カイ君、犯罪者と戦う

 ぬいぐるみのようにモコモコふわふわで、人語が理解できて、高度なコミュニケーションが可能。

 殆どが実際に存在している動物を模した姿をしているが、二頭身の低い身長で、二足歩行で移動する。

 いつの間にか人間界に紛れ込み、いつの間にか世界中に分布し、時には人間を騙し、時には愛玩動物となる。

 それが、全く新しい、他に類の無い不思議な生き物、ノベルアニマル。

 ここ、日本の田舎町の高崎たかさきさんにも、それは存在する。


 おかあさんがお昼寝中で暇だったので、カイ君は一人で散歩する事にした。

 ノベルアニマルのカイ君は散歩くらい一人で楽勝にできるけど、みんなと一緒に歩きたい気持ちが強いから、一人散歩は殆どしない。だけど今日は暇で暇で仕方がなかった。

 プリキュアのDVDも見飽きたし、お向かいのニャメ助もどこかに行って居なかったしで、じゃあ、って事で。

 さて、どこに行こうかな?やっぱりいつも散歩する河川敷公園かな?それともドッグランがある公園?

 考え事をしながら歩くカイ君。いつしか分かれ道に来ていた。

 右に行ったらドッグランの公園、左は河川敷公園。悩むところだ。

 ともあれ、此処はカイ君のお家の端っこ。端っこの角地だ。そこには二階建てのアパートが建っている。

 そのアパートの二階。真ん中のお部屋のドアが開いた。

「やっぱりカイ君か。今日はちこちゃんは一緒じゃないのかぁい?」

 ねっとりした視線をカイ君に当てたのは、角のアパートの浪人生、得雄とくおおにいさん(20歳)、分厚いレンズのメガネを掛けている、ちょっと……結構太ったおにいさんだ。

 得雄おにいさんは大学を二回落ちて、今回受からなければ遠い実家に帰らなければいけないんだけど、勉強をしている姿を見た事は無い。まあ、お部屋に入らなければ勉強しているかどうかも解らないのだけれど、この様にしょっちゅうアパートの前でかち合うのだ。

 よっておにいさん曰く「あいつが勉強なんかするか。予備校にも行っていないようだしな」らしい。

 そして、この得雄おにいさんは嫌われている。特に女の子に。愛子おねえさんは勿論の事、ちこちゃんにさえも。

 その理由は……

 得雄おにいさん、カイ君の前に、正に流れるように立った。するっと。そしてカイ君の目線で屈んでこう言った。

「ところでカイ君、ちこちゃんのパンツ、盗んでくれないかな。お礼は勿論するよ。パンケーキなんてどう?」

 ブフフと笑いながら、こしょこしょと。そうなのだ、このおにいさんはロリコンなのだ。

 以前ニャメ助が似たような事をやらされて、それを知った愛子おねえさんが超泣いて、それを知ったおにいさんがパンツを取り返した事があった。当時中学生のおにいさんにパンチを喰らって、泣きながら土下座してパンツを返した事があったのだ。

 取り返したパンツは流石に捨てたらしいけど(はさみで粉々にして燃やしたようだ)、ニャメ助、死にそうな折檻を受けた。勿論愛子おねえさんに。

 それ以来ニャメ助も得雄おにいさんの事が大嫌い。まあ、ニャメ助のは自業自得で、嫌いになる理由が逆恨みに近いけど、カイ君も嫌いだ。おにいさんが嫌いな人は、カイ君も嫌いなのだ。

 大体カレーパン5個程度で飼い主を裏切るような真似をしたニャメ助が一番悪い。カイ君だったらパンケーキ10段重ねを提示されても頷かない。

「まあ、カイ君はパンケーキなんか食べ飽きていると思うけど、一度に20枚は流石に食べた事は無いんじゃないかな?」

 心が揺らいだ。パンケーキ20段重ねって事!?と。

 一瞬考えてしまったが、慌てて首をブンブンと横に振った。

「ブフフ……流石はわんこタイプのノベルアニマル。実に従順だね。ブフフ~……しかし、そのよだれの理由は何かな~?」

 慌てて涎を腕で拭ったカイ君。これで証拠は無くなった。

「わっふ!!わふ!!わふぉおおお!!」

 カイ君いきり立って得雄おにいさんに吠えた。パンケーキでちこちゃんを裏切るもんか!!と。

「そうか。残念だなぁ……じゃあパンツじゃ無く、体操服はどうだい?」

 体操服ならセーフなのかな?と一瞬考えたカイ君だけど、やっぱり首を横に振った。高速で何度も。

 パンツだろうが体操服だろうが、ちこちゃんを裏切るような真似はしない。カイ君は高崎家のノベルアニマルなのだから。

 寧ろ高崎家に害成すリコンを成敗するのが仕事なのだ。

「わっふ!!」

 カイ君。得雄おにいさんの顎目掛けて跳び膝を出す。得雄おにいさん、「わっ!?」とか言って咄嗟に避けた。

 着地したカイ君、心底残念だった。「ちっ」とか言いそうになった。

「危ないなぁ……飼い主も乱暴者だったけど、そのペットもか」

 浮き出た汗を拭いながらそう言った。おにいさんにボコボコにやられたトラウマが甦ったようだ。

「解ったよ。解った解った。カイ君に頼むのはやめるよ。他の子に頼むとしよう」

 そう言って自分の部屋の方向を見る。カイ君ビックリしてボタンのような目を剥いた。

 部屋から出て来たのはニャメ助。手にはカレーパンを持っていた。

「わっふわふ!!!」

 裏切ったのかニャメ助、得雄おにいさんを嫌いな筈じゃなかったの!?と、二階に向かって指が無いのに指を差した。ニャメ助、実に興味が無さそうに返した。

「にゃぐにゃぐ」

 これはビジネスニャ。ちこちゃんのパンツを欲するお客がいて、オレは報酬でカレーパンを貰っただけニャ。と。

 カイ君心に固く誓った。これは絶対に愛子おねえさんにチクってやろうと。

「にゃぐにゃ。にゃぐ」

 なになに?黙っていてくれれば、お礼にパンケーキを食べさせてやるニャ。だって。

 黙っているだけでパンケーキが手に入る。手を汚すのはニャメ助で、頼んだのは得雄おにいさん。カイ君は黙っているだけでいい。

 凄く魅力的な提案だけれど、酷く心がざわめいたけれど、カイ君二階のニャメ助に向かって飛び蹴りを放った。

 簡単に躱したニャメ助。着地したカイ君に向かって笑う。

「にゃぐにゃぐ、にゃんにゃぐ」

 馬鹿だなぁ。大人しくしていれば怪我しなくて済んだのに、こっちは二人だニャ。それでもやるのかニャ。と。

 得雄おにいさんを戦力に数えているのは驚きだった。あの時おにいさんにボコボコにやられたの、ニャメ助も見ていた筈なのに。

 おにいさん、マジこええニャ。ひょっとして、オレも殺されちゃうんじゃニャいか。と、脅えていた筈なのに。

 そのあと愛子おねえさんの折檻で、走馬燈を三度見たニャ。と震えていた筈なのに。

「わっふ!!わふお!!わふわふ!!」

 その旨を伝えた。思い出したのか、オレンジ色の体毛が青ざめた。

「にゃぐ……にゃぐにゃぐ!!」

 そうだったニャ。オレは間庭家のノベルアニマル。愛子おねえさんに害成すロリコンを成敗するのも使命ニャ!!と。

 完璧に思い出したんだろう、あの地獄のような折檻を。カッコよく拳を握って(指なんかない、筒のような手だけど)、闘志をたぎらせているけれど、下半身はガクガクしていたから。

「まさか……裏切るのかぁい?その手に持っているカレーパンはなんだったかな?」

 報酬を前払いしている余裕からか、薄く笑っている得雄おにいさんだが、そんなもの、ノベルアニマル、いや、ニャメ助には脅しにもならない。

「にゃぐにゃぐにゃぐにゃぐにゃぐ!!」

 カレーパンを一気に食べたニャメ助。これで……

「にゃぐ!!」

 証拠は無くなったニャ。と、逆に不敵に指を差した。得雄おにいさんもクズだけど、ニャメ助も大概だと思った。

「く!!まさかそんな暴挙に出るとはね……君との取引は今後無いよ。こういうのは信用第一。君はその信用を失ったのだから」

 メガネのブリッジを持ち上げながら、汗を掻いてそう警告した。

 しかし、しかしだ。ちょっと気になる事を言っていたぞ?

「わふ。わうん?」

 カイ君得雄おにいさんに訊ねた。今後無い、とはどういう意味?

「ああ、ニャメ助にはたまにJS、JCのパンツを盗んでもらっているんだよ。にゃんこタイプのノベルアニマルは女子に人気があるからね。家に入って甘える振りしてパンツを盗む事なんか簡単だよ」

「わふ!?」

 何やってんのニャメ助!?犯罪の片棒を担いでいたの!?

「にゃぐにゃぐ!!にゃんなぐ!!」

 それはあいつの虚言ニャ!!カレーパン欲しさにそんな事する筈ないニャ!!パンツ一枚でカレーパン三つ貰えるとか絶対に嘘だから聞くニャ!!と。

 両手をバタバタさせて無実をアピールしているけど、その沢山の汗はなんだ?妙にガクブルしているのは何故?と言うか、パンツ一枚窃盗してカレーパン三つ貰っていたのか……

 これは間庭家が可哀想。身内にパンツ泥棒の共犯者がいたなんて。間違いなく愛子おねえさんにチクろう。

 まあ、それは後でいい。今はこれ上被害者を出さないようにすることが先。

 カイ君二階から飛び降りた。そして得雄おにいさんに前に立つ。

「わっふ!!」

 オーソドックススタイルで構えて、左右にトントン跳んでリズムを作った。

「カイ君はひょっとして僕を倒そうとしているのかぁい?」

「わふ!!」

 当然だ。ちこちゃんがいつ被害に遭うかも解らないのだ。犯罪の芽は小さい内から摘むのが吉。

「ニャメ助、カイ君を倒すんだ」

「にゃぐ!?」

 超ビックリしたニャメ助。裏切ったのは知っているだろうに、カイ君を倒せとはどういう事だと。

「ここでカイ君を倒せば、愛子ちゃんにパンツ窃盗の事は知られない。つまり、折檻を受けない。早い話が口封じさ……ブフフ……」

 ニャる程、口封じか、それなら是非も無いニャ。と、ニャメ助、カイ君に躍り掛かった。

「わっふ!!」

 カウンターの前蹴り。ニャメ助、跳び掛かっていた最中だったので易々と喰らった。

「にゃぐ!?」

 お腹を押さえて蹲るニャメ助。そこはカイ君の得意なローリングソバットの位置。

「わふぉおお!!!」

 ソバットがニャメ助の顔面を捉えた。ニャメ助「にゃぐあああああああああ!!」とか言って倒れた。

 悪のノベルアニマルは成敗した。残るはそのボスのみだ。

「わっふ!!」

 カイ君、筒のような手を得雄おにいさんに向けた。次はお前の番だと。

「く……まさかニャメ助がああも簡単に敗れるとは……」

 後退りする得雄おにいさん。そんなにニャメ助があっけなく負けたのが意外なのか?

 だけど、それは当然の事。これが愛子おねえさんとかさだはるくんを守る戦いなら、ニャメ助だって簡単に負けたりしない。死に物狂いで戦うだろう。

 得雄おにいさんはニャメ助の飼い主じゃないから。戦う理由が気薄すぎるから!!

 ノベルアニマルの飼い主に対する忠義は、他の動物の比じゃない。少なくともカイ君はそう思っている。

 だから、得雄おにいさんを許さない。ちこちゃんのパンツを持ってこいと言うロリコンは成敗するのだ。

「わふぉおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 カイ君、得雄おにいさんに躍り掛かった。わんこタイプのノベルアニマルらしく、脚に咬み付きにかかったのだ。

「うわっ!!地味に痛い!!やめて!!パンツ諦めてブラジャーにするからっ!!!」

 ブラはちこちゃんにはまだ早い。しかし、咬み付きが地味に痛いとか、結構屈辱ものだ。

 なのでカイ君、ローキックを放った。得雄おにいさん、簡単に倒れた。そのお腹に乗っかったカイ君。マウントを取ったのだ。

「わふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふぁ!!!」

 顔面にパンチのラッシュ。得雄おにいさん、涙した。

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!ホントやめてホントに痛い!!」

 やめろと言われてやめる筈もない。カイ君、得雄おにいさんが気を失うまで殴り続けた。

 そして、肩で息を切らせて殴るのをやめる。得雄おにいさんの顔面には腫れていない部分が全く無かった。

 カイ君は気を失っているニャメ助の元に行き、蹴りを放って覚醒させる。

「にゃ!?にゃぐっ!?」

 ニャメ助の胸倉を掴んで顔を近付けて凄んだ。

「わっふぉ……わふわふ……」

「にゃ、にゃぐ……」

 納得したようで手を放すと、ニャメ助が得雄おにいさんのお部屋に入って行く。

 暫く待つと、サイレンの音。ニャメ助に通報させたのだ。危険で危ないロリコンがいると。

 パトカーの後部座席から出て来たわんこタイプのノベルアニマルに事情を説明するカイ君。程なくして、得雄おにいさんが手錠を掛けられてパトカーに乗せられた。勿論人間のおまわりさんに。

「わん!!」

 わんこタイプのおまわりさんノベルアニマルが敬礼する。犯罪者の逮捕の協力して戴き、ありがとうと。

「わっふ」

 これも市民の義務。だから気にしないでと、カイ君、ニャメ助を引っ張って家に帰る。

 犯罪者からちこちゃんを守ったカイ君。暴れて火照った体に風が当たり、気分が清々しかった。

 その後警察から感謝状が来るし、得雄おにいさんが謝罪の手紙を送って来るしで、カイ君の正義が家族に知れて、ご褒美でパンケーキ5段重ね、バタータップリ、蜂蜜なみなみを食べさせてくれた。

 やっぱり犯罪者は成敗しなきゃね。みんなに褒められて、美味しいパンケーキも食べられたしね。

 豪華なパンケーキを尻尾を振って美味しく食べて幸せなカイ君なのでした。

 因みに、ニャメ助はカイ君が表彰されたおかげで共犯がバレて、愛子おねえさんに地獄の折檻受けた。三途の川を渡りそうになった夢を見て、目が覚めた所はノベルアニマルの病室で、沢山の管が身体に繋がれていた状態だったそうだ。

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