第2章 空戦
鴉襲来
「たぁぁいちょおぅっ! 1時の方向、敵騎視認! シュテルン級ですッ!!」
「よぉぅし、絶ッッ対にここを通すな!! この場でッ、仕留めてやるぁッ!」
アウストラシア軍第4駆逐飛行隊長レオニ・シャンツェは部下の報告を聞くや否や吠えた。
南北をゾリング汚染地帯とグーツベツィルク汚染地帯に挟まれたウスラー回廊。敵の侵攻ルートを完全に予測しての待ち伏せ。この機会を逃すことはできない。
低く立ち込めた霧とも雲ともわからない白いカーテンの中。視程は最悪だが一旦敵の姿を捉えてしまえば、あとは喰らいつくしかない。
「安全装置解除、武器使用自由! ヤっちまえお前らァ!!」
ストックを伸ばし、セレクターレバーを指で弾く。チャージングハンドルを力一杯引いて弾丸を装填。掌のコネクタからグリップを経由して魔力が銃身へ送られる。
「ハルディス先行しますっ」
副隊長ハルディス・ミューレが動く。
「よし、ハルに続け」
戦闘飛行姿勢――体を進行方向に対して並行に、敵の上をとるため雲に紛れて上昇。
翼なくして空を舞う彼女らは『ヤークトマギ』、魔法少女を撃墜することを使命として与えられた魔法少女である。
敵の戦術魔法少女(タクトマギ)が祖国へ侵攻するのを防ぎ追い返す、可能ならば撃墜することが今回彼女らに課された司令であった。
「気づかれる前に墜とすぞ、いいなッ!」
14年式A型『テッセラクト』。RRW社製量産型魔法少女システム。紺碧の外殻。その襟に輝くはアウストラシアの国章。導入されて数年が経つが、レオニ達の武器であり誇りであり命綱である。胸にはめ込まれたコアが静かに唸りを上げ、全身に魔力を漲らせる。
雲の上に出た。頭上には一面の蒼天。眼下には雪原のごとき雲海。一瞬眩しさに目がくらむが、即座に仮想アイシールドが余分な光を遮断する。
ここから急降下して、敵主力に対して奇襲を仕掛ける。空を飛ぶ魔法少女はどうしても下方に意識が集中し、頭上はおろそかになりやすい。ハルディスはストックを肩に強く押し付け、
「もらっt――」
その時である。
目前の雲の壁に、にわかに黒い影が現れ、弾丸が頭のすぐ脇の空気を切り裂く。
ほんの一瞬の交差。真下から登ってきた敵の魔法少女だ。
「直掩騎⁉」
反射的に振り返る。敵の姿は見えない。
「散開ッ! 何騎だ⁉」
完全に不意を突かれ、隊長レオニはほんの少し対応が遅れた。
射撃音。5連射。ハルディスの右太ももに血煙が上がる。
「あぐゥ――ッ」
「ハル⁉」
痛覚遮断。しかしバランスを動かない片足をぶら下げて戦闘はできない。即座に離脱を決断。
「すみませんっ。ハルディス・ミューレ、ィイジェェクトぉぉ――」
緊急離脱レバーを引き、エアバッグを展開しながら雲間へ落下していくハルディス。
それを見送ることなくレオニは敵の姿を探し出し、悪態をつく。
「クソッ、単騎だとォ⁉」
フル装備の空中格闘戦特化型の魔法少女6騎に対して、単独で勝負を挑んできたその敵に、レオニは確かに見覚えがあった。
「コルクラーベ‼」
すなわち渡鴉の異名を持つ、ポメラニア騎士団の魔法少女である。しばしば最前線に姿を現し、数的不利をものともせずアウストラシアの魔法少女を蹴散らしては悠々と帰ってゆく。相手の行動を完全に予測し、極めて緻密に計算された格闘戦を徹底して行うことから、このような渾名で呼ばれる。
漆黒のコスチュームが影絵のごとく空を舞う。その肩にはグリフォンのシンボル。
「お前ら落ち着け! とにかく下のシュテルン級を追え。コイツは私が墜とすッ」
「了解ぃ」「了解っす」
部下を先に行かせ、レオニは上で時間稼ぎをする。それが今の彼女の判断。
「かかってきなァアッ」
こう見えてレオニはアウストラシア魔法少女の中でも最高の戦闘能力を持つ、いわゆるエースの一人である。
しかし敵はその声を無視。スクリューダイブで螺旋を描きながら、味方護衛のため再び雲の中に飛び込む。
「逃がすかよォ!」
だが一度捉えた敵の姿を見失うようなレオニではない。鍛えた反応速度でコルクラーベの後を追う。雲の中でも光学系以外の感覚器は機能するのだ。
雲を抜けた。目前に敵の姿。部下の一人に襲い掛かろうとしている。
レオニは銃床を肩に押し当てた。
「もらったァッッ‼」
偏差射撃。照準点は彼我の距離と相対速度を計算し自動で補正される。
敵影を照準器で捉え、トリガーを押す親指に力を込める。5点バースト射撃。肩に反動。空を裂く弾丸。
しかし、その先に敵の姿はなかった。
「消えッ――」
ほとんど反射的に左方180度ロールで上へ振り向く。もしこの時レオニが悠長に下を眺めていたなら、命はなかっただろう。
真正面。互いに顔が分かるほど至近距離からの射撃。
「クッソァアッ」
咄嗟に上体を捻って回避。3発が着弾。パッシヴシールドで受け止めるも、独特の嫌な高い振動音。
無照準の威嚇射撃で応じるも、下方アークスライドで大きな弧を描きながら距離をとる鴉にはかすりもせず。
そのまま敵は雲の中へ消えていった。
「隊長ぉ、敵騎進路を変更。引き返すみたいっす」
さらなる待ち伏せや増援を警戒しての、敵側の作戦中止である。
レオニは敵の去っていった方を見つめ、深く息をついた。
「私とカイレンは、念のため奴らが回廊を抜けるまで追跡する。残りはハルの救助に」
「り、了解です」
被弾した部下のことを考えながら、レオニは小銃を強く握りなおす。
責任感を感じないでもない。しかし、それ以上にあの凄まじい強さを見せた敵魔法少女に、強い関心を抱いていた。
その半分は、俗に言う『殺意』と呼ばれるものである。残りの半分の感情、その名前を彼女はまだ知らない。
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