隊長

 レオニの隊は幸運だった。本来ならば会敵して全員が生きて帰ることなどほとんど在り得ないからである。

「アイツ、やっぱコルクラーベでしたか」

 魔法少女システムに組み込まれた高速治癒能力の恩恵を受け、ハルディスは負傷から24時間で完全に復帰した。太ももから摘出した弾丸は首飾りにするのだと言っている。

「災難だったなハル」

「まったく、次会ったら絶対墜としてやりますよ」

 そう言って無邪気な笑顔を見せるハルディス。彼女はレオニよりも若い。

 レオニはここ、ボルゲントライヒ基地に配属された第4駆逐飛行隊の隊長である。主な仕事は5人の部下と共に敵の侵攻を阻止すること。

 もちろん、彼女は初めから隊長を任されたわけではない。例にもれず、先任の隊長に代わる形での就任である。

 隊員が負傷したことを受けて、第4隊は一時的に非常待機シフトから外され、つかの間の休息を許された。

「ハルのおかげっすね。たまにこうやって適度に負傷してくれると、いい感じに休めて楽なんすけど」

 そう軽口をたたくのはハルディスの同期でもあるカイレン・ミハルスキ。カイレンだから許されるわけで、他の隊員が同じことを言えばおそらく蹴りか拳が飛んでくる。ハルディスはキレやすいのだ。

「まあ、怪我で済んでよかった。死んだらもう後はないからな」

「私の腕が良かったからですよ隊長」

「いや、完全に翻弄されてたじゃん、ハル」

 昼下がり。テラス――と呼ばれている屋根のない廃屋。ドームの外にはこういった見捨てられた建物が多く残されている。元の持ち主はドームの中か地中へと避難してしまい、辺りには無人の街が広がっている。汚染地域までさほど距離があるわけではないが、直ちに影響があるわけではない。娯楽の少ない前線基地において、魔法少女たちの数少ない憩いの場となっている。

「だって考えてみなカイ。もし私が戦死したらさ」

「代わりの魔法少女が補填されて、なにもかも元通り」

「HAHAHAHAHA」

 この第4駆逐飛行隊は例外的にレオニ隊という通り名を与えられている。それは、レオニが隊長になって以来1年間、一人たりとも戦死者を出していないからである。普通ならこのようなジョークはあまり歓迎されないが、レオニの隊では許される。

「でも、ほんとレオニ隊長の下でよかったっす」

「そう言って気ぃ抜いてると、ハルみたいに弾食らうことになるからな」

「そうだぞカイ」

「ハルは威張るな」

 自然と笑顔がこぼれる。レオニは、愛国心などというものは微塵も持ち合わせない、そんな魔法少女である。彼女に何のために戦っているのかと問えば、部下の笑顔を守るためだと即答するだろう。

「そういえば、隊長」

「何だ?」

 ふと、カイレンが言う。

「隊長の隊長ってどんな人だったんですか?」

「は?」

「だから、隊長がまだ隊長じゃなかった頃の隊長ですよ」

「カイ一旦落ち着け」

 カイレンの言いたいことを察したレオニは、十秒ほど瞼を閉じたまま黙考し、そして答えた。

「まあ、優しい人だったよ」

 今から1年と2ヵ月前、レオニは第4駆逐飛行隊に配属されたが、まだ隊長ではなかった。

 当時の隊長はシュテラ=アントニア・コルベ。レオニは彼女の隊に同期二人と共に配属された。

 忘れもしない。晩秋のゲッティンゲン上空。夕暮れ。太陽を背に東へ向かっていた――。



―――

「緊張するよなぁ新入り」

 隊長シュテラが、無線通信を通じて新入りのレオニ達に声をかける。

 左右を見渡せば、総勢26騎の魔法少女が編隊を組んで飛行している。

 中核を成すのはラプンツェル級戦術魔法少女の2騎。広域対空攻撃に特化したモデルである。

「ここの汚染度は並じゃない。落ちれば存在ごと空間に溶ける。醜い死体は残らないから安心しな」

 隊長に言われるまでもなく、眼下に広がる『汚染地帯』は禍々しい暗黒の霧に包まれて、レオニたちを圧倒していた。

 しかし、本当の敵はそんなものではない。前方より迫りくる騎士団魔法少女の一団だ。

「会敵まであと60秒!」

 戦隊を率いる『ラプンツェル』から無線。

「よし、安全装置解除。戦闘に備え」

 隊長シュテラの声。

 レバーを弾く軽快な音。各々ストックを肩にあて、目の前の敵を見据える。

 紺に染まりつつある東の空。点々と浮かぶ赤雲。

 横一列に並んだ黒い点は、全て敵の魔法少女だ。

「敵影視認。数……18騎。こちらが有利ですね」

「数の上ではな。結局は始まってみないと分からないコトばかりだ」



 一方のポメラニア騎士団。

「26……多いですね。ツァイデ姉様」

「問題ないですよ。私が初撃であらかた墜とします。あなたたちは巻き込まれないように下がってなさい」

「いえ、しかし」

「あなたたちに殺しはまだ早いです。殺すのは年長者の役目。あなたたちは獲物を追い立ててくれれば十分」

 シュヴェスタ・ツァイデの操るモデルは『リサ』の名を持つ対空格闘戦特化型。アウストラシアではモント級として知られる。

「距離2000!」

「さあ、射線から退けなさい!」

 『リサ』の背面と両腰に懸架された12枚の鋭い三日月形飛翔盤が、天使の羽のように大きく展開する。



「――隊長、敵に動きが」 

 ふと、敵が陣形を変えたように見えた。前衛と思しき魔法少女が左右へ開いてゆく。

「両脇から挟撃するつもりでしょうか」

 まだ千メートルの距離を残している。

「いや、これは……お前ら! シールド出力を優先にッ――」

 シュテラがそう叫んだ直後だった。

 敵陣中央で何かが光る。

「ッ⁉」

 何本もの光条が宙を走り、レオニ達の陣を貫いた。

 空間を引き裂く凄まじい閃光。

 レオニの目の前で、直撃を受けた少女の頭が爆ぜた。

 その向こうでは、上半身と下半身を分断された躰が、臓物と血を巻き上げている。

 一瞬遅れて轟音が駆け抜けた。

「モント級――‼」

 対空格闘戦に特化したその武器は、対峙する魔法少女にとって脅威以外の何物でもない。光の帯を引きながら超音速で迫るブレードは、死神の鎌として空戦魔法少女に恐れられている。

「振り向くなレオニッ!」

 隊長の怒鳴り声。レオニ達の背後では、一瞬にして戦闘能力を奪われた魔法少女たちが、ある者は致命傷を負い、またある者は無数の肉片となって暗黒の汚染地域へと落ちてゆく。その死を飾り立てるのは白百合ではな赤血の霧。

「落ち着け。第二射まで数秒かかる。編隊を組みなおす」

 誰かが言う。しかしレオニは正気を失いかけていた。

 味方の『ラプンツェル』『ドライ・シュピネリネン』が魔力粒子砲を拡散モードで斉射。敵魔法少女に何条もの輝く糸が突き刺さり爆ぜる。

「交差します。乱戦に備えて‼」

「危ないッッ‼」

 誰かがレオニの左手を掴んだ。そのまま力強く引かれ、飛行軌道がズレる。それと同時に超音速の刃が、まさに今までレオニが飛んでいたあたりを駆け抜けていった。

「隊長⁉」

 手を握っていたのはシュテラだった。恐怖からレオニも反射的に強く握り返す。物理法則に従ってメリーゴーランドのごとく回転する二人。

「無理はするな。『ラプンツェル』のシールド範囲内なら――」

 しかし、その先の言葉はなかった。

 二人の間を三日月形飛翔盤が引き裂く。

 肩から先をレオニの手に残したまま、シュテラの身体が離れてゆく。

「隊ちょ――」

 容赦のない追撃が無防備な身体に食らいつき、その四肢を分断する。

 ヒトの姿を失い、レオニの隊長は眼下の汚染地帯へ落ちていった。



―――

 それから戦闘終結まで、何があったのかレオニはよく記憶していない。ただ、なんとか生きて帰ってこれたことだけは確かである。

 左手の中に残されたシュテラの腕が、だんだんと熱を失っていくのを感じながら胸に抱えていた記憶だけは、脳の片隅に今でも焦げ付いている。

「『部下を死なせたくない』ってのがシュテラ隊長の口癖だった。今ならその気持ちもよくわかる」

「へぇ、そんなもんですかね」

 カイレンが言う。

「お前らも部下を持ってみればわかるさ」

「それまで生き残れればですけど」

 ハルディスの自嘲交じりの冗談を、レオニは笑い飛ばす。

「死なせはしないさ」

 そこへ、第4隊の残りのメンバーが駆けてきた。基地の方で何かあったらしい。

「隊長ぉ、大変です!」

「どうしたお前ら」

「大変なんですよお」

 息を切らして駆け寄ってきた部下の背を撫でながら、レオニはその「知らせ」を聞いた。

「――奴が捕虜に?」

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