第21話るるかと先生
目を開けると、知らない女の子が私の顔をのぞきこんでいる。
女の子は、本当に、顔をびっくりするほどゆがませて、泣き出しそうな顔で「ヨヨ先輩! るるか先輩が! るるか先輩が!」と誰かに言った。
次に視界に入ったのは、ここ一ヵ月で見慣れたヨヨの顔だ。
「心配させて、もう……」
酒の席以外で、ヨヨの泣き顔を見たのは初めてだった。
私はまる一日、搬送先の病院のベッドで眠っていたらしい。
「これから大変だよー。警察が事情聴取したいって病院まで来てるし。私も昨日は事情聴取でくたくただよ……」
ああ、やっぱり大変な大ごとになっているのか。この分では、人知部の廃部は止められなかったかなあ。
「あ、そっちは大丈夫」とヨヨが言う。
どういうことかと尋ねると、どうやら、先輩は代替プランとして、新しい部の創設を準備していたらしい。ただ、そのための課題が二つあって、実行は難しかったらしい。けれどどうやら、その条件は満たされたようだ。
「ひとつは、部員を五名集めること。これがねー、ひどい話だよ。生徒会長が、清宗さんのつくる部への入部を生徒にさせないよう裏で手をまわしてたって。もーさー、我らが部長もそうだけど、その天敵もなかなかやるもんだよねー。ダーティーなライバル関係だ。でもなんとか五人集まったよ」
「でも、今は三人しかいないよ?」
「私がいるでしょ」にっと笑って、ヨヨが言う。「それから、さっきの彼女。来年、うちの高校受けるって。ねえ、覚えてる? あの子だよ、〈チト〉が会いたかった子って。あの子のほうも、〈チト〉を気に入ってくれたみたい。なんだか、余人には入り込めないくらい仲良かったみたいだよ、展示のときのあの子と〈チト〉。こんなこと、人工知能に対して言うのも変だけどさ」
「それで、もうひとつは?」
「ふたつめは、予算の問題。創設したばりの部に〈チト〉をまかなえるだけの予算がおりるはずがないからね。清宗さんが人知部を作った頃の生徒会長は甘かったらしいけど、今の代の生徒会長は、さっきも言ったとおりの相手だから」
「じゃあ、どうやって解決したの?」
「私のポケットマネー。……と、言えたらかっこいいんだけどね。親父にちょっとばかり借金してね。まあ、向こう二年くらいはなんとかなるよ。それに、私だって多少は名の売れたアーティストだからね。るるかに言ってなかったかもだけど、私の作品、海外じゃけっこういい値で売れるんだからね」
ヨヨは笑ってそういった。
ああ、じゃあいろいろなことが、なんとかなったの、かな。
「ねえ、るるか」ヨヨが言う。「〈チト〉のなかって、どんなだったの? 私には想像もできなけど、なんか、〈チト〉と触れ合うって、気持ちよかったりするの?」
「なんか、その質問エロい」
私がくすくすと笑うと、ヨヨが顔を真っ赤にした。
「うーん。熱くて、気持ちがふわっとして、〈チト〉のなかに私が入っていくみたいな……実質、セックスみたいな感じかな」
「しょ、処女のくせに私を高みから見下ろしてる感じがなんかむかつく……」
ヨヨをからかうのは楽しい。
と、自分が何かを素直に楽しいと思えたのは、なんだかすごく新鮮に思えた。
「ねえ、私、〈チト〉の本音、〈チト〉の〈熱〉を、ちゃんとみんなに伝えられた? ヨヨにも、あの子にも、それから〈チト〉にも?」
ヨヨは笑って答える。
「うん。ちゃんとできてた。なんていうか、小さな子の手を引いてあげる、先生みたいな感じだったよ、あのときのるるかは」
「先生かあ」
なるほど。そういう自分について、考えたことはなかったなあ。
私は、自分の〈熱〉を知るのが少し苦手かもしれない。
でも、他の誰かの〈熱〉を、うまく理解してあげることならできるかも。
「先生かあ、それもいいかもな」
私はつぶやいた。だとしたら、教え子第一号は〈チト〉だ。
〈チト〉に会いたいな、と私は思った。
アイトチトヒト〈人工知能に家族がいるっておかしいですか?〉 遠野よあけ @yoake_tono
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