三週目の猫 3
たまは覚えていた。
最初に目にしたのは、ネズミの死骸だった。たまは、まるでそれが得体の知れない汚物のように吐き捨てた。
無理もない。前回の二回は、人様だったのだから。
たまは雑草の茂る垣根を越えて、実家の縁側へ帰る道を辿った。見慣れた道だったが、見慣れない景色だった。
たまはまさか猫になるとは露程も思っていなかった。
が、なぜたまは、たまに生まれたのか、たまは理解していた。
自分達に干渉できるのは、もはや、たましか有り得なかったのだ。
たまは実家に着くや否や、階段を昇って行った。台所から誰かが、たまに向けてただいまと声を掛けるが、たまはそれを無視してほとんど駆けるように昇った。
部屋には鍵がかかっている。そして、その隠し場所もたまは知っていた。
家の軒下に隠された菓子の空き缶の中。たまは事前にそれを回収していた。
たまは鍵を器用に爪の間に引っ掛けると、跳び上がり、ドアノブに体を乗せる。まだ、ほどよく小さな猫でよかった。
たまはため息を小さく吐く。
ドアに鍵を差し込み、突起が跳ね上がる音がたまの耳に心地よく届いた。そのまま体重を移動させて、ノブを捻り、たまは犬養の部屋を開けることに成功した。
少し埃臭い部屋は、猫の体にとって居心地は悪く、たまは早く出たがったが、彼にはもう少しだけやることがあった。
久方ぶりに見た犬養の部屋の中心に坐する学習机。
そのの滑車付き引き出しの下、に隠した写真をたまは取り出す。
犬養しか知らない隠し場所を、たまは易々と見つけた。たまは窓から差す午後の西日に写真をかざした。それは、いつの日か訪れた遊園地で撮った家族写真だった。たまはそれを大事そうに咥えると、小汚い部屋から素早く退出した。
たまは覚えていた。
一回目は、犬養の父親だった。厳しく接するあまり、息子と仲たがいし、死の直前まで会えずじまいだったことを。
二回目は、犬養本人だったことを。両親、特に父親と反りが合わず、結局病気で倒れるその時まで、家には帰らなかったことを。
そして、これが三回目で、今までの自分の“魂”の行いを清算するチャンスなのだと悟ったことを。
たまは、まるでその一歩がとても貴重かであるように、時間をかけて階段を下りてゆく。
居間には、犬養の父親で在ったときの自分がビール片手にスポーツ観戦をしている。たまは、彼の心の片隅で、寂しそうに座り込む後悔が居座ることも覚えていた。
この写真を見せれば、ゆくゆくは息子とよりを戻すであろうとたまは思った。なんせ自分のことだ。きっかけが欲しいだけなのだ。父親だったときも、息子だったときも。
時間はかかるが、少なくとも一回目、二回目のような後悔は終わりにすることが出来るはずだ。
さあ、清算だ。
たまの口から離れた思い出は、カーペットにやさしく着地した。
三周目の猫 安藤 政 @Show0512
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