カイ君、傘を届ける

 ぬいぐるみのようにモコモコふわふわで、人語が理解できて、高度なコミュニケーションが可能。

 殆どが実際に存在している動物を模した姿をしているが、二頭身の低い身長で、二足歩行で移動する。

 いつの間にか人間界に紛れ込み、いつの間にか世界中に分布し、時には人間を騙し、時には愛玩動物となる。

 それが、全く新しい、他に類の無い不思議な生き物、ノベルアニマル。

 ここ、日本の田舎町の高崎たかさきさんにも、それは存在する。


 晩ご飯を食べてお風呂に入って、ゆっくりマッタリモードのカイ君。おかあさんの足裏マッサージ器で遊んでいる最中だ。足の裏でローラーが転がって、実に気持ちいいのだ。

「あら、雨……幸久、傘持って行ったかしら……」

 雨音に気付いたおかあさん。心配そうにカイ君からマッサージ器を奪って自分の足に履かせた。

「じゃあ傘を届けに行かなきゃね。私行ってこようか?」

 ちこちゃんが名乗り出た。お風呂から上がったばかりで、髪もちょっと濡れている状態。そんなちこちゃんが、夜の雨が降っている外に出たら風邪を引いちゃう。

「駄目に決まっているでしょ。夜遅く外にお使いに出したと知られたら、虐待の疑いが掛かっちゃうし、風邪を引かれたら病院代とお薬代が掛かるのよ?」

 駄目な理由が明確だった。これ以上なく。

「じゃあ車で迎えに行けば?」

「ガソリン代が掛かるでしょ」

 どこまでケチなんだおかあさん。流石にカイ君も呆れ顔だ。

「じゃあおとうさんが帰ってきたら……」

「幸久よりも遅いのよ。お父さん、忙しいから」

 おとうさんはこの頃日曜日以外休んでいない。ホントは土曜日も祭日もお休みなのに、忙しいからって。

「もう、面倒くさいなぁ。いいじゃん雨で濡れて帰って来ても」

 投げたちこちゃんだった。あれも駄目、これも却下じゃどうでもよくなるよね。

 だけどおにいさんが濡れて帰って来るのは可哀想。

 雨は寒いし、濡れるから嫌いだけど、しょうがない。

 カイ君おかあさんの前に立って胸を強く叩いた。

「わっふ!わふ!」

「カイ君が迎えに行くの?」

 おかあさん、不安気に言う。だけどカイ君力強く頷いた。

 おにいさんが濡れて帰って来るのは可哀想。だから誰かが傘を届けなきゃ。

「大丈夫?動物虐待とか言われない?」

 ちこちゃん、不安顔でそう訊ねた。世間の目が気になるお年頃なのかもしれない。

「う~ん……カイ君はノベルアニマルだから、普通の動物とちょっと違うから大丈夫だと思うけど……」

 ノベルアニマルは今まで動物がやっていた仕事に従事する者も少なくない。盲導犬とか、アニマルセラピーとか。

 だからお使いくらい楽勝なのだ。実際カイ君もお店でお醤油とか買った事もある。当然おにいさんを迎えに行く事も楽勝だ。

「う~ん……じゃあお願いね。千賀子、カイ君に傘やって」

 マッサージ器から離れたくないのか、ちこちゃんにお願いする。

「うん。じゃあカイ君、玄関にいこ」

 そう言ってびゅんと。カイ君慌てて着いて行く。ちこちゃんのダッシュはおにいさん曰く『縮地しゅくち』と言うらしい。だけどおにいさんの言う事だから、多分違うと思う。

「じゃあカイ君、これ傘だから、よろしくね」

 カイ君におにいさんの傘を手渡して二階に行った。青くて星がいっぱい描いている傘。それは兎も角、見送るつもりはなさそうだ。おかあさんも、ちこちゃんも。

 カイ君、ちょっとガッカリしながらもドアを開ける。雨はそこまで強くは無いけど、一応長靴を履いた。帰って来た時に足を洗う手間を省く為に。

「わっふ!!」

 行ってきますと言ったけど、誰も反応しなかった。カイ君やっぱりガッカリして外に出る。

 おにいさんのアルバイト先は、歩けば結構な時間がかかるけど、アルバイトが終わる時間までに着けばいい。カイ君の徒歩ペースでおよそ40分。充分間に合う計算だ。

 薄暗い街灯が灯る中、カイ君ズンズン進む。だんだんと雨が強くなってきた。

 半分まで来た時にふと気が付く。傘ってこれ一本?と。

 カイ君はおにいさんの傘を差しているから、帰りはずぶ濡れ!?

 いやいや、おにいさんはちゃんとカイ君も傘に入れてくれるから大丈夫。そう、言い聞かせながら進んだ。

 だんだんと雨も風も強くなってくる。こうなれば合羽も欲しかったけど、引き返すには勿体ない距離を歩いていた。

 カイ君根性で進む。おにいさんの為に。

 そう言えば、カイ君がおにいさんと初めて会った時も、こんな感じで雨と風が強かった。

 ダンボールの中に水が入って来て寒くて、今のように暗くて不安で、このまま死んじゃうのかなと悲しくなって……

 そんな時、おにいさんがダンボールの中のカイ君を覗き見た。

「あれ?犬……違う。ノベルアニマルだ」

 おにいさんはまだ小さかったからだろうけど、今のような変な言葉じゃなく、普通だった。

「ノベルアニマルを捨てる人いるんだ。そもそも動物を捨てるって感覚が解んないけど、此の儘じゃ死んじゃうよな」

 濡れたカイ君を抱き上げて自分の胸元に入れた。

「おかあさんとおとうさんに叱られちゃうかもなぁ……だけど見捨てたら後で絶対に後悔するしなぁ……つか、冷たいな。寒かったんだな。もう大丈夫。家に来たらお風呂に入って、ご飯食べて……」

 カイ君の頭を撫でながらそう言った。傘も自分よりもカイ君が濡れない様にと前に出して。

 風が強かったから前に出してカイ君を庇ったのだ。結局おにいさんもカイ君もびしょびしょになって意味が無かったけど、確かに温かかったし、安心した。

 何となくあの時を思い出す。

 すると、カイ君の耳に雨音と風の音以外の音が入って来た。

「みゃ~……みゃ~……」

 ……動物の鳴き声だ。カイ君鳴き声の元を探す。

 右にフラフラ、左にフラフラ。前に進んだり、後ろに下がったりして探す。

 こっちじゃない。道路の向かい側かな?

「みゃ~……みゃ~……」

 反対側に来て声が大きく聞き取れた。土手の下だ。

 カイ君土手を滑り下りて橋のたもとに向かった。

 そこには、ダンボールに入れられていた、小さな小さな仔猫。捨てられた仔猫だ!!

 カイ君思わずダンボールを手に取った。拍子に傘が手から離れた。

 あの傘はおにいさんの傘。おにいさんが濡れないように、ちこちゃんが用意した、青い色で星がいっぱい描いてある傘。

 あの傘が無ければおにいさんが濡れちゃう。

 カイ君慌てて傘を追う。だけどダンボールで両手が塞がっているから、その傘は取れない。


 ………………

 ……………………

 …………………………

 

 おにいさん、ごめんなさい。


 カイ君傘を諦めて、ダンボールをしっかりと持った。

「みゃー!!みゃー!!」

 仔猫が大きく鳴いた。寒いよ。お腹空いたよ。寂しいよって鳴いた。

 解るよ。カイ君もそうだったもの。だからカイ君も言うよ、もう大丈夫って。

 カイ君、ダンボールを抱きかかえて後ろを向いた。雨から仔猫を守るために。

 だけど、雨も風も激しさを増す。カイ君も既にびしょ濡れで、長靴にも雨が入って渇いている所が一個も無かった。

「わっふ!!わっふ!!わふ!?」

 どうにかしなきゃと焦ってキョロキョロしたカイ君の目に入ったのは、バス停。しかも待合小屋付きだ。

 あそこなら雨風を凌げると、カイ君根性で土手を登った。何度も何度も滑って元に戻らされたけど、どうにか待合小屋に着いた。

 漸く安堵してダンボールから仔猫を抱っこして取り出す。

「みゃー!!みゃー!!みゃー!!」

 カイ君濡れた仔猫を撫でた。大丈夫。大丈夫と。

 だけどどうしよう。お家に連れて帰ったら、おかあさんが怒るかもしれない。傘も無くしちゃったから、おにいさんも悲しむかもしれない。

「みゃー!!みゃー!! みゃー!!みゃー!!みゃー!!」

 その間もお腹空いたよと、寒いよと仔猫が鳴く。せめて乾いたタオルでもあったら、濡れた身体を拭けるのに……

 カイ君、自分の力の無さに嘆いて項垂れた。

「……誰かと思ったら魔獣か?何故貴様が我の巣から遠く離れたこの結界の中にいる?」

 待合小屋を覗き見た人間にそう言われて顔を上げた。

 おにいさんだ。訳が解らない事を言っていたからそうだとは思ったけど、アルバイトが終わったんだ。だけど傘が無いのに、帰ろうとしたの?

 よく見ると、おにいさんは透明なビニール傘を差していた。コンビニで売られている傘。買ったんだ。だから帰れるんだ。

 安心したカイ君だけど、やっぱりまた俯いた。

「質問に答えろ。何故貴様が結界の中にいる……む?」

 おにいさん、カイ君の抱きかかえている仔猫に気付いた。

「ふむ……これは小さき魅了のあやかし……成程、察するに貴様、我を迎えに来たのだな?天の号泣にさいなまれているであろう我の救出を買って出たが、魅了の妖によって阻まれた訳か。我の盾を捨ててまで、妖を取ったか」

 カイ君小さく「わっふ……」と言った。

 おにいさん、少し考えて「ちょっと待っていろ」と言ってどこかに行った。

 おにいさんを怒らせちゃったかな……傘を捨てたし、そうかも。

 だけど仔猫を見捨てる事は絶対にできなかった。だってこれはカイ君の小さい時と一緒だから……

「待たせたな魔獣」

 おにいさんが戻って来た。コンビニにビニール袋を持って。

「これで小さき魅了の妖を拭け。ああ、いや、我がやろう。貴様も身体を拭け」

 コンビニ袋からタオルを出して仔猫を拭いた。もう一枚はカイ君にやって。

「ふむ、少し冷たいか?ならばもう一枚だ」

 もう一枚出して仔猫を包む。「みゃー!!みゃー!!」と鳴いたままだけど、さっきと声の質が違っていた。

 助かった。と鳴いているんだ。流石おにいさん、頼りになるな……それに引き換え、カイ君は……

 またまた俯いたカイ君。結局カイ君は濡れただけで何も出来なかった。

「そんな事は無い。貴様が小さき命を繋いだのは事実。誇るが良い」

 おにいさん、カイ君の鼻先に何かを近付けてそう言った。いい匂いだ。これは肉まんだ!!

「寒いだろう。食え。我を迎えに来た大義と、小さき命を繋いだ褒美だ」

 カイ君の視界がぼやけた。おにいさん、カイ君を叱らなかったばかりか褒めてくれた!!

「わふおおおお!!わふぉおおお!!!」

 カイ君号泣しておにいさんに抱き付いた。おにいさん、「いいから食え、食ったら帰るぞ」と言って、仔猫にキャットフードを与えていた。

 カイ君アツアツの肉まんを頬張った。あったかし気持ちいいし、幸せ!!

「食ったか?では帰るか。我が巣に」

 カイ君に新しいビニール傘を出してそう言った。カイ君の為に傘まで買ってくれた!!

 懐に仔猫を入れて歩き出すおにいさん。カイ君、その隣でおにいさんを見上げながら一緒に歩く。

 おにいさんはやっぱり優しい。だけど、お家に帰ったら、おかあさんに叱られるんじゃ……

 やっぱりそこは心配だった。けれど、おにいさん、カイ君を想像の遙か上を行った。

 ただいまと言ってカイ君をお風呂に追いやったおにいさん、仔猫を座布団に乗せた。

 おかあさん、やっぱりビックリして。

「幸久!!アンタまた動物を拾って来て……」

「喧しいぞ。四の五の言わずに小さき魅了の妖の里親を探せ。付き合いだなんだと無駄に人脈のある貴様に打って付けの仕事だろうが。ネグレストを今まで見逃してきた借りを返せ」

 ちこちゃんは仔猫に夢中になったけど、思い出したように質問した。

「おにいちゃん、傘は?」

「捨てたに決まっているだろうが愚か者が。我は暗黒の王、闇の眷属よ。天に属する蒼い盾など差していられるか。星が付いていたから天に還してやったわ」

 お風呂に入り直していたカイ君の耳に入って来たのは、一方的に提示していたおにいさんの言葉。だけどネグレストは言い過ぎじゃないかな~?ちゃんと家事も育児もしている……筈だし。

 ちこちゃん、感心して「おおー!!さすがおにいちゃん!!そうだよね!!おにいちゃんは青よりも黒だよね!!」と、解ったような、丸め込まれたような反応しているし。

 だけど、カイ君が傘を捨てたって言わなかった。カイ君を庇った事は簡単に解った。カイ君、お風呂の中でジンと来た。

 お風呂から出たカイ君の目に入ったのは、仔猫を撫で繰り回しているちこちゃんと、どこかに電話しているおかあさんの姿。だけど直ぐに電話時は終わった。

「良かった!!鈴木さんが引き取ってくれるって!!」

「えー!!じゃあ仔猫ちゃん、今日までなの!?」

「喧しいぞ妹よ。出会いも別れも一瞬。それが節理だ」

 おにいさんのはよく解らなかったけど、良かった。お家が見つかって。おかあさんに感謝だ。お付き合いでお友達が多いのは伊達じゃないよね。

 新しいお家で楽しく過ごしてね。温かいお家で楽しく生きてね。

 座布団でぐっすり寝ている仔猫を撫でて、改めて幸せを感じたカイ君なのでした。

 因みに、カイ君が動物を助けたのはこれが最初じゃない。以前、ノベルアニマルを助けた事があるのだ。その話はいずれ、また。

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