最終話

 「ん……ここは……?」


 月が西に沈んでいく夜に、結月は目を覚ました。それと同時に、自分が湊におぶられていることに気づく。


 「えっ……!? み、湊さん!?」


 「目、覚めたんですねお嬢様。ごめんなさい、心配かけましたよね」


 結月が驚いたように大きな声をあげると、湊は振り向いて穏やかに笑いかけそう返事をした。安心したように結月は力を抜き湊に自分を預けると、息をつくように口を開く。


 「本当です……すっごく、心配しました……生きててくれたんですね」


 「お嬢様が助けてくれましたから」


 湊がそう口にして、そして二人はしばらくの間黙り込んだ。少し冷たい夜の風が木々をそよがせ、沈んでいく月の光が夜の山道を照らす。心地の良い、静寂だった。


 「……お嬢様、あなたはこれから……」


 空から月明かりが消え、湊はおもむろに言葉を発した。背負っている少女に、もう帰る家はない。何故ならば少女は家を、故郷を裏切ったのだから。自分の望みのために、裏切ったのだから。


 故に、湊の言葉には迷いがあった。もし、もしも。少女の裏切りが自分の意志によるものではなかったとしたら。目の前で死にかけていた自分を助けるために、仕方なくその選択を取ったのだとしたら。 

 故に、湊の言葉には迷いも不安もあった。お嬢様がもしこの現在を否定するのなら、俺は取り返しのつかないことをしてしまったことになると。


 「……湊さん。肝心なところ、聞いてなかったんですね」


 「え……?」


 背中に居る結月が、少し暖かさを増したような気がして。そして結月は湊から顔を背けて、言葉を紡ぐ。


 「……私は、あなたたちに出逢えて幸せでした。初めて、生きているって思えたんです。だから、だから湊さん……」


 湊を後ろから控えめに抱きしめ、そして結月はこう伝えた。それが、結月がこの旅を通じて見つけた、本当の意志だ。


 「これからも、あなたたちと旅をさせてください。連れて行って欲しいんです、私の知らない場所へ、湊さんに」


 東の空から太陽が昇る。温かく、強い光。空が明るさを取り戻し、森が緑に照らされていく。

 その光がまぶしくて、湊は思わず顔をそむけるように後ろを振り向く。陽の光が、少し照れくさそうな結月の笑顔を照らしていた。


 「お嬢様……はい、行きましょう。一緒に」


 湊もまた、笑顔を見せる。そして、再び前を向いて歩き始めるのだった。


 「俺も混ぜてもらえるか? 湊」


 突然横から聞こえた、その声に二人は振り向く。そこには、二人の隣を一緒に歩くケイの姿があった。何発か銃弾を受けたのか全身の傷から血を流していたが、その顔はすっきりと笑っている。


 「……何言ってるんですか師匠。行くんですよ、三人で」


 「そうですよ八坂さん。これから、よろしくお願いします」


 二人がそう言うと、ケイの傷が一瞬にして癒える。ケイは心の底から嬉しそうにフッと笑うと、こう口にするのだった。


 「言ってみただけだ」


 朝日が三人の笑顔を照らす。命を懸けた旅路の果てに、彼らはかけがえのないものを手に入れた。


 そして、これからも彼らの旅は続く。時に血を、涙を流す旅だ。そして旅の果てには、必ずしも幸せな結末が待っているとは限らない。


 —―しかし、彼らは信じている。


 この旅で手に入れた、かけがえのないものが。必ず自分たちの助けとなる。必ず、自分ならそのかけがえのないものを、守り抜ける。


 「そうだ湊さん、お願いがあるんです」


 思い出したように唐突に、結月が湊に声をかける。湊が不思議そうに結月の顔を見やると、結月は一瞬の間を置いて言葉を続けた。


 「私、もうお嬢様じゃなくなっちゃいました。今の私はただの、結月です。だから湊さん……」


 結月が何を言っているのか理解したのか、湊が恥ずかしそうに頭をかく。同時にケイも結月の意図を理解したのだろう。ニヤニヤと湊の顔を見守っている。


 「な、なんですか師匠!!」


 「別に。いいもんだなって」


 ケイの視線に気づいた湊が噛みつくように言い、そしてケイが手を頭の後ろに回してそう返す。その目は、息子を見守る父親のようだった。


 「ほら、湊さん」


 「だぁぁぁっ!! せかさないでくださいよ! 恥ずかしいんですよ!!」


 赤くなりながら叫び、そして湊はゆっくりと呼吸を整える。そして、恥ずかしそうに、しかし笑顔でこう言った。


 「……一緒に行こう、結月」


 「はいっ! 行きましょう、湊さんっ!!」


 朝焼けの中に、三人の旅人が消えていった。




 —―完

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海を越えれぬ者たちよ ヒロ @inari-daimyoujin

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