三周目の猫 2


 犬養はあの日からよく実家に通うようになった。

 世話は彼が率先して行った。朝、昼、晩のご飯の支度、下の世話も全てだった。


 しかし、犬養は苦ではなかった。いつも大事そうに彼を扱った。それは、会わないようにしていた月日を埋めるかの如くの献身さであった。


 犬養はゆっくりとご飯を食べる彼のペースに合わせながら、口を開いた。


「どうだ、おいしいか」

「まあまあだな」

「それはよかった」

「疲れないか、世話するの」

「それをあんたが言うのか」

「俺が言わず、誰が気付くっていうんだい」

「確かにな」

 

 犬養は周囲を見渡す。犬養が実家に惜しげなく通うようになってから、部屋は片付き始めた。犬養は下僕であると自負していたため、愚痴も言わずせっせと働いたのだった。おかけで、積り積もったガラクタは、もうほとんど無くなっていた。


 少しもの悲しかったが、意外と彼も犬養も満足げであった。殺風景な部屋でいるとざわついた心を抑えることができたからだ。

 穏やかに、丁寧に、そして、緩やかに時は流れていった。


 そして、その殺風景な部屋には、猫くらいしか見つけることはできなかった。


 その視線に気が付いた彼はふん、と鼻を鳴らした。


「ほらな」

「しゃべれるのは、確かにあんただけだ」

「そういえば……」


 彼は食べていたものを吐き出した。急いで食べるから……、と犬養は散らかったカスを布巾で集める。いつものくせだ。そして犬養もまた、手慣れた様子で片づける。


「お前は、輪廻転生を信じるか?」

「え、何、藪から棒に」

「魂はめぐりめくるって話だ」

「それは知ってるけど…、どうだろう、死んでしまったら何も残らないようなきがするけども」

「俺はな、信じているんだ。魂は繰り返す。一つの魂が何度も何度も繰り返し、生を受けて、そのたびに死んでいく。魂はとても貴重だが、生には意味はないんだ。」

「意味がないのか」

「そうだ。生は死のためにある。いや、死すらあまり意味はないのかもしれないな。繰り返すことが、重要なのだ」


 犬養は、久しく感じた。よくこの手の言葉遊びを彼とするのが好きだった。


「じゃあ、なぜ生きて、死ぬのか。それにはどう答える?」

「ん……、それはだな、魂を成熟させたいのではないか。一つの命では魂は育てれない。幾多の命が、繰り返されてやっと育つのだよ。きっと、一つの命、一つの人生は、魂にとってはこの俺がこぼした食べカスにしかすぎんのだろう。」

「成熟した魂はどうなる。どこにいくんだ?」

「どの生を受けるか選べるようになるんじゃないか。ほら、自由の代償は大きいって昨日のテレビでも言っていた。幾多の命を犠牲にして、自由が手に入るのだよ。」


 彼は、喉を鳴らすように笑った。縮こまって、小刻みに揺れて、何とも愉快そうだった。


「自由って、重いんだね」

「そうだ、だからお前が今まで自由にしてきた代償がこの結果というわけさ。」

  

 そういって彼は自分の体を誇張するかのように広げた。それは犬養にはとても小さく見えた。それも当然だ。物理的に小さいのだから。つい、話し始めるといままでように感じてしまう。


 犬養は、それから目を逸らすように、目の前の食器をいそいそと片づけて台所へ急いだ。あまり、姿を見ていたくはなかった。


 父親の衰えた姿を。






 父親が死んだのは、それから数日後のことだった。



 

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