ちこちゃん、おやつをトレードする

 ぬいぐるみのようにモコモコふわふわで、人語が理解できて、高度なコミュニケーションが可能。

 殆どが実際に存在している動物を模した姿をしているが、二頭身の低い身長で、二足歩行で移動する。

 いつの間にか人間界に紛れ込み、いつの間にか世界中に分布し、時には人間を騙し、時には愛玩動物となる。

 それが、全く新しい、他に類の無い不思議な生き物、ノベルアニマル。

 ここ、日本の田舎町の高崎たかさきさんのお向かい、間庭まにわ家にも、それは存在する。


 今日はいい天気。カイ君一人でひなたぼっこ中。

 おとうさんは会社だし、おにいさんとちこちゃんは学校。おかあさんは買い物に出かけていないからお留守番なのだ。

 しかし、そろそろ帰って来る時間。おにいさんは不定期だけど、ちこちゃんはおやつの時間前には帰ってくる。

「ただいまー!!おかあさん、おやつー!!」

 ほら、帰って来た。カイ君お出迎えの為に、お庭の椅子から飛び降りた。

 そして尻尾を振ってお出迎え。

「わっふぉ~!!わっふ!!わっふ!!」

「あ、カイ君、ただいまー。おかあさん、いないね?おやつある?」

 カイ君の頭を撫でながらそう訊ねた。

 おかあさんは買い物に行ったよ。おやつは戸棚にあるよ。

 カイ君、台所を指差す。ちこちゃん、それで全て把握した。

「買い物か~。おやつは戸棚だね」

 ランドセルを放り投げて台所に向かうちこちゃん。カイ君、ちこちゃんのランドセルをぴょんと跳んで後を追った。

 早速戸棚からおやつを出したちこちゃんだけど、なんか不満顔だ。

「ハンバーガーだよ。しかも一番安いヤツ。これっておにいちゃんのバイトのヤツだよね」

「わっふ」

 そうだね、と頷いた。おにいさんがよく買って来る、一番安いハンバーガーだ。社員割引も利くから、更にお買い得だっておにいさんが言っていた。

「ハンバーガーでもいいけど、おやつは甘い方がいいよね、カイ君」

 さっきの不満顔はそう言う訳か。カイ君はハンバーガーも好きだから別に構わないけれど、ちこちゃんの言う通り、甘い方がいい。蜂蜜タップリのパンケーキとか。

「さだはる君の家に行ってみようか?おやつの交換して貰いに」

 凄い事を考えるちこちゃんだった。

「レンジでチンして持って行こう。あったかいのなら真心も伝わるってもんだし」

 ちこちゃんハンバーガーを電子レンジで温めた。ホカホカでいい匂いがしてきた。

「うん、いい感じにあたたまった。これならさだはる君も納得のトレードが出来るね!!」

 そうかもしれないけれど、そもそもさだはる君のおやつが甘いものとは限らない。

 だけどカイ君、同意の意味で頷いた。美味しければ何でもいい。パンケーキなら尚更いい。

「じゃあ行こうか。早くしないと、おやつ無くなっちゃう」

 ちこちゃんダッシュで外に出る。ちこちゃんのダッシュは小学生を凌駕している。カイ君も着いて行くのがやっとな程だ。

 さだはる君のお家はお向かいなので、直ぐに着いた。カイ君はゼーゼーと全身で息をして、膝を付きそうなくらい疲れているけど、ちこちゃんノーダメージで呑気に呼び鈴を押した。

「はい………あ、ちこちゃん……!!」

 ちこちゃんを見て頬を赤らめた男の子。短めに刈り上げている髪と、蝶ネクタイと半ズボンが特徴のさだはる君(10歳)。

 そのさだはる君、蝶ネクタイをモジモジ触りながら訊ねた。

「な、何か用?ぼ、僕の告白、受けてくれる気になったの?」

 さだはる君はちこちゃんの事が好きなのだ。この蝶ネクタイだって、さだはる君なりに精一杯お洒落して、ちこちゃんのハートを掴もうとの企みだ。

「だから、年収10万円以下の男子には興味がないってば」

 10歳に年収を求めるのは酷じゃないかな~?しかも、10万円って、地味に現実的な数字だし。

「そ、そう……」

 ガッカリして肩を落としたさだはる君。大丈夫、年収10万の10歳は、こんな田舎にはいないから。

 カイ君、さだはる君を慰めるように肩を叩いた。

「わっふ、わふ」

「う、うん、そうだよね。お年玉もうちょっと貰えたら……新聞配達すれば……」

 言いたい事は伝わらなかったかな~。ちょーっと的外れは返事が来たから。

「そんな事より、今日のおやつ、何?」

「え?ドーナツだけど……」

 大きく頷いたちこちゃん。読み通りって感じのドヤ顔で。

 さだはる君のおねえさんはドーナツ屋さんでアルバイトしている。なんかクーポン券をいっぱい貰えるから、安く買えるようで、さだはる君のおやつの約6割はドーナツなのだ。

 パンケーキじゃないのが少し不満だけれど、ドーナツも美味しいから別に構わない。

「じゃあさ、おやつ交換しようよ。ハンバーガーと」

「交換!?その為にわざわざ来たの!?」

 ビックリしているさだはる君。ちこちゃんを好きな筈なのに、ちこちゃんの無駄過ぎる行動力をよく解っていない。

「ほら、あっためて来たから、ホカホカで美味しそうだよ」

 紙袋を開けてさだはる君に見せた。いい匂いが広がって、さだはる君も思わず唾を飲んだ。

「う、うん、ちょっと待って」

 さだはる君、お家に飛び込んで行った。多分ドーナツを取りに行ったんだろう。

 そのさだはる君と入れ違いに出て来たのが、黄色い毛皮で茶色い鬣を持つ、にゃんこに似ているノベルアニマル、ニャメ助。鬣と言ってもライオンのように立派じゃない、長毛種のにゃんこレベルだ。

「にゃぐ、にゃ~ぐうぅぅぅ~」

 ちこちゃんにスリスリしてゴマをする。その行動にちょっとイラッとした。ちこちゃんはカイ君の飼い主なのに。と。

「ニャメ助、ニャメ助もドーナツよりハンバーガーの方がいいよね?」

 そう言って頭を撫でるが、ニャメ助、何の事?って感じでキョトンとした。

 なのでカイ君が説明する。

「わっふ、わっふ。わふ、わふう」

 手でドーナツを宙に描いて、ハンバーガーも描いて。腕を回してひっくり返す様なジェスチャーを交えて。

「にゃぐ?にゃぐぅ……」

 マジで?ちこちゃんスゲーニャ。その発想に至るのが本気で呆れるほどスゲーニャ。と、困惑と賛辞を……賛辞?まあいいや。それで。

「にゃぐにゃぐ、にゃぐっ」

 今度はニャメ助が宙にラグビーボールみたいな図形を描いた。これはカレーパンだね。

 オレはカレーパンの方が好きだから、ぶっちゃけドーナツもハンバーガーもいらニャいけど。だって。じゃあニャメ助のおやつ、貰おうかな。

「にゃぐ!?にゃぐにゃん」

 首を横に振った。筒のような手も横にブンブン振って。おやつはお腹を満たす為には必要なのニャ。だって。

 それには同感だ。カイ君だってパンケーキが一番好きだけれど、おやつを食べ損ねたら、晩ごはんまで我慢しなきゃいけない。お腹が空く事が一番嫌いだし。

「お、お待たせ」

 さだはる君が戻って来た。ドーナツの箱を持って。

 箱を開けて中を見せるさだはる君、穴が開いているドーナツじゃなく、真ん丸で中にクリームが注入されているヤツだ。

「丁度二つあったんだ。これで……」

「にゃぐ」

 ちょっと待つニャとニャメ助が箱を押さえた。

「にゃぐにゃぐ。にゃん!!」

 ふんふん、ハンバーガーは一個110円なのに、このドーナツは130円。交換するならこっちが損ニャ。と。

「あ、そうだよね。だったら差額分、少し返して貰って……」

「うわセコっ!!ちょっと欠けたドーナツとハンバーガーを交換だって!!そんなセコい性根でよく告白できるよね!?そんな小っちゃい男子なんか誰も相手にしないよ!!」

「そんな事言われても……おやつの交換をしに来たちこちゃんも相当だと思うよ?」

 さだはる君、ムッとして言い返す。

「素直に交換したらいいだけの話でしょ。差額分とか言い出す根性が小さいって事なんだよ。それとも私が小さいって言いたいの?私は先視せんしが出来るから、さだはる君が小さい事は最初から知っていたけども」

「絶対に嘘でしょ。どんだけおにいさんの影響を受けているのさ。ちこちゃんはちょっと強欲で、ちょっと適当で、ちょっと豪快で、でも、すんごい可愛い、ただの女の子じゃないか。そんな超能力持っている訳がないよ」

「当たり前でしょ。可愛いのは当然だけど」

「嘘って認めるんだね……そして可愛いのも認めるんだ……全く謙虚じゃ無いよね。僕は不幸だなぁ……何でこんな女の子を好きになったんだろ……」

「不幸なのはこっちだよ!!ご近所の男の子がこんなにもセコくてセクハラ男で童貞とか、酷いよ神様!!」

「ちょっと待って!!セクハラなんかした事無いよ!!童貞じゃ無かったら逆に大変だよ!!」

 なんか険悪なムードになって来たよ。ちこちゃんとさだはる君、睨み合っているし。

 そもそもニャメ助が余計な事に気付いたからこうなった訳で、ニャメ助が黙認すれば、お互い平和におやつが食べられた。

「わっふ、わふ」

 カイ君、余計な事は言うなよとニャメ助を突き飛ばした。ニャメ助もムッとする。

「にゃぐ!!」

 ニャメ助が右フックを放った。カイ君、咄嗟のガードで難を逃れる。

「わっふ!」

 何をするんだとキレるカイ君。

「にゃぐ!」

 先にやったのはそっちじゃニャいかとニャメ助。

「わふぅぅぅぅぅぅぅぅ……!!」

「にゃぐぁぁあああああああ!!」

 こっちも険悪になって来た。と言うか、既に臨戦態勢だった。

 カイ君、オーソドックススタイルで構えた。ぴょんぴょん跳んでリズムを作り、シャドーの左ジャブで距離を確かめる。

 ニャメ助、四足歩行状態になって低く構えた。瞬発力はニャメ助が上。一気に詰めて喉笛をぶっちぎるつもりだ。

 ノベルアニマルの身体能力は、人間よりも遙か上だ。ちこちゃんに引き摺られるカイ君だけど、ダッシュに付いて行くのが漸くなカイ君だけれど、本気を出せばチーターと同レベルのダッシュ力は、実はある。

 なので、懐を取られる前に一気に詰めてジャブを放つ事だってできるのだ。

「わふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふわふううううううううううう!!!!」

 左ジャブを何発も放った。このスピードのジャブなら、人間なら被弾確実なのだが、何とニャメ助、その全てを躱した!!

 一瞬の隙を付いてニャメ助がカイ君の懐に飛び込む。カイ君、右腕を畳んで右フックを放った。

「にゃぐ!!」

 カイ君のフックよりも低く潜ったニャメ助。カイ君「!?」な表情だ!!

 そしてその低い位置からバネを使って昇るようなアッパー。カイ君慌てて仰け反ってそれを躱す。

 しかしカイ君、ギョッとした。ニャメ助は反動で跳んで、中段回し蹴りの体勢に入っていたのだから。

 このままじゃ顔面に当たってしまう。カイ君バク宙で後ろに逃げた。

「にゃぐっ!!」

 悔しそうなニャメ助。アレで決めようと思っていたようだ。

 カイ君額に流れる汗を腕で拭い、一安心する。

 パワーならカイ君の方が上だけど、スピードはニャメ助の方が上。被弾覚悟で突っ込むか悩んでいた。

「……道のど真ん中で何をやっているんだ貴様等は?」

 話し掛けられてみんなの動きが止まった。

「おにいちゃん!!」

「わっふ!!」

 それはおにいさん。なんか前髪を右手で押さえながら、斜に構えて謎のポーズで現れた。

貞治さだはる千賀子ちかこちゃんじゃん。ニャメ助とカイだけなら兎も角、アンタ等までなにやってんの?」

 隣には、間庭家長女、愛子あいこおねえさん。おにいさんと一緒の学校だから一緒に帰って来たんだね。

「ね、姉ちゃん」

「にゃぐ!!」

 さだはる君とニャメ助が経緯いきさつを説明する。おやつの交換を持ち出された事、カイ君が先に手を出した事を。

 全くその通りで、こっちに非しかないような気がするが、ちこちゃん、さだはる君がセコいからこうなったんだと頑張った。

 ちこちゃんとさだはる君目線で屈んでいた愛子お姉さん、スカートが短いからパンツが見えそう。

 すべて聞き終えた愛子おねえさん、立ち上がっておにいさんと顔を見合せる。二人で首を捻っていた。馬鹿だなこいつ等、みたいに。

「確かにドーナツの方が若干高いけどさ、重さはハンバーガーの方が上だよ?」

 衝撃を受けた表情のさだはるくんとニャメ助。重量で計算すれば、ひょっとしたらドーナツの方が大きく取られるかもしれなかったからだ。

「それもそうだが、何故交換に拘る?こうすれば二つの味を楽しめて、より幸せになれるだろうが」

 おにいさん、ハンバーガーとドーナツを半分こにして、それぞれをそれぞれに渡した。

 衝撃を受けた表情のちこちゃんとカイ君。半分こにすれば、ハンバーガーもドーナツも楽しめる。何故この事実に気付かなかったんだろうと。

「ほら、道の真ん中でおやつ持って立ってないで、家に入りな。千賀子ちゃんもカイも。ドーナツとハンバーガーだけじゃ喉に詰まるでしょ。ミルクティー煎れてあげるから」

 これは嬉しい誤算だ。二つの味のおやつの他に、ミルクティーまで貰えるなんて!!

幸久ゆきひさ、アンタも来なさい。バイトまでちょっと時間あるでしょ。途中まで一緒に行こう。私もバイトあるからさ」

「……まあ、いにしえよりからの付き合いだ。いいだろう、貴様の提案に乗ってやる。だが、我は漆黒の苦汁が所望だ。用意しろ」

「漆黒って、アンタなんやかんやでミルクと砂糖入れるでしょうが。漆黒じゃなくなるだろ」

 愛子おねえさん、笑ってそう突っ込んだ。

 愛子おねえさんはギャルっぽい出で立ちで、髪もちょっと茶色にしているけど、田舎町なのでイマイチ垢抜けていないけど、お友達が少ないおにいさんのお世話もしてくれる、とっても優しいし可愛いおねえさんだ。朝もおにいさんを迎えに来てくれるし。

 おにいさん曰く「幼馴染は朝迎えに来るから価値がある。だからあいつは価値がある」らしいけど、価値云々抜きにしても仲良しだよね、二人共。映画とかに二人で行っちゃうくらい仲良しだよね。

 ともあれ、おねえさんが煎れてくれた美味しいミルクティーと、おにいさんが半分こにしてくれた二つの味のおやつを、みんなで仲良く食べた。

 やっぱりみんな仲良くがいいよね。ほら、おやつもこんなに美味しくなったしね。

 間庭家のリビングで、仲良くおやつを食べて幸せなカイ君なのでした。

 因みにカイ君の必殺技は、ジャンプ一番、顔面目掛けてのローリングソバットだ。決まれば一撃必殺なのだ。

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