エルフ探偵とオーク助手 〜闇の古物商と秘密の犯罪組織〜

ああああ/茂樹 修

闇の古物商と秘密の犯罪組織

 この世界の正義と悪の――またはこの世界の全種族の総力と闇の化身ヘルジニアスの――戦いが集結しておおよそ200年。


 大きな差別や諍いは消え、種族間の戦争に向けられた力は新たな時代の設立に向けられたトレアート連合国首都クリストでは。


「へぇ、君みたいなオークが……ねぇ。うちの店で働きたいと。何かある、特技とか?」

「あ、はい。えーっと、種」

「種付けプレス?」


 小さな差別は残っていた。


「いえ、種籾の選別です。実家が農家なので」

「あっそう」


 興味を無くす面接官。僕がそう答えると、彼は僕の履歴書を投げ捨てた。


「えーっと、それで」

「んー……」

「てんちょー、そろそろ下ヤバいんですけどー」

「はいはーい、今行くーっ!」


 オフィス、といっても古着屋の二階の倉庫を見回す面接官。僕はといえばぎゅっと一張羅のズボンを握りしめ、彼の次の言葉を待っていたけれど。


「ま、採用なら連絡するよ。今日はお疲れさまでした。出口はわかる?」


 出て来たそれは、不採用通知だと知っていた。何せその台詞を聞いたのは、この二週間で八回目だったから。


「本日は貴重なお時間ありがとうございました」


 深々と頭を下げてから、ゆっくりと部屋を後にする。その足取りはこの街に来た時よりずっと、随分と重くなってしまった。






 街を行き交う人間、エルフ、オーク、ドワーフ、ゴブリン、獣人。けれどその表情や身なりは明確に違っていた。一番いい身なりをしている人間に、その隣を笑顔で歩くエルフ、そのおこぼれを預かるドワーフ。ゴブリンや獣人は薄汚い服を着て、皆疲れた顔をしている。


 そしてオークの僕は通りをまっすぐ歩きつつ、日課の日記をしたためながら財布の中身に思いを馳せていた。


 ため息が出る。


「そろそろ就活資金も尽きるか……」


 田舎を出てはや二週間。小さな農村である僕の故郷は決して豊かであるとはいえない。だから農作業に向いてない、比較的体格の良くない僕が首都で働き少しでも仕送りを出来たらと考えていたのだけれど。


「これからどうしようかなぁ」


 日記を鞄にしまいため息をつく。


 普通に考えれば、僕は田舎に帰るべきだろう。けれど合わせる顔はない。隣町の図書館の本を読み漁り、地元では神童と煽てられてきた僕だというのに、人手が足りなそうな古着屋の店員すら採用されない。


 合わせる顔がない。せめてこの街で何か笑い話の一つでも、仕入れられればいいのだけれど。


「あ」


 ふと足が止まる。決して笑い話が降ってきたわけではなく、平台に積まれた一冊の本が目に留まったからだ。


『大人気、エルフ探偵フェイルの事件簿最終巻発売! 衝撃のノンフィクションを見逃すな!』


 僕が大好きだったシリーズだ。眉目秀麗頭脳明晰完璧超人の探偵フェイルが活躍するノンフィクション作品。エルフは長寿という事もあり、一巻が出たのが百年前。


 そこから五十年くらい経って二巻から十年おきに刊行され、六巻までは隣町の図書館に置かれていた。


 まさか都会ではとうとう七巻が出ていたなんて。しかも最終巻とくれば、こう感慨深くものがある。


 だから思わずその一冊を手に取ってしまった。


 欲しい、ものすごく欲しい。


 笑い話にはならないけれど僕にとっては良い思い出と言えるもの。聞いてくれないか家族のみんな、なんとエルフ探偵フェイルシリーズの最新刊が買えたんだ!


 想像する家族の返事は、あーうん良かったね……だろう。何せ僕の家族と来たら誰一人本を読まない。娯楽といえば体を動かすスポーツの類で、現に唯一僕の家にある文字媒体は頓珍漢な事しか書いてないスポーツ新聞。


 しかし何より厳しいのは、さっき思いを馳せたばっかりの財布の中身。えーっとあそこから今日と明日の食事代と帰りの蒸気機関車の代金を抜いて……とくれば。


 やめよう。僕はそっとその一冊を台の上に戻そうとした。


 その時。


「かわ、買わないの……ですか」


 年老いたエルフが、僕の手首をがっちりと掴んだ。その力は老人のそれとは思えないほど強く、僕の兄と同じぐらい。


 そんな訳の分からない力の老人が、丸いサングラス越しに僕を睨む。


「買わないのですか……新刊を!」

「え、ええ……」

「どうして!」


 ぐいぐい来るなこの人。


「いや、お金無くて……」

「本当に?」

「ええ、財布見ますか?」


 と、僕は掴まれていない左手でズボンのポケットをまさぐった。


 ――ない。財布がない。


「うーん、ワシにはあるように見えるんじゃが……」

「あ、それ僕の財布!」


 いやあった、なぜか老人の手によって中身を改められていた。


「えーっと十クレ札が三枚、五十クレ札が一枚に硬貨は……一クレ硬貨が三枚だから」


 ひいふうみぃと数える老人。そしてニコッと笑って平台の上の本を僕の手に重ね。


「一冊十クレじゃから……八冊買えるな、よしいけっ!」


 いけっ、じゃないでしょこの人。


「あの、食事代とかそういうのが……」

「安心したまえ、八冊分の食事を抜いたところで人は死なない」


 なんだか口調変わったなこの老人。


「あの、あんまりしつこいと警備隊呼びますよ!」

「ああひどい!」


 ほんの少し力を込めて振りほどけば、老人は尻餅をついて倒れ--いやそれは違う。


 落ちたサングラス、長く伸びた白い髭、うさんくさいシルクハット。


 彼は老人などでは無かった、いやそれどころか。


「あ、あ、あなたはエルフ探て」

「おーっとオークくん、そこまでだ!」


 毅然と立ったその姿はまさしく、まだ奇跡的なバランスで手に乗せられた八冊の本の表紙そのものだ。眉目秀麗頭脳明晰。


「ここに私がいるということはまるで新刊の売れ行きを確認しに来た恥ずかしい奴みたいではないか!」


 明晰……?


「しかも変装までして、怪しくない変装までして!」


 頭脳……?


「ふっ、だがどうだろうな……ここに私がいると知ったらこの本の売れ行きが……大変なことになるな!」


 僕は気づいた。


 彼から漂う雰囲気を感じとり、いやこのシリーズに描かれていた執拗なまでの観察を以ってして、気づいてしまったのだ。




 --この話はフィクションだと。




「さぁオークくん、今なら私がその八冊にサインしてしんぜようじゃないか!」

「いや、でもその……本当にダメなんです、このお金は」

 

 けれど嬉しいのは本当だ。有名なエルフ探偵に会ったとくれば僕の家族にでも伝わるぐらいの笑い話かもしれないけど、僕の状況は笑えない事に違いない。


「んー? どうやら訳ありのようだね」

「えっと……実は」

「いやいい、答えてあげよう」


 ゴホンと咳払いを一つしてから、彼は天を仰いで口を開く。


「まず君のその身なりだが、どうやらユカーオ地方で見られる伝統の毛織のズボン、とくれば君はこの街に来た理由だが……ふむ、オークの平均的な体格と比べると痩せているな、やれやれこれだから犯罪はいけない。食事も喉に通らず着の身着のままこの街へやってきた君はまさしく殺人者! おおかた妻の浮気相手でも刺し殺したのだろう……さぁ安心して自首したまえ」

「すごい」


 凄い。




「全然違います」




 馬鹿だこの人。






「は? なんだ家族に仕送りしたくて田舎から出てきた農家の三男坊で面接全滅したから帰るとこだっただと? はーつまらん、本当につまらん……あぁ店員さん、鴨肉のローストもう一皿。シェフに美味かったと伝えてくれ」


 結局僕は釈明の機会という事で向かいのレストランで彼に昼食をご馳走になった。身の上話を聞いてもらったのだけれど、彼は退屈極まりなさそうに食事を頬張っている。あと昼間からワインを飲んでいる。さらに本は三冊買わされた。


「お連れの方は、サラダだけのようですが……」

「あ、僕はベジタリアンなので大丈夫です」


 怪訝そうな顔をして奥へと戻る店員さん。肉は味が苦手なのだ。


「まぁ……事情はわかったよ。えーっと」

「ルークです」

「ルーク、まぁそう気を落とすな。かえってね、都会という環境は時に田舎より排他的にならざるを得ないのだ」


 種族差別。制度や法律上では是正されていたとしても、人の意識はそう変わらない。


「ここはね、多くの人が行き交う街だ。名探偵、旧王族、保険屋、医者、役人、大工、商人」


 自分で名探偵って言ったなこの人。


「そして初対面の隣人を判断する最も手軽な方法は偏見という色眼鏡で相手を見る事なのさ」


 胸ポケットから変装に使った色眼鏡を取り出し、わざとらしく彼がかける。


「どうすれば……いいんですかね」

「簡単だ、別の色眼鏡をかけてやれば良い」


 彼は気取った手つきで新しいサングラスを取り出し付け替えて、ニヤリと不敵に笑ってみせる。


「どうやるんですか?」

「仕方ない、私のファンに敬意を評してそのやり方を教えてやろうじゃないか……君に不採用を突きつけた古着屋でね」


 席を立ち上がる名探偵フェイル。トレードマークの茶色いスーツの襟を正し、毅然と立つその姿はまさしく挿絵のように美しかったが。


「お待たせしました、鴨肉のローストです」


 座り直す。どうやら彼の内面について、挿絵画家は書かない事を決めたらしい。





「フェイルさん、本当に大丈夫なんですか?」

「あー、大丈夫大丈夫。全て私に任せたまえ」


 つい先程後にしたはずの古着屋の前で立ち尽くす僕とフェイルさん。けれどその出で立ちに原型と呼べるものはない。


「……この変装、気づきませんかね普通なら」


 僕はフェイルさんの上着とサングラスをつけ、彼は老人の変装を古着屋だけに再利用。どう考えても怪しいのか、道行く人が僕らを笑うけれど。


「色眼鏡で人を判断するような輩なんて、相手の顔を良く見ませんと書いているようなもさ……よし、行くぞ!」

「はいっ!」


 どうにでもなれ。そんな投げやりな気持ちだけが扉を動かす手に込められた。


「ひかえろぉっ、ひかえおろぉっ! この物をどなたと心得る! 映えあるユカーオ族の族長であらせらる、ゾッウーニ様であらせらるぞぉ!」


 一瞬しんと静まり返る店内。それもそうだ、訳の分からない二人組がいきなり入ってきたのだ。呼ばれるだろうか、警備隊を。そんな一抹の不安を抱えた直後に。


「うわぁーーー強盗だーーーーっ!」


 聞こえてくる店員さんの悲鳴。強盗と間違われたのはあんまりだけど、そこそこ上手くいったらしい。


「フェイルさん」

「しっ、まだ喜ぶな」


 そうだ、まだ喜ぶには早すぎる。


「聞けば先ほどこの者の親戚が、この店で無礼な態度を受けたというではないか! 恥を知れこのボンクラども! まさか連邦憲章の条文を忘れたわけではなかろうなぁ!」


 フェイルさんの立てた作戦はこうだ。僕がオークのお偉いさんのフリをして、店に圧力をかけ僕を採用してもらう。


 いや、正直な所それで働けたからと言って何だという気持ちはある。けれどとりあえずここで働いて、もっといい働き口を探すという方法もあるだろう。


「キャーーーーーーッ、助けてくれーーーーっ!」


 悲鳴はどこか心地良く耳に響く。


「ささ、族長一言お願いしますぞ」


 フェイルさんの合いの手に合わせて僕は一歩前へ踏み出す。よし、思い切り声を低くして。


「あ、あー……ゴホン、うん。オッオウテメェらさっきは良くも俺の従兄弟に舐めた態度取ってくれたな、ええ!? この落とし前」

「やめっ、やめろぉ! こ、殺さないでくれ金なら払う!」


 叫ぶ店長、というか面接官。いや殺す殺さないとかそんな物騒な事は別に口にしてはいない。


「いやそこまではしませんけど」

「馬鹿かっ、違うお前ら後ろ!」


 店長が指さすのは、僕らより少し高い位置。


「うし」

「ろですか?」


 振り返る僕とフェイルさん。そこにいたのは胡散臭いエルフの老人とやせたオークのチンピラではなく。


「……何だ、テメェらは」


 斧やら槍やらこん棒やら、多種多様な武器を持った大きな獣人の群れだった。その目元はやっぱり色眼鏡で隠されており、どこからどうみても強盗だ。


「いや、その」


 しどろもどろになる僕だったが、フェイルさんは違った。彼は毅然と背筋を伸ばし、僕を片手で制止する。


 そうだフェイルさんといえば眉目秀麗頭脳はアレだったけれどそれ以外は完璧超人。伝説の武術の使い手でありとあらゆる武器に長けた天才。こんな強盗連中、すぐにでも。




「あっ、お先にどうぞ」




 ――だめだそっちもフィクションだった。






「いやぁルーク……どうやらこのお店に勤めるのはやめた方が良さそうだ。なにせ人を雇う余裕なんて今しがた無くなってしまったのだから。まぁ保険入ってたら話は違うが」


 強盗が店から金という金を奪った直後にフェイルさんがやれやれと首を振りながら吐いた台詞がこれ。あなた何もしませんでしたよね。


「いや、あの追いかけなくて良いんですか?」

「何で?」

「いやだって、名探偵フェイルは……」


 ヒーローだった。


 誰もが知っている名探偵、シリーズの最終巻が平積みされ田舎の図書館にさえ並べられる僕らのヒーロー。


 こうなりたいと誰もが思う。強く優しく賢い紳士に誰もがそうなりたいと願う。そんな人が、今目の前にいるのに。


 何もしない。それが僕には許せなかった。


「最終巻が出たんだ、もう終わりさ……それともこの活躍を」


 フェイルさんはにやりと笑う。僕はその意図を。


「君が書き留めてくれるのかい?」


 その時は、まだ。




 勢い良く店を飛び出した僕ら。犯人達は武器を捨て、三人並んでる走っていく。


 だから全速力で追いかける。平積みされた大人気の探偵小説の一ページのように。


「ルーク! 犯人を捕まえるぞ!」

「わかりました、でもどうやって!?」

「君が考えろ!」

「えっ!?」


 息を荒く吐きながら、大声で疑問の一声を返す。


「見ての通り私はあまり頭が良くなくてね! それに最近は物忘れもひどいもんさ!」

「それはわかりました!」

「だからルーク、考えたまえ! この名探偵フェイルが取るべき、最高のストーリーを!」


 言葉が詰まり、絶え絶えになった息を走りながら整える。そうだ、もし名探偵フェイルなら、どうするのが一番いいか。


「あー、えーっと……先回り! そこで犯人たちをやっつける!」


 彼は気取った顔で犯人の根城の椅子に座り、やぁ犯罪なんて格好の悪い事は卒業したまえとご高説を垂れるのだ。うん、それが一番それらしい。


「よし、そうするには!」

「犯人達の根城を突き詰める!」

「なるほど、どうやって! 見てきた事を思い出したまえルーク! すくなくともお話の中の私は得意げな顔でそうするぞ!」


 そうだ、読者諸君は謎解きをご所望だ。数少ない情報で、なぜここがわかったのかという捨て台詞に堂々と答えてみせる。


 何、簡単な事だよと勿体ぶった前説付きで。


「えーっと、まずは犯人は三人! 三人います!」

「そうだな!」

「でも金を持っているのは一人、かといって三人一緒に逃げるのは非効率的だ!」


 そう叫んだ瞬間、犯人達が十字路である三方に別れた。


「だからどこかで合流して金を山分けしなきゃならない!」

「そこまではいいな! だがそれはどこが妥当だ!? 何かヒントを漏らしてなかったか!」


 そうだ、ここまではいい。まだ走り続けているけど、追いかけて吐かせるのは少し違う。


 思い出せルーク、あの時何があった? 僕らが店にいたあの時間で起きた出来事はなんだ。


「ヒントって、漏らしたのは悲鳴ぐらいで!」


 そうだ、悲鳴。


「あ」


 十字路の真ん中で立ち止まる。久しぶりに走ったせいで背中は汗まみれだったけれど、頭は随分冷静に働いた。


「フェイルさん、走るのはこの辺にしておきましょう」


 汗をぬぐって彼を見れば、不敵な笑みを浮かべていた。相変わらず涼しい顔をしていたから、体力の違いを実感させられる。


「ごめんなさい、先回りは出来ないかもしれませんが」

「構わないよそれぐらいのプロット変更は」


 そうだ、先回りは難しい。この広い街で悪党が身を寄せられる場所なんて無数にあってもおかしくない。


 だけど。


「知ってそうな人はわかりました」


 そこに行きそうな人を追えば、あるいは。






 夜のクリストは明るい。まだ田舎では見かけないガス燈の数々が月の代わりに道を照らし、人々の歩みの助けになる。


 けれどその灯りは、また新しい影を生んだ。僕らはそんな場所の一つ、薄暗い路地裏へと一歩前に踏み出した。


「やぁ諸君、いい夜だ。悪党が牢屋にぶち込まれるにはこれ以上ないいい夜だ」


 先に口火を切ったのはフェイルさんだった。睨むのは八つの目。


「なんだぁテメェは」

「テメェとは酷いね、私は君の顔をよく覚えているよ」


 三人の強盗と、一人の。


「ね、店長さん」


 黒幕の物だった。


「あんたは……誰だ?」


 だが店長はフェイルさんの顔なんて覚えちゃいない。


「情けない、客の顔を覚えるくらい熱心ならショボい犯罪に手を貸さずに済んだものを」

「ハッ、減らず口を」


 そう言って店長は腰からナイフを取り出し僕らに向けた。それを見てフェイルさんはわざとらしく両手を上げ、もう一つ減らず口を付け加える。


「おっといけないね、私は喋りすぎたみたいだ。だからここから先は彼に喋ってもらおうか」


 彼は僕の踵を軽く蹴って、ウィンク一つ飛ばしてくれた。どうやら美味しい所を譲ってくれりしい。


「店長さん、今日は面接ありがとうございました」


 僕はわざとらしく、それから気障ったらしくそう言う。けれど恥ずかしさよりも不思議な高揚感に包まれていた。


「なんだオークかよ」

「こっちこそ、なんだですよ。まさか強盗に襲わせるような店だったら、履歴書なんて出しませんでした」


 思いのほか自分の口がよく動く。


「あんたら、どこまで知ってる」


 本当の事は何も知らない、積み重ねたのは推論だけ。けれどそれは、名探偵の条件だ。


「あなたは……そうですね、物分かりが良すぎたんです。強盗だ、金なら出す、最初は怪しげな僕らに言っていると思いましたけど……」


 普通の人から見て、だ。


 怪しげなエルフの老人とてぶらのオーク、その後ろに武器を持った三人の獣人が店に入ってきた。


 それは一団として見るのが当然だが、強盗なら全員武装してるのが普通。


「どうして一言も発さない彼らが強盗だとわかったのですか?」


 店長は後ろの物言わぬ三人だけを指差し、後ろだと言い切った。そこから導き出される結論はたった一つ。




 --彼らこそが強盗だと、初めから知っていた。つまり、共犯だ。




「そりゃ顔隠して武器持ってたからな」

「あれ?」


 ずり落ちる僕。いや言われてみたらね? そうだけどね?


「まぁそうだなルーク、誰だってそう思うさ」

「フェイルさん!?」


 どうして彼の肩を持つんですか?


「何にせよ目を隠した連中を強盗だと認識するのはおかしな話じゃない」

「そうだそうだ」

「いや、あの……そう、ですねはい」


 がっくりと肩を落とす僕。まあ推理なんてものは現実ではこんなものらしい。


「けどまぁ、現にこうして強盗トリオと店長が仲良く店の金を山分けしてる現場に辿り着いたんだ。賭けに勝ったのさ、私達は」


 けれどフェイルさんが提示してくれた現実は僕の正しさを救ってくれた。


「だったら生かしておく訳にいかねぇな」


 ため息をつく店長。さらに襲いかかってくる現実、相手は武装した犯罪者四人でこっちは丸腰の二人。


「やれ」

「ひっ」


 ブンッという風切り音が耳に届く。振り下ろされたのは斧か棍棒かわからないが、少なくとも直撃すれば致命傷は避けられない。


 だけどその衝撃は僕を襲う事はなかった。


「おっとルーク、君は……いや君だけはその目を瞑る訳にはいかないな」


 恐る恐る目を開ける。振り下ろされたのは斧と棍棒の両方だった。その二つの凶器を、彼は。


「何せこれからの名探偵フェイルの活躍を」


 受け止めていた。素手で、相変わらずの涼しい顔で。


「しかと見届けて貰わないとなぁ!」


 両手を塞いでいた二つのそれを、彼は砕いた。殴る蹴る? そんな生易しいものじゃない、それを彼は握り潰す。


 呆気に取られた二人の獣人、だがその一瞬が命取りだ。フェイルさんは腰を捻り、そのまま二人に回し蹴りを食らわせる。


 顎に強烈な衝撃を加えられた二人はそのままガクンと膝を折る。残りの獣人と店長がうろたえるが、そんな暇は許されない。


 追撃。そのまま地面についた両足がそのまま地面を強く蹴る。バッタのように跳んだ彼はそのまま獣人の肩に乗り、踵で彼の鼻を少し叩く。それだけで気絶させるには十分だった。


 そのまま気を失った巨体の襟を掴み、思い切り上に引き上げた。宙を舞ったそれを、彼は蹴り飛ばす。ボールのように跳んで行ったそれが、そのまま店長に直撃した。


 四対一。その結果がこれだ。


「強い」


 どうやら彼の活躍の全てがフィクションではないらしい。路地裏で不敵な笑みを浮かべ、涼しい顔で襟を正す彼の姿こそまさしく。


 名探偵フェイルそのものだった。


「彼らが弱いのさ、こんな連中ヘルジニアスとの死闘に比べればとても……あ、今のは書かなくていい」

「その、書くとか見届けるとか……何のことですか?」


 遅れてやってきた疑問を口にすれば、彼は僕へと歩み寄る。


「ルーク、実はこの街で」


 そして肩をポンと叩いて。


「他人に色眼鏡をかける……良い仕事があるんだが?」


 生涯後悔するその問いに、僕は首を縦に振った。






「いやぁ面白かったですよフェイル先生! 最終巻と聞いて生きる希望を無くしていた一ファンでもあるわたしでしたが、まさか、まさかそんな……こんなにも早く新作を読めるだなんて! 編集冥利に尽きます!」


 あの古着屋騒動からはや三日。僕はフェイル探偵社のソファーに座り、ガチガチに緊張していた。


「そうだろうレビュー、それに私としてもマンネリが怖かったからね……新しい助手のルークを加えての新シリーズだ。読者も喜ぶだろう?」


 紅茶を囲んで会話するのは、フェイルさんと出版社の編集者であるレビューさん。瓶底のような眼鏡と黒く伸びた天然パーマが特徴の人間で、名探偵フェイルシリーズの原稿を鼻息を荒くして読んでいる。


「それにしても冴えないベジタリアンの痩せたオークだなんて大胆な人選ですねぇ」

「は、はぁ」


 眼鏡越しにレビューさんが僕の顔をじっと見る。余計な一言を漏らさないよう強く言いつけられていた僕は、ただ冷や汗をかくことしか出来ない。


「ふーん……ま、良いですけど。わたしだって先生の新しい助手、やりたかったんですからね」

「肝に命じておきます……」


 引き下がるレビューさんに、僕はため息を小さく漏らした。良かったあとはやり過ごすだけ。


「まぁそう言うなレビュー、私としてもいい年だからね……若人を教え導くスタイルに挑もうと思ったのさ。どうだろう今回の少し砕けた文体は、読み易いだろう?」


 と、ここでさも得意げに話すフェイルさんのせいで、つい余計な一言が漏れてしまう。


「一文字も書いてないくせに」


 そうこの男、一文字も書いちゃいない。


 僕が慣れないタイプライターの操作に四苦八苦している時に昼間っからワインを煽りステーキを頬張りいびきをかいて昼寝する堕落したエルフだ。


 というか彼は、一文字も書いた事はない。このノンフィクション風のフィクションは、歴代の助手が書いてきた物語だ。


 けどまぁ、彼は余計な一言を聞き逃さない程耄碌していない。僕のつま先を思い切り踏みつけるのだ、何一つ表情を崩さずに。


「ではではフェイルさん、新作『闇の古物商と秘密の犯罪組織』の原稿預からせていただきます。また新しいのが出来たら呼んでください、どこからでもかけつけます!」


 今回のタイトルを言い残して、レビューさんが事務所を後にする。


 ちなみにこの名探偵は誰よりもうるさい読者であり、もっと活躍させろ格好良くしろ君はもっと間抜けにしとけとありとあらゆる注文をつけてくれた。


 だからただの保険金詐欺はこの街に横たわる闇の勢力やら犯罪組織やらとのバトルに変わったのだ。もはや原型はない。


「……ふぅ、なんとかレビューはやり過ごせたな」


 と、紅茶を飲み干したフェイルさんがそんな言葉を漏らす。じゃあ呼ぶなよと思ったが、そういう訳にはいかないのだろう。


「ゴーストライター……」


 その一言がつい漏れる。古着屋の店員にすら慣れなかった僕は名探偵の助手兼ゴーストライターの三代目に就任してしまったのだ。


「ん? 不満か? 給料は古着屋よりよほど良いし住み込みとくれば君にぴったりの仕事だろう?」

「どうだか、なんだか騙された気分です」


 悪い話じゃなかっただけにやるせなさがどこか引っかかる。


「いや、そうでもないさ。適度なシリーズファンで頭の回転も早く、何より私の無茶に付き合ってくれる。正直二代目が引退した時は廃業しようと思っていたが、いやぁ後釜が見つかって良かった良かった」


 まぁ確かにレビューさんのような本気のファンがこの事実を知ったら発狂するだろう。人となりは古着屋……公式的には闇の古物商事件で知ったとして、まだ一つ疑問に残る事が一つ。


「でもよく僕に物書きなんてさせようと思いましたね」

「君の類まれな文才については心配していなかったよ。はい日記、ずっと借りてたんだ返すよ」


 と、ここで彼は僕の日記を返してくれた……っていや待ていつ盗んだんだこの人。


 ゴーストライターに誘われたのがあの日だと考えると、読む時間はあれ、どこにあったんだ?


 いや、そもそもこの人は。




 --全部わかっていたんじゃないか?




「ま、頑張れルーク。君が頑張れば頑張るほど、オークという種族は冴えないベジタリアンだけど優しい種族だという偏見を持ってくれるさ」


 フェイルさんは笑う。それでようやく彼が教えてくれた事をたった一つだけ理解した。


 偏見なんてものは、上書きしてしまえばよいのだ。


 それこそ少し錆びついた、そこのタイプライターで。


「とまぁ今回はなんとかなったが次からはきちんと設定とか確認してくれたまえよ。これが私の経歴の設定でそこからそこの棚が二代目助手の纏めてくれた事件のファイルリストにトリック帳。あとそうだなたまに出てくる人物の一人称リストに呼称票とまぁ一巻から読み直しながら確認しておくといい。あとタイプのインクと紙の領収書は僕名義で切ってくれよ、間違っても自分の名前は書くなよ」


 とか考える間も無く目の前にどんどん資料を積んでいくフェイルさん。いやまぁうん、やっぱり考えすぎだ彼は馬鹿で自己中だ。


「では私は出かけてこよう」

「ゴーストライターに仕事を押し付けてですか?」


 トレードマークの茶色いスーツ。眉目秀麗結構残念、完璧とは程遠いが。


「当然さ。何せ名探偵フェイルは」


 重そうな探偵社の扉を開け、笑顔で街へと繰り出すその姿は。




「ノンフィクションのヒーローだからね」




 僕らの憧れた、彼の姿そのものだった。

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