続け、四肢を引きちぎり肉片へと変えてしまった者の顔を。
レオニはあの時、結局何もできなかった。武器を持っていながら、あまりに衝撃的な光景を目の当たりにして、それを構えることすらできずにいた。
もし一発でも撃つことができていたなら、隊長を守ることができていただろうか。わからない。おそらくそれは不可能だった。
左手を切断され、シュテラはバランスを失った。そこへ追い打ちをかけたのが、あのコルクラーベだった。
何を考えているのかわからない、全く意味を持たない表情で、炸裂弾をシュテラの身体へ撃ち込み続けていた。黒い髪が夕陽を受けて、まるで燃えているかのようだった。感情のないその瞳も同じく。
あのとき、レオニの胸には確かに怒りと憎しみの欠片が生まれていた。しかし恐怖がそれらを包み込み、動くことができなかった。
あの戦いの後、レオニはその憎しみの感情を、できる限り忘れようと努めた。憎しみは良い結果を生まない。レオニ自身よく理解していたからである。
ところが人間の記憶能力は都合の悪いことばかり覚えているようで、あの時の光景も感情も鮮やかに蘇ってくるのである。
「あっ隊長どこ行くんですか」
沸々と湧き上がる淀んだ感情が表にでないよう、レオニはその場を離れた。ハルディスたちがその後を追う。
「やっぱりアイツでしたねぇ」
「ああ……そうだな」
「これからどうするんですかね。魔法少女の捕虜なんてほぼ初めてじゃないですか?」
「デュッセルドルフかケルンへ移送だと思うが……、今晩はうちの基地で一拍だろうな」
しかし、ここボルゲントライヒ基地には留置所のような施設はない。あるとすれば来訪者向けの宿泊所の部屋が空いているはずだ。
「なあカイレン、今夜ちょっと時間あるか。手を貸してほしい」
「え、別に暇っすけど」
「いいなあカイ! わたしも隊長の夜伽――」
「いや、今日はそうじゃなくて」
「じゃあ何すか?」
「――奴の、コルクラーベの身柄が移される前に、私たちで奪取する」
晩秋の日没は早い。
レオニの予想通り、捕虜の身柄移送は明日以降らしい。宿舎の向かいにある宿泊施設、その2階隅の部屋に明かりが灯っている。
宿舎から抜け出したレオニは、カイレンとの待ち合わせ場所へ向かったが、
「……私はカイレンしか呼んでないはずだが?」
そこには第4隊の部下全員が揃っていた。
「だってー、カイだけ抜け駆けはずるいって」「そですよ隊長」「ねえ」
「そういう問題じゃないんだが」
この奪取作戦は言うまでもなく非公式の活動であり、下手をすれば諸々の規則に抵触するとこは避けられない。
「そもそもハルは怪我人じゃなかったか?」
「私は純粋に隊長の行動に興味があります」
大きくため息をついて、レオニは頭を抱えた。
「仕方ない。第4駆逐飛行隊、行動開始」
「「了解‼」」
「大声はヤメロ!」
レオニの狙いは夕食の時間。魔法少女宿舎の食堂から夕食が運ばれたはずである。
何食わぬ顔で、宿泊施設の前に立つ歩哨に言う。
「例の捕虜の食器を下げに来た。通してくれ」
「……第4のレオニじゃねえか。何やってんだ?」
「……」
ボルゲントライヒ基地は、さほど規模の大きな基地ではない。すなわち頻繁に知り合いと出くわすのだ。
「捕虜の食器を下げに来た」
「レオニ」
「通してくれ」
「……何企んでるか知らねえが、俺は巻き込まないでくれよ」
「すまない……」
後ろの部下たちに目で合図を送り、中へと進む。部屋の前の見張り番も、同様の力技で押し切った。
赤い絨毯。柔らかな照明。マホガニーのテーブル。すべての部屋の中で最も格調高い、おそらく士官向けの部屋に、その捕虜はいた。椅子に腰かけ、窓の外を眺めている。食事は全て平らげられていた。
「なかなかおいしかったですよ、食事」
扉の音に気付くも、振り向くことなくそう言う。
「――コルクラーベ」
レオニの感情を押し殺した声。捕虜の肩がわずかに動く。
「もちろん存じ上げてはいますが、しかしそれは私の名前ではありません」
椅子から立ち上がり、左踵を軸に軽快に振り向く。黒い髪が広がり、灰色の目がレオニを捉えた。
「失礼した。私は第4駆逐飛行隊の隊長、レオニ・シャンツェ」
「初めまして、レオニ。私はポメラニアの騎士ミリアム=ノア・フロイデンタール。以降『ミリア』で構いませんよ」
「初めましてだぁ? 一度会ってるはずなんだがな」
「これは失礼。でも、多分2回は会ってますよね、私たち」
レオニの表情が固まる。相手は覚えているのだ、1年前のことを。
背中で組んだ手に自然と力が入る。レオニの背後で、握られた拳が目で見て分かるほど震えているのを見て、ハルディスとカイレンは異常を察した。しかし二人は隊長と目の前の捕虜との間の事情を知らない。
沈黙。張り詰めた空気。レオニとミリアは互いに瞳孔を突き刺すように見つめ合ったまま。
レオニが前に歩み出る。
「隊長……?」
そして捕虜ミリアムを前にして片膝を床に――跪いた。
「ポメラニアの騎士であるフロイライン・フロイデンタール。第4駆逐飛行隊の隊長として請願する」
「……なんでしょう」
「私と、私の部下たちに、空戦技術をご教授願いたい」
小説・魔法少女のための空戦機動 彩文リジコ @risiko_ayahumi
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