カイ君、お見合いをする

 ぬいぐるみのようにモコモコふわふわで、人語が理解できて、高度なコミュニケーションが可能。

 殆どが実際に存在している動物を模した姿をしているが、二頭身の低い身長で、二足歩行で移動する。

 いつの間にか人間界に紛れ込み、いつの間にか世界中に分布し、時には人間を騙し、時には愛玩動物となる。

 それが、全く新しい、他に類の無い不思議な生き物、ノベルアニマル。

 ここ、日本の田舎町の高崎たかさきさんの学区から外れそうな位置にある福永ふくながさんにも、それは存在する。


 学校がお休みの日、カイ君はちこちゃんと何気無くテレビを見ていた。アニメじゃ無くバラエティーだけど、ただボーっと見ていただけだった。

 ノベルアニマルのブリーダーがどうのとか言うやつだ。

『わんこタイプのノベルアニマルは人気でしてね。僕も主にわんこタイプを手掛けています』

『そうなんですかー。確かに、此処には沢山のわんこタイプのノベルアニマルの赤ちゃんが居ますねー。可愛いですねー』

 リポーターの人がブリーダーの人にインタビューして、小さいノベルアニマルを撫でている場面だった。

 カイ君はこのブリーダーと言う職種が好きじゃない。と言うか嫌いだ。お腹が空くよりも、寒いのよりも嫌いだ。大嫌いだ。

 だってカイ君を捨てたのは、ブリーダーなのだから。

 おかげで高崎家に来られたから幸せなのだけれど、だからと言って捨てられた事実は変わらない。

 ちこちゃんもカイ君がブリーダーを嫌っている事は知っている。カイ君は何も言わないけれど、知っている。家族なんだから当たり前だ。

「テレビもつまんないね。消そうか」

 ちこちゃん、空気を読んでリモコンに手を掛けた。

『このノベルアニマルはチャンピオンわんこタイプの子供でして、30万くらいですか』

 リモコンから手を放した。前のめりでテレビを見出した。

『そうなんですかー。こっちの黒い子は?』

『その子は無名ですから10万ですね』

 ノベルアニマルに血統書は存在しない。何かのコンテストで入賞したとか、仕事を優秀な成績で修めたとかで評価される。

 カイ君の様にただのノベルアニマルは『無名』と呼ばれる。

 そんな無名のノベルアニマルの子供でも10万くらいはするのだ。ノベルアニマルは世界中に分布しているけど、数はやっぱり少ないし、飼っているお家もそんなに無いのだ。

「……10万…お小遣いを何年溜めたらそのくらいになるんだろ……」

 食い入るように見ているちこちゃんだった。なんか喉も鳴らしているし。

「10万円あったらアレも買ってコレも買って……ヤバい!どうしよう!超セレブ!」

 ほっぺたに手を当てて悶えるようにくねくねする。これは何と言ったっけ……『取らぬ狸の皮算用』ってヤツだ。

「あ、だけどカイ君は男の子だから、子供産めないよね」

「わっふ」

 大きく頷くカイ君。オスのカイ君は子供が産めないので、何となくしょんぼりしたちこちゃんには悪いけど、力になれそうもない。なる気もあまりないけど。

 ちこちゃん、ぱっと表情を明るくした。なんか碌でもない事を思い付いた時の顔だ。

「カイ君、お散歩行こっか?」

「わっふ?」

 首を傾げるカイ君。いきなり何を言い出すんだ?と。

「そうと決まれば、善は急げ!さあ行くよカイ君!」

 カイ君にリードを付けて靴を履いて。カイ君超慌ててちこちゃんの後ろに着いた。

 だってちこちゃんのお散歩は……

「いっくよ~!!」

 びゅん!!とカイ君の視界から風景が消えた。と言うか全ての風景が一気に後ろに流れた。

「わふぉおおおおおおおおおおおおお!!!?」

 速い!!速過ぎるぞちこちゃん!!カイ君必死に喰らい付くも、足がもつれて転んじゃった。

「ふぁっふぉ!!わっふお!!」

 止まって!!止まってと叫ぶも、ちこちゃんの耳には入らず。

 ざりざりざり、とアスファルトに身体を擦られ、時には転がって、時には何かにぶつかって。それでもちこちゃんは止まらず。

 漸く止まったと思ったら、そこはいつもの河川敷公園じゃない。もっと遠くの場所。田んぼと畑が目の前に広がっている。

 此処は確か、ちこちゃんの小学校の境界だった筈。この道路から向こうは別の小学校に通うっておとうさんから聞いたような気がする。

 ちこちゃん、カイ君がキョロキョロしているのに目もくれず、その外れの一軒家の呼び鈴を押した。

「は~い」と出て来たのは、ちこちゃんのお友達の女の子。

「あれ?ちこちゃん、どうしたん?カイ君も一緒なんて珍しいね?」

 短い髪(おにいさんがショートボブだと言っていた)のその女の子は、大きな目をぱちくりさせて首を傾げた。カイ君もこの子の事は知っている。と言うか、ちこちゃんのお友達の顔は全部知っている。

 福永ふくなが あずみちゃん。小学校では軟式テニス部だった筈。ドライブBだとか言って背中とお尻を大惨事にした、ちこちゃんのお友達に相応しい無茶な子だ。

「こんちわあずみちゃん。ちょっと相談があるんだけど」

 あずみちゃんの耳に手を当ててコショコショと。内緒話をしているようだけど、とっても嫌な予感がする。

「え~?だってお世話大変だよ?それで5:5?」

 あずみちゃん、なんか満更でもなさそうに。

「え~?しょうがないなぁ……じゃあ6:4は?」

「う~ん……カイ君って秋田わんこタイプだよね?だったら期待できるし……だけど大きくなるまでのお世話がなあ……お金結構掛かるんだよ?労働するから疲れるし」

 腕を組んでニヤニヤしながら。これってもしかして交渉しているの?じゃあなんの交渉?

 カイ君嫌な予感が増すばかりだけど、ちこちゃんをほっといて帰る訳にも行かず。汗をダラダラ流しながら成り行きを見守った。

「じゃあご飯と折半お世話代込みで7,5:3,5!!お金が入ったらそれから支払うから!!」

 拝むように、というか実際拝む仕草をするちこちゃん。あずみちゃん。しかたないなあ、とニヤケながら大きく頷いた。

「それでいいよ。だけど、こういうのは相性があるから」

「だから二人っきりにして様子見してさ……」

 それで行こうとあずみちゃんが納得した。そして二人でカイ君に振り向く。

 カイ君背中がびくっと伸びた。そんなカイ君を無視してあずみちゃんが上がるよう促す。

 とってもとっても嫌な予感がして超躊躇したけど、ちこちゃんが「お邪魔しま~す」と言って上がっちゃったので、渋々ついて行く。

 あずみちゃんを先頭にお二階に上がる。そして恐らくはあずみちゃんのお部屋の前に立った。

「カイ君、首輪曲がってる」

 ちこちゃんカイ君の首輪を直した。だけど曲がっているって事は無いと思う。

「少しでも身だしなみを整えて好印象にしなくちゃだし」

 邪に笑いながらそう言うちこちゃん。やっぱり背中がぞわぞわする。

「じゃ、入って」

 あずみちゃんがドアを開けた。ちこちゃんに引き摺られるように中に入れさせられた。

「こん?」

 中で丸くなって休んでいたノベルアニマルがカイ君を向いた。

「こん?ここん?」

 カイ君じゃない。なにか用事なの?と、小首を傾げてそう訊ねた。

 そのノベルアニマルはきつねタイプの女の子。プリンが大好きで、名前もプリンちゃん。カイ君のお友達の一人……いや、一ノベルアニマルだ。

「おやおやちこちゃんさん、早速打ち解けていますよ?」

「そうですねあずみちゃんさん。色も茶色と金色だし、これはもう決定でしょう」

 ちこちゃんとあずみちゃんがニヤニヤしてそう言う。その様子を見たプリンちゃん、何の事か解らずに小首を傾げた。

「こーん?」

 あの二人は何言ってんの?

「わっふ?」

 全く解らないけど、多分碌でもない事を考えていると思うよ?

「こん。こーん……」

 ああ、あずみとちこちゃんだからね……さっきのテレビを観てお金儲けを企んだとかだろうね……

 呆れるプリンちゃん。大きな目を瞑って頭を何回か振りながら。カイ君その言葉を聞いて思い出した。

 ノベルアニマルの子供はお金になると!!

「わっふ!!わふ!!わっふ!!!」

 カイ君ちこちゃんに詰め寄った。筒のような手をちこちゃんに向けて。

 お金が欲しいからと言ってブリーダーの真似事をしようなんて、見損なったよ!!と。

「大丈夫だって。カイ君にもおすそ分けあげるから。具体的にはパンケーキ十段重ね」

 抗議していた手が止まった。

「こん!!ここん!!こーん!!」

 プリンちゃんもあずみちゃんに抗議した。テレビを見て命を弄ぶような事をするなんて、実にあずみらしいわ!!と。

「お金があったらバケツプリン食べられるんだよ?」

 文句を言っていた口を噤んだ。

「納得したようだね。良かった良かった」

 ちこちゃん大きく頷く。腰に手を当てながら。

 慌てたカイ君とプリンちゃん。そんな理由でお見合いなんて絶対に駄目だと、わふわふこんこん騒ぐ。

「確かにお金の為の子供じゃ、えっと、ろん?ろんろんてき?じゃないかもね、ちこちゃん」

「あずみちゃん、ろんろんてきじゃなくてどーとてっきだよ」

 どっちも違う。恐らく論理的と道徳的と言おうとしたんだろうが、単に常識の問題だ。動物愛護の視点ですらない、ただの常識だ。

 だからそのドヤ顔はやめて欲しい。ペットとして恥ずかしい。

「じゃあどうするのよ、ちこちゃん。言っておくけど、私の頭には10万円しかなくなったんだからね」

 腰に手を当てて足でパタパタ地面を叩く。ろんろんてきを指摘された事が気に食わないようだ。そしてお金が欲しいからお見合いは続行させる方針のようだった。

 プリンちゃん、酷くげんなりして言った。あずみは一つの事をこうだと決めると他は頭に入らなくなると。今回の場合は10万円だって。

「要するに、お金の為じゃ無く純粋な恋愛なら子供を作ってもいい、と言う事だよ」

 確かにそれなら、ろんろんてきでもどーとてっきでもない。自然な事だ。

「だから、もっと親密になれるように私達が協力しなくちゃだよ。わんこタイプのノベルアニマルはお散歩が好きだから一緒にお散歩なんてどう?」

 目を瞑って人差し指を振って、実に得意気だった。確かにカイ君はお散歩は好きだけれど、プリンちゃんはちょっと違う。そもそもプリンちゃんはきつねタイプのノベルアニマルだし、今でも充分仲良しなんだし。

「そうか!流石ちこちゃん、冴えてる!かっこいい!」

「いや、それほどでもあるけどね」

 瞳を輝かせてちこちゃんを見るあずみちゃん。対して謙遜している風で全くそうじゃ無く胸を張っているちこちゃんだった。

「じゃあそうと決まれば河川敷だよ!ドックランはお金が掛かるから」

 言いながらプリンちゃんにリードを付けるあずみちゃんだった。当然ちこちゃんもカイ君にリードを繋げる。

 じゃあ行くよ。と号令を発した後、カイ君の目から高速で景色が後ろに流れた。

「おおー!流石ちこちゃん!!小学最速は伊達じゃないね!!私も負けらんない!!」

 発したと同時にプリンちゃんの視界も高速で後ろに流れた。

「こーん!!こんこん!!こーんんんん!!!」

 バカ!!やめて!!あずみはちこちゃんと違って……

 涙ながらに訴えていると、プリンちゃんの視界が回った。地面と空が高速で目に映ったのだ。

 ほらやっぱりこうなったじゃない!!アンタはよく転ぶんだからこ――――んんんん!!!!

 あずみちゃん。プリンちゃんを引っ張りながら、勢いよく転がったのだ。だけどまるで車のタイヤの如く、転がりながら目的地を目指すように、的確に方角を捉えながら。当然プリンちゃんも巻き添えでそうなった。

 どうにか辿り着いた河川敷。カイ君は全身で息をしているが、プリンちゃんは事故にでも遭ったようにボロボロになっていた。あずみちゃんは背中をちょっと擦り剥いた程度とたんこぶのみ。

「いや~、コケちゃったよ」

「相変わらずあずみちゃんって丈夫だよね」

 ははは。と笑い合った。カイ君とプリンちゃんは笑い事では無かったが。特にプリンちゃんは走馬燈まで流れたんだから。

「こん!!こん!!こここん!!こーんこん!!」

 プリンちゃん、筒のような手をあずみちゃんに振った。憤りながら。あずみのせいで死にそうになったと訴えているんだけれど、当のあずみちゃんは素知らぬ顔だ。

「じゃあカイ君、プリンちゃんと二人で遊んできて。親密になるように」

 ちこちゃんも関係ないとばかりに次の指示を出した。本当に酷い二人だった。

「わっふわふ!!」

 もう仲良しだと言ったけれど、ちこちゃん聞く耳を持たず。

「子供を作らなきゃ仲良しだとは言えないよ。男女の関係はそんな解り易い事なのよ」

 なんて事を言う10歳だ。論理的も道徳的も何もないし、勿論人道的でも無い。常識が欠落していると言っていい。

 それに、カイ君とプリンちゃんがどんなに仲良くなっても子供は出来ない。

 その旨を言おうとすると――

「あれ?ちこちゃん珍しいね?こんな所まで来るなんて。いつもは面倒くさがってそこらで散歩、終えるのに」

 本気で珍しいものを見たと近寄って来たのは、愛子おねえさんだった。学校が終わってお友達と帰っている途中、ちこちゃんを発見したのだ。

「あ、愛子お姉さん、こんにちは」

「え?あずみちゃんにプリンも?プリンは河川敷に用事なんかないんじゃ?」

 お散歩好きって訳じゃないプリンちゃんが此処に居る事に驚いているようだった。プリンちゃんは砂場で穴を掘る方が好きだから、どっちかって言うと近所の公園の方だから。

 ちこちゃんとあずみちゃん、ドヤ顔で愛子おねえさんに説明した。此処に居るのは二人の新密度をアップさせる為。目的は10万円だと。

 全て聞き終えた愛子おねえさん。額に手を当てて項垂れた。「はああああああ~……」と呆れた溜息を付きながら。

「あのね。わんこタイプときつねタイプじゃ、赤ちゃんが作れないの。同タイプのノベルアニマルじゃ無きゃ赤ちゃんは出来ないの」

 目を大きく開けて固まったちこちゃんとあずみちゃんだった。カイ君とプリンちゃん、うんうん頷く。

 いろいろな動物を模したノベルアニマルだからこそ、同タイプでなければ赤ちゃんは出来ないのだ。

「大体お金の為にそんな事を考えるなんて、絶対に駄目!!この事はおばさんに言っとくからね、二人共!!」

 結構怒っているおねえさんだった。その迫力にビビって身を引かせたちこちゃんとあずみちゃん。

「や、やだなあ、冗談だよ」

「そ、そうそう。ただの出来心だよ」

「言い訳無用です!!ほら、帰るよ!!」

 愛子おねえさん、ちこちゃんとあずみちゃんの手を引いて歩き出した。結構な力で、強引に。

「わ、解ったよ、だからおかあさんに言うのはやめてよ」

「そうそう、おこずかい減らされちゃう!!」

 文句を言うも聞かず、ズンズン引っ張って進んだ。それを見たプリンちゃん。

「こーん……こん」

 自分達も私達の言う事全く聞かなかったんだし、文句言う資格は無いわよね。

 カイ君同意の意味で大きく頷いた。これが自業自得なんだなぁ、と、漠然と思ったカイ君なのでした。

 因みに、ちこちゃんもあずみちゃんも愛子おねえさんがお母さんたちにちゃんと注意するよう言ったので、罰として三か月のおこずかい減額になった。




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