Novel Animal
しをおう
カイ君、朝ご飯をねだる
ぬいぐるみのようにモコモコふわふわで、人語が理解できて、高度なコミュニケーションが可能。
殆どが実際に存在している動物を模した姿をしているが、二頭身の低い身長で、二足歩行で移動する。
いつの間にか人間界に紛れ込み、いつの間にか世界中に分布し、時には人間を騙し、時には愛玩動物となる。
それが、全く新しい、他に類の無い不思議な生き物、ノベルアニマル。
ここ、日本の田舎町の
日曜日。朝ごはんの時間。
今日はみんながお休みなので、朝ご飯も遅い。
しかし、ノベルアニマルのカイ君は毎日がお休みなので、お腹が空く時間も変わらないのだ。
7時だと言うのに一向に用意される気配がない朝ごはんを、そわそわそわそわしながら待ち侘びる。
時にはお腹減ったとアピールするために、動物らしく吠えたりもする。
「わっふ!!わっふ!!」
高崎さん家のカイ君は、犬のような、と言うか、秋田わんこをデフォルメしたようなノベルアニマル。身体の模様も秋田わんこのように、茶色と白なのだが、継ぎ目に縫われるように、ステッチのような赤い模様もある。模様とは体毛の事だよ!!
50センチくらいの小さな身体で、引き戸をカリカリ掻いたりもする。カイ君は引き戸くらい楽勝で開ける事が出来るけど、お腹減ったアピールは必要なのだ。
「う~ん……うるさいなぁ……まだプリキュアの時間じゃないのに……」
寝ぼけ眼をガシガシ擦りながらベッドから起き上がったのは、カイ君の飼い主、ちこちゃん(10歳)。
美肌と生脚と長い髪が自慢の、今時の小学生だ。因みに少し垂れ気味の大きな目も、微かな自慢だったりする。
ともあれ、お腹減ったアピールは成功したのだ。ちこちゃんが目覚めたのだから、朝ご飯が食べられる。
「わっふ。わっふ」
お腹を押さえて首を傾げるカイ君。あざとらしくもわざとらしいアピールの開始だ。
「ん~……お腹減ったのは解った。だけど眠いから勝手に食べて」
何と!!ちこちゃんは言うだけ言って再びベッドに潜ってしまった!!
カイ君、ボタンのような目を大きく見開いた。朝ごはん食べないの!?って感じで。
カイ君、ちこちゃんの言ったように、朝ご飯くらい一人で食べられるのだけど、やはりちこちゃんと一緒に食べたいのだ。
だって一人より二人、二人より三人、三人より四人、四人より五人で食べた方が、楽しくて美味しいじゃないか。
「わっふ!!わっふ!!」
カイ君、ちこちゃんを揺り動かした。起きて一緒にご飯を食べようと。
「ん~……ん~……プリキュア始まったら起こして~……」
深くお布団に潜ったちこちゃん。一緒にご飯は食べるつもりは無いようだ。
いや、実はそんな事は無い。カイ君が我慢すれば、プリキュアの時間に朝ごはんを一緒に食べる事は出来る。
だけどカイ君は限界なのだ。このままでは、飢えて枯れ枝のような身体になってしまう。
仕方が無いから諦めて引き戸を開ける。ちこちゃんのお部屋は二階なので、一階に降りて台所に……
ではなく、隣の引き戸を開けて、おにいさんのお部屋へ。
遮光カーテンを引いた真っ暗なお部屋は、実に眠るのに適した環境の様だけど、おにいさん、引き戸を開けた時に入って来た光によって顔を
おにいさんは夜遅くまで起きているから朝は弱いけど、これなら朝ご飯を一緒に食べられそうだ。
「わっふ!!わっふ!!」
カイ君、おにいさんの布団を、小さな身体で引き剥がしに掛かる。指どころか肉球すらない、ただの筒のような手だけど、布団くらいは楽勝で掴めるのだ。お箸だって使えるし。
「…………何だ魔獣……深淵の眠りを妨げてまで、何故我を覚醒させる……?ひょっとして、戦死者がでたから喚ばれたのか?我が属する組織の長に」
半分目を開けながら解らない事を言われた。
おにいさん(15歳)はハンバーガー屋さんでアルバイトしている、意外とがんばり屋で、かっこいい顔立ちをしているのだけれど、このように訳が分からない事ばかり言うので、お友達が少ない。
しかし、とっても優しい事をカイ君は知っている。カイ君がまだ15センチくらいの小さな小さなノベルアニマルだった頃、ダンボールに捨てられていたカイ君を保護してお家に連れて来たのがおにいさんなのだ。
お医者様にも連れて行ってくれて、お腹が空いて本気で死にそうだったカイ君にパンケーキを食べさせてくれて、お風呂にも入れてくれた。
だからおにいさんにはとっても感謝している。いるけれど、訳の解らない事を言って困らせるのはやめてほしい。
おにいさん、むっくり起きてスマホを確認する。
「……戦死者が出た訳では無いようだな……ならば質問だ魔獣。何故我を覚醒させた?」
お腹が空いたからです。
「……腹を押さえて首を傾げるその仕草……成程、血と肉を得たい、と言う事か」
伝わったようだけど、不安だ。本当に解っているのかなー?
「しかし残念だったな。まだ母は甦ってはいない。よって血と肉は得られん。だが、我はこのような事態を想定していて手を打っている」
ガラステーブルに置いてある紙袋を開いて、カイ君に見せた。
「夜にのみ得られると言う、伝説の肉だ。これをやろう。だからもう少し寝かせろ」
言うだけ言って布団に潜ったおにいさん。カイ君、伝説の肉とやらを見る。
骨が無い鶏肉を揚げたものだった。確かナゲットとか言ったような。
しかも冷めているし、美味しさも半減だ。そもそもカイ君はご飯くらい一人で食べられる。だけど違うのだ。
だって一人より二人、二人より三人、三人より四人、四人より五人で食べた方が、楽しくて美味しいじゃないか。
しかし、おにいさんは夜遅くまで頑張っていたのだ。これ以上無理を言うのは可哀想。
なのでカイ君、一階に降りた。目的の台所……には向かわず、お庭で土いじりしている、おとうさんの所に行ったのだ。
「おう、おはよう、カイ君。朝ごはんの催促かい?生憎だけど、まだお母さんは起きていないよ……」
疲れたような笑顔をカイ君に向けて、おとうさんはそう言った。
おとうさん(40歳)は何かの会社の営業マン。こんな疲れたような顔をしているけど、会社の中では比較的偉い立場らしい。課長とか言ったような。
中間管理職はストレスが溜まるらしく、この頃抜け毛が多くなったとか。
おとうさん、タバコに火をつけて煙を吐き、しみじみ言う。
「カイ君が家に来てから、消費税が二回も上がったよ。タバコも値上がりして、今回も……」
遠い目で言われても困まるけど、カイ君一応相槌を打つ。
「わ、わっふ……」
「このプチトマトも、増税前に植えたんだよ。少しでも家計の足しにしようと、お母さんの提案でね。だけどみんなトマトがあまり好きじゃないらしく、食べるのはお父さんばかり……」
なんかだんだん俯いて愚痴り出した。カイ君、励ますように両手をバタバタさせたり、何かを食べるジェスチャーをする。
「わっふ!!わっふ!!わっふ!!」
「はは……カイ君はトマト食べてくれるんだよな、カイ君好き嫌い無いもんな」
やはり疲れた笑顔だけど、おとうさん、カイ君の頭を撫でた。
ノベルアニマルに食のタブーは無い。本当のわんこはねぎを食べちゃいけないし、本当のにゃんこはイカを食べちゃいけないけど、カイ君は何でも食べる。お向かいの間庭家のニャメ助も、イカもタコも食べるし。
「……どれ、お母さんが起きる前に、散歩に行こうかな。カイ君も来るかい?それとも、僕とは散歩に行きたくないかな?」
そんな事は決してないけど、お腹が空いたから来たのだけれど、カイ君散歩に付き合う事にした。おとうさん一人で散歩したら、朝ご飯を食べ損ねるかもと心配したから。
だって一人より二人、二人より三人、三人より四人、四人より五人で食べた方が、楽しくて美味しいじゃないか。
カイ君はリードを取って来て、おとうさんに付けて貰った。二足歩行のノベルアニマルだけど、お散歩にはリードなのだ。
「はは……じゃあ行くか。そこの自販機でジュースでも買おう。カイ君のもちゃんと買うよ」
カイ君大きく頷いた。おとうさんはお小遣いが少ないけれど、たまーに何か買ってくれる。そんな優しいお父さんも大好きなのだ。
おとうさんとのお散歩は、ゆっくりマッタリ歩く。カイ君が好きな方に歩かせてくれるので、おとうさんとのお散歩が一番好きだ。
ちこちゃんはダッシュして引き摺るし、おにいさんはリードを取って勝手に歩けと言うし、おかあさんはご近所さんやママ友と会えばお話してばかりでちっとも先に進まない。
おとうさんとのお散歩はオアシス的な位置にある。と、しみじみ思うカイ君だった。
程よい時間お散歩して、お腹が超空いたカイ君、お家に着くなり台所にダッシュした。
いい匂いが鼻に付く。朝ごはんが出来たのだ。おかあさん、ちょっと遅かったけど、ちゃんと準備をしてくれた!!
「おかえりカイ君。朝ごはんできているわよ~」
できていなければ困るけど、カイ君尻尾を丸めてピコピコ振った。
朝ご飯はパンだ。おかずに目玉焼きがある。レタスがちぎって添えられて、インスタントのスープ付き、手抜きもいいところだけれど、文句は言わない。
しかし、しかしだ。これには苦情を出すべきだろう。
「わっふ!!わっふぉ!!わっふぉぉ!!」
テーブルに広げられた朝ごはんを指差しながら(指どころか肉球も無い、筒のような手だけれど)、一つ足りないと騒いだ。
ちこちゃん、おにいさん、おかあさん、おとうさん、そしてカイ君で、高崎家は五人だけれど、朝ご飯は四人分しか用意されていないのだ。
誰かが後で食べると言ったのかもしれないけれど、一人より二人、二人より三人、三人より四人、四人より五人で食べた方が美味しいから、一緒に食べた方が絶対に楽しいのに!!
「今朝はパンか……朝はご飯がいい……いや、なんでもない」
おとうさん、一つ足りない朝ごはんに気付かずに席に着く。
「あふゃよ~……ジャムは?ブルーベリーのヤツ」
ちこちゃんも一つ足りない朝ごはんに気付かずに席に着いた。
「……糧は麦をこねて焼いた物か……悪くは無いが、暗黒の苦汁が無い。用意しろ」
おにいさんも訳の解らない事を言って席に着いた。
「コーヒーくらい自分で煎れなさい」
おかあさんはおにいさんの台詞を気にも留めず、マーガリンとジャムをテーブルに置いた。
ここで気付いたカイ君。
一つ足りないのは自分の分だと。だって、だって、みんなの食器はちゃんと置かれているのに、カイ君の食器だけ出ていないのだから!!
「わっふぉおおおおおおおおおおおおお!!!!」
カイ君、天を仰いで涙する。殆ど号泣だった。朝ご飯も食べさせないのか。とんだ動物虐待だ。動物愛護団体に訴えてやる!!
「どうしたのカイ君?カイ君もパン食べたかったの?」
おかあさん、不思議そうな顔をして、カイ君の席にパンケーキを置いた。
って
パンケーキ!?
「パン足りなかったから、カイ君のはパンケーキ焼いたんだけど~。カイ君パンケーキ大好物でしょ?」
カイ君は初めてこのお家に来た時、おにいさんからパンケーキを貰って食べた。
とっても寂しくて、とっても悲しくて、とっても寒くて、お腹が超空いて死にそうだったカイ君。
温もりを得て、命を繋いだパンケーキ。それからカイ君はパンケーキが大好物。
おかあさん(年齢不詳)はケチ……節約屋さんで、おとうさんにあまりお小遣いをあげないし、おにいさんがアルバイトした時からお小遣い無しになっちゃったし、ちこちゃんが欲しいと駄々をこねたキッズコスメセットも買ってくれない。
だけどママ友会のランチには付き合いだからとウキウキで出かけるし、ナントカのバッグも買っちゃう。
ご飯だって節約宜しく、安いものしか買わない(自分のランチには3000円も使うのに)けれど、パンケーキだけは、殆ど毎日焼いてくれる。
バターの代わりにマーガリンだけれど、蜂蜜の代わりにカラメルだけれど、カイ君の為に焼いている事実は変わらない。
そんなおかあさんも、カイ君は大好きだ。
「わふぉおおおおおおおおお!!わっふぉおおおおおおお!!」
カイ君、テンション爆上がりで、尻尾の振りが激しくなった。よさこいみたいに踊っちゃったりもした。
「埃が立つからやめなさい。はい、いただきま~す」
お母さんの号令で、みんな無言でパンを口に入れた。カイ君だけがナイフとフォークを
「今更だが、魔獣よ、貴様の手はどうなっているんだ?筒のような手なのに、ちゃんとナイフもフォークも使えるし、箸も持てるし茶碗も持てる」
「わっふ!!!」
細かい事は気にしないでと言ったけど、伝わったかな~?
「どうでもいいからおにいちゃん、イチゴジャム取って。ブルーベリー飽きた」
「母さん、お茶……いや、何でもない」
「あ、お父さん、お茶煎れるんだったら、私の分もお願いね~」
やっぱりわいわいガヤガヤしてきたよね。一人より二人、二人より三人、三人より四人、四人より五人で食べた方が楽しいし美味しいから当たり前だよね。
高崎家の朝の日常を、楽しそうに眺めながらパンケーキを食べるカイ君なのでした。
因みにカイ君の夢は、バターと蜂蜜がタップリ掛かっているパンケーキの10段重ねを食べる事だ。
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